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出発信仰!  作者: もちもち物質
第一章:聖女とはアイドルである
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敵に塩を贈る*2

「それは……まあ、良いこと、なのではないでしょうか……」

「そう、だよねえ……どーしても、私とナビスとで持っていける聖水の量って限界があったし。他の聖女さん達が聖水配ってくれるようになったんだったら、もっと死者が減るんじゃない?」

 しばらくきょとんとした2人は、やがて顔を見合わせそう言った。

「い、いいのかい?ナビス様の信者が減っちまうんじゃ……」

「まあ、多少は減るだろうけど……ナビスが聖水を配るのをやめるんじゃなくて、聖水を配る人がナビス以外にも増えるってだけだから、そんなに大きな打撃にはならないんじゃないかなあ」

 既にナビスのファンになっている人がナビスのファンではなくなる、ということは、あまり無いだろう。ナビスの魅力は聖水を配ってくれるところではなく、聖水を配ってくれるほど庶民に寄り添った考え方そのもの。そして歌の巧さや、ギルドの面々と築き上げてきた関係。それらが合わさってナビスの魅力なのだ。

 つまり、競合相手が生まれたとして、ナビスの魅力が落ちるわけではない。競合相手に流れる者も居るかもしれないが、澪は『まあいずれ来るだろうとは思ってたし』とあっさり受け止めた。

「まあ……ナビスのアイデンティティをしっかり反映させたグッズを新たに開発していく必要が迫ってきた、ってところではあるけどね」

 そう。聖水を配る同業者が居ること自体は、別にいい。真似を禁じたわけでもないし、幾らでも真似できる方法なのだから、真似する者が居るのは仕方ない。

 だが、このままで居ていい訳でもない。

「いよいよグッズ開発が急務になってきたね!」

「ぐっず……?あの、それは一体……?」

 いよいよ、ナビスはグッズ販売を考える段階にまで来たのである。




 ということで澪はまず、『グッズ』なるものの説明を行った。それで概ね、ナビスは理解してくれたらしい。

「成程、つまり礼拝式などで特定の商品を販売することで、その商品目当てで礼拝式に来てくれる人を増やす、という試みでもあり、同時に礼拝式に来た人から寄付を頂くという試みでもあるのですね!」

「ま、そんなとこ。商品が普及してきたり、ナビスが普及してきたりしたら、礼拝式に関係なく販売してもいいと思うけどね」

 尚、この説明は聖水を瓶詰しながら行っている。話すだけなら手を動かしながらでもいい。そして聖水の瓶詰作業は、意外と時間がかかるのである。

 ……ポルタナの綺麗な海水を使った聖水は、これからもナビスの主力グッズとなるだろう。現時点で既に他の聖女が聖水配布に乗り出しているというのであれば、聖女ごとに聖水を配布するような文化が生まれていくかもしれない。となると、本当は瓶のデザインなどにもこだわりたいところだが……それは流石に、まだ難しいだろうか。

「私の世界ではね、タオルとか、リストバンドとか、Tシャツとか、そういうの売ってたよ。あとは缶バッジとか……」

 こういうやつでね、とそれぞれのグッズについて説明していくと、ナビスは興味深そうに頷きながら聞いてくれた。

「成程……手ぬぐい程度なら、実現できるかもしれませんね。流石に服を販売するのは難しい気がしますが……」

「いやー、でもこの世界、既製服はあるみたいだから、売り出せば売れると思うんだけどね。あー、でもこの世界における服って、とんでもない嗜好品か超実用品かのどっちかなのかなー……」

 澪の世界のライブグッズを再現するのは難しいかもしれない。何でもかんでも導入すればいいというものでもないし、そこは様子を見ながら実施していくことになるだろう。だが、ナビスの言う通り、手ぬぐいあたりなら十分に実現できそうな気がする。


「やっぱり、グッズって実用品の方がいいよね?」

「そうですね……意味も無い物にお金を使えるほど豊かな人ばかりではありませんから」

 この世界においてグッズ展開していく一番のネックは、やはり、『実用品縛り』だろう。

 装飾品の類を購入する余裕がある者ばかりではない。むしろ、庶民派戦法をとることでそういう余裕の無い者ばかりを選んで信者にしているような状況なので、やはり、グッズ展開するにしても安価で実用性の高い物である必要がある。

