普通の女の子になれ*1
スケルトン達は、無言である。まあ元々喋らないのだが。
更に、スケルトン達は、無表情である。まあ元々表情筋は無いのだが。
そして、スケルトン達は、踊っている。輪になって踊っている。捕虜を取り囲むようにして、踊っている。
音楽は無い。否、スケルトン達の頭の中にはあるのかもしれない。だが少なくとも、捕虜達には無い。その状態で、無言、無表情で踊られていると、捕虜達にはまるで意味が分からない。
……というか、澪にも分からない。どうしてスケルトン達は踊っているのだろうか。これが怖いだろうと判断してのことなのだろうか。このスケルトン達、今やすっかり自分達のことを客観視できるようになっており、分かっていてやっている可能性が高い。
その上、彼らは小粋なホネホネジョークを無言で飛ばしていたりもするので何かと侮れないのだ。
「やめたげなよぉ……」
結局、澪が止めに入って、スケルトン達はようやく踊るのをやめた。捕虜達は『救いの手が……!?』と澪を見上げている。
……非常に、気まずい!澪としては、非常に気まずい!
なんなのだろうか、この状況は!この状況は、一体……!
さて。
そうして澪は無事、捕虜の中の身なりがいい人間を相手に、尋問を始めることにした。
尚、今現在、澪の背後ではスケルトン達が太鼓を叩いたりトライアングルを鳴らしたり、鉄琴を叩いたりしてBGMを勝手につけてくれている。なんとなくほのぼのとした雰囲気の音楽なので、こう、色々台無しである。ついでに澪は『音楽付けられるなら踊ってる間に付けてあげなよ!』と思った。
「あー……えーと、まあ、とりあえず、聞きたいことは山のようにあるんだけど」
澪と、数名の戦士達、それにカルボ達鍛冶師が取り囲む中、捕虜はこれまた気まずげにしている。澪はなんとなくそれを申し訳なく思いつつ、BGMのちゃかぽこした雰囲気に半分ぐらい意識を持っていかれつつ、聞くことを聞く。
「あなた達に命令したのは、聖女シミア。これは間違いない?」
「い、いや……シミア様は、何の関係も無い。調べれば分かるだろうが、私は確かに聖女シミア派の者だ。だが、今回のことは私の独断で行ったことであって……」
「えーとね、実はこっちももう粗方調べて分かっちゃってるんだよ、今回のポルタナ襲撃の首謀が聖女シミアだっていうことは」
「誤解だ!シミア様は関係ない!」
……これは、最初から前途多難な雰囲気である。澪は『どうしようかなあ』とため息を吐いた。
捕虜の尋問は続く。聖女シミアの関与については認めないつもりらしいが、まあ、それは仕方ないとして……澪は探り探り、少しずつ、他の情報を引き出していくことにした。
「えーと、まず、今回襲撃したのはここに居る人達で全員?」
「ああ、全員だ」
「カルボさん。ほんと?」
「そうだな。ま、これは自信を持って言える。誰も逃がしちゃいねえよ」
一応、捕虜だけでなくポルタナの人にも聞いて、しっかり裏を取っていく。ひとまず、これで『実は1人2人逃げ出していて、敵には情報が伝わっている』という可能性は限りなく低くなった。……尤も、作戦の失敗自体は、既に聖女シミアの知るところとなっているだろうが。
「そっかそっか。えーと、じゃあ、今回の侵入経路と実際の動きがどんなもんだったか、教えてくれる?」
「聞いていないのか」
「うん。ま、そういうことで説明してよ」
実のところ、澪は既に、カルボやメルカッタの戦士達から、今回の襲撃がどのようなものだったか一通り聞いている。……だが、改めて敵側にも聞くことで、相手がどの程度まで喋ってくれるかを見定めることにした。また、相手を喋ることに慣れさせようという魂胆でもある。
「……予定では、こうだった。まず、海から船で20名ほどが乗り込んで、村人の目を向けさせつつ、村へ侵入する。侵入できたら、家屋や畑に火を付けていく。同時に、5名ほどで、ポルタナの正門から侵入して、村に火を放つ。まあ、予定は、こうだった。だが……」
