人か神か*1
そうして澪とナビスはひたすら各地を周りに周った。
セグレードでの礼拝式を終え、そのまま北へ。ぐるりと国の北部を一周するように礼拝式を開いて回り、その度に各地で神の力を用いて色々な問題を解決した。
セグレードでは、近隣の洞窟に住み着いたというゴブリンの群れを討伐したし、他にも、傷病人の治療や野菜の収穫、はたまた使用予定であった礼拝堂が老朽化などにより半壊していたのを再建するなど、神の力の使い方は多岐に渡った。
だが、皆一様にそれぞれ『聖女ナビスのおかげで生活が良くなった』と、神の力のよさを実感してくれている。それにより、一層ナビスへの信仰心は高まる一方であるので、最早この世界にナビス以上の力を持つ聖女は居ないであろうと思われた。そう。ナビスが最強。ナビスが最強なのである!
さて。
「怒涛の半月でしたね」
「うん。でも驚くべきことに、あと半月あるんだよねこれが」
そうして澪とナビスは無事、全国ツアー前半戦を終了することができた。前半最後の町は港町リーヴァであったので、神の力を大放出し、ドラゴンに襲われた後片付けを大いに手伝った。
リーヴァでの礼拝式を終えた夜、澪とナビスはそのまましろごんに乗って、王都へ戻る。今日のお泊まりは王都。そして、明日は1日、お休みの日なのだ。
「ああ、お帰り、ナビス!」
「ただいま戻りました。……ええと、お父様、お爺様」
澪とナビスが王城へ戻ると、すぐさま国王と先王……つまり、ナビスパパとお爺ちゃんがやってきた。ナビスのことが余程かわいいと見える。まあ実際かわいいので仕方ないね!と澪はにこにこしている。
「良く戻った。空を飛んできたなら冷えているだろう。何か温かい飲み物を!」
早速、孫が可愛いお爺ちゃんが近くに居たメイドさんに飲み物をお願いした。実際、しろごんに乗ってハイスピード飛行していると風を切って結構寒い。お爺ちゃんの心遣いは非常にありがたかった。
「ささ、勇者ミオもこちらへ来なさい。暖炉の前のソファに座るのだ。お主もよくナビスを守り、共に全国ツアーを回ってくれているからな。功労者には然るべき待遇があって然るべきだ」
「えへへ。ありがとうございます」
先王がにこにことソファを勧めてくれるので、澪とナビスはそこに並んで腰を下ろす。くっつき合ってふかふかソファに座れば、暖炉のほかほかも相まってすぐ体がぬくぬくしてくる。
更にそこに、温かいお茶が運ばれてくる。澪とナビスはそのカップをありがたく受け取って、お茶を飲みながらしばし、のんびり過ごすのだった。
……そう。のんびりと。実に、久しぶりなことに、のんびりと!
「よくよく考えるとこうやって座ってのんびりお茶飲むのなんて久しぶりだねえ」
「あら、そういえばそうですね。次の礼拝式のことをあまり考えずにお茶を飲んでいるなんて、昨日にはまだ考えられませんでした」
ついでに、明後日からはまた考えられなくなるだろう。この爆速全国ツアーは、やっぱりかなり忙しいのである。
「そんなに忙しくせずとも、3倍程度の時間をかけてゆっくり回ってもよかったのではないか?」
「いえ……お祭りが何か月も続いてしまうのは、ちょっと……」
……この爆速全国ツアーの原因は、カリニオス王と先王による『ナビスの全国ツアーの間はずっとお祭り!』という発言なので、ちょっぴり反省して頂きたい気がする澪である。
「まあ、この半月でも聖女ナビスと勇者ミオの話はあちこちから伝え聞いているぞ。白き竜に乗ってやってくる聖女と勇者、となるといよいよ御伽噺のようだな」
「まあ、そんなこと……」
「あー、確かに。しろごんに乗ったナビスが到着するたびに町で歓声が上がってるもんねえ」
澪とナビスがしろごんに乗って全国ツアーに出ているのは、民衆からしてみると覚えがよろしいらしい。『ドラゴンすら手懐ける聖女様』『まるで御伽噺の一幕のよう』『ナビス様の白銀の髪が白いドラゴンによく映える』『先にドラゴンから降りて、ナビス様の手をとってナビス様が降りるのを手伝うミオ様のお姿といったら!』と評判である。
「しろごんは今や、聖女ナビスの象徴のようにもなっているようだぞ。市井では、しろごんを模した飾りものまで売られている様子だ」
「おわっ先手を打たれた!?」
「ああ……確かに、しろごんはグッズ化してもよかったかもしれませんね。うーん、でも、早い者勝ちですからねえ」
やはり民衆は逞しい。まさか、非公式グッズのようなものが出回っているとは思わなかった。ついでに、しろごんがここまで民衆に人気なのも想定外であった!
