ポルタナ街道*9
そうして数日後。
澪とナビスはブラウニーに差し入れを持って行った。
持って行ったのはブドウパンとミルクと、在庫にあったドラゴンの鱗。それに、頼まれてはいないが付けてみたくるみパンとリンゴとポルタナの塩である。
赤い宝石と金色のどんぐりとウエディングドレスはまた今度、ということになるので、その旨を伝えつつ、澪とナビスはブラウニー達の森で野営した。
……すると翌朝、お供えしておいたものは綺麗に消え、代わりに綺麗な花と、リボンの絵が描いてある紙が置いてあった。
「……これ、なんだろ?」
リボンの絵は、分かる。どうやらブラウニー達はおリボンが欲しいらしい。かわいいのでメルカッタで買って持ってきてあげよう、と思う澪なのだが……置いてある花のことは、分からない。
「わあ……驚きました。これはとても珍しい花ですよ。ずっと枯れない『永遠の花』です」
そしてナビスはその花を知っているが故に、驚いていた。
ほんのりと透き通ったような白い花びらの、掌くらいの大きさの花だ。何かの細工物のようにも見えるが、その花びらの一枚一枚がきちんと瑞々しくて、植物特有の触り心地を有している。
「これ、お礼ってことかなあ」
「かもしれません。ふふ、素敵な贈り物を頂いてしまいましたね」
ブラウニー達はどうやら、パンやドラゴンの鱗などの御礼に、これをくれたらしい。澪とナビスはまだ見ぬブラウニー達に思いを馳せつつ、互いにくすくす笑い合う。
小さな隣人達とは、どうやら上手くやっていけそうである。
さて。永遠の花を手に取って眺めていた澪だが、ふと思いついて、にま、と笑いつつナビスに声を掛ける。
「ナビス。こっち向いて」
「はい、なんでしょうか」
澪は永遠の花を手にナビスへ手を伸ばし……そっと、髪に永遠の花を飾る。思った通り、透明感のある白い花は、ナビスの銀髪によく似合った。
「へへ、似合うよ」
「まあ……ありがとうございます」
ナビスは頬を赤らめて目を伏せて、何とも可愛らしい様子で恥じらった。
「今日、このままライブしよっか。これ、かわいいし」
「そうですか?なら、そのように……少し恥ずかしいですが」
もじもじ、としているナビスの姿に思わず『かわいい!』と叫び、澪は今日のメルカッタでの出張礼拝式の成功を確信したのであった。
メルカッタでの礼拝式は、まず、ギルドで行う。
これは以前も行ったことがあるので、肩慣らしに丁度いい。ギルドの皆は今やすっかり澪とナビスの味方なので、そういう意味でも非常にやりやすい。
ギルドで覚えた歌を中心に歌えば、集まっていた戦士達は大いに喜び、楽しんでくれた。
そうしてギルドでの出張礼拝式を終えたら、ご飯である。本来なら聖女側で聖餐を用意することも多い礼拝式だが、会場がギルドの食堂ということもあり、聖餐は各自で注文してください、という方式になっている。澪とナビスもシチュー定食を注文して食べることにしている。
すると、自分達で酒や食べ物を注文して飲んで食べては陽気になった戦士達が、澪とナビスに様々な言葉を投げかけてくれるのだ。共に食事をする聖女、というのはどうも彼らからすると珍しいらしく、『今日も元気をもらったよ』『毎週来てくれていいんだぜ!』『もっとお食べ!』と、とんでもない人気ぶりである。
食堂の店主もすっかりナビスのファンであるらしく、ナビスと澪のシチューの皿には綺麗に飾り切りされてお花の形になった人参が特別に入っていた。これには澪もナビスも、顔を見合わせて笑顔になるしかない。
「ところで、レギナの方でもポルタナ式の礼拝式が行われたらしいぜ」
「なんだと!?つまりそれ、ナビス様の真似じゃねえか!汚い真似しやがる!」
……だが、聞こえてきた話を耳にしては、ずっと笑顔でも居られない。
やはり、真似してきた。それも、大都市の聖女様が。……レギナの聖女というと、恐らくマルガリートだろう。つまり、マルちゃんである。