「実際は、船は着岸する前にドラゴンに襲われた。白いドラゴンだ。だから、聖女ナビスと勇者ミオが来たんだと思った。撤退しようとして船の向きを変えようとしてたら……途端、火ぃ吹かれてそのまま船が大破。それでも船の残骸に残ってなんとか戦おうとしてたんだが、小舟で来たのが妙に強い連中で……」
成程。どうやらしろごんは役に立ったらしい。ついでに、シベちんはやっぱり、海の上では強かったようだ。
「その間に、陸路の方も失敗したらしい。メルカッタの連中が張ってたと聞いた」
「あー、成程ね。うん。よし、分かった」
捕虜の話は、概ね、カルボ達の説明と合致した。つまり、まあ、嘘を吐いている風ではない。
「話してくれてありがとね。で、ついでに、今回の襲撃の目的も教えてもらえたら嬉しいんだけど、どう?」
この調子でこっちも話してくれるかなあ、と期待しながら聞いてみると、捕虜は明らかに苦い顔をした。
「……シミア様を台頭させるには、聖女ナビスの存在が邪魔だからな。留守を狙えば、十分にポルタナをやれると思った。だから……」
「えーと、狙ったのはポルタナだけ?それだけだと、邪魔者を消すってことには、ならなくない?」
ここまで聞いてきて、それでも尚今一つ、彼らの意図が分からない。
ポルタナを襲うことでナビスやカリニオス王を動揺させ、それによって支持率を低下させたい狙いがある、というところまでは分かっているのだが……。
「……ポルタナに壊滅的な打撃を与えても、廃村にはならないだろう。王がポルタナの復興に力を割くだろうからな。そうすれば国が傾く。民は新たな国王と王女、そしてポルタナに反感を覚えるだろう」
「うっわ酷いな」
……聞いてみたら、予想以上に酷かった。まあ、つまり、効果的ではある!
「な?ミオちゃん。骨連中が踊り出したのも分かるだろ?」
「うん、まあ……それと同時に、ホネホネーズがポルタナ大好きなことも分かったよ」
さて。
捕虜の尋問は一旦休憩にして、澪は鉱夫達と一緒にお茶を飲む。ぷはあ、と吐き出したのはため息だ。全く、頭が痛いくらいの問題が山積みだ。
「あああ、またホネホネーズが踊り出してる……」
「ほっといてやってくれよ、ミオちゃん。あいつらも大好きなポルタナにひでえことしようとしてた連中を脅かすくらいはしてえんだろうしさあ」
澪がお茶を飲んでいる間、『休憩中ならばよかろう』とばかり、スケルトン達がカタカタとまた無言マイムマイムを始めてしまった。なんということだろうか。
だが、澪としてもスケルトン達の気持ちは分かるし、捕虜の話を聞いてしまった後だとどうも、『まあうん、やっちゃえやっちゃえ』というような気分になってしまうので良くない。
「聖女シミアを自殺に追い込みたくは、ないんだよね。それは、ナビスとも話しててさ」
スケルトン達を止める気になれないまま、澪はそう、零した。
「甘っちょろいって言われちゃえばそれまでなんだけれど、それでも」
……今回の問題を解決するにあたって、澪とナビスが考えているのは、『聖女シミアが自殺しないように解決したい』ということだ。
下手に彼女を追い詰めたら、彼女を自死へ追い詰めることになりかねない。そうでなくても、下手に情報が漏れるだけで聖女シミアを『民意』が裁きたがるであろうことは目に見えている。だから、こちら側で細心の注意を払わなければならず、それは確実に、こちらの負担になっているのだ。
甘い。要は、甘いのだ。聖女シミアを切り捨てることで、苦労が大分減ることは分かっているのだから。だが……それでも、澪とナビスは、『聖女シミアを死へ追いやるのは正しい行いではない』と考えている。
「ま、いいんじゃねえか。人が死ぬってのは、いいことじゃあねえよ。生きてるならその方がいい。どんな奴でもな」
「だな。本当にどうしようもねえクソ野郎だって、目の前で死なれたらなんとなく後味が悪いことってあるよな」
