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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
201/209

船出の時*4

 ポルタナの夏の朝は、からりと晴れ渡った空の青さとどこまでも続く海の青さに囲まれて、爽やかな海風と共に賑やかさを増していた。

「あっ、カルボさん、おはよー!あれ?今日は朝から鉱山下りてきてるんだね?」

「ったりめーだろうが!おい、ミオ!お前さんの出立の日になっちまうってのに、なんで山になんざこもってられるってんだ!」

 ……そして、道行く知り合いに挨拶するたびに、これである。

 鍛冶師カルボからも『絶対に帰ってくるんだぞ!いいな!』と念押しされてしまい、澪は苦笑しながら『勿論!』と笑う。

「……私、愛されてるなあー!」

「勿論ですよ、ミオ様!もう!今更お気づきになるなんて!」

 けらけら笑うミオを、ナビスが横からつついてくる。そうして2人は笑い合いながら、またポルタナの道をゆく。

 そうしてポルタナおばちゃんズに激励を貰ったり、ブラウニー達の群れが物販の品物の箱を皆でわっせわっせと運んでいるのを手伝ったり、なんと、いつもは鉱山の中に引きこもっているホネホネーズが屋台の列にお行儀よく並んで串焼きを買っているところを目撃してしまったり……。

 朝だというのに、皆が活気づいて、笑顔で、そして、やる気に満ち溢れている。とても心地よい光景だった。

「……やっぱ私、この世界が好きだなあ」

 澪はそう言って、にっこり笑う。

「人がこんなにまとまれることって、中々ないよ」

 澪の世界では、こうも人々が団結することなどほぼ不可能だろうと思われる。

 澪の世界は、良くも悪くも多様なのだ。考え方も好きなものも、全てがバラバラ。それは多くの種類のものを生み出すのに役立っているが、人々の多様性が人々の団結を損なったともいえる。

 まあ、もう少し現実的なことを考えてしまうならば、娯楽が少なく、聖女が力を持つこの世界であるからこそ、『王女で聖女』なナビスがここまで全面的な人気を勝ち取ることができたのだ、ということになる。

 澪の世界では、もう、こんなことはできない。ただ1人のアイドルが国中を夢中にさせることなんてできないし、そのただ1人のアイドルの為に国中が協力してくれることなんて、絶対に無い。

 だから、これがどんなに貴重なことか分かる。

 たった1つの吹奏楽部ですらまとまりきれなかったのを見てきたミオは、今、こうしてポルタナ中、国中が礼拝式に向けてまとまっている様子を見て……なんだか、圧倒されるような、前向きに何かを信じられるような、そんな気分になるのだ。

「……私も、そう思います。これは稀有なことで、だからこそこんなにも美しく、そしてその中にいる私達は、こんなにも楽しいんだって」

「うん」

 そう。これは、稀有なことで、美しいもの。その頂点で輝くナビスも、また。

「ミオ様が居たからこそ、この光景があります。……ありがとう、ミオ様」

「私は、これほとんどナビスのおかげだと思ってるけどね。えへへ、ありがと、ナビス」

 お互いに笑い合って、澪とナビスはひとまず、目についた屋台の1つの列に並ぶ。並んだ屋台は、パンとスープのセットを売っている屋台だ。

 ……こんな楽しい雰囲気の中で食べる朝ごはんは、さぞかし美味しいことだろう。




 澪とナビスが屋台ご飯で朝ごはんにしていると。

「おい」

 ずん、と、澪の横に長身が立つ。『わーおシベちんが来ると日陰が増える』と思いつつ、澪がシベッドの顔を見上げれば、シベッドは無造作に、手に持っていたものを突き出してきた。

「ん」

 ……もうちょっと喋ればいいのになあ、と澪は思わないでもないが、まあ、これがシベちんの持ち味なのだ。これはこれでよし、ということにする。

 そして、シベッドが無言で突き出してきたそれを受け取った澪は、ナビスと2人でそれを覗き込む。

「あっ!?できたんだ!わあー、見せて見せて!」

 ……するとそこには、お揃いの髪飾りが2つ、あった。

 髪飾りは美しいものだ。聖銀細工の枠の中に月鯨の歯の彫り物が嵌め込まれている。彫ってあるものは、波と船。……つまり、澪とナビス、ということだろう。

「ミオ様、ミオ様。後ろを向いてください」

「あ、つけてくれる?ありがとー」

 ナビスに促されて澪が後ろを向いて少し屈んでいると、側頭部で、ぱち、と音がする。どうやらシベちん作の髪飾りは無事、側頭部に収まったらしい。

「じゃあナビスもナビスも」

「お願いしますね」

 そして澪もナビスの髪をさっと掬って、月鯨の歯の櫛で整えながら横で三つ編みを一房分作って、その三つ編みごと、側頭部でぱちりと髪飾りを留める。

「編んじゃった」

「編まれちゃいました。わあ、ふふ……綺麗にしてもらっちゃいましたね」

「えへへへ、ナビスは可愛いなあ」

 澪とナビスはお揃いの髪飾りを身に付けたお互いを見つめて、そして、ぎゅ、と抱きしめ合う。

「シベちん、ありがとね!大事にする!」

「ありがとう、シベッド!」

「……ん」

 2人揃ってお礼を言えば、シベッドはどこか満足感を滲ませたような顔でぶっきらぼうに頷いた。

「……アンケリーナ様のことがあってから、祈るのなんてバカらしいって思ったこともあるけどよ」

 それから、ふとそんなことを零す。恐らく、シベッドがずっと抱えてきたものだ。それでいて、ナビスには打ち明けられなかったもの。

「今は、祈ったら本当に全部、叶いそうな気がする」

 ……そして、シベッドがそんなことを言うものだから、澪もナビスも、ぱっ、と表情を明るくしてしまう。

「ったりまえ!絶対にシベちんの祈り、無駄にしないよ!」

「見ていてくださいね、シベッド!私、やってみせますから!絶対に!」

「ん」

 また満足気に頷くシベちんを見て、それからお互いを見て……澪とナビスはまた元気に、会場に向かって駆けていく。

 そう!祈りは無駄にしないし、絶対に礼拝式は成功させる。絶対に、そうなる。……だって、信じているから!皆が、信じているから!




