船出の時*1
そうして翌日から、また全国ツアーが始まる。
いよいよ終盤ということもあり、観客はいつも、それなりに多い。地方の村や小さな町ばかりを巡る全国ツアーであるのに、である。
「……やっぱ、この国のためを思うならナビスは聖女をやめてもずっとツアーやった方がいいと思う」
「えっ」
「いや、だってさあ、ナビスが全国ツアーやるだけで、これだけ人が動くんだよ?近隣都市から小さな村や町に人が動くだけだって相当に価値があると思うし、もっと大規模な移動も起きてるみたいだし……それに伴って、『じゃあ交通の便を良くすることが必要ですね』って話も各地で出てるっぽいし……」
……そう。今や、ナビスの全国ツアーは、この国中を動かす大イベントなのである。
ナビスの礼拝式に参加するため、各地に人が集まってくる。それは、『今回は近場だからちょっと足を延ばして行ってみようかな』という人はもちろん、『今回もしっかり遠征します!』という人も、である。
そして、人が動くと経済も動く。人が移動するために乗合馬車が動き、馬車が走るための道の整備が進み、それによって治安は良くなり、人通りが増えることによって街道沿いに宿場が新たにでき始め、そして人の動きに合わせて各地では宿や飲食店の収入が増えていき……。
「経済効果バッチリだよねえ」
「え、ええ……ううん、不思議なことです」
ナビスは実感が湧いていないようであったが、これは偉大な所業である。この国の王女様の所業としてこれほど相応しいものも無いのではないだろうか。
何せ、政治に口出しするでもなく、自ら目的のために動くでもなく……ただ、この国の発展や治安向上を、『手段』として国民全員に行わせてしまう。王ではなく、王女の役割として完璧である。
「……しかし、私だけの功績という訳でもないと思いますよ、ミオ様?ふふふ」
「え?あー……うん、はい。認める……ああああ、でもなー!どういう顔していいんだか分かんないんだけどぉ!」
一方、澪は澪で、立派に『働き』をしている。まあ、つまり……ナビスと同じく、『アイドル』として。
「ミオ様!人々の信仰を集めることも、勇者の職務の一つなんですよ?堂々としてらっしゃってくださいね」
「そうは言ってもなあー……うー、未だに微妙に信じ切ってないんだけど……私にも人気が出てるって、そんなん、あるぅ……?」
「はい。だって、ミオ様は凛々しくてお美しくて、人々の目を集めてしまうんですもの。当然のことでは?」
「ああ、ナビスが……ナビスが、随分と立派に育ってしまった……」
澪はまだ及び腰なのだが、そこにはもう一歩先を行くナビスが居る。堂々と『ミオ様は素敵な人です!』と言われてしまうとなんとも言えない澪なのであった。
「……それに、ミオ様を救うために多くの国民の力を借りなければならないのです。むしろミオ様は、人々の目を集め、信仰を集めて『あいどる』になる必要があるのですよ!しっかりなさってくださいね!」
ああ、澪は、とんだはりきりナビスを育ててしまったようである。ナビスが言っていることは、全て合理的なことなのだ。だから、澪としても、実行しないわけにはいかないし、自分の恥じらいなんて捨ててしまうべきなのだ。
……とはいえやっぱりなんとなくもじもじしてしまう澪なのであった!
