人か神か*2
澪達がレギナ大聖堂の厩へ急行すると、そこには戸惑う馬達と、堂々と胸を張るしろごん、そして、しろごんの前足にガッチリ押さえ込まれてわたわたしている人の姿があり、相変わらず鈴がリンリン鳴り響いていた。
「うわーお、うるさい」
「ええと、この鈴はどうやって音を止めればよいのでしょうか」
元気にリンリン鳴っている鈴は、ひとまず防犯に役立ってくれたことは間違いないのだが、ひとまず一旦音を止めないとわたわたしている人の事情聴取もままならない。
「あれは私が止めますから、あなた達はしろごんの下にいる不審者をなんとかなさいな」
「あー助かる!ありがとマルちゃん!」
結局、マルちゃんが鈴に何かして音を止めている間に澪とナビスは2人がかりでしろごんに押さえ込まれている人をああでもない、こうでもない、と縛り上げていく。……結局、見かねた勇者エブルが手伝ってくれた。よくできた姉弟である!
さて。
そうしてなんとか鈴の音は鳴り止み、鈴の音に『なんだなんだ』と集まってきていた人々も『一旦落ち着いたらしい』と半分ほどが去っていき……そして残った半分の野次馬達と、澪とナビスとスカラ姉弟は、縛り上げられた不審者を前になんとも言えない顔をすることになった。
「えーと……あなた確か、聖女キャニスの勇者だった人……だよね?」
……そう。
そこに居たのは、なんとなく見覚えのある顔……聖女キャニスにクビにされて以来、王城で一度も見ていなかった勇者フェーレスであった。
困ったときにはマルちゃんである。
マルガリートは早速、『こういう輩を尋問するなら場所を変えた方が良くってよ』と、レギナの尋問室を貸してくれた。澪は内心で『レギナ大聖堂ってこういう部屋もあるんだ……』とちょっと慄いた。まあ、それでもこういう部屋があるのはありがたいことではある。現に今役に立っているのだから細かいことは気にしてはいけない。
がっちり縛り上げた勇者フェーレスを尋問室へわっしょいわっしょいと運び込んで、いよいよ逃げられないようにしっかり戸締りしたら……さて。
「あなたの目的と、あなたを差し向けた人の名前を教えてください」
ナビスが早速、そう切り出す。実にストレートすぎる聞き方だが、これくらいシンプルな方がいいのかもしれない。下手に策を弄してみても、澪やナビスの交渉術では大して意味がないだろうから。
「誰がそんなことを話すか。さっさと解放しろ。さもなくばさっさと殺せ」
「うわー極端」
そして相手もどストレートであった。『殺せ』っていう人本当に居るんだあ、と澪は半ば感心するような気持ちにすらさせられる。
「そういう訳にも参りません。どうか、話していただけませんか。何かお困りなら、私達が助けられるかもしれません」
ナビスはあくまでも優しく、勇者フェーレスに寄り添うような言葉を発している。懐柔しようというよりは、そうすることが責務であるから、とナビスは自然にそう考えているのだろう。
だが。
「あら、ナビス。その手の奴らの口を割らせるのに、そんな手段を取ってやる必要は無くってよ」
マルちゃんがカツカツと靴音も高らかに近づいてくる。そして。
「拷問に掛けますわ」
……マルちゃんは鞭を手に、そんなことを堂々と言ってくれたのであった!
「い、いえ、拷問は流石に可愛そうでは」
「そんなことを言っている場合でもございませんわね?貴女方は明日にはここを発たなくてはなりませんもの。即座の解決が望ましいんじゃなくって?」
「いやー、確かにそりゃそうなんだけどさ。大体マルちゃん、拷問って何やるの」
「レギナの大聖堂に伝わる古典的なものを一通りやってみますわ!」
マルちゃんは『しろごんに何かするつもりだった奴なんて許しませんわ!』とぷるぷるしているのだが、そんなこと言われても、澪としては拷問はちょっとまずいんじゃないかと思う次第である。
「えーと……ちなみに参考までに、その、レギナ大聖堂の古典的な拷問って、どんなの?」
まあ、しかしレギナ大聖堂の古典的な拷問というものが非常に人道的である可能性もある。澪はちょっぴりの期待を込めつつ、そう聞いてみたのだが……。
「……それはヤバいってえ」
数分後。澪はそう零すことになった。
そう。ヤバいのだ。ヤバいのである。レギナ大聖堂に伝わる古典的な拷問というのが、非常に、とっても、ヤバいのである!
「しかし伝統と歴史ある由緒正しき拷問法ですのよ?」
「余計にヤバいってえ……ほら見てみなよマルちゃん、ナビス真っ青だから……」
マルちゃんの話を聞いていたナビスは『ひい……』と青ざめている。澪も正直、そういう気分である!
……だが。
「しかし……伝統と歴史ある、由緒正しい方法だというのなら、それもまた1つ、考えなくてはならないのかもしれません……私の考えが、甘かったのかも……」
ナビスが、妙に目の据わった顔でそんなことを言い出した!
