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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
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オールオアナッシング*2

「国民全員、聖女……?」

「うん。国民全員、聖女。こう……人間全員が小規模ずつ神の力を使えるし、全員が小規模ずつ信仰を集めてるかんじで」

 ナビスがびっくりしていたので、澪はそう補足した。

 ナビスは『ちょ、ちょっと想像が追い付きません!』とわたわたしていてとてもかわいい。

「ぜ、全員!?国民全員が、聖女だと!?そ、それは一体!?」

「あ、はい。……いや、今の問題って、聖女が特別なものだからこそ起きてる問題じゃないかなー、って思うんですけど、だったらもう、聖女が特別じゃない存在になればいいんじゃないかなー、って」

 カリニオス王もびっくりしているので、更に澪は補足する。

 カリニオス王は『せ、聖女が特別じゃない……!?そ、それは確かに聖女ではないが、国民全員……!?』とまたわたわたしている。

「儂もか!?儂も聖女になるのか!?」

「あ、はい」

 先王おじいちゃんはもう、理解も理性も追い付いていないようであった。ただ、『儂も聖女!?カリニオスも聖女か!?意味が分からん!』とわたわたしている。

 ……わたわた、わたわた、とやる一家を見て、澪は、『うーん!血筋!』とにっこりした。




 さて。

 そうして王家の面々がようやく落ち着いてきたところで、改めて澪は説明する。

「まず、別に聖『女』である必要は特になくて」

「よ、よかった……」

「う、うむ。儂やカリニオスがナビスのようになれるとは思えんのでな……」

 最初にそこの誤解を解けば、パパとお爺ちゃんはほっとしたらしい。いや、大丈夫だろうか、この人達。まあ、心配はさておき……。

「多くの信者を抱えてるからこそ、聖女は多くの期待に応えなきゃいけない。で、信者は全員が全員同じ考え方なんてしてないから、そこに齟齬が生まれて『裏切られた!』みたいなことが起きちゃう。だから、聖女1人あたりが抱えてる人数がものすごーく少なければいいんじゃないかなー、って思って」

 澪が提案していることは、言ってしまえば、全員が小規模な神の力を使える、ということだ。そうすれば、生活のあちこちが神の力によって補われるようになっていくだろう。それこそ、聖女が1人で担ってきた業務は全ての人が分担して行えるようになる。

「しかし、そうすると信仰心の分散が起こりますよね。1人1人にできることが小さくなっていく分、大きな問題には対処しにくくなっていくのでは……?」

 一方、ナビスが提示したような問題も起こる。

 力を分散させれば、問題は起こりにくい。だが、大きな力も失われるので、大きな問題がやってきてしまった時、誰も対処できなくなってしまう。

 ……が、まあ、それも何とかなるだろう、と澪は考えている。

「うん。まあ、その時は『より大人数を集めて、皆で皆を信じあう』っていう方法を取ればいいと思うんだよね。要は、信仰が問題解決の手段になってるから問題なんだと思うんだ。問題解決は問題解決。信仰は信仰。そういう風に分けて考えればいいと思う」

 言ってしまえば、この世界ではアイドルが政治をやっているようなものなのだ。それはちょっと、アレである。アイドルにアイドルとしての魅力と政治的手腕、そして神の力という土木建築業にも軍事にも農業にも使えてしまうような力を使いこなす技術まで求められるのだから、あんまりである。

 だから、そこは分業にしていいんじゃないかと、澪は思う。

 アイドルはアイドル。人々に夢と娯楽を提供する存在であればよくて、そこに、人々を導き世界を救う責任なんて負わせなくていい。

 一方、『街道の整備をしたい』だとか、『魔物の群れが攻めてきた』だとか、そういう時には、アイドル抜きにして、皆で皆を信じあえばいい。

 ……マルちゃんやパディと一緒に戦った時から分かっていたことだが、聖女も聖女を信仰できる。自分自身を信仰することもできるし、他の聖女を信仰することもできる。何なら、ナビスが澪を信仰して、その力をナビスが得る、なんてことも起こっている訳だ。