 昼までは、会場の楽屋でマルガリートとパディエーラと共に打ち合わせを行った。『一応、リハしとくかー』と実際の動きなども確認して、それから皆で揃ってお昼ごはんだ。

 勇者エブルとランセアが買ってきてくれた屋台ご飯で、6人で休憩する。持つべきものは良き聖女友達とその勇者達である。

 勇者2人はさておき、女子4人で集まれば花が咲く。色々な話が始まっては消えていって、そして。

「……あっ、ナビス。アレはちゃんと持っていますの?」

「はい。準備はしかとできておりますよ、マルちゃん様」

「ふふ、折角ものにできたんだもの。うっかり忘れた、なんてことにならないようにしなきゃね?」

「パディ。あなたが忘れ物について説いてもまるで説得力が無くってよ……?」

 ……なんだか、聞き覚えの無い話が始まったので、澪は首を傾げる。

「えーと、何かあったっけ?」

 澪が首を傾げていると、ふと、マルガリートとパディエーラが顔を見合わせて、2人揃ってにんまり笑う。

「いいえ?お気になさらなくて結構よ」

「ミオは気にしなくていいのよぉ。ふふ」

「えー絶対なんかあるじゃんこれぇ」

 澪はナビスの方も見てみるのだが、ナビスは『知りません!』とばかり、一生懸命に横を向いているのでこちらからも聞き出せそうにない。

 ……まあ、本番中には分かるんだろうなあ、と思うので、澪も楽しみにしておくこととして、ここで探りを入れるのはやめておくことにした。




 そうして、開場時刻がやってくる。

 今回の会場は、いつもの教会ではない。それはそうである。ポルタナの小さな教会とその前の庭だけでは、到底、人数が収まりきらないのである!

 ……今や、ポルタナには人口の500%ぐらいの人が押し寄せてきている。いや、もっとかもしれない。恐るべし、ライブ。恐るべし、全国ツアー最終日。

 と、まあ、そんな人数を収容できる場所など、ポルタナには無いので……。

「いやー、一回やってみたかったんだよねえ、海上ライブ!」

 今、ポルタナの海の上には舞台が出来上がっているのであった!

 そう。海上ライブだ。海の上の舞台で、歌って踊る。観客達は砂浜でそれを見たり、砂浜から一段上がった陸の上で鑑賞したりでいる。はたまた、砂浜から離れた宿の窓からだって、海の様子は見えるのだ。宿でのんびりしながら、窓から聞こえてくるナビスの歌をつまみにお酒を飲む人だっているのだろう。

 そもそも、このポルタナは海に向かって段々になっている地形だ。海とポルタナ鉱山に挟まれた村なのだから、まあ、それも当然である。例えば、教会は海から大分上ったところにあるが、そんな教会の前の坂からでも、海の様子は見えるのである。

 ……つまり、この海上ライブ。会場は砂浜のみならず……このポルタナ全体が、会場なのだ。




 そんな海上ライブは真新しさもあって、人々の興奮を誘っている。村中に出ている屋台では、ポルタナ名物月鯨の串焼きやから揚げ、澪が伝道したフライドポテト、それに伝統の味、魚のスープや切り干しマンドレイクとドラゴン肉のスープ、といったものが並んでいる。

 他には、ポルタナの塩を売る屋台があったり、聖銀細工の装飾品やナイフが並んでいたり。鍛冶師達の技術が光る見事な刀剣の類までもが並んでいて、見る者の目を引いていた。

 観客達は続々と馬車で到着してきていて、朝よりも更に、人が増えている。今やすっかり、海辺は人でごった返しているような状態だ。

 ……そして。


 ぱーっ、と、海の上を音が走る。

 銀のトランペットではなく、聖銀のラッパ。ただ合図の為だけに作られたそのラッパから、鋭く澄んだ『音楽』が響き渡る。

 単管のラッパでは倍音しか出せない。だがそれで十分だ。音は高みへと駆け上がり、そして一気に下って、軽やかに跳ねまわるように中音域を行き来して……合図ではなく、1つの音楽として、皆に届いた。

 それと同時、聖銀の力に呼応して、光の球がふわふわと浮かぶ。

 無数の光が浮かぶ夕方の海は、さながら満天の星の浮かぶ夜空のよう。

 ……そんな幻想的な光景を前に、人々は静まり返り、そして音もまた、止む。

 そして。


「お待たせ、皆!……さ、始めよっか!」

 澪がそう、マイク杖越しに宣言すれば、ポルタナ中が一気に湧き上がったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ・・・大井競馬場の、ティンクルレースのファンファーレは、良いと思います。 (競馬自体には興味ないので、リアルでは見たことないけど)
[一言] 陽イルカさんはいないんでしょうか?
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