「そうですわね、ナビス。私達はまだまだ未熟な聖女ですけれど、だからこそ、歴史と伝統に従って古典を学ぶことは必要なことだと思いますの。これだって、先人達が必要に駆られて行っていたことなのでしょうし」
「はい……私、覚悟を決めます!」
「いやいやいやいやちょっと待って!待って!ナビスー!」
澪は慌ててナビスの前に割って入る。覚悟を決められては困る。ヤバい拷問なんかナビスは一生知らないでいてほしかったくらいである!
「み、ミオ様!私を気遣って下さっていることは分かっています。しかし、しかし!私、聖女として、この責務を放棄することなどできません!」
「いいよぉ、そんなの放棄しなよぉ!あーあーあーエブル君!マルちゃん止めて!マルちゃん止めて!」
「すまないが勇者ミオ。私も姉上と同意見だ」
「あああああああこっちもダメだったああああ!」
更に、勇者エブルとマルちゃんは早速『では鍋の準備を』『火は……蝋燭で足りるかしら?足りない気がしますわええ』などと話しながら準備を始めてしまっている!
「あああああああ!もおおおおお!なんで皆張り切ってグロいことしようとすんのおおおお!?」
ということで澪は、今、ここに孤立無援の状態でナビスを止めることとなってしまった。
そう。この場に味方は居ない。妙に覚悟を決めてしまったナビスと、妙に張り切ってしまっているスカラ姉弟が居るだけである。もしここにパディが居たとしても、『やっちゃえー』とか言ったに違いない。勇者ランセアが居ればもしかしたら止めてくれたかもしれないが……。
……否。
澪は、思い出した。今この場に澪と同意見の……『拷問なんてやめておいた方がいいよ』という考えの人が、1人いるであろうことを!
「勇者フェーレス!」
澪はすぐさま、縛り上げられた勇者フェーレスの元へと近づいていった。勇者フェーレスは、まさか自分の方に澪が来るとは思っていなかったらしいが、青ざめた顔で澪を見て、何とも言えない表情をしている。恐れるような迷うような、そんな表情だ。
「吐け!今すぐ持ってる限りの情報を吐けぇええええ!じゃないとマルちゃんとナビスとエブル君が!張り切ってるから!張り切っちゃってるからああああああ!」
……ということで、澪はそんな勇者フェーレスを存分にゆさゆさやることにした。勇者フェーレスは『な、何をする!』と反抗的であったが、背後から『強い酒……は無くてもいいことにしては駄目かしら』『聖水で代用できるのでは?』『塩水はしみますよ。ああ、ではこちらの……』といった相談が聞こえてくると、また、彼の額に冷や汗が伝う。
「……悪いこと言わないから、ここで折れときなよ。頼むから折れてよぉ。私、流石にさっきのヤバい拷問の現場に遭遇したくないしナビスにそんなことさせたくないし……」
澪も冷や汗だらだらになりつつ、勇者フェーレスの目をじっと見つめる。
「……あなただって、嫌でしょ?嫌だよね?アレは流石に……」
そして澪が必死の形相で見つめる先で、勇者フェーレスは、ふい、と目を逸らして……。
「ああ、そうだな……」
……降参してくれたのであった!
「はい。はいはいはい、解散解散。勇者フェーレスはこっちに協力してくれることになったからね、それしまってしまって。え?それ何に使うの?いややっぱいいや聞きたくない聞きたくない」
ということで、澪は拷問の準備をしていたマルちゃん達を止めることに成功した。マルちゃんとしては『折角の学びの機会でしたのに』と不満があるようなのだが、澪としては、拷問なんか知らなくても生きていけるよ!という気分である。むしろ知らない方がいい。そういうこともきっと世界にはたくさんある!
さて。そして澪と同じく、『あの拷問はヤバい』と非常に理性的であった勇者フェーレスは、気まずげに、しかし大人しく椅子に縛り付けられている。
「えーと……じゃあまずは、しろごんに何をしようとしたのかについて、どうぞ」
澪がそう尋ねると、勇者フェーレスは、ちら、と澪の背後を見た。……尚、澪のすぐ隣にはナビスが座っているのだが、澪とナビスの後ろでは、マルちゃんがペンチのでかいのみたいなのを手にしてじっと勇者フェーレスを見つめているところである。怖い。背後からの圧が、怖い。
「……毒を打つ予定だった」
そんなマルちゃんの圧によるものか、勇者フェーレスは案外すぐにそう、話してくれた。
「これだ」
ついでに、懐に手を突っ込んで、小瓶をことり、と卓の上に置く。ナビスが早速それを調べ始めて……そして、きゅ、と眉根を寄せた。
「幻覚を見せるものですね?それも、遅効性の」
「ああ、そうだ」
勇者フェーレスは努めて無感情にしているようで、ただ素直に頷く。
「この毒の影響で聖女ナビスのドラゴンが暴れ、町に損害が出ればそれでよし。そうでなくとも、方向感覚が狂って墜落するなり、聖女ナビス自体へ攻撃するなりしてもよし、と。そういう手筈だった」
「そりゃー随分とあくどいこと考えてくれてんじゃん?」
流石に、澪もこれには気色ばむ。勇者フェーレスは澪と目を合わせないようにしているが、澪はその目を覗き込んで睨みつけてやりたい気分だ。腹が立つ。しろごんのこともナビスのことも、何の関係も無い町のことも、全てを蔑ろにした考えに、腹が立つ。
……だが。
「あら?また拷問具、出す必要がありそうですわねえ?」
「マルちゃんマルちゃんマルちゃんストップストップ。ほら、座って座って。はいはいはい落ち着いて落ち着いて」
マルちゃんが後ろで、カチカチカチカチ、とでかいペンチみたいなものを鳴らし始めたので、澪は冷静さを取り戻した。
……人間とは不思議なものだが、自分より眠そうな人を見ると眠気が消えるし、自分より冷静じゃない人を見ると冷静になっちゃうものなのである!
