最後の課題*10
「戦いにくいような、いっそ『こんなキモいことしてくる敵なんてやっつけねば!』みたいな気持ちになって戦いやすいような……」
「複雑ですねえ」
澪とナビスは、魔物と対峙したものの、さて、どこから攻撃していいものやら中々に迷う。
澪が初手で繰り出した短剣は、見事、トゥリシアに似せた顔の横に突き刺さり、トゥリシアっぽい顔から苦悶の声が上がる。……トゥリシアなので『うわあ』ぐらいで済んでいるが、これをマルちゃんやパディでやられたら、やりづらいことこの上ない。
「魔除けの光に弱いようですから、ある程度はこちらで片付けていきましょうか」
一方、ナビスは杖を構えて魔除けの光を放っている。それだけで塊の魔物は怯み、時にその体の一部が消えていくので、これが一番いいような気がする。
「問題は、この後魔物が」
だが、そこで一旦、2人の意識が途切れた。
次の瞬間、澪とナビスの間には塊の魔物が割り込んできており、そして、澪に向けて腕のような根っこのような触手のような、そんなものを思い切り振り回してぶつけてきていた。
「ミオ様!」
ナビスの悲鳴を聞きながら、澪は自分の肋骨が一本二本いっちゃったのを感じていた。ついでに、『あ、これ肺がヤバいかも』と察する。
気胸になった時の苦しさは、よく覚えている。既に一年ほど前になるわけだが……澪は肺気胸で手術を受けているのだ。胸部への打撃には、人一倍、恐怖心がある。
だがそうも言っていられない。
澪は『多分いける』と信じて、自分が万全の体調である想定のまま、着地した。
……そして実際に、澪は痛みも何も感じずに、すらり、と着地してすぐさま魔物へ反撃に向かうことができたのである。
「ありがとーナビス!」
「はい!治療はお任せください!」
そう。澪は、ナビスがすぐさま澪を治療してくれるだろうと信じていた。そして実際、その通りになった。流石は治療を得意とする聖女様である。やはりナビスの治療の腕は確かで、澪は、いっちゃったように感じられた肋骨もその中の肺も、何もかもが問題なく定位置で正常な働きをしていることを確認できた。
「よーし!んじゃあこっちもいくよー!」
そして澪はすぐさま反撃に転じた。塊の魔物の表面に浮かぶ沢山の顔が、それぞれに驚愕めいた表情を浮かべてくるのが鬱陶しいが、それを気にせず、澪は思い切り、塊の魔物に短剣を突き刺し、そのまま刃を引き下ろした。
……一応、できるだけ顔面っぽいところは、避けた。なんだかやりづらいのもそうだし、頭蓋骨が中に入っていたら切りにくい可能性があるので……。
「よーし、効いてる利いてるぅ」
「流石です、ミオ様!」
魔物には、確実にダメージが入っている。澪はそれを実感しながら、次の攻撃に備えて敵の動きを観察し始めた。その間にナビスの声援に気分を上げれば、もう、無敵の気分である。
……そうして澪は次の一撃を決めてやるべく、また地面を蹴って……。
「あっ!?また時間飛んだ!?」
「そ、そのようです……きゃっ」
澪が地面を蹴って跳んだ瞬間に、また、一瞬で世界が切り替わる。続いて、澪の目の前でナビスが吹き飛ばされた。
ナビスは瞬時に光の壁を生み出して、重傷は避けたようであったが……そういう問題ではない。
「ゆるさん」
澪は、ナビスを殴られて黙っていられる勇者ではないのである。ナビスが大丈夫そうなのをちらりと目視したら、もう次の瞬間には塊の魔物をめった刺しにし始める。
刺せば死ぬ。多分、刺せば死ぬ。塊の魔物のそれぞれの顔面から悲鳴やら懇願やらが聞こえてくるのだが、それらには耳を貸さない。澪が今、耳を貸すのはナビスの『ミオ様!私は大丈夫です!』という報告や、『治療が終わりました!私も加勢します!えええええい!』という勇ましい雄叫びくらいなものである。
またしても時間が飛ぶ。尤も、『またそろそろ来るでしょ』と思っていた澪は、短剣を自分の横に構えておいた。すると、振り抜かれた腕だか触手だかよく分からないものがオリハルコンの刃にかすって、その分、削れ飛ぶ。
「よっし!見たか勇者ミオの見切りぃ!」
「素晴らしいです、ミオ様!一体、どうやって!?」
「精々、飛ぶのは2秒か3秒っぽいから!予想さえできれば、案外いける!」
ナビスから上がった歓声に応えつつ、澪はまた、魔物をめった刺しにし始めた。やっぱり短剣での戦い方はこれだ。とりあえず刺す。これに限る。
「どうやら、時を止める能力にも限度があるようですね」
「そりゃあね。限度が無かったら怖すぎるって」
ナビスも、『それならばなんとかなりそうです!』と、健気に杖で魔物をボコボコやっている。ナビスは澪より容赦と余裕が無いと見え、今、カリニオス王の顔面に似せてあるパーツをボコボコに殴っている。……王の顔面が『痛い!死んでしまう!ナビス、どうか目を覚ましてくれ!』と悲鳴を上げているのがちょっと辛い。偽物だと分かっていても、ちょっとやっぱり辛い。
それからまた時間が飛ぶ。今度は予想を外したので、澪は弾き飛ばされることになったが、ナビスはしっかり守りの姿勢に入っていたため、すぐさま治療の光が飛んできて澪を癒してくれた。