……澪の予想通り、アイドル戦国時代の到来はすぐそこに迫っているらしい。となれば、いよいよ礼拝式は差別化が必要になり、聖女達の中で頭一つとびぬけるために様々な工夫を凝らしていく必要がある。
可能ならば、本格的なアイドル間闘争の前に頭一つ抜けておきたいところだ。この先のことを考えるのであれば。
「ま、楽しい礼拝式が増えて皆の祈りが集まるなら、それはいいことでしょ」
澪は席から立ち上がって、憤ってくれている戦士達に笑いかける。
「むしろどんと来いってかんじ。真似されたら次のやつを誰より先に始めればいいだけだし、皆だって応援してくれるでしょ?」
少々挑戦的に笑って言ってみせれば、澪の笑みと言葉は戦士達の心に火を付ける。彼らもまた、闘争がある程度好きな、血気盛んな野郎共なのだ。
「私はナビスを世界のてっぺんまで連れてくから!」
澪が言い切れば、『よく言った!』『流石勇者様!』『頑張れミオちゃん!』とやんやの喝采が湧き起こる。
澪は笑顔で喝采を浴びつつ、『いよいよ街道の整備と礼拝式の開催、急がなきゃなあ』と内心で考えるのだった。
まあ、焦ったところでどうしようもないことは往々にしてある。澪とナビスはその日はメルカッタの宿でゆっくり眠って、翌日、またメルカッタ出張礼拝式を行うことにした。
翌日の会場は、メルカッタの小さな広場である。ギルドの近くの公園めいた場所なのだが、ここで炊き出しや礼拝を行う聖女も居る、とのことで……。
「ポルタナの塩と聖水、こちらで販売中でーす!普段はポルタナでしか手に入らないものだから、手に入れるなら今だよー!」
……澪は物販を捌いていた。
流石、メルカッタは様々な町の人や物が集まる場所なだけあって、『ポルタナの塩』についても既に噂になっていたようなのだ。おかげで澪の呼び込みに、どんどん人が集まってくる。
「もしよかったら、この後の礼拝にも参加してよ。聖女ナビスの歌は中々他で聞けない美しさだからさ!」
物販で釣って、愛想と宣伝で引き留める。こうして広場には人々が集まるようになり……人が集まっていると他の人達も『なんだなんだ』とやってくるようになる。
そこでナビスが歌い始めれば、人々の注目はナビスへ向き……そして、きっと他の聖女と比べても引けを取らないであろうナビスの歌声に、皆が聞き惚れるのだ。
アウェーな場所での礼拝式であった分、『田舎の聖女がどんなものか見てやろう』というような見物人も居たのだが、ナビスの歌が終わる頃には皆、『あの聖女様は一角のものだなあ』と納得するようになっていた。或いは『普段はポルタナで礼拝式やってるの!?行く!』と熱心なファンになってくれた者も居たのである。
澪が釣り、引き留めて、そしてナビスが取り込んでいく。
……そんな2人の分担によって、メルカッタでの出張礼拝式は、概ね成功を収めたのであった。
それから5日ほど出張礼拝式を行えば、ナビスには十分な量の信仰心が溜まっていた。
「よし!これでドラゴン狩りに行けるかな!?」
「はい!そしてカルボ様に馬車のお代をお支払いすることができます!」
ということで、いよいよポルタナ街道の開通に向けて、先が見えてきた。
これから継続してポルタナ街道とポルタナ乗合馬車を運営していく間に、色々と問題が出てくるかもしれない。特に、消耗品の補修についてはブラウニー頼りなので、ブラウニーの欲しいものリストも早く叶えてあげなければならない。
だが、ひとまず始めてみればなんとかなるだろう。澪もナビスも、非常に前向きなのだ。
メルカッタでリボンや布、レース糸などを購入して、澪とナビスは帰路に就いた。
そうして帰り道でブラウニーにリボンを3巻きほどプレゼントしてみたところ、また永遠の花をプレゼントされた。なのでそれは、澪の胸ポケットを飾ることになった。
……ナビスが髪に永遠の花を飾っていたのは、中々受けが良かったのだ。それは、永遠の花が珍しい花であると同時に、清らかさの象徴であるから、らしい。永遠の花は、聖女にぴったりのモチーフなのだ。これは、ブラウニーに感謝感謝、である。
