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出発信仰!  作者: もちもち物質
第一章:聖女とはアイドルである
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ブラウニーの結婚式*4

 その日の内に、澪とナビスは一旦メルカッタへ向かった。そこでカルボに馬車の増産をお願いして、ついでに鍛冶職人や宝石職人の心当たりが無いかを尋ねる。カルボは『俺はここから動く気は今んとこねえぞ』とのことだったが、『動いてもいいって言う奴がいたらポルタナを紹介しておく』とも言ってくれた。

 その足でギルドにも向かい、そこでも求人広告を出す。今回募集するのは、農夫と鉱夫、そして鍛冶職人と宝石職人だ。

 これらの求人広告は、求人であると同時に『ポルタナの鉱山がまた開放されました!』というお知らせでもある。宝石も金も産出するようになったポルタナを、存分に知ってもらいたい。


 ……そうして求人広告を打ったら、帰り道でまた、野営する。野営先は当然、ブラウニーの森だ。

 ブラウニー達は既に澪とナビス相手には隠れる気が無いらしく、澪とナビスが森に入った途端、木の陰からぴょこんと顔を出し、草の間からぴょこんと顔を出し、そしてわらわらと寄ってくる。あまりに可愛らしいので、澪もナビスも満面の笑みである。

 だが、ブラウニーと戯れてばかりも居られない。澪とナビスは早速、ドラゴンタイヤの増産についてブラウニーにお願いし、澪の装備を頼むべくドラゴンの皮や骨を渡し……そして、それらの快諾を貰った。ブラウニー達は早速、ドラゴンの素材や既製品の車輪、そしてお礼のブドウパンとミルクと砂糖菓子を見て楽し気に動き回り始めている。

 ……だが、ブラウニー達は作業中の姿は内緒にしたいらしい。澪とナビスを寝かしつけようとしてくるブラウニー達があまりに可愛らしいので、澪とナビスはあえなく陥落し、早目の時間に眠ってしまうことにしたのだった。


 そして翌日。

 すっかり出来上がっているタイヤに、澪とナビスは拍手を送った。すると、こそ、こそ、と木の陰や葉っぱの陰からブラウニー達が顔を出して、にこにこと嬉しそうにする。同時に、澪の装備についてはもうちょっと、というように絵を描いて見せてくれた。

 絵を見る限り、あと3日程、太陽が沈んで月が昇る時間が欲しいらしい。それくらいなら全く問題が無い。澪はブラウニー達に存分に礼を言った。

 ……そしてドラゴンタイヤと装備の着手のお礼に、ナビスが歌を歌った。前回喜んでもらえたので、折角なら、ということで。

 するとこれがまたブラウニー達には大層人気であった。わらわらと物陰から出てきたブラウニー達はナビスの歌に合わせて体を揺らして、存分に楽しんでくれたらしい。一曲終わったと思ったら、『もう一曲、もう一曲』というように可愛らしくお願いのポーズを取られてしまい、ナビスは2曲目も歌うことになった。そして、ブラウニーにメロメロである。仕方がない。可愛らしいものは強い。強いのだ。

 ……ということで、2曲目を終えたナビスと澪は、この小さく可愛らしいファン達に見送られ、ブラウニーの森を後にすることにしたのだった。




 さて。

 そうしてポルタナに戻ってきた2人は、いよいよ海に出ることになる。

 準備を進める傍ら、ナビスは少しばかり、深刻そうな顔をしていた。

「今はシベッドが主になって近海の魔物を退けてくれています。しかし、鉱山に魔物があっという間に増えた時のことを考えると、いつ、海でも魔物が急増するかわかりません。ですから食料のことが無くとも、近い内に海の魔物退治は行いたかったのです」

 ポルタナにとって、海は良き隣人であり、貴重な資源であり……同時に、荒れ狂って人を襲う敵でもあって、そして、魔物の住処でもあった。

 ポルタナからごく近い海にしか出られないのも、そこを維持するためにシベッドが頑張っていることも、決して望ましいことではない。本当なら、魔物になど怯えずに過ごしていたい。