澪のもじもじはさておき、全国ツアーを進めていく。
そして、いよいよツアー最終日の1つ前。澪とナビスはコニナ村で礼拝式を行うことになった。
コニナ村は、すっかり人でいっぱいだった。『コニナ村とポルタナは近いから、このまま最終日も参加しよう!』という人が大勢居るらしく、それなりの古参なら大抵は顔を出しているような有様だ。
そうでなくとも、コニナ村にも街道が繋がったことでメルカッタとの行き来も簡単になっている。大規模な都市と繋がれば、小さな村にも人が来るようになるものなのだ。
……ということで、コニナ村の人々は忙しく客人をもてなすために動き回り、そんな彼らの足元をブラウニー達がてけてけと動き回っている。今回も、聖餐の準備や物販の準備などではブラウニー達が活躍してくれている。ありがたいことだ。
そして、そんな人の多いコニナ村の片隅で。
「これ美味しいねえ、ナビス」
「ええ、ミオ様……」
殊更明るく振る舞う澪と、しょぼん、として元気のないナビスの姿を、存分に皆さんに見てもらう。
中には『おや?どうなさったんですか?』と声を掛けてくる者も居たが、その度にナビスは、『ああ、なんでもないんです。どうかお気になさらず……』と笑みを浮かべて、そして、澪がなんとも気づかわし気な顔をする……という小芝居を打っておいた。
偉い人が言いました。リアリティは細部に宿る、と。澪はそれを信じて……大規模な芝居の前に、こうした小さな小さな伏線を張っておくことにしたのである。
ナビスに演技させてしまうのは申し訳なかったが、ナビス自身は、『確かにある不安』を思えば自然とそういうしょんぼり顔になってしまうらしいので、後は澪が上手いことやればそれで済む。ナビスに掛ける負担は最低限にしたかったので、澪は大いに頑張った。
ナビスを1人座らせておいて、澪1人で屋台の食べ物を買いに行ったり。ナビスの横に座って、ちびちびと串焼きを食べるナビスを甲斐甲斐しく世話してみたり。何かとナビスを気遣い、ナビスの為に動き回る澪の姿と、ぼんやりしょんぼりしているナビスの姿を人々に見せていれば……人々は自然と、疑問を抱く。
『何かあったのだろうか』と。
或いは……『何かあるのだろうか』と。
そうして第2回全国ツアーコニナ村礼拝式は幕を上げ、いつも通りの礼拝式が始まった。
「みんなー!盛り上がってるかーい!」
澪が呼びかければ信者達は大いに盛り上がって声を上げてくれた。
今回も人の入りは上々。物販の売れ行きもすこぶる良い。人々の手にはペンライト。首にはナビス印の手ぬぐい。そして顔には笑み。全てが整った、最高のライブの予感を思わせるものだ。
「それじゃあ最初の私のラッパも終わったところで、皆の聖女ナビスにご登場いただきましょう!せーの!」
会場全体で『ナビス様ー!』と呼びかければ、笑顔のナビスがやってくる。会場はこれを拍手で迎え入れ、いつも通り礼拝式が始まる。
ナビスの表情に陰りは見えない。それこそ、先程のナビスを見た人々も『さっきのあれは大したことではなかったのかな』と思うほどに。
完璧な聖女であるナビスは舞台の上で、今日も歌を歌い、踊って、時に澪のトランペットの演奏を楽しみ、会場を盛り上げ続けた。
今回はナビスもMCを回す役割を担った。澪の演奏の前後や、それ以外でも幾らか。曲の説明やそこに込められた願い、全国民聖女化に向けての簡単な説明、はたまた昨日澪と一緒に食べて美味しかったものの紹介……。ナビスが喋る様々なことに、信者達は皆耳を傾け、楽しそうにしていた。
……これを見て、澪は大いに満足する。『これならナビス1人でもやっていけるだろう』というように。
そう。澪はもう、ナビスを1人にする気などサラサラ無いのだが……そう、振る舞わなければならない。
全ては、この後の小芝居の為に。
「それでは……最後の曲、ですね」
ナビスが杖マイクを握って、ふと、表情を曇らせる。そしてそれきり、言葉を続けることなく、黙ってしまう。
会場がざわめく。今までこんなことは無かったぞ、というように。そう。本当に、今までこんなことは無かったのだ。実際に、今までには無かったことであって……そう『演出』しているから、でもある。
「その前に、私から1つ、説明をさせてください。これは、全国ツアー最終日のポルタナ礼拝式でも、説明することになりますし、いずれ、お父様……カリニオス国王からも、説明があるかと思いますが……」
やがてナビスがようやく喋り出したかと思えば、そんなことを言う。観客はいよいよ、『これは何かあったのだ』とざわめく。
ナビスは悲痛な面持ちで俯きながらまた黙ってしまう。……これは演技でもなく、素なのだ。ナビスは今、悲しいことを考えてしまって、そのせいで本当に悲しくなってしまっているのである!