 つまり、これからの神の力は、『より多くの信仰を集められる聖女』が行うのではなく、『より多くの賛同者を集められる人、またその集団』が行うことになる。

 そうした人々を取り仕切るのが村長さんとかギルドの所長さんとかの仕事になるのだろうし……当面の間は、今まで業務を担ってきた聖女が、割り振りの役に着いてもいいと思うのだ。

「あっ、あと、そうやって1人1人が神の力を使えて、同じことをやりたい人同士で集まって力を合わせて大きなことをやろう、っていう風になると、『裏切った』とか『裏切られた』とかが無くなるんじゃないかな、って」

 聖女に信仰が一極集中している場合、聖女の一存で神の力の使い道が決まる。それは、信者によっては『そんなことに力を使ってほしくなかった』という不満に繋がるだろう。

 だが、『人が集まることで信仰心を高めて問題解決にあたる』というやり方に変われば、そもそも同じ目的を持った者達が目的達成のために集まっているので、『自分の意図しないことに自分の信仰が使われた』ということは起こり得ない。

 逆に、意図しないことに信仰が使われると『信仰の裏切り』が発生するのだと皆が分かっていれば、そもそも皆の賛同を裏切ろうと思う者が減るだろう。

 そう。この仕組みのいいところは……『誰も裏切られない』ということなのである!




 澪がそんなようなことを説明すると、王家の面々はようやく納得がいったようで、ふんふん、と同じような仕草で頷いてくれた。

「成程な。ふむ、聖女とそれ以外、という区切りを無くしていけば、おのずと人々は自分から動き、自らが自らを導くようになる、ということか」

「言っちゃえばそうなのかも。あっ、ついでに、そうなると自然と王家が力を一番集めることになると思う。えーと、善政してる限りは」

「ああ……そうですよね。人々を動かす力がある者が、強い力を扱える、ということですものね。ならば、王家にその利が大きいことは確かに分かります」

 とりあえず、『全人類聖女化』を行うと、聖女が信仰の裏切りによって死ぬことはほぼ無くなり、今まで聖女が行ってきた事業は人々が力を合わせて行うようになり、そして王家は概ね今まで通りのパワーバランスの上に立っていられる……と思われる。

 勿論、王家以外に『カリスマ先導者』みたいな人が出てきてしまうと、その人が聖女と概ね同じかんじの働きを始めてしまう訳なのだが……それはそれでいいんじゃないかなあ、と澪は思う。王家へのプレッシャーも、切磋琢磨できる相手も、きっと必要なのだから。


「悪人が集まれば、悪事を働けてしまうのだろう?そうなると、力を持つことにならんか?」

「そこは政治の力でなんとかしてください!」

 また、先王おじいちゃんの心配も尤もなのだが、そこはもう、どうしようもない。信仰が減る分は政治でなんとかするしかないだろう。

 澪の世界でだって、そうだ。悪いことをする人は居るし、彼らを止めることができるのは、宗教よりは、政治だと思う。

「悪いことすると損をする仕組みを、どれだけ徹底できるか、ってかんじじゃないかなあ。あと、『失うものが無い人』を減らして行ければ、致命的な事故は起こらないんじゃないかと思います」

「或いは、予めより多い人数を集めておいて、『犯罪が起こりませんように』と祈っておけばよいのではないでしょうか。それを定期的に行って、人々に道徳心を確かめ合って貰えれば、より効果的かと」

 何にせよ、ここに居る面子は王族だ。政治を動かす人達だ。だから、彼らにならばできる、ということはとてつもなく多い。

 良くも悪くも民主主義ではなく絶対王政なこの国では、方向転換が簡単なのだ。『やるぞ!』とカリニオス王とナビスが号令を掛ければ、民衆はそれに従ってくれるだろう。悪事を働く者を押さえ込むことだって、きっとできる。


