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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
177/209

オールオアナッシング*3

 ナビスの全国ツアーが終了してから2週間。

 予定通り、『第2回全国ツアー』を始めることになった。が、当然、前回のように爆速で各地を回るようなことはしない。王国を東西南北に分けた上で、それぞれの地域を順番に1か月弱かけて回るのだ。前回のように、しろごんやブラウニーを前提として、更に澪とナビスの不休が必要なツアーではない。

 ということで、澪もナビスも、大分ゆったりした気持ちで各地を回っている。そして、日程にゆとりがあるため、各地を楽しむこともできるのだ。

 コニナ村を訪れた際には野菜がごろごろと煮込まれた素朴なシチューを味わったし、小高い丘の上にある村では丘陵の曲線の景色を見て楽しんだ。

 海辺の村の美味しい魚も、山間部の村の段々畑も、羊でやたらもこもこした景色も、リンゴの花が咲き乱れる果樹園の香りも、あらゆるものが新鮮で楽しい。

 ……思えば、澪は異世界に来てから初めて、観光らしい観光をしている気がする。今までは観光どころではなかったのだ。特に、爆速全国ツアーは爆速すぎて、今やほぼほぼ記憶にも残っていない有様である!ただ、『めっちゃ忙しかった』という記憶だけはある!


 と、まあ、そんな具合に全国ツアーで各地を回る中で、澪とナビスは聖女の引退を手伝っていた。

 ……パディエーラはレギナのナンバーワン聖女であっただけあって、彼女の自殺未遂については広く知られるところとなっていた。それに伴い、澪とナビスが全国ツアー中にあちこちで『信仰と死』の話をしていたので、聖女達は『自分達もああなるかもしれない』と戦々恐々していたのである。

 特に、元々引退を考えていた聖女については、引退したくても引退できない状況に追い込まれていたわけである。それを澪とナビスが助けてやれば、彼女らは大層感謝してくれた。

 やっぱり、アイドルの引退には何の不安も無い方がいい。元々、聖女は無理をしてきた生き物達だ。こんどこそ安心してのんびりできるといいよね、と澪は思っている。




 さて。

 聖女の引退を手伝う、となった時、当然、最初に訪れるべきであったのはパディエーラである。

 が、色々とごたごたがあったため……そして、『戦略』の為に、パディエーラの引退を、ちょっと遅らせてもらった。澪としては只々、『パディありがとう!マジでありがとう!』という気分である。

 ということで……第2回全国ツアーが4分の1ほど終わったところで、澪とナビスはレギナに向かい、そこでようやく、パディエーラと会う機会を得たのであった。


「パディー!久しぶりー!」

「ああ、ミオ!ナビス!2人とも元気だったかしら?」

 パディエーラに出迎えられた2人は、ぱたぱた走っていって、ぎゅう、とパディエーラにくっつく。女子式あいさつである。どの世界でもやはり、女子が2人以上集まればきゅうきゅうくっつくものと相場が決まっているのである。

「ようやく私の番が来たわね。なんだか長かったような気がするわぁ」

「ね。待たせてごめんね、パディ」

「いいえ?私だって、この国がよりよくなるならそれに越したことはないもの。いくらでも使って頂戴ね。それに……」

 パディエーラはにっこり笑って澪とナビスの顔を見ると、嬉しそうに言った。

「『私の力を皆に還す』。これができるなら、私も心置きなく聖女を引退できるもの」


 今回、パディエーラは引退式を開く。

 そしてその中で、澪とナビスがパディエーラの引退を宣言する、ということになっている。

 そしてそこで、パディエーラが集めてきた信仰を、信者達に還す予定だ。……そんなことも、神の力を使うとできてしまうらしいのがすごいところである。

 これで信者からは文句が出ないだろうし、同時に、パディエーラの引退を多くの人に知らしめることになる。それはパディエーラにとって良いことだし……『聖女の引退』を進めていきたい澪とナビスとしても、好都合。要は、パディを広告塔にさせてもらうのだ。




 そうして夕方から、パディエーラの礼拝式が始まった。

『聖女パディエーラ最後の礼拝式』ということもあり、レギナの大聖堂には多くの人が詰めかけた。それこそ、ナビスの全国ツアーに勝るとも劣らない人の入りである。

「こりゃ、引退できなかったわけだ」

「ええ……これだけの人の心を、パディ様はずっと、惹きつけ続けてきたのですものね」

 観客を見ていれば、分かる。どれだけパディエーラの引退が惜しまれているか。

 パディエーラは、これだけの多くの人に好かれ、信仰され……だからこそ、その信仰は統一しきれなかった。『パディエーラの幸せ』を願ってくれる人ばかりではなくて、ただ、『偶像アイドルとしてのパディエーラ』を求めた人も、大勢居た。

