出発信仰!
わっ、と会場が湧く。その歓声を聞いてようやく、澪は、今ここが全国ツアー最終日のステージの上であることを知った。どうやら、澪が向こうの世界に居る間、こちらの時間の流れはゆっくりになっていたらしい。時の砂と、それを操る技術を構築してくれたマルちゃんにパディにナビス様様、といったところである。
澪がここに居るのは、皆のおかげだ。
今、会場の皆が、澪を見て拍手を送り、歓声を上げてくれている。
澪は望まれて、ここに居る。
澪はなんだかじわじわと嬉しくなって、見回して、皆が喜んでくれているのを見て……にへ、と笑う。
そして。
「ナビスー!ただいまー!やったよー!」
「へ!?きゃ、きゃあっ!」
勢いよく、ナビスに抱き着いたのであった!
さて。澪は数日ぶりのナビスを一頻りきゅうきゅうやって堪能した。ナビスは始めこそ驚いていたが、澪がきゅうきゅうやればナビスもきゅうきゅうやってきて、同時にナビスも澪を堪能していたようなので、まあ、お互い様である。
さて。
「いやー……ちょっと戻ってくるの苦労したわ」
「あ、あらっ!?向こうに扉が生まれていたわけではなく……?」
「うん。どうやらね、こっちの曲を向こうで吹くと繋がるっぽいんだ!それで新しく扉できたんで、それ通って来た!」
澪とナビスはマイク杖を手に、この雑談および報告を観客に聞かせることにした。折角なので。待たせた分のお代は支払いたい性質なので。
「あと、私のトランペットがいつの間にか聖銀製に」
「あ、あらっ!?本当ですね……ついさっきまで銀だったのに、いつの間にか聖銀に……」
ほらねー、と澪がトランペットを見せれば、その輝きの違いは前列の方の観客にも届いたらしい。『聖銀だー!』『勇者の武器だー!』と歓声が上がった。聖銀トランペット、皆に大人気である。
「ということは、皆の祈りが銀を聖銀にした、ということでしょうか。聖銀は、皆の祈りが銀を変容させて生まれるものだとも言われておりますので……」
「あ、そうなんだ。そっかー、つまり、皆のおかげだぁ」
成程。聖銀のトランペットが勇者の武器であるわけだ。皆の祈りが銀を聖銀に変え、そして、澪がここへ帰ってくるための道を切り開いてくれた。澪はじんわりと温かな気持ちに満たされながら、聖銀のトランペットを撫でる。
「そしてミオ様は、私が杖を通して神の力を使うように、聖銀のトランペットを通して神の力を使われた、ということ、でしょうか……?」
「うーん、それで扉ができたってかんじよりは、皆が作ってくれた扉までの道が生まれた、っていうような気がする。私自身には扉を作る力は無いし。ここに帰ってこられたのだって、皆のおかげだし」
澪は変わらず皆への感謝に包まれつつ、本心から答える。
……恐らく、澪が扉を生み出したのではなく、澪はあくまでも、扉を見つけただけなのだ。
皆に……そして何よりも、ナビスに呼ばれたから。皆が『帰ってきて』と祈ってくれたから。だから澪は、澪の家の居間に扉を出現させることが……。
「あ」
「どうされましたか、ミオ様」
「い、いや、なんでもない……うん、大丈夫……」
……そういえばうちの居間に扉、できっぱなし……?と澪は気づいてしまった。ので、気づかなかったことにする。そういうの考えるのは後にしたい。居間にでっかい扉ができてしまっていたら間違いなく両親に『もうちょっと場所選びなよ』と言われてしまうやつである!
「ところで、向こうの世界で黒い靄、いくつか退治してきたよ」
それから、こっちも報告することにする。政治的な絡みがあって、もしかすると内容を誇張したりあれこれ調整したりした方がいいのかもしれないが……でも、そのままを、伝えてしまった方がいいような気がしたのでもうそのまま伝えてしまうことにした。
「なんかね。向こうの世界では、辛かったり苦しかったり、悩んでたりする人から靄が出てて……それが一定以上になると、こっちの世界に来るみたい。それで、靄がこっちで魔物になってるみたいなんだよね。だから、向こうの世界の人の悩みが解決すれば、こっちでの魔物の発生も抑えられるんじゃないかなー、って」
澪は、どうか伝われ!という気持ちで観客達に向けて話す。これが、澪がここに居る理由だと思うので。
「だから私、定期的に向こうの世界に行って、色々解決してくる予定。そうしたらこの世界の人達を救う手段の1つになるし、どうやら、私には向こうの世界の人達も救えることがありそうだから」
澪は、2つの世界をちょっとずつ良くするために、ここに居るのだ。そのために、この世界に『ちょっと来て!』と呼ばれたんじゃないかと、思う。
……まあ、つまり。
「ミオ様……ああ、やっぱりミオ様は、『勇者』にあらせられるのですね!」
ナビスが笑顔でそう言えば、観客達は『勇者ミオは真の勇者!』『世界を2つも救う勇者なんて聞いたことが無い!』『流石はナビス様の勇者!』と歓声を上げ始めた。
それを聞いて、澪はほっとする。……どうやら、澪のことを受け入れてもらえそうだ。つまり、信仰の裏切りは今後、起こりにくいと考えられる。
「皆ー!多分ね、私、ずーっとこの世界には、居られないと思う!ちょくちょく向こう行った方が良さそうだし、礼拝式の頻度、減るかも!魔物のこととか抜きにしたって、助けられる人が向こうの世界に居るなら、私、助けたいと思う!」
澪は本心から、そう言う。
……多分、これが澪の役割なのだ。澪にとって過ごしやすい役割でもなければ、富や名声を得られるような役割でもない。だが、誰かがやらねばならない役割で、そして、澪には向いている役割だ。
こういうことは往々にしてあるんだよね、と、澪は思う。自分が望んでいなくとも自分に向いていて、自分がやらねばならないということが。
理不尽なことだと思うし、正直なところしんどいことも多い。……だが、それでも、澪になら上手くやれる。そして、澪が上手くやった結果、救われる人が居るのだ。ついでに、救われる世界だって2つもある!
