最後の課題*3
『2人で話したいことがあるならそう仰いなさいな!退室するくらいの礼儀はありますわ!』とぷりぷり怒ってみせてくれたマルちゃんを『もうちょっとしてからにしよう!もうちょっと居て!もうちょっと!』と押し留めて、『しょうがないですわねえ!』と座り直させることに成功した。
澪としても、今すぐにナビスと話す元気が無かったので、もうちょっとだけ、パディやマルちゃんも一緒のお茶でリラックスしてからにしたかったのである。
ナビスも概ね同じ意見と見えて、『とりあえず、切り出せてよかったぁ』とお茶を飲んでいる。……ナビスがソファに座る姿勢が、『くてっ』としており、何とも可愛らしい。
……それから澪達は、とりとめのない雑談をのんびりと進めていった。
どこのお菓子が美味しいだとか。今までの礼拝式で出くわした困った信者はどんなのだったとか。効果的な薬草の調合だとか。かつてパディエーラがレギナ大聖堂の中で遭っていた嫌がらせにパディエーラ本人だけが気づいていなかったためパディエーラだけノーダメージだった話だとか……。
特に最後のものは『えっそんなことあったのぉ……?あの時って、私、忘れものが最近多いわねえ、くらいに思ってたのだけれど、色々と隠されてたのねえ……道理で色々無かったわけだわぁ』『パディの鈍さがあれほど頼もしかったことはございませんわねえ!』と、パディとマルちゃんのやり取りも楽し気で、澪とナビスは大変に元気が出た。
……ちなみに、やっぱり、レギナの大聖堂ではライバル聖女を蹴落とすための嫌がらせのようなものは時々発生していたらしい。まあ、主に元凶はトゥリシアとその取り巻きだったらしいが。
それらに対して、パディがまるで気づかずどこ吹く風ノーダメージで居たためトゥリシア達はマルちゃんへターゲットを変更したらしいのだが、マルちゃんはマルちゃんで、やられたら10倍ぐらいにして返す勇ましいマルちゃんであるので、まあ、それから大聖堂内での嫌がらせはぱったり消えたという。そしてその後が、例の魔物騒ぎであったそうだ。
まあつまり、流石のパディで流石のマルちゃん、なのである。……澪は、『この2人、やっぱいいコンビだよなあー』と思っている。こう、ボケとツッコミっぽいので、余計に。
そうして女子会が楽しく終わり、皆はそれぞれの客間へと帰っていった。余ったお菓子は包んでエブル君に持たせてあげたところ、頑張って顔に出さないように滅茶苦茶喜んでいた。……それがなんとなく可愛かったので、澪は、『これからもちょいちょいエブル君に甘いものをあげよう』と心に決めた。
さて、部屋の人が一気に帰って減って、いよいよ澪とナビスは2人きりだ。
と、いうことで……。
「……寝るかぁ」
澪は、いそいそ、とベッドへもぐりこみにかかった。
「え、ええええ!?ミオ様!?ミオ様ぁ!?」
「いや、冗談だけど……あああああ、気まずいよう、気まずいようナビスぅ!」
「私も気まずいんですよ、ミオ様!」
ベッドに潜り込もうとしてすぐ、ナビスに引っ張り出されてずりずりと戻ってきた澪は、仕方なく、ソファに座る。
その向かいではなく、お隣にナビスもやってきて、ちょこんと座った。……可愛い。とても可愛い。やっぱりナビスはとてつもなく可愛いのだ。
「えーと、じゃあ……私の、元の世界に戻る時の話、しよっかぁ……」
「は、はい……」
そうして2人は、緊張しながら話し始めるのだった。どうなることやら、と澪は心配であったが、同時にナビスもまた心配そうな顔をしていたので、『まあ、同じようなことを思っているみたいだから大丈夫かぁ』と少し安心した。
安心ついでに、澪は、もうナビスも分かっているだろうなあ、ということを改めてもう一度、言うのだ。
「やっぱり、私は元の世界に帰らなきゃなあ、って、思ってるよ」
「はい。私も、ミオ様を元の世界へお帰ししなければ、と考えておりました」
ナビスも同じくそう言ってくれたので、澪はなんだかほっとしたような、寂しいような、嬉しいような、そんな気分になる。