「成程ね……海かー。確かに、ポルタナで海の安全が確保できていないと、お魚や塩、それに聖水の生産にまで影響してきちゃうよね」

 海の安全が保たれないことには、ポルタナの産業も安定しない。

 魔物退治のために余計な人員を使うことになるし、安全が確保されないところでは大規模な漁や製塩ができない。特に、塩はポルタナを支える産業の1つへと変わりつつある。より大規模にしていくためにも、海の安全は確保しておきたい。

「よし……じゃ、これで準備は終了、ってことで」

 ポルタナの海の安全を確保するためにも、近海の魔物を狩らねばならない。親玉のようなものが居るなら、それも。

 ……ということで、澪は教会の倉庫にあった古い銛を装備している。鉄でできたそれは長さがあって重いが、重い分、水の中の魔物にも突き刺しやすいだろう。

「じゃ、行こうか」

「ええ。……少し緊張しますね」

 澪とナビスは会話しつつ教会を出て、そのまま船着き場へと向かう。温かな日差しと潮風を浴びながら歩いて行けば、すぐ、船着き場とそこにたたずむシベッドの姿が見えてきた。




「やっほーシベちん!元気?」

「今日はよろしくお願いしますね、シベッド」

「……おう」

 シベッドはいつも通りのぶっきらぼうな様子であったが、敵対心があるわけでもないらしい。最初は澪に対して非常につんけんしていたことを考えると、単なるぶっきらぼうにまでなったのは快挙と言えるだろう。

「で、今日はなんだよ。魔物退治か?」

 シベッドは舟の準備をしながら、そう尋ねてくる。そう。澪もナビスも、『明日、近海の魔物をどうにかすべく海に出たいので付き合ってほしい』という旨しか伝えていない。具体的な方法などは、まだ話していないのだ。

 ……ということで。

「今日はね、近海の海水を聖水に変えに来たんだ!」

「……は?」

 澪は元気に発表して、シベッドを唖然とさせたのであった。


「いや、聖水ってさ、ほら、海水じゃん?なら、海って丸ごと聖水にできるポテンシャルがあるってことじゃん?」

「ぽて……?な、なに言ってるか分かんねえんだよ、お前!」

「まあまあ。とりあえず『じゃあ海をそのまま聖水にしたらどうなんの?』っていう実験をするってことで理解してくれればいいから!」

 シベッドは困惑している様子であったが、澪もナビスもやる気である。

 ……そう。聖水の原料は、塩水もとい海水だ。海水を汲んで聖水を作っているのだから、海水をそのまま聖水にすることも、理論上、可能なのである。

「近海の海水を悉く聖水に変えてしまえば、魔物が寄り付かない海を作ることができます!試してみる価値はあると思うのです!」

「ナビス様がやるって言うなら、俺は反対するつもりはねえよ……けど、負担は、どうなんだ」

 意気込むナビスに対して、シベッドは少々、及び腰である。どうやら、大量の聖水を作ることでナビスにかかる負荷を心配しているらしい。

「やってみないと分かりません。けれど、無理はしないことを約束します」

「ね。無理してナビスが体壊してたら本末転倒だし。そこは私も止めるから大丈夫だよ、シベちん」

 勿論、聖女としての基本的な力とはいえ、聖水づくりを大規模に行ってしまえば、その分ナビスにかかる負担は増える。だが、ナビス曰く『自分にかかる負荷はある程度調整できますから』とのことだったので、『いざとなったら私がナビスを止めるからね!』という澪の同意の下、今回の作戦が決行されることとなったのだ。


 そうして舟が出航した。ざぶん、と波に揺れ、白く波を砕きながら、青い空と青い海のあわいを舟が進んでいく。

 シベッドが舟を漕ぐ横で、ナビスは祈りの言葉を唱え、ミオは聖銀のラッパを構えて音出し練習を始める。2人とも、すっかりやる気であった。

 ……そうして、舟がある程度陸から離れたところで。

「よし!じゃ、いくよー!」

「はい!こちらも始めます!」

 澪が合図すると、ナビスも身構え……そして、澪のラッパが鳴り響くと同時、海水に淡い光が灯り始めた。

 澪のラッパの魔除けの光と、聖水が生まれる淡い光。それらに照らされ、強い潮風に髪や服の裾を大きくなびかせながら、澪とナビスはそれぞれに魔除けを進めていくのだった。




 ……だが。

「だ、駄目みたいです」

 ナビスの限界が来てしまったらしい。

 どうも、海を丸ごと聖水にする、というようなことはできないらしい。流石に量が多すぎるということなのだろう。

「ま、まあそうだよねえ……お疲れ、ナビス。ありがとうね」

「いえ、私も良い経験になりました。うーん、恐らく、魔除けの紐のようなものがあれば、ここら一帯の聖水化もできそうなのですが……」

「塩だと溶けちゃうから、海に使うのは難しいかもねえ……」

 道具があれば何とかなるのかもしれないが、そもそもナビスに無茶はさせたくない。やはり、聖水を作る量に限界があると分かった以上、一旦この案はここで打ち止めにした方がいいだろう。

