最後の課題*4
翌日から、全国ツアーの続きが始まった。
とはいえ、全国ツアーは一回目のような爆速ではないので、各地に飛んでは礼拝式を行い、また王城へ戻って『人々のモラルを保つ方法』を考え、時に実働が挟まり……といった具合である。
時には各地の魔物退治を行ったし、時にはその地の聖女の引退を手伝った。特に、魔物退治については念入りである。何せ、魔物がいつどこでどう生まれるか分からない。レギナの一件はトゥリシアのせいだったのだろうが、かつてのポルタナやメルカッタ近郊で起きていた魔物の発生は結局、原因が分からないままだ。
それでいて、聖女の引退は進んでいる。その分、全員を等しく聖女化……つまるところ信仰を力に変える能力を持つ者に変えていく作業を進めなければならないのだが、それはそれで説明が難しい。よって、魔物は見つけ次第、澪やナビス他、まだ引退していない聖女や勇者が退治していくより他に無いのだ。
「あ。王様から聖女化の発表、あったっぽいね」
そんな全国ツアーの途中、澪とナビスが地方の村に滞在している間に、そのお触れが村にもやってきた。
……よいしょ、と立てられている看板と、そこに書かれた内容は、『全国民聖女化』についてのものである。
「そのようですね。私が不在の時を狙って発表を行ったのは、批判が殺到しても私だけは逃がせるように、ということでしょうか」
「ナビス、大事にされてるねえ」
「ええ。少し困ってしまうくらいです。まったくもう……」
ナビスはちょっぴり怒って見せつつ、カリニオス王からのお触れをしっかり読んでいく。
……そこには、聖女が犠牲になってきたことについての王の思いや、今後のあるべき国の形について、詳しく説明されていた。
無論、説明を読んでも理解できない者も居るのだろうが、真摯に説明している王の誠実さは伝わっているのだろう。澪達の見る限り、お触れへの反感は出ていないようだ。
「……これ伝わってんのかなあ」
「さあ……ええと、伝わらない相手には、伝えずとも問題は無いのかもしれませんね……」
まあ、聖女化についての説明を理解できない者には、立て札を立てに来た兵士が『つまりね、これからは誰でも、こうしたいなー、って思ったことがちょっと叶う、ってかんじですよ!』とものすごくザックリした説明をしていたので、多分大丈夫だと思われる。
『全国民聖女化』のお触れが出てからの全国ツアーは、各地で『お触れはどう受け止められているかな』と確認するための意味も持つようになった。
言ってしまえば、視察である。ナビスは聖女として礼拝式を執り行い、王女として各地の困りごとや現状を聞いては改善に努める……といった働きをこなすようになったのである。これは正しく、聖女でありながら王女であるという特性を存分に生かした活動であると言えるだろう。
そんなナビスのおかげで、各地で『全国民聖女化』の話が浸透していき、同時に、知識層は『つまり今後は我々が戦わねばならないということか……兵団を設立しよう』『農作物の増産が見込めるかもしれない……早速研究を!』といったように動き始め、突如として雇用がぐんぐん増えていった。
となると、特に喜んだのはメルカッタの戦士達のような、その日暮らしのギルド員達であった。
戦うことが生業であったものの聖女の陰に隠れてしまっていた彼らは、『既にそこそこ戦える有識者達』として引っ張りだこになったのである。ポルタナ鉱山やポルタナ製塩所以外にも安定した就職先を見つけることができ、彼らの進路先は大きく広がったのである。
……と、いうように、国は大きく動いていった。
澪とナビスが各地を回る間にも、どんどん動いていった。人々は意識を変容させていくことを求められ、それに適応できない者は『うーん』と唸っていたが、その唸り声が解消されるのも時間の問題だろう。
そう。なんだかんだこの国は、いいかんじに動いているのである。
皆が働き、誰か1人に重荷を背負わせるのでもなく、そして、便利に、快適に過ごせるような環境へと、変わっていっているのである!