「ということで、どーですか?全員聖女にしちゃうっていうのは」

「う、ううむ、確かにそれはいい、のかもしれないが……そうか、儂も聖女になるのか……」

「お揃いですね、お爺様!」

「お揃い……ふふ」

 なんだか嬉しそうなおじいちゃんを見て、澪もナビスもちょっとほっこりするのであった。いや、別に、聖『女』になる必要は、無いのだが。

 ついでに、カリニオス王は『父上、父上、ちょっと』と苦言を呈したいような顔をしていたが。




 さて。

 カリニオス王は先王のはしゃぎっぷりを諫めると、ため息交じりに頭を振った。

「勇者ミオよ。君の考えは悪くない。検討の余地は十分にある。……だが、もう少し考えさせてくれ」

「あ、はい。勿論。結論を急ぐものでもないと思いますし、まあ、ひとまずシミアの処罰だけ決めとけば、後はゆっくりでいいんじゃないかなーって」

「そうだな。ううむ……じっくり考えさせてもらおう。利も不利もある話だからな……国民全員聖女、というのは……」

 ……カリニオス王は頭が痛いような顔をしているが、まあ、とにかく、澪の提案は十分に意味があった。

 これからのこの国をより良くしていって……そして、ナビスが幸せに生きられるように、下地作りをする一助となっただろう。

 ということで、澪はひとまず満足して、隣のナビスと『よかったねえ』『はい、よかったです!』とにこにこ笑い合うのだった。




 さて。

 翌日から、ナビスは休暇に入った。

 はじめこそ、ナビスは『休んでばかりいる訳にも参りませんから』と診療室へ入ろうとしたのだ。だが、診療室にやってきた怪我人達は、ナビスを見るや否や、『ナビス様は昨夜お戻りになったばかりではないですか!駄目ですよ、働いては!』『俺達のナビス殿下を過労になどさせられません!』と部屋に戻されてしまった。

 ……ということで、その日は一日、部屋でのんびりまったり、過ごすことになったのである。

 ナビスが部屋に居るなら澪だって部屋に居るし、そもそも、澪だってナビスだって、疲れている。結局、2人は1日、ベッドの中でごろごろしたり、お茶をのんびり楽しんだり、ゆっくりお風呂に浸かったり、お互いにマッサージし合って疲れを解したり、まあ、しっかりと体力回復に努めた。

 更に翌日も、ナビスは休暇である。『1日くらいで1か月の激務の疲れが取れるわけないじゃないですか!やだー!』とメイドさん達からも寄ってたかって休まされてしまったので、休むことになった。

 だが、流石に2日連続でベッドごろごろしているのも退屈である。結局、澪とナビスは『散歩』という名目で部屋を出て、あちこちに顔を出すことになる。

 その筆頭は……牢獄、である。




 牢獄の中には、聖女ではなくなったシミアの姿がある。

 そう。シミアはちゃんと生きた状態でそこに収監されていた。つまり、自殺に追い込まれるようなこともなく、しっかり正気は保ったまま、なのだ。澪とナビスの試行錯誤は成功したということだろう。

「よかった、ちゃんと生きてるー!」

「よ、よかったって何ですかぁ!?何も、何もよくない!早くここから出しなさいよぉ!」

 澪とナビスは喜んでいるのだが、シミアは当然、喜んでくれない。彼女からしてみれば、収監されるのも自殺するのも大して差が無かったのかもしれない。

「いいえ。これはよいことです。あなたを聖女の轍から逃れさせることができた。大きな意味のある一歩です」

 だがナビスはそう言って、シミアの前に立つ。

「そして、聖女が聖女だからと見逃されることのないよう、全ての人に平等に法が齎される。その一歩にもなります」

「は、はあ?意味わかんないんですけどぉ!何言ってるんですかぁ!?」

 澪とナビスの気遣いや考えなど知りもしないのであろうシミアは、変わらずそう食って掛かってくるのだが……。

「うん。まあ、罪は償ってもらうよ、ってこと。聖女だったからって逃がさないよ、って。当然、死に逃げるようなことだって許さない。それでいて、あなたが理不尽に死ぬことだって許さない。……『聖女だから』っていう理不尽は、あなたにとって良いことも悪いことも、どっちも許さないよ」