「おい。そもそも、海水は流れてんだ。聖水にしたって、流れて混ざって消えていくだけじゃあねえのか?」

「それでもよいのです。魔物達が『あのあたりの海には聖水が混ざることがある』と学んでくれれば、いずれ寄り付かなくなるでしょうから。ですから、毎日少しずつでも、近海の海水を聖水に変えていくことには意味があるかと」

 シベッドはこの作戦のそもそもの有用性に疑問があるようだが、ナビスと澪は、意味があると考えている。

 魔物だってバカではないだろう。自分達の命が危うくなる海域があると分かれば、このあたりには寄り付かなくなるはずだ。だから、海の聖水化には意味がある。ナビスは『私の修練も兼ねて、毎朝の日課としても良いかもしれません……』と意気込んでいるほどだ。

「……ま、一旦振り出し、ってことでいいかな。毎日ちょっとずつ聖水を流す方法も、結構時間がかかりそうだし……あーでも、どのみち海の整備は地道にやるっきゃないのかー……」

 澪は『どうするかなあ』と天を仰ぐ。

 海が使えるようになると、いい。漁にも良い影響があるだろうし、いずれ、物品や人を海路で輸送するといった手段も選べるようになる。だから、いつかは、海の解放が必要なのだが……。

「……聖銀の線があれば、できると思います」

 悩む澪に、ナビスがそう、言った。


「聖銀の線なら、塩のように溶けてしまうことはありません。それでいて、魔除けの力を聖銀自体が持っていて、私が流す力を増幅してもくれますから」

 なんと、海の攻略に希望が見えてきた。

 そう。聖銀というものも、そう遠い存在ではないのだ。……何せ、鉱山の地下3階で採れるのは、他ならぬ聖銀なのだから!

 だが、鉱山の地下3階、である。

「となると、地下3階の攻略……」

「信仰心の確保が必要ですね……ああ、夜光石も地下3階で採掘できますから、その、ぺんらいと、とやらも、鉱山3階を攻略するまではお預けになりそうですが……」

「そして人員不足は相変わらず……ああああ、やっぱ礼拝式しながら地道に信者集めてくのがいいのかなあ!?」

 結局、問題は堂々巡りなのであった。


 澪は、分かってはいる。急ぎすぎているのだと。

 きっと、もっと時間をかけて数年単位で進めていけば、事は簡単なのだ。

 だが……澪は、元の世界に残してきたものがある。急ぎたい理由があるのだ。年単位で時間をかけるのは、躊躇われる。

 しかしそれも、澪の都合だ。ナビスやこのポルタナのことを考えるなら、然程急ぐ理由はない。精々、ナビスが他の地域の聖女達に潰される前にそれなりの地位を築いておいた方がいいだろう、という程度のことで……。

「……考えてばっかりだと、気分が沈んじゃってよくないねえ」

 だから澪は、一度考えを打ち切ることにした。

 答えの出ない問いを続けていても、健康に悪いのだ。澪は、『私、元の世界に帰るの諦めた方がいいのかなあ』という自らへの問いかけに、そっと蓋をした。




 翌日は、鉱山にある製錬炉を見て回った。澪は炉の存在を話に聞いただけだったので、実際に見ておきたかったのだ。

 炉は立派なもので、損傷らしいものも然程大きくない様子だった。これならば、職人を誘致できさえすれば彼らが補修できるだろう、とのことである。鉱夫達の中にも何人か、炉や鍛冶に詳しいものが居たので、彼らの意見を聞きながら、必要になりそうな資材を手配したりなんだりと、澪とナビスは奔走した。


 その翌日は、次の礼拝式の物販に向けて手ぬぐいを新しく作った。

 とりあえず、ドラゴンの模様を入れた仕様で作ってみる。澪とナビスの心は既に鉱山地下3階をどのように攻略するか、という所に移っているが、世間から見てみればまだまだ『竜殺しの聖女と勇者』の称号は新しく、当面はこれを名乗っていても良いものと思われるので存分にアピールしていく所存だ。

 ……尚、このドラゴン柄の元の絵を描いたのは、ナビスである。ナビスが描いたドラゴンは、どこかころんと丸っこく、妙に愛嬌があったため、そのまま即採用となった。ナビスは描く絵まで可愛いのだ!