……そうして、澪とナビスはポルタナに戻って鉱山地下2階へ潜り、なんとかドラゴンを3体ほど倒して持ち帰り、その内臓は除いて、肉はある程度食べたり保存食にしたり加工して……そして皮や牙や爪を、メルカッタへ売りに行く。
メルカッタでお金を手に入れたら、それでカルボに馬車の代金を支払いに行った。カルボは『早えよ!』と驚いていたが、澪とナビスは得意満面の顔をするしかない。
その帰り道では、ブラウニーにまたブドウパンとミルクの差し入れをしてみた。今回はクランベリーのパンも一緒に置いておいたら、とても気に入ってくれたのか、澪とナビスが使っている荷馬車がぴかぴかに磨かれていた。
ブラウニー達が小さな体でせっせと磨いたかと思うと何とも可愛らしくて、澪とナビスはにこにこしながらポルタナへ帰ったのである。
それから、2週間。
「遂に……遂に、完成したのですね!」
「うわあ……こうしてみると、見ごたえすっごいね」
澪とナビスが、そしてポルタナの人々が皆で見つめているのは、ポルタナ街道の灯りである。
そう。それは、電柱に渡された魔除けの紐に伝わった、ナビスの魔除けの祈りが光となって漂っているもの。
クリスマス前のイルミネーションのようで、それよりもっとずっと柔らかく神秘的な光景を見て、澪は何とも言えない深い感動を覚えた。
「綺麗だなあ……」
夜の山の向こう、なだらかな丘陵地帯をずっとずっと、光の道が続いていく。その美しさに、ポルタナ中の人々が見惚れていた。
「馬車もできましたし、タイヤも取り付けてあります。この馬車なら体への負担が少ないですし、何より、とても速いです!」
「ポルタナメルカッタ間が3時間、だっけ?大分速くなったよねえ」
そして、馬車も完成した。カルボが作ってくれた馬車は、従来の板バネ式から更にもう一段階改良して、板バネを2枚、互いに反発し合うように重ねて作ったものであった。これによって、従来の馬車よりも更に、揺れを軽減できる馬車が出来上がったのである。
また、座席には柔らかなクッションを使い、タイヤはブラウニー製のドラゴンタイヤとなっている。おかげで揺れも少なく、座り心地も良い。体への負担が少なくなったことで、3時間の旅路は徒歩の旅ではなく従来の馬車と比べてみても、大変に短く感じられるものとなったのだ。
「ああ、ミオ様!何とお礼を言ったらよいか!」
ナビスが感極まった様子で、ぎゅ、と澪に抱き着く。澪はそれを抱き留めながら、ぽんぽん、とナビスの背を優しく叩く。
「私のおかげじゃないよ。ナビスも、ポルタナの皆も頑張ってくれたし。メルカッタのギルドの人達も良くしてくれたわけだし」
「しかし……しかし、やはり、ミオ様がいらっしゃったからこそだと、思うのです。こんな風に、多くの人があなたに導かれて、大掛かりな街道まで整備できて……」
潤むナビスの瞳に、街道の灯りがきらきらと輝く。まるで渚の水面のようなそれを見つめ返して、澪は、にや、と笑う。
「なら、今お礼言われてもなー」
澪は抱き留めたままだったナビスをそっと放して、代わりにナビスの手を握る。
「だってまだまだ、これからっしょ?ポルタナ街道を多くの人が使うようになって、鉱山ももっと解放されるよ。……だから、お礼はその時に聞く!」
ね、と笑いかければ、ナビスは潤んだ瞳から涙を一筋流しながらも笑って、頷いてくれた。
「……ああ、本当に、眩しいくらいの方。まるで、太陽みたい」
「ならナビスはお月様ってとこかな?」
夢見心地に呟いたナビスにそう返して、澪はびしり、と街道の先を指差す。
「さ!明日からまた忙しいぞー!ポルタナ街道を宣伝しなきゃ!それで……ガンガン動員増やして、信者増やしてこーね!」
「はい!そして、ポルタナを魔物の手から救わなくては!」
目標はたくさん、見えている。だから澪もナビスも、進んでいくのだ。
「一緒にがんばろーね!」
「ええ……次の礼拝式も、必ずや成功させましょう!」
鉱山地下2階に巣食うドラゴンを全て退治できるほどの信仰。それを、次の礼拝式で手に入れる。




