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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
163/209

爆速全国ツアー*10

 こうして、レギナでの礼拝式は終わった。

 レギナ中で実った果物や咲き誇る花に驚く人々は、その驚きに興奮したままのテンションで一緒にポルタナの舟歌を歌い、笑い、そして礼拝式の終了を惜しんだ。

 ついでに、『あれほどの力のある聖女様の言う事なら……』ということで、パディエーラの云々についても、ひとまず納得してくれた人が多かったようである。同時に『ちょっと固めの信仰心』をお持ちの学者達がこぞってナビスと澪の話を聞きに来たので、それは大変だったが。


 ……さて。

 そうして礼拝式を終えた澪とナビスは前日同様、レギナの宿で一泊してから次の町に立つことになる。明日はセグレード、その次はジャルディンでの礼拝式だ。忙しい。とてつもなく、忙しい!

 だが、忙しくてもなんとか、この日にレギナでの礼拝式の予定を捻じ込んだのは、ひとえにパディエーラの為であった。

 ……これから国の北部を回って、そして王都での2回目の礼拝式を行った後、今度は南へ向かうことになる。その時に、もう一度レギナに立ち寄って、パディエーラの様子を見ることができるだろう。

 元々、神の力を用いてパディエーラを目覚めさせようとした時、どうなるか全く分からなかったためにこうしたスケジュールにしておいたのだが……今は、そのスケジュールを立てた過去の自分達に感謝するしかない。


 パディエーラは、目覚めた。

 だが、様子は以前通りとはいかないようであった。




 パディエーラは、礼拝式直後に目覚めたらしい。それは、礼拝式中もずっとパディエーラの傍に居た勇者ランセアが確認している。

 だが、ランセア曰く、『起きてはいるが、意識がまだこちらに戻り切っていないように見える』とのことだった。

 ……それを聞いて、澪とナビスはすぐ、パディエーラの様子を見に行った。すると、パディエーラはベッドの上で半身を起こして、ぼんやりとしていたのである。

 今までのパディエーラとは、まるで様子が違った。ただ、ぼんやりとしていて、目は澪達を見ているのか、居ないのか。……どうも、自我というものが随分薄れてしまっているように見える。

 これについて、ナビスとマルガリートが出した結論は、『信仰を元に願いを叶えていた立場の者が、信仰を一部裏切ったことで自我が揺らいでいるのではないか』というものであった。同時に、『パディエーラが裏切った信仰は僅かであり、更に、それらの一部は澪とナビスの話によって取り戻された。よって、今、パディエーラはこうして目覚めている』とも考えている。

 そう。澪とナビスは、礼拝式でパディエーラへの信仰をも一部、取り戻すことができた。そうすることで、パディエーラに何か良い影響があったことは間違いない。間違いない、のだが……。

「……本当に神様みたいなんだもんなあ」

 澪は、そう思ってしまう。

 人々の祈りを一身に受け、それを元に人々の願いを叶える。そしてその信仰を裏切ったなると、途端に自我すら失われてしまう。それが、『聖女』というものであるようだが……。

 ……それは最早、『神』なのではないだろうか。


 聖女アイドルとは、ある種の神なのだ。人間としてではなく、『神』としての人格を持つことを期待されている節がある。

 恋愛しないし、結婚しない。そして、引退もしない。何故なら、聖女アイドルは『神』だから。

 そして聖女アイドルは神であるから、こうして人々の信仰に応えて人々の願いを叶えることができる。人間ではなく、あくまでも、神として。

 ……そんな風に、思ってしまう。澪のすぐ隣に居るナビスも、そのさらに隣に居るマルガリートもそうだが……彼女達の生きる道は、随分とシビアだ。まるで、人間であることを許されないかのような、そんな風にも、思える。

