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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
173/209

普通の女の子になれ*4

 飛び出してきた聖女シミアは、存分に観客の視線を集めている。それも、好意ではなく、困惑や、敵意による視線を。

「聖女ナビス!あなたの悪事はもう分かってるんです!大人しくしなさぁい!」

 そして、聖女シミアがそう叫ぶのを聞いて、観客達はもちろん、澪もナビスも困惑する。

「あ、悪事?」

 一体何のことよ、と思うと同時に、澪は概ね、聖女シミアの狙いを推察することができた。

 ……聖女シミアは恐らく、自分にはもう先が無いことを悟っている。その上で、彼女にできる最善手……ナビスの足を引っ張る、という手段に出たのだろう。

 あることないことぶちまければ、それに流される人も居る。そうしてナビスに集まった信仰心が減れば、それだけで十分、足を引っ張った甲斐はある、ということだ。

「聖女ナビスはぁー!国民から集めた税金を使って各地を遊び歩いてぇー!その上、皆を騙して信仰心を集めてぇー!信仰心は私利私欲のために使おうとしてるんですよぉー!」

 観客達は『何言ってんだこいつ』という目で聖女シミアを見上げているが、その中にはごく一部、『もしや、本当に……?』などと思ってしまうものも居るようである。まあ、人間は愚かなので。

「あー……ちょっと。聖女シミア」

 仕方なく、澪は聖女シミアに近づいていくのだが、聖女シミアはそれを過剰に怖がるような素振りをしてみせた。だが……観客席からはよく見えないだろうが、その表情は、確実に澪をバカにしている。

「と、止めるんですかぁー?なんで?どうして?私は『正しいこと』をしてるのに?」

「うん、あのね」

「駄目ですよぉー?私、信者の願いのために動いてるんです。聖女ですから」

「それはいいんだけど、あのちょっと」

 聖女シミアは、まるで澪の話を聞く気が無いらしい。……更には。

「私、聖女だからぁー……皆の信仰は、裏切れないなー?」

 そう言って、脅しをかけてきた。自分の命を盾に。

「それとも、聖女ナビスと勇者ミオは、私の命なんてどうでもいいって思ってるんですかぁ?」


「うるせえ!聞け!」

 ということで澪は、声を荒らげた。

 澪がこのように声を大きくすることは、今までなかった。それだけに、シミアも観客達も驚く。

 ようやく黙った聖女シミアに、澪はつかつかと歩み寄る。……そして。

「はい、マイク」

 簡易的な作りの聖銀杖を、手渡した。

「喋るんならもっとちゃんと喋りな?ほら」

 何故ならここはステージの上で、澪とナビスは演者であるからだ。

 この『舞台』を、決して壊させはしない。




「えーと、まず、討論するつもりは無い、ってことでいいのかな?」

 澪もまた、マイクを握って聖女シミアと向かい合う。そう。それはまるで、『対等な演者』であるかのように。

「当然です!私は、聖女ナビスの不正を告発しに来たんですよぅ!」

 聖女シミアは、まだ気づいていない。自分がステージ上で、『役者』にされているということに。

 そして彼女は自分が自らステージ上に居ると思っているのかもしれないが、それは少し違う。……彼女は澪達によって、引きずり出されたのだ。

「そういう手口、ってことね。あー、あとね、さっきの魔物の群れ、あなたの仕業だよね」

「そんな!ひどぉい!濡れ衣ですぅ!」

 聖女シミアは、にやりと笑って続けた。

「そんなこと言って、私の信用を落とそうとするなんて、ひどぉい!信者の皆さんが裏切られたって思っちゃったらどうしてくれるんですかぁ!?」

 ……そう。

 つまるところ、聖女シミアは自分の命を盾にして、澪とナビスの信用を下げに来た。そういうことなのだ。

「そんな酷いこと言ってたら、私、ここで死んじゃうんですよぉ?折角の礼拝式なのにぃー、私を死なせるためにぃ、こんなひどいことするんですかぁー?ほらぁ、皆、見てますよぉ?」

 まあ、そういうわけなら……澪もナビスも、とるべき対応は決まっている。


「うん!大丈夫!あなたが死んでもなんとかなる!」

 ……澪もナビスも、聖女シミアの脅しには乗らない。

『死にたければ死ね!ただし死ねると思うな!』と。そういうパワープレイで、真っ向から余裕をもって全面戦争の構えである!




