さよならの代わりに*1
翌日には、全国ツアーが再開された。
毎週2か所くらいの速度で村を回っていくだけなので、十分にゆったりしたペースである。そして元々、第一回で回り切れない村が対象であったため、回る数も多くない。
……ということで、全国ツアーの終わりも見えてきた。
今回の全国ツアーも最終日はポルタナ、と決まっているので、次にポルタナへ戻るのはその時になるだろう。そして……。
「では、全国ツアー最終日が、ミオ様の帰還の儀式の日、ということになりますね」
「うん。よろしくね、ナビス」
その日が、澪がこの世界を去る日になるのだ。
終わりが決まったとしても、やるべきことは変わらない。
澪はナビスと共に全国ツアーを巡り、それと同時に、神霊樹の植樹を進めていった。
コニナ村の村長さんに事情を話して、神霊樹の金のどんぐりを分けてもらった。それをブラウニー達に見せてみたところ、嬉々として金のどんぐりの周りで踊り出した。とてもかわいい。
……そんなブラウニー達の意見も聞きながら、あちこちのダンジョンの中にどんぐりを植えていく。神霊樹は植物であるので、地下のダンジョンなどに植えてしまってよいのだろうか、と思わないでもなかったが、よくよく考えてみると、コニナ村でも神霊樹は地下に生えているし、ポルタナ鉱山でもそうなのだった。
まあつまり、神霊樹がすくすく育つには太陽の光を浴びせることよりも、人のおしゃべりを聞かせてやるのがよいようなのである。なので澪は神霊樹を植えたところに向けて『春はあけぼの』を聞かせてやった。雅やかな樹に育てよ!と願いを込めて。まあ、雅やかになるかどうかは分からないが……。
そうして神霊樹を植えては、その近所に住む人々に事情を説明して、神霊樹の世話を頼む。
王女様が直々に各地を巡って人々に頼んでいるのだから、人々としても無視するわけにはいかない。むしろ、『ナビス様の仰ることでしたらなんでもやります!』と意気込む信者も各地に多く居て、ナビスのお願いである神霊樹育成に向けて頑張ってくれている様子であった。
ナビスファンの熱狂的な信仰は、きっと、神霊樹を大いに育ててくれることだろう。ほら、今も神霊樹の苗木が『こうだ!ナビス様の舟歌でのペンライトの振り方は、こう!』と指導を受けている……。
……神霊樹がペンライトを振り始める日も、遠くないのかもしれない。
そうして各地に神霊樹を植えていく傍ら、澪とナビスはコニナ村を度々訪れることになる。要は、金のどんぐりの補充である。
「いつもありがとうございます」
「元気な樹があると本当に助かる!ありがとうね!」
澪とナビスは揃って神霊樹にお礼を言いつつ、コニナ村の神霊樹に水をやったり、幹を撫でてみたりする。……神霊樹は今、やたらと元気である。
各地に神霊樹が広がっていることが分かるのか、はたまた、こうして澪やナビスが祈りを捧げに来るのが効いているのか。とにかく、コニナ村の神霊樹はすこぶる元気であった。それこそ、村長が『ここ数日だけでも元気になりましたな……』と複雑そうな顔をするくらいに。
そんな折。
「あれっ!?ねえ、あそこ、出てない!?」
「へ?……ああっ!出ています!出ていますよミオ様!」
澪とナビスが注視する先、コニナ村の地下の、石材の割れ目から……なんと!例の黒い靄が出てきているではないか!
「音!音を確認しなければ!」
ナビスが慌てて石材の割れ目へ駆け寄っていって、そこへ耳をそばだてる。澪もすぐ付いていって音を確認すると……確かに、割れ目の向こうから、澪の世界の踏切の音が聞こえてくるのである。ついでに、電車が通り過ぎていくのであろう、ガタンゴトン、という懐かしい音も。
「おお……踏切だあ……電車だあ……」
何とも言えず澪が感想を零すと、ナビスは『よく分からないけれど、ひとまずミオ様の世界の音であるらしい』ということは察してくれたらしい。
……そして。
「あら?……あ、ミオ様!あちらを!神霊樹をご覧ください!」
「ん!?」
ナビスが澪の服の裾を引っ張るのに合わせてそちらを向けば、なんと……神霊樹の枝に触れた黒い靄が、そこでもやもやと滞留したかと思ったら、そのままもやもやと引き返して、岩の割れ目へと帰っていくのである!
「……靄が今、帰ったよね?」
「はい。帰ったように見えましたね……」
……そうして2人は、2人の仮説が実証されるところを目撃しもした。
神霊樹が、ダンジョンの隙間から漏れ出してきた黒い靄をダンジョンの隙間へと追い返していたのだ!