「えー!?俺、嫌なやつが死んだの今でも嬉しいぞ!」
「あーまあそこんとこは人によるよね」
鉱夫達は、まあ、人それぞれであるらしい。『大事なナビス様に手ェ出しやがった聖女シミアを殺しちまいてえ!』と言う鉱夫も居るし、『そうは言っても、ナビス様が気にしちゃうだろうが』『そっか!じゃあ殺さねえ!』というような会話も出てくる。
「聖女シミアは既に、信仰を裏切っているんじゃないかって、それが心配なんだよなあ……」
澪は零しつつ、またため息を吐いた。聖女シミアが今回の襲撃を命じたというのであれば、当然、それは信者達の知らないことであろう。そして、それを知った時、信者達は信仰を裏切られたことに激怒する……のではないだろうか。
そう。既に聖女シミアは、爆発しかねない爆弾の起爆装置を押してしまっている。その上で、タイムリミットに向けてカチカチと時計の針が進んでいるような、そんな状態なのだ。
「ううー……聖女シミアを守るってことなら、多分、信者達を片っ端から改宗させるとか、そういう方法でいける気がするんだけどなー」
澪は喋ってアイデアを出しつつ、お茶を飲む。すると、スケルトンが一体やってきて、お茶のお代わりを注いでくれた。ちなみに、今スケルトンが使っているのはジャルディンのティーポットだ。コロンとして可愛らしい形がお気に召したらしい。
「そんなに難しく考えなくていいんじゃねえかなあ。なるようになる、っつうか、死んだら死んだでそれが神の思し召しって奴でさあ」
「いや、駄目だよ。聖女シミアが自殺しちゃうのを見過ごすっていうのは、『聖女は何か間違ったことをしたら死ななければならない』っていう約束に賛同したことになっちゃうからさ」
鉱夫達は『手っ取り早い方』を考えたいようなのだが、澪がそれでも聖女シミアの生存を考えるのは……それが、『聖女』の問題だからだ。
そう。『聖女』。聖女シミアは、あれでも『聖女』であって……彼女にしたことは、当然、『聖女』への扱いということになる。ナビスも同じく『聖女』なのだから、もし万一、ナビスが冤罪でもなんでも聖女シミアと同じ状況に陥った時、ナビスは自死に追い込まれなければならない、ということになってしまう。
澪は、ナビスを守りたい。そのためには、『聖女』というもの自体を蔑ろにはできない。たとえ、それがナビスに剣を向ける相手であったとしても、だ。
「……人の道を外れたことをするんだったら、まあ、処罰は妥当かな、とは思うんだけどね。特に、ポルタナをこの国の足枷みたいにしようとしてるの、許せないし。でも、死ねってのとはまた違うじゃん?」
そう。澪はそういう意味で、『聖女』としてシミアを罰したくないのだ。『聖女』として、信仰への裏切りによって自死へ追い込まれるのではなく、ちゃんと『人間』として裁かれてほしいのだ。そしてその上で、容赦しない。人間として。
「あーあ、聖女シミアが聖女じゃなきゃいいのになあー……」
だから、澪はそんなことを呟く。『こうだったらいいのになあ』は無限に出てくるのだ。
そう。この問題は、聖女シミアが聖女でさえなければ、起こっていない問題だ。こんなに気を遣う必要は無くて、精々、『あまりにひどい誹謗中傷は取り締まっておこう』ぐらいのもので……。
「……ん?」
ふと、澪は気づいてしまった。
『こうだったらいいのになあ』がある。そして……澪達は、それを叶えることが、できるのではなかったか。
と、いうことで。
「ねえナビス。聖女って、聖女の力でやめさせらんないかな!?こう、引退をちゃんと、神の力で行うことってできない!?」
鉱山へ合流してきたナビスに対して、澪はそう、提案してみるのだった。
「ところでなんでシベちんびっしゃびしゃなの!?」
ついでに、シベッドがびしょぬれなのにも言及した。
シベッドについては『ほっとけ!』と珍しくもシベッドが分かりやすく怒り出したので、『お、おう……』と返すしかなかったのだが……。