元の世界へ帰る手段がいよいよ見えてきそうだ、という安堵に、いよいよお別れが近づいている寂しさに……きっとナビスが同じような気分でいてくれていることの嬉しさ。それらが合わさって、澪はなんとなく、ナビスをきゅうきゅう抱きしめてしまう。
「……本当は、ずっとずっと、お別れしたくないのですが」
「うん……だよねえ。よかった、同じようなこと考えてた」
澪とナビスは、へら、と共に笑って見つめ合う。同時に、『お別れ』については、まあ、お互いに少しずつ、目を逸らすことにした。まだ、直視はしたくない。
「まあ……いずれ別れはくるっていうか、ずーっと一緒には、居られないんだよね。現実的に考えると」
ということで、澪は今すぐではなく、もっと先のことを見て話すことにした。そうすれば多少は、辛くない。
「そ、そうなのですか……?」
「ええと、ずーっと友達でいることは、できると思うし、そうしたい。私はナビスとずーっと仲良しでいたい!でも、ほら、他に優先しなきゃいけないものができるとかは、有り得るわけじゃん?進路が別々になったり、別のところに就職したり、結婚したり。すると子供が生まれたりすることだってあるだろうし」
高校生にはよくあることだ。澪も他の高校生達も、高校生のままで居られる訳ではない。
卒業後は皆がそれぞれの進路へと進んでいく。そうして別れて、それきり、ということも、よくあることなのだと澪は思う。
そう。澪には『それぞれの進路へ進んでいくことで別れてしまう』ということは、当たり前に受け止められることなのだ。中学校で仲が良かった友達も、高校進学の際に別れてしまったことだし、それ以来、その友達とはあまりやり取りが無い。
……と、いうようなことを、澪は考えたのだが。
「ミオ様……結婚……なさるのですか……?」
「へ?いや、私ってよりは、ナビスが……?」
……ナビスにとってより重大なのは、そっちであるらしい。
「え、あ、私ですか!?」
「うん。そうそう。私よりナビスでしょ、こういう話はぁ」
ナビスが『ミオ様の話じゃなくてよかった』『でも私の話……?』と混乱しているのを見て、澪は、おや、と思う。別に、結婚に限った話でなく、進路全般の話のはずなのだが……。
……そして。
「確かに、私、世継ぎが必要なのかしら……」
そう!進路が分かれる、ということについて、ナビスは今一つ実感できる立場にない!何せ、王女様なのだから!
ということで今、ナビスの頭の中は『お世継ぎ』なる、割と切実な、しかし今すぐ考えることでもないであろうことでいっぱいになってしまっているらしかった!
「い、いや、そのあたりはカリニオス王と相談して決めな!いや、相談したら『要らん!』って言われて終わる気しかしないけど!」
澪は脳内カリニオス王が『ナビスに婿!?そんなものはまだ早い!』と激怒している様子を思い浮かべた。容易に想像できる。そして多分、いつかこれ、現実になる。澪には分かる。分かるのだ……。
……そして同時に、澪は、このあたりの話をするにあたって、1つ気になっていることが、あるのである。
「えーと、こういうこと私が言うの、違う気もするんだけどさあ……」
これ私が言っていいのかなあ、どうかなあ、と澪は迷いつつ……『言わずに後悔するよりは言って笑い飛ばしてもらった方がいいよなあ』と、それを口に出した。
「……その、ナビスはさ。シベちん、とか?そのへん、どうなの?」
そう。
ポルタナに取り残された、例のあの、不憫なシベちんの話を、今こそここで出してみるべきだろう!
「え……し、シベッドですか!?」
案の定、ナビスは驚き、驚きの余りその勿忘草色の目を真ん丸にしている。こういう顔をしていても可愛いので、可愛さは正義。そして、可愛さは罪。
そのまま、わたわた、あわわわわ……とやっていたナビスは、はた、と何かに気づいたようになると、その『わたわたあわわ』の勢いのままに言ってきた。
「あの、ミオ様!シベッドは恐らく、ミオ様のことが好きなのではないかと!」
「え、ええええええええええ!?」
そしてこれには澪も驚く!驚きすぎて、目玉が飛び出すのではないかというほどに驚いた!青天の霹靂!寝耳に水!横からシベちん!正にそんなかんじである!
