原始の祈り*2
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「確かに……いえ、でも、そ、そんな……ああ、なんてこと!」
ナビスは狼狽えた。そんな馬鹿な、と思いたかったが、ミオの言うことには確かな説得力がある。
ここのスケルトン達は、間違いなく魔物だ。元が人間であったとしても、今は、魔物。だが……。
……魔物だ、と、割り切れない。
ナビスは覚えているのだ。自分がまだ小さい頃、母に連れられて鉱山を見に来て……そこで見た、聖銀を採掘している鉱夫達の姿を。
そして、小さなナビスに笑いかけてくれた彼ら、楽しく仕事をしていた彼らは、死んだ。
……鉱山に、魔物が湧き出たあの日。ナビスも、ナビスの母も、彼らを救うことはできなかったのだ。
そんな彼らが、今、こうしてアンデッドとなっている。闇の中に囚われて、彷徨うように、鉱山の中をうろついている。
「神よ、神よ……どうか、彼らに、安らかな死を……」
ナビスは祈りを捧げていた。あの日自分達が救えなかった者達に、どうか、今度こそ『死』を、と。
だが。
「いやいやいやちょい待ちナビス」
祈るナビスが少々光り輝き始めたところに、ミオが止めに入る。
「安らかな死なんて、要らないよ」
「え、あの、ミオ様」
どういうことですか、とナビスが問おうとしたその時、ミオはナビスを導くように、笑うのだ。
「安らかな死より、楽しい生!でしょ!」
ミオの言葉は明るくナビスを励ました。悲しみの中に、『悪いことばかりじゃない』と希望がほんのり灯ったような、そんな気分になる。
「し、しかし……彼らは、もう、魔物になって……」
「でも、なんとなく記憶……っていうか、人格?えーと、少なくともそういうのの名残くらいはありそうじゃん?今も当時みたいに働いてるんでしょ?あれ」
まだ、取り戻せるのだろうか。死んだ人を生き返らせることはできずとも、救えなかった彼らの、心くらいは、救えるだろうか。
ナビスが顔を上げ、ミオを見つめると、ミオは笑ってナビスの手を引く。
「ということで……多分、彼らも楽しめる曲があるわけじゃん?やっぱり知ってる曲は楽しみやすいからさ!聖歌じゃなくて、そういうの、歌ってみない?」
「……はい!」
この悲しみをどうしていいのか、まだ、ナビスの中では結論が出ない。
やはり、アンデッドと化してしまった彼らに『死』を願うのが、聖女の仕事であるようにも思える。
だが……『ここで死んだとしても、そんなの悲しいだけ』とも、思うのだ。
アンデッドとなって、与えられるはずだった死すら取り上げられてしまった彼らがここで死ねたとしても、闇を彷徨った分が報われない。
だから……。
「鉱夫の皆さん!お勤めご苦労様です!」
ナビスは、スケルトン達にそう呼びかける。
闇の向こうは、見えない。だが、カタカタ、と動いたスケルトン達がこちらを見るような気配は、あった。
こちらから見えない視線をいくつも感じながら……ナビスは、笑う。
「ポルタナの為に、いつも、ずっと、ありがとうございます。……どうか、あなた達のために、一曲歌わせていただけませんか?」
彼らをただ死なせるわけには、いかない。
これまでの埋め合わせの分くらいは楽しさや喜びを思い出してもらってから、死を祈りたい。
それが、ナビスの考える聖女の役割なのである。
ナビスは歌う。
歌うのは、かつてポルタナで歌われていた労働歌だ。ポルタナの鉱山でかつて働いていた者なら、誰でも知っている歌。
つるはしを振るう作業は重労働である。ついつい疲れから不平不満を零してしまいがちだ。だからこそ、そんな作業中に歌うものがあれば、ひとまずそれで口がふさがり、楽しく作業ができる、という訳なのである。
歌には色々な力がある。人々の気持ちを鼓舞したり、慰めたり。中でも一番大きな力は、歌う者同士の心を一つにまとめ上げてくれることだろう。
ナビスは、かつて鉱山から聞こえてくるつるはしの音と、彼らが歌う歌を聞くのが好きだった。荒々しくも明るく楽しい歌は、今も、ナビスの脳裏に残っている。
ナビスが歌い始めると、不思議なことに、スケルトン達の気配が生まれ始めた。
今までただ空虚だったものに、意思が、取り戻されたような。確固たる『個』になったような。……自我が、取り戻されたような。
そんな空気の中、更に、不思議なことが起こる。