「ふむ……ならば、規制するか?」
「いえ、それはやめましょう。人々とて、私達の邪魔をする目的でしろごんグッズを作っているわけではないでしょうし」
「そうだねえ。純粋に、ナビスやしろごんが大好きでグッズを作ってくれてるわけだから……えーと、ものすごく暴利をむさぼるようでなければ、黙認しておいた方がいいと思う」
まあ、二次創作についてはある程度認めておいてもいいと澪は思っている。公式が黙っている間はOK、というかんじに。無論、そのあたりの『お約束』がこの世界でも通用するかは分からないので、適当なところで注意喚起くらいはしておいた方が良いだろうが。
「あー、でもしろごんグッズを出し損ねたのはちょっと痛手だったかも」
許す許さないはさておき、それはちょっぴり惜しい。澪はそんなことを考えつつ、ふやあ、とため息を吐いた。
「痛手……というほどではないにせよ、惜しくはありましたねえ」
ナビスもそう言って、お茶を飲む。澪も倣ってお茶を飲めば、ほわほわとした温かさと良い香りが澪の精神をリラックスさせていくのが分かる。澪はこの世界に来て、随分お茶が好きになった。お茶って、いいよね。
「しろごん以外の乗り物とかが導入されたら、そっちはすぐグッズ化しよう。まあ、しろごん以外の乗り物、当面考えてないけど……」
強いて言うなら、物資の運搬用の乗り物があると便利なのだろうが、それは流石に空輸というわけにはいかない。どこまでいっても、そっちは馬車の類だろう。
「……ん?待てよ?」
だが、澪は思いついてしまった。
「これ、まだしろごんグッズ化は目があるんじゃないかな。むしろ、これから公式がしろごんを売り出していくことはできる気がする」
確かあったよなー、と思ってポケットをごそごそやると、そこから試作品として作ったものの没になった手ぬぐいが出てきた。
ので、それをリボン結びにしてみて……頷いた。
「ということで、しろごんにスカーフ巻いてみよう」
……そうして、全国ツアー後半戦の間、しろごんは首にスカーフを巻くことになった。そのスカーフはしろごんのトレードマークとして話題を呼び、スカーフを模した手ぬぐいの販売を発表したところ、大変に受けが良かった。
まあ、つまり……国民達は、ナビスだけでなく、珍しくも可愛らしい白いドラゴンのことも大好きになっていたのである!
ということでグッズ候補がまた1つ増えたのだが……この思い付きが、ちょっとした幸運を呼び込むことになる。
さて。
そうして澪とナビスは王都での2回目の礼拝式を行った。
今回はブラウニー達の助けを借りずとも、事情を分かっている王都の人達が準備を手伝ってくれていたのでスムーズに礼拝式を開催できた。手伝いは申し訳なさ半分、ありがたさ半分であったが、手伝ってくれた人達は『あの聖女ナビスの礼拝式のお手伝いができた!』と嬉しそうであったので澪達も気にしないことにした。
さて。そうして暇になってしまったブラウニー達は、一体何をしていたかというと……専ら観客席に居た。
……観客も『何故ここにブラウニーが』と戸惑っていたが、終盤にはブラウニー達に『ちっちゃな君達には舞台の上がよく見えないのでは?』と声を掛け、頭の上や肩の上にブラウニーを乗せてやって一緒にペンライトを振る姿が散見されていた。
実は、既にブラウニー達のことは王都にも知れ渡っていた。『どうも、聖女ナビスの礼拝式ではブラウニー達がお手伝いさんをしているらしい』と。
ブラウニーという魔物は、元々魔物にもかかわらず人々に受け入れられてきた生き物だ。今回も、『聖女ナビスが登用しているほどの魔物だから心配は要らない』と、人々に受け入れてもらえたらしい。
……ということで、澪はここにも商機を見出した。しろごんをマスコットにしていくのと同じノリで、ブラウニー達もマスコット化が狙える。何せブラウニーは小さくて可愛くて懐っこい。いける。絶対にいける。
まあ、それもやるとしたら全国ツアー第2回以降のことだろう。今はとにかく、今目の前にある全国ツアーを完遂しなければならない。
王都での2回目の祈りは、『老朽化した建造物の修復』にした。これは、建物はもちろん、石畳敷きの道や小さな水路に掛けられた橋などにも及ぶものである。
これについて、王都の人々は大いに喜んでくれた。石畳のひび割れは馬車の乗り心地の悪さに直結していく。それが神の力で修復されれば、皆がより快適に過ごせるようになるという訳なのである。
また、橋や道は、誰もが使うものであるが故に誰も修理に着手せず、ずるずるとそのままになりがちである。澪の世界でも実際、そういう事態が起きている訳だが……この世界でも大体似たようなものらしく、それだけに、『誰もが必要としていながら誰もやりたがらなかった仕事』を片付けたことは大いに評価された。
ついでに、王城の古くなった部分も綺麗になったので、ナビスパパとお爺ちゃんが大層喜んでいた。孝行娘である!