「やっぱりこいつ、靄を帰してくれるみたいだねえ」
「ええ。そのようです」
成程、どうやら神霊樹はすごい奴であるらしい。澪は『すごいねえ』と言いつつ、神霊樹の幹に触れ……。
「……ミオ様!ミオ様!まだ帰っちゃだめです!」
「いや、帰らないって!大丈夫だってば!」
幹に触れた途端、ナビスによって引き戻されてしまったわけなのだが、ナビスが引き戻さずとも神霊樹に触れただけで元の世界へ帰るようなことは無いのである。
「あ……その、ミオ様を、帰したくないわけではなくて」
「うん」
「ただ、その、きちんと儀式を行って、お帰ししますので……」
ナビスはなんだか気まずげにもそもそそう言うとしょぼん、とした顔をしてしまう。
……その顔を見ていると、澪もなんとも、言えなくなってしまうのだ。
その日の夜。
澪とナビスはセグレードの宿に泊まっていた。
ここまで帰ってきているなら王都に戻ってもよかったのかもしれない。だが、セグレードのお宿の食堂の『今日の日替わり!山鳥のこんがり塩焼きと根菜のシチュー、焼き立てパン!』が魅力的だったため、セグレードのお宿に泊まることにした。食べ物の引力は強いのだ。
そうして満腹になった澪とナビスは部屋に戻って、さて寝るか、というところで。
「……ミオ様」
ベッドの中、澪の隣に入りながら、ナビスはもそもそ、と姿勢を直して、澪の方を向いた。
「その、以前お話したこと、覚えておいでですか?私達が別れることになったとしても、私達が良い友達だったことは確かである、と」
「うん。王城で話してたやつだよね。覚えてるよ」
澪もベッドの中でもそもそ、とやって、ナビスの方を向く。
「私、少し、考えまして……やはり、私はミオ様を、きちんと元の世界へお帰ししなければ、と思ったのです」
ナビスはベッドの中、真剣な目をしていた。きちんと覚悟を決めたような、そんな表情だった。
「ミオ様には、ミオ様の世界でやるべきことがあるのですよね?」
「うん……多分ね」
澪自身、元の世界で自分が何をすべきなのかは分かっていない。分かっていないが……澪には澪を待っているであろう家族が居て、向こうにもまあ、友達は居て、そして、澪はあの世界で生まれたのだから、やはりあの世界で生きていくのがいいだろうな、と思っている。澪は、澪が元々考えていた以上に、澪の世界に愛着があったようだ。
そして同時に、澪は元の世界で、自分が成すべきことを見つけなければならないのだろう、と思っている。その一連の行動全てが、澪と澪の世界にとって必要なことなのだ、とも。
「ならば私は、そのお手伝いをしなくては。ミオ様の使命を、応援しなくては。だって……友達なんですもの」
だからナビスは、澪を送り出してくれるのだ。
ナビスはずっと、ポルタナの聖女という役割に縛られて、その中で生きていた。それは良くもあり悪くもあった、と澪は思うが……ナビスにとってポルタナの聖女であることが大切なことだったのは知っているし、それを蔑ろにしたくはないな、とも思う。
「友達だから……大切だから、見送らなければならない。そういうことも、あるのですよね」
「……うん。あると思う。私もそういう経験、あんまり無いけど。でも、そういうこともあるんだよな、っていうのは、分かるよ」
相手にとって大切なことを尊重すること。たとえそれが自分には理解できないものだったとしても。……それができなければ、本当の友達ではない。澪はなんとなく、そう理解している。
大切にしているから、大切にしている相手が大切にしているものを、大切にしなければ。漠然と、でも、確かに。
「うん……大丈夫です。私、ちゃんとやれます。ですからミオ様、どうかご安心くださいね。ミオ様がきちんと元の世界へ戻れるよう、全力で祈りますので」
「うん。ありがと、ナビス」
なんだか苦しそうに笑うナビスを見て、澪は笑い返す。
……あんまり上手く笑えている自信は無いなあ、と思いつつ。
+
翌日。ナビスとミオは王城へ戻った。流石に、全国ツアーに神霊樹の植樹に、と飛び回っていてばかりでは、カリニオス王と先王が寂しがる。
……長らく1人で居たナビスにとって、父と祖父というものは、なんとも慣れないものである。だが、母アンケリーナと共に過ごした時のことを思い出しながら、なんとなく、『家族とはこういうふうにやり取りをするものだったかしら』とやっている。
ということで、父であるカリニオスに諸々の報告をするついでにお茶でも、と、ナビスはカリニオスの部屋へ向かったのだが……。
「……それで、ナビス。大丈夫か?元気が無いようだが」
「え?」
神霊樹の植樹の状況や全国ツアーの様子などの報告を終えてお茶を飲んでいたところ、そんなことを言われてナビスは面食らう。
「そ、そのように見えますか?」
「ああ。まあ、そう見える。お節介かもしれないが……」
カリニオス王は苦笑しながらそう言って、視線を落とす。ナビスは慌てて、何か言わなければ、と考え始めた。
疲れは無い。昨夜はよく休めた。各地を飛び回ってはいるが、それも大切な仕事だ。投げ出すようなことはしたくないし、前回の全国ツアーのように無理な日程でもないから、元気がなくなるようなことは、無いはずで……。
「……やはり、ミオ君と別れるのは寂しいか」
……そう言われてしまったら、ナビスは頭が真っ白になってしまう。
「い、いえ、そんなこと」
何と言ったらいいのか。そもそも自分は何を思っているのか。何も分からないまま、ナビスは慌ててただ弁明しようと試みる。
「ミオ様を元の世界へお戻しするのは、私の役目ですから。やはり、お呼びしてしまった以上は、きちんと、お帰ししなければ……だって、友達なんですもの」
そうだ。ナビスは、元気が無いわけはないのだ。ナビスは元気で、それで、ミオのことは、きちんと元の世界へ帰さなければならない。それがミオの友であるナビスの役割であって、ナビスはそれを寂しいなどと思ってはいけないはずで……。
「いや……その、なんだ、ナビス」
……だが、カリニオス王はそんなナビスを見て困惑したような顔をしつつ、躊躇いがちに、そっと、口に出した。
「ミオ君を送り届けなければならない、ということと、『寂しい』と思うことは、また別なのではないかな」