 聖女シミアは、流石にぽかんとしてしまった。これは予想外だったのだろう。公衆の面前で、遠回しにでも『死ね』と言われるとは思っていなかったと思われる。

 そして観客達も、『えっ!?』とばかり、驚いている。中には『よく言った!』と喜んでいる者も居るが、まあ、それはさておき。

「大丈夫だよ!ここでいきなり自殺しちゃっても……こっちには、聖女ナビスが居るからね!」

 澪はそこでナビスを示してみせた。するとナビスは、緊張気味の顔で、しかし悠々と歩いて進み出ると、ぺこん、と優雅に一礼して見せた。

「私の目の前に傷ついた方がいらっしゃったなら、私はすぐさま治療いたします。それは、相手が誰であろうと同じことです」

 ナビスの堂々とした態度は、観客達に安心感を齎す。更に、聖女シミアはそれを聞いて、焦燥を深めたらしい。

「な、なんでそんなこと……ひどい!」

「いや、大丈夫だよ聖女シミア!なんてったってナビスには、自殺未遂の聖女を助けて生き返らせた実績があるから!」

「はい!お任せください!」

 澪とナビスが堂々と胸を張ると、聖女シミアはいよいよ、困った。盾にしようと思っていたものに価値が無さそうである、という事実を把握していくにつれ、聖女シミアは追い詰められていく。

「し、信者の皆さぁん!聞いてくださぁい!聖女は、聖女は……信者の信仰を裏切ったと思われたらぁ!死んでしまうようになっているんですぅ!聖女ナビスのせいでぇ、そうなってるんですぅ!それで、聖女ナビスはそれを利用してぇ!私を死なせようとしてるんですぅ!」

 その結果、聖女シミアは観客達に救いを求め始めた。少しでもこの礼拝式をぶち壊して、少しでもナビスの足を引っ張ろうという姿勢はいっそのこと立派ですらある。

「うーん、死なせようとはしていないのですが……困りましたね、どう説明したら分かって頂けるのでしょうか……」

「いや、ここで理解してもらうの、結構難しいと思うよ、ナビス……」

 一方、澪とナビスのMCは観客達の心情をそっと引き連れていく。

 人の心を動かしたかったら、演説するにしても技術が必要なのだ。そして聖女シミアには、今、それが無い。




「……ま、とりあえず観客の皆さん。ちょっと聞いてほしいんだけど、聖女シミアが言ってることは、一部分だけは本当なんだよね」

 ということで、澪はお手本を見せるが如く、話し出す。聖女シミアの言葉より澪の言葉の方が観客に染み入っていく様子を、存分に聖女シミアに見せつける。

「レギナに来てくれた人、居る?……あ、結構居るね。ありがと!で、えーと、レギナで言ったことなんだけどさあ、聖女ってどうも、『信仰』に反することをしたら、自殺するようにできてるらしくってさ……」

 澪は説明していくが、案外、レギナでの礼拝式にも参加していた人が多いようであったので、説明は案外すんなり受け入れられた。訓練された信者達である……。

「レギナの聖女トゥリシアが自殺しちゃった話は、知ってる人も居ると思うんだよね。あれは、聖女トゥリシアが魔物を町に誘き寄せたりなんだり、支持率の為に色々工作してて、それがバレちゃって……周囲からもそうだけど、トゥリシアさん自身も、自分で自分の信仰を裏切っちゃってたからなんだと思う」

 聖女トゥリシアの話を出した途端、聖女シミアは少しばかり、怯んだ。彼女に近しい場所での話は、彼女にも思うところがあったらしい。

「でね。レギナの聖女パディエーラが自殺未遂しちゃったのは、彼女の引退発表の時、信者が裏切られた気分になっちゃったからだった、って考えてる。まあ、つまり、全ての聖女は引退発表の時とか、あるいは何か間違えたり失敗したりした時、信仰の力によって死ぬ可能性がある、っていうことなんだけど……」