かん、かん、と響くつるはしの音が、揃い始めたのだ。
今までまばらにあちこちから聞こえていたつるはしの音が、ナビスの歌に合わせて、一定のリズムで響くようになった。
……今、スケルトン達は、歌に合わせて動いている。
かつて、鉱山でそうだったように。
そうしてナビスが歌い終えると、スケルトン達はまた、ふっ、と意思を失ったように彷徨い始める。
一度揃っていたつるはしの音も、またまばらなものへと変わっていく。まるで、魔法が解けてしまったようだった。
だが……意味はあったと、思いたい。
ほんのひと時でも、彼らは、かつてを思い出すことができた。それは意味があるのだと、ナビスは思う。
そして何より、ナビス自身にとって、意味があったのだ。
「……ミオ様」
ナビスは、自分の中で固まった意思をミオに伝える。
「私、やはり、神の力を使おうと思います」
「神の力、を?」
ミオは不思議そうにしていたが、ナビスはこの意思を貫きたいと思う。
「ええ。祈るのです。……彼らに、健やかなる第二の生を、と!」
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ということで、澪とナビスは一旦、鉱山地下2階まで戻った。というのも、ナビスが歌をやめてしばらくすると、またスケルトンが澪やナビスに向けてつるはしを振るうことがあったからである。落ち着いて話せる場所へ、となれば、ひとまず上層へ退避するのが手っ取り早い。
「えーと、とりあえず分かったこととしては……スケルトン達さあ、攻撃してこない、よね?」
まず、澪とナビスは現状の確認と状況の把握のすり合わせを行う。互いに『アレああだったよね』とやっておくと、後々のトラブルが生まれにくいのだ。澪はこれを、吹奏楽部で学んだ。
「前回、様子見した時にはスケルトン達が押し掛けてきたけど……あれは多分、魔除けの光バッシバシにキメてたからだろうなあ」
「そう、ですね。そしてあれはきっと、浄化されたくて寄ってきた、というよりは……自分達に敵対するものを排除しにきた、という様相だったように思います」
「あー、やっぱそう?そっかあ、じゃあ、今後も魔除けの光は灯さないどいてあげた方がよさげかなー」
とりあえず、スケルトン達は今、どういう意図かはさておき……どうも、魔除けの光は嫌っているように見える。魔物であるから当然なのだが。
「ええと……それから、彼らの魂が、ここにあることは分かりました」
「ね。あれ、鉱山の歌でしょ?反応してたわけだし、全部が全部失われてるわけじゃなさそうだよねえ」
続いて、先ほどの歌に反応していたことを考えれば、やはり彼らは元々ここに居た鉱夫達で……そして、今も彼らの中にはその魂が残っている、ということになるのだろう。
「骨もあります。肉はありませんし、代わりに魔性が憑りついて彼らはスケルトンとなっております。ですが、そこに知性をもう少しばかり取り戻せたら、魔性を抑えることが、できるのではないかと」
「ほー……魔性?」
「はい。魔物が人間を襲うのは、魔物には元々『人間を襲え』という意思を伴った力が備わっているからです。だからこそ、彼らは人間を襲いますし、魔除けによって退けられます。まあ、魔物の命そのもの、といったところ、でしょうか……」
どうやら、魔物というものは元々そういうものらしい。ブラウニーなどはむしろ人間が大好きな様子だが、あれもあれで少なからず、『人間をちょっぴり驚かせてみたいな!』といったような、そういう気持ちはありそうである。まあ、魔性とやらがかわいく出た例がブラウニーなのだろう。
「魔性が強く出ている間は、どんな魔物も人間に敵対してしまいます。そして、知性の弱い魔物ですと、その魔性に振り回されるがままに人間を襲う訳でして……」
「あー、コボルドとかドラゴンとか、そういうかんじ?」
「はい。そういうかんじです」
コボルドも道具を使うような知能はあったらしいが、要は、それでは知性が足りない、ということなのだろう。そのさらに上を行けば、もしかすると、ブラウニーのような具合になるのかもしれない。
「彼らは、元が人間でした。ですから、知性があったころの記憶が、魂に刻まれているはず。それを取り戻せたならば、もっと楽しく過ごせると思うのです。望みはあると、信じたい」
