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出発信仰!  作者: もちもち物質
第一章:聖女とはアイドルである
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地方巡業*4

 ごろり、と岩が横にずれる。

 大人の男数人がかりで押された岩は無事に動き、洞窟の入り口がなんとか現れた。

 その場に居た者達は歓声を上げてこれを喜んだ。今やすっかり、皆が心を1つにして動いている。

 この奥に居るという、最早生死も定かではない戦士達。彼らを救おうと、これだけの人達が動いているのだ。

「ありがとう!これで中の人達を助けに行ける!」

「皆様はこちらでお待ちください!内部の安全をある程度確保できたところでまたお呼びします!」

 そして彼らに見送られて、澪とナビスは洞窟の中へ突入していく。手には聖水の瓶をしっかりと握り、灯りを入れたランタンをぶら下げ……ゴーストの巣窟へと、進んでいくのだ。




 洞窟の中は仄明るかった。幸いにして、澪のラッパの音がしっかり届いていたらしい。ポルタナの鉱山地下1階を攻略した時と同じように、魔除けの光がぽわぽわと浮いていて、それが洞窟の中を照らしている。

「灯り要らずなのはありがたいよねえ」

「そうですね……これだけ明るければ、ゴーストもそうは出てこないでしょう」

 澪もナビスも、かなりの速足で進んでいる。ゴーストは光があれば出てこないらしい。ならば警戒よりも早く進むことを優先したい。何せ、この先で助けを待つ誰かが居るのだ。自然と足は速くなる。

「……取り残された人達、大丈夫かな」

 つい、澪はそう、口に出していた。

 正直なところ、澪にはこの状況が今一つ読み切れていない。『ゴースト』というものがどの程度の脅威なのかも分かっていないし、この世界の戦士達がどの程度の強さなのかも測りかねている。だから、これがどの程度絶望的なものなのかも、よく分かっていなかった。

「……何とも言えません。時間がどの程度経っていたのか、彼らの火種がどの程度保たれたか……それら次第、です」

 ナビスはそう答えてくれるが、その表情は険しい。ナビスから見ても、『少々厳しい』といったところであるらしい。

「しかし、意味はあります。最悪の場合でも、遺体を弔うことは、できますから」

「……そっか」

 澪は『安請け合いしちゃったかなあ』『でもあそこで引き受けなきゃ、勇者じゃないしなあ』と考えつつ、逸る気持ちに任せて洞窟を進んでいくのだった。




「えーと、結構進んだけれど……居ないね」

「そう、ですね……洞窟の入り口付近で待機しているものと思っていましたが……」

 洞窟の中を進んでいて、澪もナビスも違和感を覚える。

 何せ、救助を待っているはずの者達が、見当たらない。救助を待っているのであれば入り口付近に居るはずだろうし、落石を警戒して奥へ入ったにしても、あまりにも奥へ進みすぎている。

「この先まで、となると……大丈夫でしょうか」

「うーん……一応、ラッパの光は届いてるみたいだけど」

 洞窟はさらに奥へと続いている。そしてその奥は未だ、澪のラッパの音によって生まれた光が、ぽわぽわと浮かんでいるので明るい。

「まあ、明るい分にはゴーストって出ないんでしょ?なら、とりあえず光が続いてるところまでは行ってみよ?」

「そうですね。流石に、ここまでで見逃したということは無いでしょうし……もう食べられてしまった、というにも、あまりにも痕跡がありませんし……」

 ナビスが中々に物騒なことを言っているが、事態は一刻を争う。澪もナビスも意を決して、更に奥へと進んでいく。


 ……そうして、足早に、それでいて緊張を徐々に高めつつ進んでいった先で、ようやく、澪とナビスは彼らを見つけた。

「人!人が倒れてる!」

「すぐに診ます!ミオ様は周辺の警戒をお願いします!聖水を使っても構いません!」

「分かった!」

 ナビスがすぐ倒れた人達へと向かい、澪は聖水の瓶の封を切る。

 聖水をあたりに撒いて、続いて聖銀のラッパにも聖水を振りかける。そして再び、入り口でやったのと同じようにラッパを吹き鳴らした。

 ラッパの音は高らかに響いて、洞窟のさらに奥へと広がっていく。また、それと同時に、ぽわぽわ、と染み出した光がまた浮かび、洞窟内はより一層、明るくなった。

「ナビス、そっちはどう?」

 そこでようやく、澪はナビスの方を見る。……すると、ナビスが必死に祈っている様子がそこにあった。

 ナビスが祈ると、彼女を金色の光が包む。そして金色の光はナビスが握った手を伝わって、倒れた人をも包み込んでいった。……シベッドが運ばれてきた時と同じだ。つまり今、ナビスは倒れた人を癒そうとしているのだろう。

