原始の祈り*4
ナビスは歌い、澪は太鼓を響かせて、スケルトン達を盛り上げる。そうして小一時間経った頃。
「……ああ、よかった!皆さん、知性を取り戻しておられるのですね!」
「ね。びっくりだよねえ。音楽の力ってやっぱり偉大だあ」
ナビスが涙ぐみ、澪が笑うその先で。スケルトン達は、人間がそうしているような仕草と挙動で、酒盛りを楽しんでいた。
あっちでカタカタ、こっちでカタカタ。スケルトン達は互いに笑い合っている。そして、酒を自ら注いで飲んだり、肉の串焼きを分け合ったり。実に人間らしいというか、何というか、そうした挙動があちこちで見られる。
何かゲームのようなものに興じるスケルトン達も居たし、只々ちびちびと酒を楽しんでいるスケルトンもある。そして中には、ナビスや澪を眺めてカタカタ笑うスケルトンも。
やがてスケルトン達が、澪にせがむように太鼓を示し始める。どうやら、太鼓の演奏が気に入ったらしい。ついでに、ナビスにも歌をせがむ様子のスケルトン達が群がっている。……スケルトンに群がられているナビスは、見ようによっては魔物に襲われている場面のようにも見えるが、そのスケルトン達に害意はないようだ。
あくまでも、ナビスを囲んで、楽し気にカタカタしているだけである。攻撃してこようとするでもない和やかなスケルトン達の様子を見ていると、何とも不思議な気持ちになってきた。
……魔物であっても案外、心を通わせることができるようだ。
澪とナビスは顔を見合わせて頷くと、また歌と太鼓の演奏を始めるのだった。
……そうして、スケルトン達の酒盛りが進んでいくと。
「あれ?なんか、明るくなってない?」
「あら……?本当ですね」
ふと気づけば、辺りが明るくなっている。……勿論、日の出がどうというような話ではない。ここは鉱山の中なのだから。
「闇が……晴れている?」
そう。坑道内が明るくなった理由は、ただ1つ。
地下3階を満たしていた闇が、薄れているからなのだ。
「おおー……地下2階とかと同じ雰囲気になってきたね」
元々、地下3階はとても暗かった。明かりを灯しても光が奥まで届かないような、途中で空気に遮られて光が消えてしまっているような……そんな、奇妙な状態だったのだ。
それが今は、無い。鉱山地下1階や2階と同じように、灯した光はその灯した分だけ坑道内を照らしており、それに伴って坑道内が明るくなった。そういうことなのである。
「……不思議ですね。魔除けを施したわけでもないのに、闇が晴れてしまうなんて」
「ね。これを祓うの、骨が折れるかも、なんて話、してたもんね」
地下3階の闇をどうこうするのは、とても大変なことであったらしい。だが、その手間を掛けずに、今、鉱山地下3階は光を取り戻している。
「あれほど凝り固まっていた闇が晴れるなんて……すごい」
ナビスは静かに周囲を見回して、カラカラ笑うスケルトン達を見て、微笑む。
澪にも何となくは、分かる。きっと、闇が晴れたのは、スケルトンが魔物から人間へと近づいているからなのだろう。
ナビスが無理矢理闇を祓ったのではなく、スケルトン達が変わることによって、結果、闇が晴れた。
その事実が、2人にはとても嬉しい。
……そして。
「……あ、こりゃ明るくなるわけだよ」
「え?……あ、あらっ、本当ですね!」
何を思ったか。何を思ったのか、スケルトン達は……坑道内に吊り下げられた古びたカンテラに火を灯し始めていたのである。
まるで、『ちょっと暗いから灯り足しとくね』とでも言うかのような行動に、澪もナビスも笑うしかない。
また、スケルトンの内の数体が、まるで澪とナビスを気遣うように、木箱に布を敷いたものを持ってきた。そして『どうぞどうぞ』と言わんばかりの仕草をするので、澪とナビスはありがたくそこに座る。
……すると、ぽや、と微かにナビスが光った。
「あら……」
「おおおー……やっぱ、これいけるんじゃない?」
ナビスが光ったということは、スケルトン達がナビスを信仰しているということである。つまり、信仰……或いは、もっと原始的な、『この人の為に何かしたい』というような、そんな気持ちが、スケルトン達に戻ってきたのである。
やはり、ここのスケルトン達は非常に人間っぽい!
それから、一週間。その間に澪とナビスは、鉱山地下3階でのライブを2回ほど経て、今回に至るが……。
「皆さん、今日もお勤めご苦労様です!」
「ほーら終業だぞー!定時だぞー!そしてライブの時間だよー!」
澪とナビスが鉱山地下3階に赴くと、スケルトン達が、わあっと夜光石を振って2人を出迎えた。
……スケルトン達は、今やすっかり訓練されたファンとなっていたのである!