 無論、聖女を偶像として愛することだって、悪いこととは言えない。無論、そこに居るのが聖女偶像それ以前に1人の人間なのだということを忘れてもらっては困るが……まあ、これもアイドルの宿命でもある、と、澪は考えている。アイドルは、時に人間じゃないふりをして信者を増やしていくものだから。それは、否定できない。

「いやー、すごいね、パディ。うん……すごい」

 パディエーラは、聖女で、そして偶像で、そして、人間だ。いろんな信仰、いろんな愛を一身に受けているわけである。

 それをずっとやってきたパディエーラは、改めて、すごい。すごいのだ。アイドルとして、エンターテイナーとして、そしてもしかしたら、神として。

「ええ……パディ様はすごい方です」

 澪とナビスが舞台袖で見守る中、パディエーラは舞台の上へと進み出ていく。

 薄絹を重ねて作られた衣は裾がふわりと空気に溶けるような仕上がりで、パディエーラの長い蜂蜜色の髪と一緒に靡く様子がよく似合っていた。

 そうしてパディエーラの瞳が、じっと観客席を見回して……そして、その唇が、微笑む。

「じゃあ、始めましょうか」

 まるで気負うことなく、気取ることもなく宣言された開会に、観客席が一気に湧いた。

 ……やっぱり、パディはすごい、のである。




 パディエーラの礼拝式は、やはりエンターテイメントとして完成度が高い。

 神の力を使った華やかなパフォーマンスは今日もまた健在である。炎の輪がいくつも輝きながら宙に浮き、会場を明々と照らしながらゆったりと動く。炎の輪をくぐるのは、同じく炎でできた鹿や狼。炎で生み出される芸術が、舞台を彩って観客達に歓声を上げさせた。

 更に、パディエーラ自身が杖に炎を纏わせ、それを持って踊る。

 振られる杖に合わせて、炎が長く長く尾を引きながら宙にたなびく。翻って、回って、広がって……その様子はまるで、先導者の旗のようだ。

 綺麗だなあ、と澪は思う。

 パフォーマンスの美しさもそうだが、それを纏って笑うパディエーラが、何よりも綺麗だなあ、と思うのだ。

 そう。パディエーラは笑っていた。舞台の上で、誰より楽し気に。

 ただでさえ、前回の引退宣言の時にああなったパディエーラだ。その噂を聞いてここへ来ている信者だって、居るだろう。そんな中であるから、下手を打てば、前回のように『信仰の裏切り』になりかねない。そんな、薄氷の上を渡るような礼拝式であるというのに、パディエーラは笑っている。

 ……それがまた、美しい。

 パフォーマンスに緊張感なんて要らない。誰よりものびのびと、楽しそうに、美しく舞うパディエーラを見ていると、澪は確かに、錯覚してしまいそうになる。『パディエーラは完璧な存在である』と。

「成程なー、完璧すぎると人間じゃなく見える」

「あああ……私も、パディ様が妖精か何かに見えてしまいそうです……」

 澪とナビスは頷き合って、納得した。

 パディエーラが引退宣言で『信仰の裏切り』になってしまったのは、間違いなく、パディエーラの信者の多さと……パディエーラによる完璧な舞台によるものである!

 そう!聖女というものは、美しく、完璧であるほど信仰を集めやすく……そして、死にやすい!そういうものなのだ!改めて、怖い!




 パディエーラの演目の間には、勇者ランセアの剣舞も入った。

 特別出演、ということで、相手役に勇者エブル君がやってきて、2人が華麗な剣技を見せてくれることになった。

 これには若い女性もきゃあきゃあと大喜びである。やっぱり勇者は勇者で、しっかり人気を獲得しているものであるらしい。……と、いうような気付きを澪が得ている横で、ナビスは『でもミオ様の方が凛々しくて格好いいので!』と胸を張っていたが。澪は『ほんとにぃ……?』と少々ナビスが心配になった!

 勇者ランセアと勇者エブルの剣舞は、台本ありきの演舞であるはずなのだが、それを感じさせないような迫力満点のショーであった。

 聖銀の剣が舞台の照明にギラリと輝きながら振り抜かれる様は、実に見ごたえがある。勇者目当ての女性信者以外も、間違いなくこれには魅了される。

 やがて、勇者エブルの手から剣が弾き飛ばされて剣舞は終わる。最後、剣を弾き飛ばした姿勢のまま、ぴたりと静止してみせた勇者ランセアに盛大な拍手が送られて、そして、舞台上で勇者エブル共々お辞儀をして、そして舞台袖へはけてくる。

 澪とナビスの居る方へ戻ってきた2人の勇者に、『おつかれ!』と小さく囁けば、2人は多少息が上がっていたものの、それ以上に楽しそうな表情で、片手を挙げたり会釈をしたりして応えていってくれた。