とはいえ、激しい痛みを感じた直後に動くのは中々辛いものがある。『ちょっと休憩したいなあ!』と思いつつ、だが、そんな泣き言は言っていられない。澪はまた、魔物に向けて短剣を振るい……。
……そうして、途切れ途切れに時間が飛んで、その度に負傷したり、迎撃に成功したり……。
どれくらい時間が経ったのか、よく分からないままに戦っていた澪とナビスであったが、それでも魔物は倒れない。
「こ、こいつ不死身なのぉ!?」
「い、いえ、そんなはずは……!」
澪はさっきからずっとめった刺しにしているし、ナビスだって杖でボコボコにしている。なのに、ふと気づけば、魔物の傷は消えているのである。
つまり……。
「まさか……自らの時を巻き戻して、傷を無かったことにしているのでは!?」
「えええええええ!?ズルじゃん!そんなの反則じゃん!」
……こいつは極めて厄介な敵である、ということだ。
相手は時を巻き戻している。一方、澪とナビスは消耗していく。
……となれば当然、勝ち目が無い。完全な消耗戦に持ち込まれてしまっては、澪とナビスはいつか必ず負ける時が来るだろう。
まずい。これは間違いなくまずいのだ。だが、澪にもナビスにも、決定打となる何かが見つからない。そうしている間にもまた、1秒飛び、3秒飛び……
「うわっ」
「ミオ様!?」
そうしている間に、時間が止まったその一瞬で、澪は触手に捉えられていた。避けなきゃ、と思って動き出したがそのまま捕まって、澪の胴にぐるり、と魔物の触手だか腕だかが回る。
そのままぐわり、と持ち上げられてしまえば、澪には成す術が無い。
「このっ……はーなーせー!」
暴れてみるものの、魔物は澪を離してくれる気が無いらしい。更に、ぎちぎちと締め上げられれば圧迫された肋骨やその下の内臓がいよいよ悲鳴を上げ始める。
「ミオ様!ああ、こ、この!ミオ様を離しなさいっ!」
ナビスはまた杖でボコボコやってくれているようなのだが、それでも魔物は澪を離さない。それはそうだ。魔物だって必死なのだろう。ここで澪を落とさねば、魔物に未来は無い。
だがそれは澪も同じことである。澪は次第に薄れていく意識の中、天井近くまで持ち上げられたままでも、なんとか動く片腕を動かして、何かないか、と必死に探して……。
……澪の手に何かが触れ、その瞬間にそれが、光を放った。
魔物は悲鳴を上げて澪を離す。澪はあっという間に重力に引かれて落ちることになったが、そこは澪とナビスである。
「ミオ様ー!」
ナビスがすぐさま杖を構えると、杖から湧き出た金色の光が、まるで羊毛か何かのようにもふんもふんと形を作り……。
「わふっ!?」
澪は、ふかふかの光……という奇妙な物体に受け止められて、もふん!と体を沈めることになった。とても寝心地が良い!寝たいくらいである!
「ああ、ミオ様、ミオ様……!ご無事ですか!?」
「あ、うん。今無事になった。すごいねこの光。もっふんもっふんだし、治るし」
ナビスが咄嗟に生み出したらしいこの光、澪を受け止めるもふんもふん具合である上、触れている者を癒してくれる効果もあるらしい。益々寝具にしたい!
「ところで、さっきのは一体……?」
だが今は寝ている場合ではない。澪は状況確認を急いだ。
のだが……魔物を確認して、『あっ、あれは当分大丈夫そうだ』と判断する。
……何せ、魔物はその一部をぼろぼろと崩してしまっていたので。
「あ……ミオ様!あちらをご覧ください!天井です!」
「天井?」
魔物の窮状を確認してすぐ、澪はナビスの声に導かれて天井を見上げる。そう。そこには、先程澪が死に物狂いで触れたものが、ふらり、とぶら下がっている。
それは、天井から生えてきている金色の糸のようなものだ。ナビスの魔除けの光にもよく似た、金色の光をほやりと纏っているそれは、きっと……。
「あれは……神霊樹の根っこなのでは!?」
そう!鉱山3階のホネホネボーン達が手塩にかけて育てている、神霊樹の根っこが元気に、地下5階にまで到達していたようなのだ!
「神霊樹……!そっか、神霊樹には魔除けの力があるんだよね!」
「はい!どうもあの魔物は、神霊樹に近づくとあのように崩れてしまうようです!」
これは大発見である。神霊樹が魔除けの力を持っている、とは聞いていたが、神霊樹にガッツリ近づいた魔物がああなる、というのは初めて知った。
神霊樹の根っこの端っこだけでもこれだけの力があるというのならば……。
「そっかー。天井のアレに近づいたら、あの魔物は消えちゃうのかー。……なら使うっきゃないよねえ?」
「ええ。是非、使ってしまいましょう。この時の為、ホネホネさん達は神霊樹を育てておいてくださったのかもしれませんね」
澪とナビスは顔を見合わせると、にやり、と笑って魔物を見据えた。
「いっせーの、せ、でいこっか。私、右から回り込む」
「では私は左から。そしてぶん投げましょう」
「了解!」
……この瞬間、哀れなるかな魔物の運命は、しっかりばっちり、決まってしまったのである。