 そして今確かに、パディエーラは『聖女は人間であってはいけないのだ』とでもいうかのように、神の彫像めいた微笑みを浮かべているばかりなのだ。


「神……か」

 澪の呟きを拾い上げたのは、勇者ランセアだった。

 彼は憔悴した顔でパディエーラの手を握っているのだが、パディエーラは相変わらず、ぼんやりと微笑んでいるばかりである。

「確かにな。これじゃあまるで、女神像だ。……ああ、くそ」

「ランセアさん……」

 ランセアは、嘆くと同時、パディエーラの手を離して、その手を固く握りしめた。関節が白く浮き上がるほどの力で握られた拳を見るだけで、彼の心の内が見て取れるようだった。

 ……この世界で一番、パディエーラの状態を嘆いているのは間違いなく、勇者ランセアだろう。

 彼はパディエーラと結婚する予定だったのだ。それが、こんなことになってしまった。

 パディエーラが優秀な聖女であったから……より『神』に近い存在だったから、こんなことになってしまったのだろうか。それとも、引退の発表の仕方が悪かったのか。はたまた、信者の質が悪かったのか。

 後悔することは、山のようにあるだろう。あの時ああしていれば。あんなことを言わなければ。それらがきっと、勇者ランセアを苛んでいる。

 見ているのが辛い。苦しんでいる人を見ているのは、只々、辛い。

 澪もまた、パディエーラの状態を悲しむ者の一人だ。だが、勇者ランセアに共感して、どこまでも地の底へ落ちていくような気分になるわけにもいかず、ただ、視線を逸らし……。

 ……そこで。

「……んっ?」

「あら?」

 澪とナビスはほぼ同時に、気づいてしまった。

「……ねえ、ちょ、ランセアさん」

「なんだ?」

 ランセアは顔を上げて無理に笑顔を作ろうとしている。その表情もまた、苦しそうで辛いのだが……それどころでは、ない。

「……あの、手、握っててあげてくれないかなあ」

「手……?」

「は、はい。パディ様の、手を……」

 澪とナビスが、ほらね、と示す。途端、勇者ランセアは、驚愕に表情をゆがめた。

「なんか……パディが、ものすごく、人間臭い顔をしているので……」


 ……パディエーラは、相変わらずのぼんやり具合であった。だが、その手はランセアに向けて、ふり、ふり、と実にゆったりのんびりとだが、動いていた。ついでにその表情は……不貞腐れたような、寂しがっているような、そんなようにも、見える。

 そう。微かにではあるが、パディエーラの表情に、変化があったのである!




「なっ……パディ!?」

 驚き、慄き、ランセアはパディエーラの手を、ぎゅっと握る。すると、パディエーラは心なしか満足げな顔をするのだ。

「ああ……パディ……君は確かに、君なんだな……!」

 まるで抜け殻のようになってしまっているパディエーラだが、確かに残っているものはある。そして彼女は確かに人間なのだと、今、この場に居る皆が思うことができた。

 彼女は人間だ。人間でなかったらどうして、拗ねるだろうか!拗ねる神様など聞いたことが無い!……いや、ある。澪はある。拗ねて天岩戸に籠った神様とか、知ってる。知ってるが、まあ、それはそれとして……しかし、そこらへんから学ぶことも大いにあるぞ、と思い直して……。

「よし。パディを女神像じゃなくする方法、思いついた」

 そう、提案した。

「うちの国のやり方に則って、パディを思いっきり人間扱いしよう」


「ミオの国のやり方……?どういうことですの?」

 マルガリートがすぐさま興味を示す。ランセアやナビス、勇者エブルも興味はあるようなのだが、こういう時に真っ先に興味を示してくるのがマルちゃんなのだ。

「えーと、うちの国はね、神を神じゃなくしたり、人を神にしたりする方法が滅茶苦茶多い国でね……」

「ど、どういうことですの!?」

「例えば、怨霊を奉って神様にした実績がある。あと、神様を美少女にすることに定評があって」

「はぁあー!?美少女ーッ!?どういうことですのーッ!?」

 説明したらすぐマルちゃんは混乱してしまった。まあ、このあたりもマルちゃん故である。

「なんか……こう、『神』として扱ったら、神になっちゃいそうだから、もう、パディとして扱おう。これはパディなんだから」

「な、成程……つまり、聖女パディエーラを神として信仰するのではなく、人として信仰する、と……?」

「いやいやいや、エブル君。そういう固いかんじじゃなくてさ。むしろ、信仰しない。信仰とか関係なしに接する。祈るんじゃなくて、諭す、とか……?普通に話しかける、みたいな……?うん、まあ、そういうかんじ」