そんなある日のことだった。
「え?魔物の群れ?」
澪とナビスは、その村の食堂で、そんな話を聞いた。
「はい、そうなんですよ。ここから北西にある洞窟の入り口辺りを、魔物の群れがウロウロしているのが見えた、とか……」
澪とナビスはシチューを掬いかけたスプーンもそのままに、顔を見合わせる。
「魔物……ですか」
「また増えてんのかなー。やだなー」
思い出されるのは、メルカッタ近郊で魔物が溢れた時のことである。あの時も大変だったが、今は余計に大変だ。何せ、聖女の数が減っている。そして、民衆はまだ、聖女の力には慣れていない。
「まあ、全国ツアー中でよかったよねえ」
「そうですね。私達が対処することができます!」
まあ、今回については、『大変にタイミングがよろしかった』と言えるだろう。何せ、澪とナビスが揃って地方の村に来ているのだから。
「じゃあこれ食べたらちょっと行ってこよっか」
「そうですね。様子を見て、ついでに一掃してきましょう。その後は、夜になる前に近郊の見回りを」
「よーし、了解!」
早速、澪とナビスは簡単に打ち合わせをすると、シチューのスプーンを口に運び始めた。
この村の特産の野菜をごろごろと煮込んだシチューは素朴ながら美味しい食べ物であった。澪もナビスも、こういう味が大好きである。
「あ、ナビス、ゆっくり食べていいからね」
ナビスよりも食べるのが速い澪がそう告げれば、ナビスは丁度、口の中がごろごろの芋で塞がっていたらしく、『んむ』というような声を発するとともに、きりりとした顔で頷いてくれた。
……やっぱりうちの聖女様は可愛い。
澪はそう強く感じつつ、シチューの優しい味と、一生懸命に食べるナビスの姿とを存分に堪能するのだった!
澪とナビスが村人の案内で向かった先には、魔物がわらわらと居た。
「……居るねえ」
「居ますねえ」
そう。わらわら、である。魔物が、わらわら。……これは、戦力を碌に持たない村にとって、大きな脅威になりうるだろう。
「ダンジョンを制覇してしまえばここも大丈夫でしょうか」
「まあ、よく分かんないけど……行ってみよっかぁ」
ひとまず、ダンジョンは制覇してしまえば当面の間、魔物は出ない。それが分かっているのだからやることは簡単である。
「じゃ、よーし、早速いくぞー」
「おー」
澪とナビスは揃って魔物に向かって駆け出していき、凄まじい速さで魔物を始末していったのであった!
魔物は主に、コボルドの類であった。まあ、言ってしまえばかつてのポルタナ鉱山地上部に近しい様子である。よって、澪とナビスにとって、全く不安の無い相手と言える。
澪が短剣を振り抜けば、あっという間にコボルド数体の頸動脈が切り裂かれ、血が宙を舞った。その返り血を浴びるより早く澪は次のコボルド目掛けて短剣を繰り出しているので、とにかく戦闘の展開が速い。
コボルド達にとっては、まるで理解が及ばぬ内に仲間の半数以上が消えていた、というような具合であろうか。澪が一旦元の位置に戻って短剣を振って血を落とす間にも、コボルド達はきょろきょろおろおろと周りを見回しているばかりだ。澪の速度に追いつけないらしい。
そして、そこにナビスが齎した光が迫りくる。
金色の光は太陽のごとく煌めきながら、コボルド達を容赦なく照らしていく。
万物を等しく照らす太陽は、ある種慈悲深く、そして冷酷でもある。コボルド達は魔除けの光に焼かれて、次々に地に倒れていった。
……そうして、光の届かぬ位置のコボルドは澪によって仕留められ、届く位置のコボルドはそのまま光に焼かれ、5分もしない内に洞窟の入り口はすっかり綺麗になっていたのであった。
「はー、働いた働いた。ちょっと休憩してもいいかな。はー、よっこらしょ」
