オールオアナッシング*6
「……神」
「うん。神じゃない?神っぽくない?だって今、パディ自身が信仰を集めてそれを力にしてクッキー生み出したっぽくない!?」
唖然、とする皆に向けて、澪は問題提起する。
これは神っぽくないか。神ではなかったとしても、神っぽい何かになっていないか。というか、この世界の法則を根本からひっくり返しちゃってないか。
「それは……あらぁ、よく考えたら、そうかも」
「な、なんですってぇえ!?パディ!?それはどうなんですの!?あなた、それでいいんですのぉ!?」
パディが『私、神かも!』とにっこり笑う横でマルちゃんがそんなパディの肩を掴んで揺さぶっている。おろおろしているランセアとエブル、そしてナビスを見ながら、澪は……思うのだ。
……『全国民聖女化計画』は、聖女を信仰の裏切りから解放するためのものであり、聖女が政治の傀儡にされやすい現状から解放するためのものであり、そして、聖女ではない人々に聖女が集めていた信仰を割り当てつつ、全ての人が『協力した方が有利』という世界を生み出すことが目的であった。
が……もしかすると、『全国民聖女化計画』は、この国が『神』からサヨナラバイバイする第一歩、になるのかもしれない!
ということで、澪とナビスは『全国ツアーの合間で会議しよう!会議!』と約束を取り付けて、マルガリートとパディエーラ他数名、レギナの有識者達のスケジュールを確保する。
同時にナビスはカリニオス王へ連絡を取って、王側のスケジュールを確保した。
……こういう時、王女様で聖女様なナビスが居ると、やんごとない方々のスケジュールがすごい速さで確保できるのでとても便利である!
スケジュールを確保できたら、澪とナビスはひとまず、全国ツアー2回目の続きを行っていく。
小さな村や町を2つほど回ったら、また小休憩が挟まるので、王都カステルミアへと戻るのだ。
「うーん……レギナのお偉いさんには怒られそうだよなあ」
「ううん……しかし、レギナの重鎮らはほとんどが元聖女や元勇者達ですから。一定の理解は得られるかと」
「あ、それは心強い……心強いかぁ?だいじょぶかぁ?うー、心配だぁ!」
しろごんの上、澪とナビスはそんな話をしながら王都へ向かって飛んでいく。春風を切って飛んでいるのだが、最近はめっきり暖かくなってきていて然程寒くない。もうあと3か月もすれば夏真っ盛りとなるのだろう。
「予め、レギナの重鎮に話を通してからことを進めた方がよかったかなー」
「あら、それでしたら既にマルちゃん様やパディ様から内密に話が通っているものと思われます」
「あ、そういうのあったんだ……ありがとうマルちゃん、ありがとうパディ……」
「レギナで聖女をやっていく上で必要なものの1つは、『根回ししておく力』だそうですよ」
澪とナビスはしろごんの上から、『マルちゃんとパディへ愛と感謝を込めて……』と祈りを捧げる。……祈っておいてなんだが、これも『神』を通していない祈りであるように思われるので、その、色々と大丈夫か気になってきた。
「……ところでさぁ、ナビス」
「はい、なんでしょう、ミオ様」
気になりついでに、澪はナビスに聞いてみることにした。
「パディをもっかい聖女にした時のアレなんだけど……どういう風に祈ったの?」
澪がそう尋ねると、ナビスは、きょとん、として、それから思い出すように虚空をちょっと見つめて……そして。
「この人が、自由で在れますように、と。いかなる枷も鎖も、パディ様を縛ることが無いように、と。そして、祈ることと信じあうことを力として、自ら未来を切り開いていけるように。共に在る仲間に恵まれるように。幸せであるように……そういったところです」
「成程なぁー……それは神が生まれそうな気がする。というか、神から切り離されたものが生まれる気がする」
どうやら、ナビスの祈り方にも『神』誕生の理由がありそうな気がする。ということは、そこを変えると神誕生は防げる、だろうか。いや、そもそも防ぐべきなのだろうか……?
「……そもそも、私達は本当に神の力によって奇跡を起こしていたのでしょうか?」
「いやー……それも分かんないけどね。なんかこう、神の力とかじゃないものを、たまたま神に祈るかんじのことやってたら使えちゃった、とか、そういうかんじかもしれんし……」
澪はふと、『中世ヨーロッパでは病気の元が菌やウイルスであるという知識が無かったため、人々は穢れを祓えば病気にならないと信じていた。が、穢れは大体汚れで、汚れは菌やウイルスであるので、結果的に菌やウイルスを避けることになり、病気が減る場合もあった』という話を思い出す。
プロセスが間違っていても、結果が出てしまうことは往々にしてある。
つまるところ、この世界の『神の力』は、本当に『神』によるものではなかったのではないか、という……そういう話に、なってくる、のだが……。
「……この世界でモラルハザードが起きそうだなあそれはそれで」
「もらるはざー……?あの、ミオ様。それは一体……?」
……この世界は、『信仰』こそが力であった。それによって人々は、『祈れば本当に救われる』という常識の下、神を信仰して生活してきた。
それによって生じたものは、『神が見ているから悪いことはできない』といった道徳観の形成である。多分。
つまるところ……急に『やっぱ神なんて無かったよ』と始まってしまうと……この世界の信仰と共に、道徳心までもが滅びかねないのである!