 ……ということは、『まだ望みがある』ということだ。

「ナビスならなんとかできるよ!頑張って、ナビス!私は信じてるから!」

「はい、ミオ様!」

 ナビスは顔を上げてミオに笑いかけると、また、穏やかな表情で祈り始めた。……その姿があまりにも美しいものだから、澪は『外で待ってるおにーさん達にもこのナビス、見せたかったなあー』と思う。この神聖な姿を見てしまったら、誰もがナビスを信仰してしまうことだろう。

 さて、ナビスが頑張っている間、澪もできることをしていく。

 倒れている人は全部で3人だ。1人は今、ナビスが治療に当たっている女性。更に1人、男性が倒れているが、こちらは深く眠っているだけらしく、時折腹部が呼吸の形に動いているのが分かる。そしてさらにもう1人、こちらは女性が倒れているのだが……こちらは呼吸が弱弱しい。

「ナビス!そっち、どのくらいかかりそう?」

「あと5分ほどで次の方を診られるかと!」

「オッケー、了解!」

 澪は即座に判断して、ひとまず、眠っている男性の応急処置を行う。

「えーと……回復体位って、こうだっけ?」

 澪は保健体育の授業で勉強したことを思い出しつつ、男性の膝を持って体をころりん、と動かしていった。

 こうして横向きになるようにすれば、呼吸がしやすいらしい。腕が枕になるように上手く姿勢を変えてやって……すると、男性の呼吸はますます穏やかなものになっていった。時折『むにゅ』というような寝言めいた声も聞こえてくるので、ひとまずこちらは大丈夫だろう。

「さて、問題はこっちだけど……」

 ……そして、倒れた女性の方を見ると、どうも、呼吸が弱い。弱すぎて、有るのか無いのか、よく分からない。脈もそうだ。有るのか無いのかよく分からない。

『これはまずいんじゃない?』と冷や汗をかきつつ、澪はひとまず、心臓マッサージを始めることにした。効果が有るのか無いのか分からないが、何もしないで待っているよりはずっといいように思われた。

 こちらも保健体育で勉強したことを思い出しながら、胸の中央、胸骨の出っ張りのあたりに両手を重ねて、リズムを一定に保ちながら圧迫していく。

 が、澪は途中で、『あれ、これ20回だっけ?30回だっけ?40回やるんだっけ……?』と、曖昧な記憶に困ることになってしまった。こんなことになるならもっと真面目に救命講習を受けておくべきだった!

 だが後悔しても遅い。ひとまず、『人工呼吸できない状態の時にはしなくていいのでとにかく胸骨圧迫すること』と教わった気がするので、40回ほど胸骨圧迫していくことにする。

 さて、そうして胸骨圧迫を終えたら、人工呼吸だ。詳しいやり方は忘れたが、とりあえず顎を上に向かせて、鼻をつまむのだったような気がする。

 そこで息を……と、いうところで。

「みみみみみミオ様!?な、何を!?何をなさっておいでですか!?」

 1人目の治療を終えたらしいナビスが、雷に打たれたような顔で澪を見ていた。

「あっ、ナビス、手、空いた!?空いたらこの人、お願い!人工呼吸はまだしてないんだけど、心臓マッサージだけしといた!」

「し、しんぞ……?じんこう、こきゅう……?な、何が何やら……あの、私には、その、ミオ様がこちらの方に、その、その、口づけをしようとしているように見えたのですが……!」

「まあそうっちゃそうなんだけど……あ、うん、どうぞどうぞ。治療に移ってください。うん、ありがとう」

 ナビスは『何が何やら!』というような顔のまま、それでもきちんと治療に入ってくれた。ぽや、ぽや……と金色の光がナビスを包み、その光が倒れた女性にも伝わっていくと……すう、と、彼女の呼吸が始まった。