さて。
そうして王都での礼拝式も終わったら、即座にレギナへ発つ。……そう。次はいよいよ、半月ぶりのレギナだ。尚、礼拝式は行わないので、本当にただ寄るだけになる。そして明日はメルカッタでの礼拝式が夕方から始まるので、長居もできない。
それでもレギナに寄りたいのは、パディエーラの容態が気になるからだ。果たして……。
「パディーっ!」
「パディ様ーっ!」
ぱふん、ぽふん、と、澪とナビスはベッドの上のパディエーラに抱き着いた。いっそ突進していったと言っても大体合っているような勢いで抱き着きに行ったのだが、パディエーラはころころ笑って受け止めてくれた。
「あらあら、随分と元気がいいわねえ」
「そりゃあね!全国ツアーの途中だからね!元気出さないわけにはいかないしね!」
「何よりパディ様とこうしてお話しできるのですもの!元気が出ないわけがないのです!」
笑うパディエーラにきゅうきゅうくっつきながら、澪とナビスは心から安堵していた。
……パディエーラは、徐々に回復しているようだ。本当によかった!
ということで、その日はレギナの大聖堂にお泊まりだ。爆速全国ツアーの途中なので、割ける時間は限られている。その限られた時間をできるだけパディエーラと過ごすため、今日はここに宿泊して、明日の昼前にメルカッタへ発つことになるのだ。
食事はパディエーラの部屋で摂る。パディエーラの意識の方は大分回復したようなのだが、落ちた体力や筋力の方はまだ低調であるらしい。ナイフで深々とやってしまった影響も、少なからずあるのだろう。と、いうことで、ベッドの上で食事を摂るパディエーラを囲んでのお食事会となった。
「それにしても、私が寝ている間にナビスがお姫様になって、ぜんこくつあー?までやってるなんてねえ……惜しい時に寝てたわぁ……」
「パディが倒れちゃったのが全国ツアーのきっかけだったしなー、それは諦めてよ」
「そうですね。全国ツアーを始めるにあたって、王女の立場を公表してしまった方がよりやりやすい、という判断から王女になりましたし……」
「つまり私の為?なんだか悪いことしちゃったわねえ」
パディエーラはそう言いつつ、申し訳なさそうにスープを飲んでいる。お腹に優しいあったかスープは、レギナの大聖堂の料理人達が『パディエーラ様がお目覚めになられたぞ万歳!』と毎日張り切って作っているものだという。澪とナビスも同じものを食べているが、非常に美味しい。
「そうよ、パディ!貴女が寝ていたせいで、方々が散々迷惑を被っていますの!自覚して、さっさと復調して、自分で尻拭いなさいなっ!」
……そしてやはり同じスープを飲みつついつもの調子のマルちゃんである。マルちゃんは、こう、『意識してパディを叱り飛ばすことにしていますわ』とのことであった。確かに、パディの復調の為には丁度いいのだろうし、ランセアにはできない役目であるので、やっぱり丁度いいのだろうが。
「そうねえ。まあ、ナビスとミオの全国ツアーが終わった頃に、ちゃんと引退の挨拶をするわ」
マルガリートに叱咤されたパディエーラは苦笑しつつそう言って、かた、とスプーンを置く。
「……難しいものよねえ。私はずっと私で居たつもりなのに、信者達はそうは思わない。私が変わってしまった、って感じている人も居るわけでしょう?」
少し、寂しそうな声だった。きっと、パディエーラがずっと思って、苦しんでいることなのだろうと思われた。だから、聞いている澪とナビスもまた、少し苦しい。
「でも、まあ、彼らにも誠実でいなきゃあね。『聖女』に一度なってしまった以上、責任は果たさなきゃ。……聖女になるのは難しいと言われてきたけれど、やめるのも難しいのねえ」