 続いてパディエーラによる聖歌の歌唱があって、それから、舞踏があった。

 舞踏は、薄絹をひらめかせながら行う優雅なものだった。だが、ふわり、ふわり、と舞う薄絹こそゆったりしているが、パディエーラ自身の動き方は非常に激しい。

 弦楽器や太鼓の演奏に合わせてくるりくるりと激しく回転したかと思えば美しいフォームで飛び、上体を大きく反らしたかと思えば大きく足を蹴り上げてまたくるりと回る。

 そんな舞踏は実にパディエーラらしかったし、それでいて、『多分マルちゃんが監修したな、これは』と思わされるものがあった。

 マルちゃんは舞踏の名人だが、まあ、それがパディにも伝授されたらしい。合同礼拝式の時もマルちゃんとパディが2人で踊っていたが、あの時のことを思い出して、なんとなく澪は懐かしく思う。


 ……そうして、パディエーラの礼拝式はいよいよ、終了へと向かっていく。

 最後の歌を終えたパディエーラは、聖銀の杖のマイクを手にして観客達をじっと見つめる。

 歌って踊って炎を操って、今までずっと舞台の上が派手に賑やかであった分、パディエーラが黙って静かに立っていると、とことん静かに見えてしまう。

 それが先程までとのギャップを生んで、皆に『ああ、終わりなんだな』と思わせるのだ。

 公園で遊んでいて、夕暮れのチャイムを聞いた時のような。下校中に茜色の雲を見上げながら歩く時のような。閉店間際の蛍の光を聞いた時のような。そんな気分で、澪はじっと、パディエーラを見つめる。


「ここまで共に祈ってくれてありがとう。以上で、私の聖女としての活動は終わりになるわ」

 パディエーラが話し始めたのは、たっぷり1分後だった。

 ゆったりと、彼女らしく発せられた言葉は、しんと静まり返った会場によく響く。

「一時は死にかけて大変な心配をおかけしたけれど、こうして改めて、ちゃんと引退礼拝式を開けたことを嬉しく思います」

 パディエーラは今のところ、唯一の『生還者』だ。信仰を裏切ったことで自死しかけ、しかし、こうして舞台の上に舞い戻っている。これがどれだけ貴重なことなのか、観客の多くには分かるまい。だがそれでも、パディエーラの言葉に滲む万感の思いの欠片くらいは、伝わっていることだろう。

「同時に、まだ心配をさせてしまっていることも、分かっているつもりよ。惜しまれていることも、悲しがらせていることも、分かっているつもり」

 パディエーラはそう言って優雅に微笑むと、胸を張って会場全体を見回して、言うのだ。

「だから、もし私の引退を悲しんでくれるのなら……どうか、私を信じたことを誇って頂戴ね」




 誇れ、と。そう言うパディエーラは、堂々として美しい。

「聖女にはいつか終わりが来るもの。それが、私のような引退の形になることもあれば、魔物との戦いで突然命を落とす聖女も居る。どこにでも別れの可能性はあるけれど、それを受け入れるのが難しいっていうことは知ってる。でもね……」

 ふ、と睫毛を伏せたパディエーラは、ふわ、と笑う。

「私のことを好きでいてくれた時間を、後悔しないでいてくれたら嬉しいわぁ」

 朗らかに。明るく。春の日差しか、夏の海か、そんなような笑顔で。

 声にまで乗ったその笑みは、観客席の最後列にまでしっかり届いただろう。

「私も、後悔してないのよ。皆と共に祈る時間が好きだし、随分楽しませてもらったから。後悔は、しない。失敗したことだってあったけれど、それも全部、大切な思い出ね」

 柔らかな言葉が会場を包み込む。会場の人々を救っていく。確かに、パディエーラは聖女なのだ。


「そして、もしあなた達が信じるものを失ってしまうことを嘆いているのであれば……」

 最後に、パディエーラは柔らかく、かつ堂々と言う。

「自分自身を、信仰して頂戴な。次にあなた達を救うのは、あなた達自身よ」

 ……それは、全国民聖女化の宣言でもあって、多くの人を救う導きの言葉でもあった。




「じゃ、そろそろか」

「そうですね。ええと杖は……」

「これ。はい、どうぞ」

 パディエーラの言葉に会場が盛大な拍手を送る中、澪とナビスはそっと、準備を進める。

 準備は、パディエーラの引退のためのものだ。パディエーラを聖女の役目から解き放つため……信仰の鎖を解くための祈りを、誰かが捧げなくてはならないから。



 だが。

「お待ちになって」

 気づけば、澪とナビスの後ろにはマルガリートが立っていた。


「その役目、私に譲っていただけませんこと?」

 マルガリートはその手に握りしめた杖を握り直しながら、そう、緊張気味に言ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] マルちゃんは引退する気ないのかな???
[一言] やっぱ爆速全国ツアーはやばかったんですねぇ… 時間制限がなければ、のんびり諸国漫遊みたいになりますわ。
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