「あ、大丈夫そうだ。よかったー……」

「ええ。幸い、1人目の方もこちらの方も、生命力を奪われて昏睡状態にあっただけのようです。男性の方は生命力が多い分、それほど緊急を要する状態ではありませんね」

「そういうもんかあ」

 ひとまず、窮地は脱したらしい。ナビスが『もう大丈夫ですよ』と意識の無い女性に微笑みかけながら治療を続けているのを見て、澪は全身の力が抜けていくような気持ちがした。

「あー……よかったぁ」

「ええ。本当に。間に合ってよかったです。……本当に危ないところでした」

 ナビスもほっとしているようで、表情が次第に、へにゃり、と気の抜けたものになっていく。澪とナビスは顔を見合わせて笑いつつ、ひとまず、助けたかった人達を助けられたことの喜びをかみしめるのだった。




「えーと、さて、じゃあ、入り口で待機してもらってる人達にご登場願って、彼らを運んでもらおっか」

「そうですね。ではミオ様。お願いできますか?」

 さて。そうしてひとまず人命救助に成功した2人だが、救助はこれで終わりではない。きちんと、彼らを安全な場所まで運ばなければ。

 だが、意識の無い人間を運ぶのは、澪とナビスには少々厳しい。ましてや、男性を運ぶとなると、2人がかりでも不可能だろうと思われた。

「私はここで魔除けを行いながら待っておりますので」

「オッケー!じゃあすぐ戻ってくるからね!」

「はい。よろしくお願いします」

 ということで、澪は洞窟の入り口に向けて駆け出していく。行きとは違って帰りの道は足取りも軽い。何せ、人が助かったところなのだから!


 澪が軽やかに駆けていけば、洞窟の入り口は案外すぐだった。

「皆ー!見つけたよー!手伝ってー!」

 そして、洞窟を出てすぐ澪がそう声を上げれば、戦士達はすぐさま反応し、表情を明るくして応えてくれる。

「おお……生きていたのか!」

「そりゃあね!まあ、ちょっと危なかったらしいけど、そこはうちの聖女様のお力で、なんとか!」

「そいつはめでてえ!ああ、本当によかった!さっさと行って回収してきてやるか!」

 戦士達はぞろぞろと、澪に続いて洞窟の中へ入ってきてくれる。洞窟内部が澪のラッパによって光っているのを見て、『おお、こいつはすげえ……』『やっぱり神の力を操る方々なだけはある……』と感嘆の声を漏らしてくれるものだから、澪としては少々くすぐったい気分である。

「勇者様!」

 そして、先頭を歩く澪に走って追いついてきた男性が居る。彼は他ならぬ、今回助けを求めてギルドにやってきたその人だった。

「彼らは、彼らは無事なのですか!?」

「うん。無事。ばっちり」

 澪は彼を安心させるように、明るく笑ってみせる。

 ……彼がきっと誰よりも心をすり減らしていたのだろうことは、容易に想像できた。仲間が死んでいるかもしれず、しかし自分には何もできない、という状況は、さぞかし辛かったことだろう。それこそ、澪とナビスを待つ時間が永遠のもののように感じられたに違いない。

「ちょっと生命力が足りなくなってたみたいだけど、ナビスが治療してくれてるから大丈夫みたい」

「そうですか……!ああ、何とお礼を言えばよいか……!」

「はいはい、お礼は全員で外に出てからってことで!」

 涙を流しながら澪の隣を歩く男性の背中をばしばしと叩いてやりつつ、澪は明るい気持ちで歩いていく。

 ……そうしている間に、ひときわ明るい場所が見えてきた。

 そう。ナビスが魔除けを施しながら待つ場所だ。




 だが、そこへ踏み込んだ澪が見たのは、想像とは異なる光景だった。

「……ナビス!」

 そこには、半透明に揺らぐ奇妙な影と、その影が持つ大鎌……そして、その大鎌を聖銀の剣で必死に食い止めているナビスの姿があった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  歌って戦える聖女さま、ピーンチ! 早いところ護衛というか戦闘のアウトソーシングというか、下僕?親衛隊?を作りたいですものですね。
2023/08/13 22:23 退会済み
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