「いや、でもメルカッタの戦士の人達は神に救ってもらえない感持ってたのに割といい人達だな……?」
「あ、あの、ミオ様……?」
この世界を支えているものの1つは間違いなく『神の力』であるが、それと同時に、『神を信仰しなければ便利な生活ができない、だから神を信仰する』という社会構造であろう。
聖女達だけに負担を掛けない仕組みを作っていくと、力の神秘性は失われていく。ついでに、先導者も、少なくとも一時的には激減するであろうことを考えると……いよいよ、道徳心が消えそうである!
「ど、どうしようかなあ、こういうかんじになるのは予想外だったっていうか、神がマジで関係なくなっちゃうのは分かんなかったっていうか、そもそも神って……?神の力って何……?物理法則無視してるし意味わかんないよねえ……?」
澪の頭の中は、いよいよぐるぐる渦巻いていく。考えれば考えるほどヤバい!ヤバそうである!
……だが。
「……ミオ様ぁ」
くいくい、と服の裾を引っ張られて、はっ、とした澪が見てみれば、そこには、少々膨れているナビスの顔があった。
「……ミオ様がお一人で考え事をしておられると、私は寂しいです」
むう、と澪を見上げる可愛らしい顔。その中に収められた勿忘草色の瞳が、じとり、と如何にも寂しそうに澪に向けられており……。
「かわっ……」
余りの可愛さに、澪は、考えるのをとりあえずやめることにした。まあ、今ここで澪が1人で考えても、割とどうしようもないことであるので……。
「……ナビスは可愛いなあ」
「ミオ様に可愛がられる内に、本当に可愛くなってしまったような気がします」
「元々可愛かったけど、なんか益々可愛いなあ……」
「ふふふ、可愛くしてくださってどうもありがとうございます」
春の空の下、しろごんの上。澪とナビスはきゅうきゅうくっつき合う。
そこに聞こえる、きゅいー、というしろごんの声がまたなんとものどかで、麗らかな春の日にぴったりなのであった。
そうして澪とナビスが王都カステルミアに帰還すると、カリニオス王と先王がにこにこ笑顔で出迎えてくれた。
……このパパ達は、可愛いナビスの帰還となるとわざわざ時間を作ってこうして待っていてくれるのだが、大丈夫なのだろうか。公務とか滞ってないのだろうか。
まあ、親馬鹿であるところと、ずっと寝たきり生活をしていたせいで未だに平均的な人より体力が無い、というところを除けば、カリニオス王は非常に優秀な王様であるらしいので多分なんとかなっている、のだろう。多分。そう思いたい。
その日は『ナビスお帰りなさいの夕食会』が開かれ、ナビスと澪は、全国ツアーの旅先で見たものや食べたもの、礼拝式の様子などを話して聞かせることになる。カリニオス王も先王も、嬉しそうに話を聞いてくれるので、澪とナビスも話し甲斐があるというものだ。
その日の夜はゆっくりお風呂に入って、早めに就寝することにした。体力の回復に努めるのだ。なんだかんだ、しろごんによる空の旅はちょっぴり疲れるのである。
……そうしてすっかり疲れの取れた、翌日。
「諸君、よく集まってくれた」
カリニオス王が会議室を見渡して微笑みながら、そう言う。
……会議室に集まっている人々は、澪にナビス、マルちゃんとパディ、エブル君とランセアさん。それに加えて、カリニオス王に先王。そしてレギナの大聖堂の重鎮達、といった具合である。
「今日集まってもらったのは、他でもない。『全国民聖女化計画』についての意見を集め、今後の国の方針を固めたかったからだ。既に、現状での問題点や課題が見えている部分もあるのでな。広く、意見してほしい」
カリニオス王はそう言って、ふと、澪を見た。
……開会前の挨拶について、昨夜の内に、澪はカリニオス王より意見を求められている。『現状の問題点』について。カリニオス王は、それを踏まえて、今日の会議に臨んでくれている。
「神の力の解明は、当然、進めていくべきことだろう。仕組みが分かっていない物を使い続け、あまつさえそれに頼り続けるのは愚かであるからな。そしてより効率的に、合理的に力を活用できるならその方が良い。だが……神の力を解明していくにつれ、『神』に対する信仰は薄れ、人々の道徳心さえも薄れかねない」
澪が提起した問題をこうして冒頭に掲げてくれることを、澪は嬉しく思う。
……この世界は、信仰を失ったことが無い。だから、『信仰が無い状態』を知らない。それをなんとなく知る澪は、まあつまり、異世界人としての視点を持っている、ということになるのだろう。
そう。今、この世界は、未知の世界へと進もうとしている。知らないものを想像して、判断しようとしているのだ。
そして澪なら……もしかすると、その『未知』を少々知る者として、この世界が歩き出す手助けをできるかもしれない。
「我々は岐路に立たされている。2つに1つだ。横へ逸れる細い道も、中心へ近づく分かれ道も道中にあろうが……大本は根元より真っ二つに分かれている道だ」
カリニオス王はそう言って、少々緊張を滲ませた表情で皆を見る。
「このまま神の恩恵を受け続けて聖女達を犠牲にするか。はたまた、神を捨て、新たな国の在り方を模索するか。今日の会議は、それを決める最初の一歩となるだろう。神を取るか、神を捨てるか。それを、決めるための」
……まあ、つまり、『オールオアナッシング』と。そういうこと、なのである。
「では、これより『聖女と神の力についての有識者会議』を開催する」
そうして、クライフ所長の開会宣言と共に、『有識者会議』が始まったのであった!