「スケルトン初のペンラ文化が生まれている……」
「なるほど、これがぺんら文化、なのですね!」
スケルトン達の順応は、早かった。ライブ2回目には夜光石を曲中で振って応援するやり方を澪が教え、それが3回目にはある程度浸透し、そして今回はほぼすべてのスケルトンが採掘したてらしい夜光石をペンライトのように振っている。
……ついでに、スケルトン達は自分達がスケルトンであることを自覚したらしく、自分達の骨を鳴子のようにして、カラカラカラ、と音を立てる術を身に着けていた。彼らの拍手やコールは大体、これによって行われる。今回も、『ナビスはー!?』のコールに対して、『カラカラカラー!』と返答があった。
そして何より……彼らはしっかりと、アイドル文化に馴染み、そして、澪とナビスに信仰を捧げていた。
そう。回数を重ねるごとに、ナビスの光り方は強まっているのだ。澪が太鼓を叩き、ナビスが歌う度に、彼ら自身の祈りが強まっていったらしい。
その祈りは、『ナビス様かわいい!』であったり『ナビス様最高!』であったりするのだろうが……それと同時に、彼ら自身の、彼ら自身に対する祈りでもあったのかもしれない。
即ち、『人間らしく在りたい』と。
漫然と、ただ動くだけの生を送るのではなく、知性を取り戻し、より一層楽しく暮らしたい、と。より人間らしく、と。彼ら自身がそう、望んでいるように見えた。
いつの間にか、スケルトン達は自分達の居住区画を鉱山地下3階の一角に設けていた。古びた布や麻袋を敷いて寝床のようなものを作ったり、物干しロープのようなものを張っては、やはり古びた布切れを干し始めたり。
そして、日誌が更新され始めた。日誌はポルタナ鉱山地下3階が閉ざされた日の日付でずっと止まっていたが、そこに『本日も怪我や事故無し』という一文が書き加えられるようになったのである。……同時に、『聖女ナビス鉱山ライブが開催!』といったメモ書きも加わるようになったが。
まあ、つまり……澪が狙った通りなのだ。
スケルトン達は、ナビスを推すにあたって、ナビスをより推すために、自分達の成長を願ったのだ。
ナビスの歌を理解するために知性を取り戻していったし、曲中に盛り上がりたくてペンライトを振ったり骨を鳴らしたりする器用さを取り戻した。
彼らの内発的な動機付けによって生まれた強い意思は、スケルトン達を大いに動かして、彼らを人間らしく変えていったのである。
……ということで。
「鉱山地下3階、攻略完了でーす。お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でした……う、うーん、本当にこれでいいのでしょうか!?」
鉱山地下3階に、『魔物』は居なくなったのである。いや、魔物である。魔物だが、友好的で理性的、かつ紳士的なホネホネボーンらを相手に警戒は必要ないであろうということを考えると、まあ、これで『攻略完了』としてもいいだろう。
「鉱山地下3階の採掘も進んでるし」
「そうですね……今までぼんやりと採掘していたものが、やりがいを得て力強い採掘になった、というようなかんじがありますものね」
そう。現在、鉱山地下3階の採掘は、スケルトン達が行っている。……地下2階で採掘している鉱夫達からは、『なんか誰も居ないはずの鉱山地下3階からつるはしの音が聞こえる!こわい!』と専らの評判であるが。
「えーと、ところでスケルトンにお支払いするお給料って、どうしたらいいんだろ」
一方、悩みも新たに生まれてしまった。
そう。スケルトンを鉱山の従業員として扱うならば、彼らにもきちんと給金を支給する必要があるのだ。
……スケルトン達は酒や串焼き肉を食べるが、実のところ、食べずとも生きていけるらしい。スケルトンは骨なので、当然といえば当然だが。
つまりスケルトンには、給料が必要ない、のである。衣食住、それら全てを不要とするスケルトンには、『生活に係わるお金』が一切必要ないのだ。そして……。
「う、うーん……採掘されたものはこちらで買い上げる、という風にしましょうか?」
「いや、そもそも彼ら、お給料をお金でもらっても、お金使う場所がないじゃん?っていう」
「あ、あああ……そうでした。使えないお金はただの金属ですものね……」
スケルトン達は現状、生活に関係無い趣味にお金を掛けようにも、そもそもそのお金を使う場所が無い、という状況にあるのだ!
「かといって、鉱山の外に出ていただくというのも……ええと、大丈夫なのでしょうか?」
「え、えーと、太陽の光で溶けちゃうとか、そういうの、無い?私、流石に分かんないけど……」
「私としましても、このように友好的で理性的なスケルトンの話など聞いたこともありませんので、何とも……」
スケルトンに外出してもらって、そこでお給料を楽しく使ってもらう、というのも難しい。彼らは外出するのに少々不便な体をしているのだから。……流石に、ポルタナの人々だって、骨が歩いていたら驚く。流石に。流石に仕方ない。
また、スケルトン問題はまだある。
「……やっぱり、スケルトンだと聖銀は採掘できないってことなのかな」
澪とナビスが鉱山地下3階を訪れると、そこには、採掘された夜光石がたっぷり入った木箱がいくつもある。だが……聖銀は、ほとんど採掘されていないのである。
それもそのはず。聖銀は魔除けの力を持つ金属だ。スケルトンは今やすっかり闇の生き物ではなくなったとはいえ、やはり、その体の根本は魔物なのである。聖銀に触れるのは、どうも、嫌らしい。
「そう、ですね。夜光石は採掘してもらえるようですが……うーん、聖銀が出てきても触れない、となると、彼らも困るでしょうし……」
スケルトンに鉱山地下3階を任せておくと、そのあたりが困るのだ。
鉱山地下3階を攻略すれば、聖銀が手に入る予定だった。そして、聖銀を手に入れたなら、聖銀のワイヤーを作って、それでポルタナ近海を一気に魔除けして海を取り戻すこともできるはずだったのだ。
だが、スケルトン達に採掘を任せていると、聖銀は手に入らない。この鉱山一番の資源かとも思われる聖銀を手に入れられないとなると……何かと、困るのだが。
解決する方法は、2つしか無い。
1つは、スケルトンに聖銀を触れるようになってもらうこと。何か、道具があれば可能なのかもしれないし、訓練次第でなんとかなるのかもしれない。こちらは模索の余地が全く無いわけでは、ないだろう。
だが、手さぐりになる。何せ、このように友好的かつ理性的に働くスケルトンなど、世界を探してもここにしか居ないだろうから。
そしてもう1つの解決方法は……。
「……人間の鉱夫さん、連れてきてみる?」
人間の手を、使うことだ。