 澪の説明に、人々が多少、ざわめく。信仰による死を初めて知った者は困惑したし、レギナに居た者も、改めてその重さを想ってくれている。

「それは、よくないなー、って思うんだ。全ての聖女は、聖女をやる代償に、命を握られてる。非が無くても、信じる人達の気持ち1つで、死に追い込まれる。……それは、あんまりだと思うんだ」

 そして澪も、そう思っている。

 聖女を人々が祭り上げて、信仰して、そして、聖女が自分の思っていたものと違うものになってしまったら、『裏切られた』と思う。

 それはあんまりだ。聖女アイドルは確かに信仰の対象かもしれないが、全てを託していい相手ではないし、万人の期待に応えられる存在でもない。

「ついでに、今、聖女シミアがこうやってるみたいに、命を盾にして色々要求してくる人も出てきちゃうわけだ。更に、『信仰を裏切ることによる死』は、償うべき罪を押し流しちゃう。それも、よくないよね」

 さて。

 澪はそう言って、聖女シミアを見つめて……そして。

「聖女シミア」

 ナビスが進み出る。誰よりも美しく。誰よりも輝いて。……それこそ、聖女シミアなんて、目じゃない程に。

「私は、私に集まった信仰心を用いて、あなたをただの1人の女の子へと戻します」




「な、何言って……何言ってるんですかぁ?そんな、私を悪者扱いするなんて、酷すぎますぅ」

 聖女シミアが半歩、後退する。だが、それに合わせてナビスが一歩、前進した。さながら、先程の大亀との戦いの時のように。

「ポルタナを襲撃させたことも、聖女キャニスを死へ追いやったことも、国家転覆を謀っていることも……全て、『人間として』償って頂きます」

 ナビスの言葉と表情とその迫力は、聖女シミアに伝わったのだろう。だからこそ、聖女シミアは慄き、また一歩、一歩と後退していく。だが、その後ろには澪が居る。

「逃げようったって無駄だからね。生憎、私達、そんなにお人よしじゃないからさ」

 そして澪が、マイクを通さずただ聖女シミアの耳元で囁けば、聖女シミアは澪を振り返って、ただ恐怖に目を見開いていた。

「死など、望みません。私が望むのは、ただ、あなたの生!そして心からの反省と、更生です!」

 ナビスの言葉は、厳しくもあり、優しくもある。その優しさが聖女シミアに通じているかは分からないが……それでも、澪もナビスも、『正しい』と自分で思えることをしようと、相談して決めたのだ。

 死は望まない。残虐な刑も無くていい。ただ、彼女が人間として、己を省みられるように。『人ならざるものとして』人の世を混乱に陥れぬように。

 澪とナビスは、そう願うのだ。


「神ではなく、ただ、人が人を裁ける世界であるために……聖女として、祈りを捧げます!」

 だからナビスは、聖女の身でありながらも神に歯向かう。

 この世界が、温かく優しく残酷な神の枷から解き放たれるよう、祈りを捧げるのだ。




 そうして光が溢れた。

 ポルタナの夜は金色に染め上げられ、真昼かと思うほどであった。

 観客達はそこに、神々しささえ見ただろう。

 その中で聖女シミアが何かしていたことさえ見えぬほどに光は眩く、澪もナビスも目が眩んで……。

 ……やがて、光が収まった時、そこには佇むナビスと見守る澪、そして、ナビスの喉へ巨大な魔物の牙のナイフを振り抜く聖女シミアの姿があった。

 そして。

「……祈りは通じたようですね」

 ナビスが微笑む目の前で、聖女シミアのナイフがぼろぼろと崩れ落ちていく。ナビスに触れることなく朽ちたナイフは、神の力が失われた証。

 聖女シミアは。否……『ただの』シミアは、ただ茫然と目を見開いていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アイドルシステム再構築の時間だ!
[一言] ナビパパとおじいちゃんにも最高のアシスト!!! こういう、聖女シミアの自殺幇助するとかこちらの信仰にダメージを受ける、とか分かりやすく明示されている二者択一じゃない、第三の選択肢みたいなの…
[一言] まさに最強で無敵の聖女(アイドル)!
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