だから、救いたいと思う。
澪は元々、そういう性質だ。自分の手の届くところに居る人は、助けたいと思う。その結果、多少自分が消耗することがあったとしても。それでも……澪になら、やれるのだ。
「それで……これからも、こんな私とナビスを応援してくれるかなあ!?」
澪は、『勇者ミオ』としてそう呼びかけた。人々を導き、世界を救う者として。こっちは世界を救うんだから、応援くらいしてよね!という堂々たる気持ちで。
……そして、観客席からは、わあっ、と歓声と拍手が湧き起こる。心からの応援が、澪が望んだ以上に降り注ぐのだ。
悪い気分じゃない。『やってやるぞ!』という気分になれる。まあつまり、良い気分。
……割に合わない縁の下の力持ちかもしれないが、この応援の気持ちを貰えるんだったら、十分すぎるくらいだ。向こうの世界では、応援すらしてもらえなかったのだから。
そう考えると、まあ……『応援させてやる!』というのも澪の仕事、なのかもしれない。澪と同じようなことをして、同じように苦しんでいる世界中の縁の下の力持ちが、認められるような世界になっていったら、嬉しい。
「ありがとーう!これからも応援、よろしくね!私……絶対に、世界を2つまとめてちょっとずつ良くしていくからー!」
澪が宣言すれば、また観客席が湧いた。
……が。
『世界だけじゃなくてナビス様もー!』『世界よりナビス様ー!』『ナビス様はー!?』と。観客席から、そんな声が上がるのである。
……澪は、ナビスと顔を見合わせる。それからお互い笑い合って……。
「勿論、ナビス最優先で!」
澪が、ぎゅっ!とナビスを抱きしめて見せれば、観客席は『幸せ!』『ありがとう!』『よろしく!』『さいこーう!』と歓声が上がった。
それを聞いて、澪とナビスはまた顔を見合わせて……ぎゅう!と、お互いに抱きしめ合うのだ。
今後の心配は、まあ、色々とある。筆頭は、帆波家の居間にでっかく生まれてしまっているかもしれない扉についてだが……他にも、澪の今後の生き方とか、時の砂の効果の検証とか。色々。
ナビスの方にだって、心配はあるはずだ。むしろナビスこそ、心配だろう。まだまだ全国民聖女化は進めていかなければならないし、同時に聖女の引退を手伝っていかなければならない。そうしてナビスは最後の聖女となると同時に、王女でもある。王女としての活動の延長線上に、『王位を継ぐか』というような問題もある。
……まあ、色々と心配だ。だが、今はそれら全部、横へ置いておこう。
「……ってことで、改めて、ただいま、ナビス!」
「おかえりなさい、ミオ様!」
今はこれで十分だ。
一番大きな問題が解決した直後に、次の問題なんて考えていられない。それにどうせ、なんとかなる。
だって、澪もナビスも、1人じゃないのだから。少女2人で世界をここまで引っ張ってきてしまったのだ。だから、ここから先だって、きっと、何とでもなるのだ。
『世界よ、私達に引っ張られて、時に振り回されるがいい!』と、ちょっぴり不遜にも澪はそう思いながら、ナビスをぎゅうぎゅう抱きしめる。
……つくづく、希望に満ち溢れて、幸せで、良い気分であった!
「ところでミオ様!先程まで、アンコールの要望がずっと出ていたのですよ」
ぎゅう、と澪を抱きしめながら、澪の腕の中で、ナビスがそう言って澪の顔を見上げて笑う。
「皆が、ミオ様の再登場を望んでいました。ずっと声を上げ、手を叩き続けていてくれました。なので……」
「分かってる分かってる。それには応えなきゃね。……ねー?皆ー?」
そして澪もニヤリと笑って、観客席の方を向く。観客席から歓声が上がったのを見たら……勇者として、応えないわけにはいかない!
「じゃ、いくぞー!アンコール……何やる!?もっかい全部やる!?」
「えええっ!?全部ですか!?」
「あはは、それは流石に冗談だけど……どうしよっかぁ」
澪とナビスは笑いながら、何を演奏するか考える。観客席から『鉱山の労働歌が聞きたい!』『戦士の歌を何かお願いします!』『聖歌はどうですか!』『ホネホネ節!』と、あれこれリクエストが飛んでくる。
それらを聞いて、澪とナビスは相談しつつ曲を決めていく。話し合いには横からパディとマルちゃんも加わってきて、4人でわいわいやりながら『じゃあこれとこれとこれで。ついでにこれ』と決めていくのだが、これがまた楽しいのである。
……そう。楽しい。
澪はここでこうしているのが、どうも、とても楽しいようなのだ。
澪はそれを自覚しつつ、この楽しさがこれからずっと続くよう祈りつつ……同時に、この楽しさが世界中を満たしてくれることを、祈る。
皆が祈ったら、きっと、世界はそういう風になるから。
この世界だけじゃなくて、澪の世界だって、きっと。
「それでは皆さん!準備はよろしいでしょうか!」
すっかり頼もしくなったナビスが、聖銀の杖を掲げて声を上げると、観客席から歓声が上がる。
それらをしっかり浴びて……澪とナビスは顔を見合わせて笑って、そして前を向いて、宣言するのだ。
「それじゃ、皆ー!出発!しんこーう!」
完結しました。あとがきは活動報告をご覧ください。
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