 その点、タオル……手ぬぐいは、悪くない選択だろう。鉱山労働者達も汗を拭うためにそうしたものを使っている。

「じゃあ、手ぬぐいに何か印刷できるように、木版ぐらいは欲しいよねえ……えーと木版に染料を付けて染める、みたいなこと、ポルタナでやったことある?」

「ええ……まあ、できないことは無いと思います。染料でしたら、山に自生する植物のいくつかが染め物に向いていますので、それを用いれば……」

「おー、いいねいいね。スタンプでぽんぽん模様を押してくかんじなら量産もしやすいだろうし、それなら染料の量もそんなに必要ないだろうし……一旦それで考えてくってことで!」

 となると、ナビスのトレードマークが必要になる。デザインはナビスに任せた方がいいだろうか。澪は美術関係のことが苦手ではないが特段得意でもない。


「それから、ミオ様。もう1つ、提案がございます」

「おっ!何々?」

 続いてナビスが発案しようとし始めたので、澪は大いに期待を寄せる。

 異世界の知識を持つ澪からは当然アイデアが出やすいのだが、ずっとこの世界に居るナビスから出るアイデアはこの世界に合っているものであるはずだ。期待も高まるというものである。

 澪が期待に目を輝かせて見守っていると、ナビスは多少、及び腰になりつつ、それでも勇気を奮い起こすようにして言った。

「その……塩は、ぐっず、とやらにはならないでしょうか」




「塩?グッズとして?えーと、ポルタナの産業としてじゃなくて、ってこと?」

「ポルタナの産業としての塩づくりの傍ら、その一部をぐっずとして流通させることはできないでしょうか」

 確かに、つい先ほどまで塩づくりの話はしていたので塩の話はタイムリーである。設備さえ何とかなれば、ポルタナの塩を量産していくことも十分可能だろうが……。

『それにしても塩かあ』と澪が不思議に思っていると、ナビスは必死に訴えてくる。

「ポルタナの塩がこれから量産されるようになったとしても、それを普及させるには知名度が足りません。やはり塩となると、名産地であるリーヴァや大都市レギナの方が有名です。そこで、私がぐっずとしてポルタナの塩を売るようにすれば、ポルタナの塩の名が知れて、ポルタナの助けになるのでは、と……」

 ナビスから発される言葉を聞いて、澪は何か、目から鱗!というような気分になる。

「あっ、そういうことかー!それ、いいと思う!」

 思わずナビスの手を握りつつ、澪はナビスの言葉をよく考えてみる。

 ナビスが聖女をやる理由の1つは、ポルタナを興すためである。人口を増やし、より多くの信仰心を集め、信仰心によって鉱山や海の魔物を退治し、よりポルタナを盛り上げ、それによってまた人口が増えていく……そうした好循環を生み出すための聖女でもあるのだ。

 ならばやはり、聖女がポルタナの魅力を伝えるのは悪い選択ではない。グッズを増やすことでポルタナへの貢献もでき、そしてグッズを集めることによってナビスを応援する気持ちを強めてもらう、という効果も当然期待できる。

「ナビスがアイドル……あっ、聖女としての知名度を上げていく理由の1つは間違いなくポルタナ興しのためなんだから、グッズにもポルタナの素材を使うっきゃないよね!だったら、貝細工とかもいいんじゃないかな。ポルタナの魅力の1つは鉱山だけど、海だって魅力いっぱいじゃん?」

「貝……!それでしたら、テスタ老にお願いすれば、ぐっず用に貝殻を加工してもらえるかもしれません!」

 ナビスのグッズが売れるようになれば、消費が増えて供給も増やせる。鉱山が開かれて労働者を受け入れる余地が生まれたように、ポルタナの産業を活性化させる効果があるのだ。

「えーと、それで、塩。……塩。塩かー。塩をどういう形でグッズにするか、なんだけど……」

「ただ瓶詰にして売るだけではいけませんか?費用がかさむということでしたら、袋に詰めて売るのでもよいかと思います」

「うん、それはアリ。間違いなく、ただの日用品として使えるようなものを売るのは、アリ。そうやって塩をご飯に使ってもらえれば、消費しちゃうから次また買ってくれる可能性、高いし。……けど、それだけじゃ寂しいかなー、って思って」