くすくす、と笑って、パディエーラはまたスプーンを手に取る。病み上がりの華奢な長い指が、慎重に、落とさないようにスプーンを支えている。病み上がりでも、パディエーラは必死だ。できることをやろうと頑張っている。
「信じるのも、信じられるのも、難しいわぁ。ましてや、そこに愛が絡んだら猶更そうねえ」
パディエーラのスプーンはスープを掬って、パディエーラの唇へと運んだ。何気ない動作だが、その1つ1つが綺麗だ。それは、パディエーラが今まで培ってきたものなのだろう。聖女として、彼女はこんなところにまで気を配って生活してきた。それは今も消えずにパディエーラの中にあるのだ。
「頑張らなきゃね」
そんなパディエーラを見て、澪は、よっこいしょ、とパディエーラのベッドの縁に移動する。
「ま、ほどほどにね、パディ」
ベッドの縁に腰を下ろした澪を、きょとん、と見つめたパディエーラは、続けて反対隣りにやってきたマルガリートにまたきょとんとする。
「そうですわね。パディ?貴女、いつもは人が急かしても急かしてものんびりのんびりしてるんですもの。今回もそのくらいのんびりしていなさいな」
「あらぁ……?マルちゃん、私のこといつも急かすじゃないの。特に最近はぺちぺちしながら、『のんびりしすぎですわ!』って言ってくるのに」
「緩急は大切でしてよ。パディ貴女ね、急ぐべきところとのんびりすべきところを間違えているんじゃなくって?」
マルちゃんはそう言いつつ、優雅にスープを飲む。お盆の上のスープカップやパンが、マルちゃんの分だけ高級品に見えるのは何故だろうか。マルちゃんだからか。成程。澪は納得した。
「信者に対し誠実であろうとすることは、大切なことです。しかしそれだけでは、私達は生きていけない」
そしてナビスまでもが、お盆を持ってベッドの縁へやってきた。
「私達は聖女であって、人間でもあります。それは、信者の皆様にもご理解いただかなければなりませんから。これからの聖女達の為にも。ね?」
「……そうねえ」
パディエーラはすっかり囲まれてしまったのを見て、ころころ笑い出す。
「私らしくないわよね。うんうん、のんびりやることにするわぁ。ふふ、ありがとうね、皆」
パディエーラが、ちゃんと回復すればいい。何もかもすべて元通り、という訳にはいかないのだろうし、彼女自身、まだあの時のことを全ては話してくれていない。ぼんやりとしか思い出せない部分もあるらしいが、『そういうことにしてある』部分もあるのではないかと、澪は思っている。
だが、まあ……第一に、パディエーラ自身が、色々と折り合いをつけて、納得できたらいいな、と澪は思うのだ。
どうか、幸せに。パディエーラも、パディエーラ以外の、全ての聖女達も。……ナビスのことも含めて、澪はそう願ってやまない。
そうしてそのまま、パディエーラのベッドを囲む会は食後のお茶とおやつに差し掛かる。
今日のお茶はジャルディンのフルーツティー。そしておやつは、ジャルディンの果物のコンポートだ。これがまたなんとも美味しい。
『おいしいねえ』『おいしいですねえ』と澪とナビスがのんびりほっこり、甘味とお茶のフルーティーなコラボレーションを楽しんでいると……その時だった。
リンリンリンリンリン、と、けたたましくも可愛らしい鈴の音が、階下から鳴り響いてくる。
「……あらっ?」
「これって……」
おや、と思うその間もずっと、リンリンリンリンリンリンリン、と鈴の音がうるさい。
まあ、つまり、これは……。
「……しろごん!」
しろごんの首に付けた鈴!それが今、鳴り響いているのである!