「ええと……では、この毒をしろごんに打ちこむことを提案してきたのは、聖女シミアですか?」
澪がマルちゃんを押さえている間に、ナビスが勇者フェーレスへ尋ねる。すると、勇者フェーレスは一瞬怯んだ。だが、彼の目の前にはペンチカチカチのマルちゃんが居る。そして何より、彼にはもう逃げ場がないことも、分かっているのだろう。
「ああ、そうだ」
結局、勇者フェーレスはそう、素直に認めたのだった。
「聖女ナビスを害せ、と命じられた。達成できた暁には、私を聖女シミア派の勇者の1人として雇用する、とも。失われた名声を取り戻すためだった。あえなく失敗したわけだが」
勇者フェーレスは、そう話す。
「まあねー、しろごんには鈴、ついてたからねえ」
「悪意の鈴を警戒していなかったわけではない。だが、そのようなものを付けている様子は無かったから……」
「あら?ですが、しろごんの首に、確かに鈴を……」
どういうことだろう、と、澪とナビスは顔を見合わせる。そしてそのまま、少し考えて……。
「……ああ!スカーフ!」
「成程!スカーフだ!しろごんの鈴の上にスカーフ巻いてたから!それで、わかんなかったんだ!」
成程。どうやら、しろごんの鈴がスカーフに隠れていたために、勇者フェーレスは油断して、こうして犯行が発覚するに至ったということらしい。澪は『しろごんにスカーフ付けといて本当に良かった!』と心から過去の自分に感謝した。
「そういうことでしたのね。ふふ、私がさしあげた鈴が役に立ったなら何よりですわ」
マルちゃんは『私の功績!』とばかり、にっこり自慢げである。つまり、いつものマルちゃんである。
「さあて、この落ちぶれた勇者崩れはどうしてやりましょう?鈴の音は多くの者が聞いておりますわ。言い逃れはもうできなくってよ?」
そして、いつものマルちゃんは実に偉そうに(まあ実際マルちゃんは偉いのだが)、座ったままの勇者フェーレスを見下ろす。
「あの音、大きかったもんねえ……」
「止めるまで、けたたましく鳴っていましたからねえ……」
「……あんなに大きな音が出るとは私も知りませんでしたわっ!」
澪とナビスがちょっと茶々を入れるとマルちゃんはちょっぴり恥ずかしがる。これがいい。これがマルちゃんのチャームポイントの一つであると澪は思っている。
まあ、鈴の音があれほど大きかったことは確かで、それによって多くの野次馬が生じたことも確かだ。今更、『何も無かった』とはできないだろう。それは勇者フェーレス自身も覚悟しているらしく、また、彼の額には冷や汗が伝っている。
「レギナ大聖堂の中で、聖女の騎馬に毒を盛ろうとした。未遂とはいえ重罪ですわね。極刑でよろしいんじゃなくて?」
マルちゃんはまるでブレることなく、手の中のでっかいペンチみたいなのをカチカチやりつつ、勇者フェーレスにじりじり近づいていく。怖い。
……と、そんな中。
「……慈悲を」
諦めたように、勇者フェーレスがそう、言葉を発した。
「貴女が聖女だというのであれば、どうか、慈悲を」
椅子に縛り付けられた体に成せる限界まで深々と下げられた頭は、彼の反省や謝罪ではなく恐怖や諦めによるものなのかもしれない。だが、慈悲を乞うてきたことについて、澪もナビスも、気まずい思いをする。
しろごんやレギナの人々、そしてナビスに害があればいい、と無責任な行動を取ろうとした勇者フェーレスを許す気には、到底なれない。だが、深々と下げられた頭に短剣を振り下ろす気にも、なれなかった。
「舐められたもんですわね。私達は聖女よ。聖女だからこそ、人々に害を成そうとする者を野放しにはできませんの。お分かりかしら?」
「分かっている。だが、慈悲を頂けるのであれば、聖女シミアの計画について話そう」
……ついでに、そんな取引まで持ち掛けられてしまうと、やっぱり、『極刑!』とは言いにくいのであった。