 塩のようないわゆる『消えモノ』は、それはそれで手軽でいい。安価で、かつ生活必需品ならば手を出しやすい。だが、折角ならもう一捻りしたものも欲しい。

 ……と考えれば、それなりにすぐ、結論が出た。

「……ポルタナもメルカッタも、そんなに湿度高くないじゃん?なら、塩の結晶を宝石みたいなノリで使えたり、しないかなあ」




 ということで澪とナビスの実験が始まった。

「ミオ様。これでよろしいでしょうか?古くなった麻袋ですが……」

「これでよし!えーと、じゃあこれを海水につけて、干す……海水につけて、干す……」

 大きなタライに海水を入れ、その上に麻袋を吊るす。麻袋は定期的にタライの中の海水につけて、また干す。こうすることで、夏の日差しと強い海風、両方の恩恵を受けて水分が早く蒸発するというわけなのだ。

「本当はねー、これをもっと大規模にして、麻袋より効率良さそうなかんじのもの作って、で、タライに溜まった海水をもっかい上に持ち上げる仕組みをポンプでやれば早いかなー、って思ってるんだけどね」

「ミオ様は本当に博識でらっしゃいますね……」

 塩田の方で準備を始めてもらった新たな製塩方法も、大体はこの麻袋方式と同じである。日差しの熱と海風を使えば、最後に海水を煮詰める作業が短くて済む。その分、燃料が少なくて済むので、比較的ローコストでの製塩ができるというわけなのだ。


 そうしてタライと麻袋で海水を濃縮する傍ら、澪とナビスはまた聖水の瓶詰作業を進めていく。

 聖水は元が海水なのだが、一度聖水にしてしまえば再び薄めるようなことが無い限り、腐らないらしい。よって、こうして時間のある時にまとめて瓶詰作業を行っておくと、後々が楽なのである。

 ……聖水にした海水が腐らない問題について澪は、『ナビスの祈りって殺菌作用とかあるのかな』と不思議に思っているのだが、こんなファンタジーな世界なので聖女の祈りがバクテリアを殺したとしてもまあそんなもんか、と納得はできる。

「そろそろ瓶も増産しなければ」

「山から粘土、採ってきとかないとねー」

 尚、聖水を詰めるための瓶だが、これはナビスや他のポルタナの住民達が焼いているものらしい。見た目にこだわったわけでもない、少し歪な焼き物の瓶は、素朴で温かみがあって、中々悪くない。

 グッズとして売る時にはもう少し瓶を工夫したいが、それはそれ、である。今はとにかく量産できることが条件なので、このまま行く所存だ。

「あっ、そうだ。だったら、この瓶焼くときにさ、粘土が柔らかい内にハンコ押して焼くとかすれば、ちょっと特別感出るんじゃないかな」

「ああ、手ぬぐいと同じように、ですね?それでしたら安価ですし、良いと思います!」

 そんな会話を続けながら、澪とナビスはまた聖水を瓶詰していく。汲み上げた海水にナビスが祈りを捧げ、海水が光り輝いたところで瓶に詰めていき、封をして……というだけの作業なのだが、話しながら行うには丁度良いのであった。


 さて、そうして夕方まで作業を行ったところ、タライと麻袋で濃縮していた海水が、かなり濃くなっていた。

「おお、麻袋が塩噴いてる……」

 塩の細かな結晶が付いてきらきらしている麻袋を見て、澪は『そうそう、これこれ』と嬉しくなる。

「この海水を濾過して、もうちょっと煮詰めて、それに麻紐とかを漬けて、一晩くらいゆっくり置いておくの。そうすると麻紐に塩の結晶が付いてきらきらするじゃん?ちょっとした飾りにするには悪くないかな、って思うんだけど、どうかな」

「ああ……成程!それでしたら安価に作れますし、いざとなったら舐めて塩分を補給することもできますし、良いと思います!」

 言ってしまえば、塩ストラップである。湿度がそこまで高くないポルタナやメルカッタであれば、塩をちょっとした装飾に使うこともできるだろう。澪の世界でも、海外のどこだかには塩で作ったシャンデリアが存在していると聞いたことがあった。アレをこの世界でもちょこっと真似してみようと思うのである。