 澪がそう言えば、シミアはいよいよ、『何を言っているんだ』とばかり、ぽかんとしてしまった。まあ、澪だって、いきなりシミアに理解してもらえるとは思っていない。……が、『もうちょっと分かってくれても良かったんじゃないかなあ』と思わないでもない。

 ……今となっては分かるが、恐らく、カリニオス王子に毒を盛ったり呪いを掛けたりしていたのも、シミア派か亡きキャニス派か、どちらかだろう。彼女達からしてみれば、『そういう』解決方法が正しいのだろうし、『面倒だから相手を殺してしまえ』とならない澪とナビスのことは理解できないのだと思う。

「わ、私をどうするつもりですかぁ!?私に何かしたら、貴族院だって黙ってないんですからねぇ!?分かってるんですかぁ!?」

 結果、シミアはそう言ってまた騒ぐのだが……。


「ああ、分かっているとも」

「お父様」

 そこへやってきたカリニオス王を見て、いよいよ、シミアは自分に逃げ場が無いことを悟っただろう。

 何せ、カリニオス王の目に、覚悟が決まっているのが見える。

「……聖女の政治利用は厄介だ。お前達の一連の事件を見て、よく分かった。お前達には人を率いる能力が無くとも、聖女の能力があるからこそ、人を率いることができてしまうのだな」


「な……な、なんてことを言うんですかぁ!?なんて、なんて無礼な……!私に、人を率いる力が無いだなんてぇ!よくもそんなこと言えますよねぇ!」

「少なくとも、君が考えているのは国民のことではなく自分達の私利私欲のことだろうからな。まあ、人の上に立つべき人間ではない。それは間違いないだろう」

 カリニオス王はシミアの反応を聞き流しながら、ふう、とため息を吐いて……ちら、と澪を見て苦笑した。

「……やはり、『聖女だから』という理由であれこれが決まるのは、良くないな」

「はい。私もそう思いますよ」

 ちゃんとした人が聖女なら、いいのだ。ナビスがいい例だが、ちゃんと皆のことを考えられる人が聖女をやっている分には、好循環が生まれる。

 だが、人の上に立ってあれこれやるのはバランス感覚が難しい。売り出すキャラによっては、それだけで相当な不利が生じる。ついでに、信者側のバランスを気にしていけば、『聖女だから』という理由で聖女が理不尽な目に遭うことになる。例えば、パディエーラのように。

 ……また、シミアのように、聖女の修行を終えて聖女としての能力を得たものの、それでも尚、自分の派閥がのし上がることばかり考えているような人も居る。ついでに、シミア自身には、さしたる学は無いように見える。そうでなければここまで下手を打つはずがない。

「ついでに、聖女廃止を呼び掛けても、シミアのような者は抜け駆けするだろう、とも思える」

「ああ……私もそう思います、お父様」

「うーん、シミアさん、そういう方についての信用はおける……この人は絶対にやらかす、っていう信頼がある……」

 まあ、そういうわけで……『シミアのような聖女を生み出さない』というのは、これからの国作りの為にも、大切なことなのだ。

 澪が『そうなんだよなあ』と頷いていると、カリニオス王は笑って、言った。

「だから……まあ、こうならぬよう、一昨日の君の案を採用するのは悪くないように思えてきた」


 ……つまり。

 ここに、国民全員聖女の方針が、概ね決定したのであった!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界よ、聖女にな〜れ!
[一言] これが後の世に伝わる国民総聖女改革であった………………………。
[一言] シミアは周囲の環境が悪かったのか、元々の性根が悪かったのか。 奴を倒しても第二第三のシミアが再び現れる…っ!
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