ナビスは一生懸命に澪へ訴えてくる。希望に縋るその表情は、必死であって……それ以上に生き生きとして、力強い。
「彼らの呪縛を解くべく、祈ろうと思います!」
……ということで。
「つまり、彼らに知性を与えるべく祈る、ってかんじ?」
「はい。……神の力が何でもできる力なのだというのなら、それもまた、可能かと」
結局のところ、ナビスが聖女である以上、神の力を使うのが良いだろう、という結論に落ち着いた。
神の力は、人々の願いを叶える力だ。だから、ナビスの祈りが届いたなら、それはきっと形になる。……或いは、スケルトン達も『人』としての意思が欠片でも残っているのならば、それにもまた、神の力が応えてくれるかもしれない。
「しかし、如何せんそんなことはやったことがありませんので、果たしてどれくらいの信仰心が必要になるのやら……」
だが、ナビスはどうやら、そこを懸念しているらしかった。
そう。スケルトン達を救うために神の力が必要となると、また堂々巡りになってしまうのである。
スケルトン達がブラウニーのように交流できる存在なら、と模索し始めたきっかけは、言ってしまえば、『倒すための信仰心を削りたい』というコストカット精神であった。
だがそのスケルトンのためにやはり信仰心を必要とするのであれば、その信仰心はどこから手に入れるのか、といった問題になり……。
「まあ、いいんじゃない?やってみよ!」
それでも澪は、この案に賛成する。
「その方が、納得いくでしょ?」
賛成するのは、きっとナビスの心残りがここにあるのだろうと分かったから。
ナビスの心残りはきっと、ポルタナの皆が抱えるものだ。それを少しでも和らげることができるなら、澪は、多少の苦労や遠回りを経てでも、それを実現したいと思う。
「しかし……恐らくは、彼らの死を祈り、浄化してしまうのが最も早く安全な道でもあるのです」
「そうかなあ。先々のことまで考えたら、そうでもなくない?」
それに、澪は考えていることがあった。
「ほら、スケルトンの鉱夫を雇うためだと思えば」
「……へ?」
……ナビスは、ぽかん、としてしまったが。
「……え、えええええ!?」
ぽかんとし終えたナビスは、珍しくも声を上げて絶句した。
「は……働かせるのですか!?スケルトンを!?もう死んでるのに!?」
「えっ、駄目かな?だってほら、死んでるっていっても、動いてるし」
ねえ、と澪が聞いてみると、ナビスは『まあ、確かに……』と
「えええ……いいのでしょうか……いいのでしょうか、それは……魔物を雇って働かせるという点でも……」
「まあ、彼らの希望を聞けたら一番いいよねえ。ブラウニー程度にでもさあ、意思の疎通ができたらいいじゃん?希望採って、希望者には浄化されてもらって、そうじゃなかったらまあ、引き続き鉱夫やってもらって……あっ、そうだよ。ほら、ブラウニーは魔物だけど、働いて貰ってるし」
「あっ!?そういえばブラウニーには働いてもらっていますね!?」
戸惑うナビスを相手に澪は、『いいじゃんいいじゃんやっちゃえ!』という方向にナビスをころころ転がしていく。
そう。
信仰心を余計に使ってしまうかもしれないというのなら、その分は彼ら自身……スケルトン自身に払ってもらえばいいのである!
労働によって、消費した分は生産してもらうのだ!
「さて。で、それからもう1つ。ちょっと思ったことがあるんだけどね?」
ナビスが『スケルトンを雇う……』とぽやぽやしている間で申し訳ないが、澪はもう1つ、提案したい。
「スケルトン自身に、動機が必要だと思うんだよね。変わりたい、っていうか、戻りたい、っていうか。ほら、もっと楽しみたいって思ってもらえたら、彼ら自身も、知性とか取り戻すのに協力してくれるかもしれないじゃん?」
今の状態のスケルトン達は、ぼんやりとして意思薄弱な様子だ。だが、そんな状態でも、感じるものがあるらしい、ということはもう分かっている。
だから、それをもっと盛り上げるのだ。知性が無くとも、『これ楽しいなあ』と思ってもらえるくらいに。そうすればスケルトン達も協力的になってくれるかもしれない。
「……それで、ナビスのこと、好きになってもらおう。『好き』の力って、すごいからさ。もしかしたら、ナビスを推すために、皆、自ら進んで理性あるホネホネボーンになってくれるかもしれない!」
同時にそれはきっと、ナビスを助けることにもなる。澪は、そう思うのだ。