「で、こっちの海水は平らな磁器のお皿に移して、只々じっと待つ……出来上がった結晶をまた濃縮濾過海水に漬け込んで、育てる……そして大きな結晶を作ってみたい……」

「結晶……水晶のようになるのでしょうか?」

「まあ、あそこまで透明な塩にはならないだろうけど。でも、でっかい塩の塊って、こう、なんかいいじゃん?」

 ついでに澪は、でっかい塩の塊づくりにも挑戦してみる。小学生の頃、理科の実験でやった以来である。再結晶、という事象自体は知っているし、大きく育った結晶を綺麗だとも思うが、自分でちゃんとやってみたことは無かったのだ。折角だからここで一度、挑戦してみたい。

「大きな塩の塊ができたら、それを彫刻にすることもできるかもしれませんね」

「そうだねえ。あっ、私の世界にもあったよ。岩塩で作ったランプシェードとか」

「わあ……そんな塩の使い方もあるのですね」

 澪とナビスは塩水の入った皿やタライを眺めつつ、『でっかくて綺麗な結晶になってね!』『よく育ちますように……』などと祈ってみつつ、ひとまず、翌朝まで放置することにした。




 そうして、翌朝。

 麻紐を吊るしたタライはどうなったかな、と澪がタライを覗き込んでみると。

「あれっ……?」

 ……澪は、そこにあった光景に、目を円くした。

「おはようございます、ミオ様。……あら?完成したのですね!」

「あ、うん。できてた……あれえー……?」

 澪が1つ引き上げてみたのは、輪の形にした麻紐だ。麻紐の周りには、最早紐が見えないほどにぎっしりと、大ぶりな塩の結晶が沢山付着していてきらきらと煌めいている。

「うおっ、こっちもだ!」

 更に、大きな結晶を育てるべく種結晶を作っていた皿の方でも、驚くべきことが起きていた。

「あの、ミオ様、いかがなさいましたか?これは失敗なのでしょうか……?」

 ナビスは不安そうにしているが、逆である。そう。逆なのである。

「いや、こんなに綺麗に結晶ができる想定じゃなかったからさあ……うーん?」

 ……そこには、種結晶、などとは呼べないほど美しく綺麗に、かつ大きく育った塩の結晶がころころと転がっていたのである。




「なんか、科学に喧嘩売ってる気がする……」

 皿から取り出してみた結晶は、一片2㎝程の四角形である。大きい上に、非常に透明度の高い結晶だ。

 中には真四角ではなく、四角が2つ3つくっついてしまっている形のものもあったり、多少の濁りが生じて白っぽくなっていたりもするのだが……それでも全体的に、おかしい。小学校の理科でやった時も、こんなふうに綺麗にはできなかった。

「何か、何かが起きたとしか思えないなー。うーん、これ、再現性あるのかなあ……それこそ神のみぞ知る、みたいなかんじ……?」

 澪はひたすら結晶とタライとを眺めるのだが、答えは出ない。

「神の御意志、ということでしたら、ありがたいことですね!」

 一方のナビスは、端から原理は気にしない方針らしい。ひとまず美しい結晶ができたということを喜び、また神への感謝の祈りを捧げている。

「あ、うん。まあ、これがナビスのお祈りとかで再現性を得られるんだったら、別に原理はなんだっていいかー」

 そして澪も、別に原理を追及したいわけではない。ひとまず、こんなかんじの結晶が沢山手に入ればそれで十分なのだ。再現できないと困るが、ナビスのお祈りパワーで何とかなるなら、それはそれで構わないのである。


 ……というところまで考えた澪は、気づいてしまった。

「……ねえ、ナビス。これ、もしかして本当に、祈った?」

「へ?」

 思い起こしてみれば、聞くまでもなく確かに……『祈った』タイミングはいくつか、あった。

 このタライの横ではずっと聖水の生産を行っていたし、タライに麻紐を吊るしたり皿に濃縮海水を流し込んだりした後も、お祈りした。

 つまり……。

「……これ、聖水になってない?」

 この濃縮海水は、濃縮海水ではなく、もう、聖水なのである。


「……聖水の再結晶をやってしまった」

「え、えええ……?」

 澪は『聖水って、なんだろう』とぼんやり思いつつ、遠い目をするしかないのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] そうだった!「祈って」「願ったら」叶っちゃうんだった!
[良い点] 聖水から清めの塩(ガチ)に変化とは。 これなら常温保存できて普段備蓄するものだから意識せずに魔物への対応になる。 仮に同じことできる聖女がいても、拠点が海沿いじゃないと原価0にはならんしな…
[一言] アイドルはアイドルでも、ご当地アイドルですもんね! まち興し的に!
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