「私ぃ!?いやー無い無い無い無い!だってシベちんはナビスのこと好きじゃん!」
「えええええええ!?私ですか!?それは違うのでは!?」
「ええええええ!?違うのおおお!?会った時からそうだと思ってたんだけどぉお!?」
……そうして澪とナビスは、暫し、互いに驚き合うことになった。2人で『ええええ……』『えええ……』と意味のない声を上げては只々まじまじと互いを見つめて……。
「シベッドは誰にでも優しい人ですよ、ミオ様ぁ……確かに彼は、私に負い目を感じているらしく、そうした思いはあるでしょうが……」
「あ、うん。そっか。で、多分ね、シベちんは、私のこと別に好きじゃないと思うよ。多少、最初に当たりが強かった分の気まずさが余って優しさっぽくなってるのかもだけど……」
2人はそう言い合って、また、見つめ合う。
気まずい。とても、気まずい。
「……あの、ミオ様」
「うん」
が、その気まずさに終止符を打たんと立ち上がったのは、ナビスである。
「私、シベッドよりもミオ様が好きです!」
勇ましく可愛らしく最強なその言葉に、澪はノックアウトされんばかりの衝撃を受けた。
「そっかー!うん!私もシベちんよりナビスが好きだな!」
ということで、もう、抱きしめてしまう。きゅうきゅう!とナビスを抱きしめれば、ナビスもまた、きゅう!と澪を抱きしめ返してくれる。
……そのまま暫し、きゅうきゅうやりあって。
「……じゃあ、まあ、そういうことで」
「はい。そういうことで」
そういうことにした。
そう。そういうことにしたのだ。なんかよく分からないが、この話は終わりである。強いて言うならば、『シベちんの負け』!そういうことである!
戦いを挑んでもいないのに負けたシベちんは不憫だが、まあ、そういうことなのだ。
少なくとも今は、シベちんのことなど考えている場合ではない。今は澪とナビスのことを優先して考えるべき時なのである。
……つくづく、シベちんが不憫では、あるのだが!不憫ではあるのだが!澪は心の中で『ごめんねシベちん!』と謝っておいた。なのでこれでよしとする!
さて。
「で、えーと……駄目だ、シベちんの話の前に何話してたか忘れた」
「ずっとは一緒に居られない、というお話でしたよ、ミオ様」
「あ、そーだった」
全てがシベちんによって押し流されそうになっていた澪とナビスは、ようやく元の場所まで戻ってきた。危ないところであった。澪はすぐ、目的地を見失って話の彼方を彷徨いがちなのである。まあ、今回は澪のせいではなくシベちんのせいだった。そういうことにしておこう。
「えーと、まあ……シベちんはさておき、結婚とか、するならさ。そうでなくても、進路が互いに別々のものになるなら……ずっと一緒には居られないよね、って」
澪は話を元に戻して、なんとか、そう結論まで持っていった。
「だから、いつか、そういう風に段々疎遠になっちゃうのが、今、一気に来てるだけなんだ、って……そう、思ってる」
これはある種の諦めだ。
17歳の友情というものに永遠はほとんど無い。それくらいは、17歳張本人の澪にも、なんとなく理解できている。
現実的に考えるならば、友達はなんとなく疎遠になって、なんとなくそのまま、消えていくのだ。どんなに仲良しだったとしても、そのほとんどは。
「んだけど、ナビスは、どう、かな……」
ナビスはどうだろうか。澪は、自分の『諦め』をナビスへ伝えておきながら、大丈夫かな、と心配になる。
「……私には、次第に疎遠になってしまう、というものがどんな風なのか、よく、分かりません」
そしてナビスはそう、寂しげに言った。だが、ナビスはそう言ってから、ふと、澪の手を握って、澪の瞳を見つめてくる。正に、『聖女様』として相応しい落ち着きと優しさを持って。
「でも、いつか、死が人と人とを引き離すことは知っています」
……そう。
ナビスもまた、遠く遠くを見つめていた。人間の進路の行き着き先は、『死』である。必ず、全ての人間が別れることになるという終着点なのである。
「ああー、そっか。モルりんね」
「はい。モルりんです」
まあ、モルりんでもある。……つまるところ、澪とナビスにとっては多少身近で、多少親しみのある存在、なのだろう。
それは、2人にとって少々の救いであった。いつか別れることが決まっていて、でも、その別れはきっと、死のように優しいのではないか、と思うことができるから。
「ですから……覚悟は、できている、と、思います」
「……うん」
ナビスの言葉に、澪は『私は覚悟、できてるかなあ』と少し心配になる。今、澪は別れを直視しないことで耐えているだけのような、そんな状態ではないだろうか。
澪の視線は、自然とナビスに握られた自分の手に落ちる。
「それに、私達、別れることになったって……良い友達だったことは、変わりませんよね?」
「……うん。変わんないよ」
だが、これにはしかと頷ける。
そうだ。ナビスと別れることになったとしても、ナビスが一番の友達であったことに変わりはない。ずっと。ずっと。
「全国ツアーが終わったら、最後の礼拝式を行いましょう。そして、そこでミオ様を、元の世界へお帰しします」
「うん。ありがと、ナビス」
澪とナビスは、握り合った手をしばらくそのままにしておくことにした。
互いに、視線を2人の手に落としたまま。