 ……そうして、3日後。

「その……ミオ様。少し、お出かけしませんか?メルカッタまで」

 朝食の席で、澪はナビスにそう、切り出される。

「メルカッタでの人員募集がどの程度進んでいるかも確認しておきたいですし、ブラウニー達からミオ様の装備を受け取りたいですし。それに、ブラウニー達を見ていたら、きっと元気が出ますから」

 ナビスの話を聞いて、澪は少しばかり反省する。

 恐らく、この3日間、澪が少々元気を欠いていたのをナビスは気づいていたのだ。……澪の焦りが元の世界への思いであることを、ナビスだけは知っている。それ故に、ナビスもきっと、澪を見て心配していたはずだ。

 申し訳ないことしたなあ、と思いつつ、澪は自分が余裕を欠いていたことにも気付く。ナビスが澪を案じている様子はきっとあちこちにあったはずなのに、どうも、それらを見過ごしていたようだから。

「うん。いいねいいね!行こう!……ありがとね、ナビス」

「いいえ。……それに、私もブラウニーと会うのが楽しみで……ふふふ」

 ブラウニー達の様子を思い浮かべているらしいナビスは、にこにことろとろ、と嬉しそうな笑みを浮かべていてこちらもまた可愛い。そんなナビスを眺めつつ、同じくブラウニー達の様子を思い浮かべた澪は、ついつい表情が綻んでしまう。

「ああー、分かる分かる。ブラウニー達は可愛いファンだもんねえ。いっぱいファンサしてあげようね!」

「ふぁんさ……?ええと、ふぁん、というのは、信者、ということでしたよね?」

「あ、うん。大体そんなかんじ」

 澪の頭の中では、先日文句をつけてきた神官イデモが『ファンと信者を一緒くたにするとは何事ですか!』とわめき始めたが、澪はその考えにスンッと蓋をした。いいのだ。大体同じなのだ。信者もファンも、大した違いではないのだ。




 ということで、澪とナビスはブラウニーの森へやってきた。すると、わらわらと早速集まってきたブラウニー達が、ぴょこぴょこと跳ねて歓迎してくれる。

「こんにちはー!皆の聖女ナビスと勇者ミオだよー!」

 澪が挨拶すると、ブラウニー達はそれに歓声を上げるように、またぴょこぴょこと飛び跳ねてくれるのだ。

「皆、元気をありがとー!皆のおかげでなんだか元気出てきたよー!」

 もう、ブラウニーを見ているだけで癒される。こちらに只々好意的で、手先が器用で、可愛い生き物。最高である。澪だけでなく、ナビスもまた、にこにこと溢れんばかりの笑みである。そして、ブラウニー達も勿論、にこにこと嬉しそうなのだ。

「またナビスが歌っていくから、皆、ライブを楽しんでいってねー!」

 ノリにノッた澪がそう言えば、またブラウニー達が飛び跳ね……そして。

「……あらっ!?」

 ……ナビスは、困惑した。

 澪も、困惑した。


「え、ええと……これ、もしかして……」

 澪は只々困惑しながら、ナビスを見つめていた。

「ブラウニーにも、信仰心が、ある……?」

 ……ナビスはぽかんとしていたが、ぽややん、と光り輝いている。

 つまり、そういうことである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そうだよねえ、人間関係が出来ちゃうと愛着が出ちゃうよねえ、こっちの世界にも
[一言] これはつまり、ゴブリンもドラゴンもスケルトンもファンになりうるってことか……? 歌で世界を救えちゃったりするのでしょうか……!?
[一言] ブラウニー達もナビスちゃんのファン兼信者になれるんだね!礼拝式に来れたらいいのにね!
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