「ひとまず、地上部は掃討できましたね。お隣、失礼しますね。ええと、よっこらしょ」
澪の真似っこをしながら澪の隣に腰を下ろしたナビスを見て『かわいい……』と絶句しながら、澪はふと、自分達の目の前で口を広げて待っている洞窟を見た。
洞窟の入り口は、暗い。奥には光など一片たりとも無いのだろう。そしてその闇に紛れるように、魔物が。
……それは、少々の恐ろしさを思い出させる光景でもあった。
「……魔物ってさあ、どうやって出てくるんだろ」
「え?」
澪は、ぽっかりと開いた洞窟への入り口を見つめて、ふと、気になった。
「ほら、ダンジョンから湧いて出ることが多いみたいだけどさ……そのダンジョンの、どっから、どういう風に出てくるのかなー、って」
澪が疑問をそのまま零せば、ナビスは、ぱちり、と目を瞬かせて、それから、こて、と首を傾げた。
「確かに……ダンジョンの中で魔物が湧き出す瞬間を見たことのある者の話など、聞いたことがありませんね」
「ね。ほんと、どうやって魔物が出てくるんだろ」
2人で、『ねー』と顔を見合わせて……それから、やっぱり、澪は気になってきた。
「……気になるよね?ちょっと、その、ダンジョンの中で張ってみない?」
やっぱり気になる。そして気になっちゃったら、気になっちゃうのだ。
折角だから、この世界の謎、人々への道徳心の布教、魔物の仕組み……そういった、言ってみれば、澪がこの世界に残している『最後の課題』は、できるだけ片付けてから帰りたい。
「やりましょう、ミオ様!魔物が出てくる仕組みなどが分かれば、今後の魔物対策の役に立つ可能性があります!」
それに、この世界の為にもなることだ。
特に、これからこの世界は大きく姿を変えていく。その時の不安を少しでも解消していくために、魔物についての研究はあればあるだけいいだろう。
「だよね!私も心残りは無い方がいい!よーし!じゃあいくぞー!」
「よっこらしょー!」
「あ、ナビス。えーとね、そういう時には『よっこらしょ』は使わない。主に、重い腰を上げる時とちょっと疲れて座る時に使う」
「あっ、そうなのですか!?」
……ということで、やや締まらないながらも、澪とナビスはダンジョンへと突入していったのだった。
「暗ーい!」
「ええと、ではこれで」
「明るーい!」
洞窟の中は暗かったが、ナビスが1つ、光の球を飛ばせば明るくなった。その状態のまま、2人は洞窟の中を進んでいく。
時々、外にも居たコボルドの類や、澪の身長より長い大蛇などが襲い掛かってきた。だが、澪とナビスの敵ではない。
難なく洞窟の中を片付けていきつつ、澪とナビスは進んでいく。時折、洞窟の中には宝石の鉱床のようなものがあったり、地下に生える不思議な花が咲いていたり、何かと目を楽しませてくれた。
そうして……澪とナビスが洞窟の中に入ってから1時間もしない内に、洞窟の中はすっかり探索しつくされた。最奥には澪の腰ぐらいの太さのでっかい蛇が居たが、それは適当に片結びにして放ってある。魔物が全滅すると、そのダンジョンは魔物を発生させないダンジョンになってしまうので……。哀れ、蛇。
「何もありませんね……?」
「そう、みたいだねえ……」
蛇は放っておいて、その他、洞窟の奥の方までしっかり探索したのだが、魔物が新たに湧き出てくるような様子は無い。
となると、もうダンジョン踏破という扱いになってしまっているのだろうか。
……その時だった。
「……ん?」
何か、聞こえた気がして澪は耳を澄ます。
それはどうも、岩の割れ目から聞こえてくるようだった。何かの声と、そして、何か……聞き覚えのあるような、そんな音が混じっている。
「ミオ様!危ない!」
ナビスの声にはっとして振り向けば、そこには爪を振りかぶったコボルドの姿が迫っていた。