つくづく、演技に向いているというか、向いていないというか……人の痛みが分かるナビスであるからこそ、悲しい思いに共鳴しすぎて本当に悲しくなってしまうというのだから、本当に、本当に、ナビスは『聖女様』なのだなあと澪は思う。
皆に愛される聖女ナビスは、やがて、皆に見守られながら発表する。
「……私とミオ様は、この度、魔物の出所を発見致しました」
そう。それは、この世界を揺るがす大発見。
澪とナビスが、発見したものの特に発表する予定も無かったその情報を、今、ここで出すのだ。
案の定、人々は悲鳴を上げたり、歓声を上げたりと様々な反応を示す。それはそれはもう、賑やかに。
それからナビスはさらに細かく説明していった。即ち、『ダンジョンの奥には異世界へと通じる亀裂があり、そこから魔物の素が来ているようである』だとか、『魔物の素および魔物が、より多くの魔物の素を呼び寄せるため、魔物を放置しておくとより魔物が増える原因になる』だとか。
……この世界では、魔物の研究はまだ進んでいなかった部分が大いにあるように見える。『とりあえずダンジョンから湧く』とか、『ダンジョン中の魔物を全滅させれば魔物がしばらく出なくなる』というところまでしか分かっていなかったのだから、『魔物の素』という発見は本当に世紀の大発見なのだ。
「ダンジョンの奥およびダンジョン入り口に神霊樹を植樹することで、魔物の素を元の世界へ帰すことができるようです。また、魔物も討伐してしまえば、それ以上は増えませんので、意識して数を調整すれば、魔物を狩る職業を潰してしまうことも無いかと」
ナビスの説明を聞いて、明らかにほっとした様子の人達が居る。メルカッタの戦士達をはじめとした一部の者達は、やっぱり魔物に居なくなられるとそれはそれで困るのである。
彼らと知り合えた澪とナビスにはそのあたりの事情が分かるので、彼らを取りこぼさない策を作ることができる。これには素直に『よかったなあ』と思わざるを得ない。もしかすると、澪よりもカリニオス王あたりが『自分には見えていないものをナビスが見て教えてくれる』と喜んでいるかもしれないが……。
「しかし……神霊樹で防げるとはいえ、根本の原因が分からないままだと、また大規模な魔物の襲来が起こる可能性を消しきれません」
だが、魔物の管理はある程度、できなければならない。
今までも、ダンジョンの魔物を管理して、絶滅しない程度に常に減らし続けていたのだろう。だがそれでも、魔物の大量発生は起こる。
恐らく……澪の世界側からの、何らかの要因によって。
「ですので……その」
……そしてそこでまた、ナビスは黙ってしまう。続きを話そうにも、息が詰まってしまって上手く話せないらしい。
察した澪は、さっ、とナビスの手からマイク杖を取る。これも想定内だ。予定ではナビスが全部話す予定だったが、ナビスがこうなっている以上、澪が話した方がいいだろうし、澪にも話せるだけの準備はしてある。大丈夫だ。
「えーとね、ちょっと私から話させて」
澪はそう切り出す。ナビスはいよいよ泣きそうな顔をしているので申し訳ないが……澪は努めて明るく、話し始めた。
「私、ポルタナの皆……そして、ナビスに、すごくお世話になったんだ。だから、ポルタナ鉱山で10年前に起きた悲劇を繰り返したくない」
澪の言葉に、誰よりもはっとした表情を浮かべていたのはナビスだろう。ここでポルタナの話を出すなんて、打ち合わせには無かったから。
「私は詳しく知らないんだけど……酷かった、って、聞いてる。それに、遺された人達が、すごく悲しんで、すごく苦労した、っていうことは知ってる。だから、国のどこでだって、ああいうこと、起きてほしくないって思う」
今や、観客は皆、しんと静まり返って澪の話を聞いていた。重大な……文字通り、『重くて大きい』話を予感して、皆がじっと黙っていた。
「人って、死んだ後に救われるのかもしれないけれど。でも、苦しい思いをしたり、痛い思いをしたりするのは、できる限り少ない方がいいじゃん?だよね?だから、魔物の大量発生の原因があるなら、私、それを突き止めなきゃ、って思って……」
すう、と息を吸って、澪は一度落ち着く。
爆弾を投下する自覚を持ちながら発言するのは、中々に勇気が要る。だが、澪はそれでも勇気を振り絞って、言うのだ。
「それで、私……勇者ミオは、その世界へ調査と解決に向かうことにしました」
「だから、聖女ナビスの礼拝式に出るのは、全国ツアー最終日……ポルタナ礼拝式が最後。皆、今までありがとう。私が居なくなっても、これからもずっと、どうか、聖女ナビスをよろしくね」