 菅原道真が神様になっちゃったというのであれば、その逆をやってやればよいのである。神様達を美男美女に擬人化して召喚するゲームやクトゥルフの神様達を美少女にしちゃうアレはさておき、まあ、とりあえず人格ある者として接してみるのは大事じゃないだろうか。イメージが壊れるというのであればむしろ大歓迎である。人間ってそういうものなのである!


「ってことで、ランセアさん。いつもパディにやってるみたいにして」

「……と、いうと?」

 さて。

 ここで澪は満を持して……ランセアに、命じた。

「口説け!」




 ……そうして、5分後。

「パディ!あなたいつまでボヤボヤしてるんですの!?あなた、聖女でしょう!?人々を導く役目を放り出していないで、さっさと目を覚ましなさい!大体あなた、いつも寝起きが悪いんですのよ!そして寝起きが悪いことを分かっていながら、どうしてもっと早く起きませんの!?それでいつもいつも、礼拝式直前に準備が滞って慌てたり、勇者ランセアに面倒を掛けたりしているじゃーありませんの!」

 ぺちぺちぺちぺち!と、パディエーラの頬を叩きつつ叱り続けるマルちゃんの姿が、そこにあった。

 というのも、勇者ランセアはやはり、ぼんやりしているパディエーラを見ているのが辛いらしく、口説き始めて1分くらいで涙を流し始めてしまったのである。……彼女への思いが深い分、反応の薄いパディエーラの姿が堪えたらしい。流石に澪は、ちょっと反省した。婚約者の自我が失われている人に対して、ちょっとハードルが高すぎた。

 そして、そんなパディエーラの前に君臨するのが我らがマルちゃんである。

 マルちゃんは強い。パディエーラへの思いは強いが、その方向性がランセアとは大分違う。そしてそもそも、マルちゃんの気質自体が、大分、違う。

 ……ということで、まあ、今はマルちゃんによるパディ罵倒の会が開催されているのであった。

「私、忘れておりませんわよ!?あなた、舞に使うベールを持ってき忘れたことがありましたわね!?あの時は私が予備のベールを持ってきていたからそれで間に合ったものを!あなた、こともあろうか!『マルちゃんなら持ってきてる気がしたのよぉ』って!あなた!言いましたわよね!?自分が忘れても私が持ってきているから大丈夫だなんてそんなつもりで日々過ごしているんじゃーありませんわよねーッ!?」

 またも、ぺちぺちぺちぺち!と、マルちゃんによるパディへの攻撃が続く。澪はこれを見ながら腹がよじれるほど笑っているし、ナビスは『あら、パディ様ったらそんなことが……』と聞き入っているし、勇者エブルは『姉上!姉上!その辺りで!その辺りで!』と止めに入っているし、ランセアはいつの間にか涙が引っ込んだらしく、くすくす笑っている。


 ……と、まあ、そんな調子だったので。

「なんとか言ってごらんなさいな!ぼんやりするのは寝起きだけになさい!もう起きて何分経ったと思ってますの!?いい加減に支度を始めて!少しはしゃっきりなさいなーッ!」

「あらぁ……もうちょっと寝かせてくれてもいいんじゃないかしらぁ……」

 のんびり、おっとり。

 そんな調子で、パディが返事をしたのであった。




 それからが大変だった。

 滂沱の涙を流すマルちゃんとランセアがパディエーラのベッドの上でそれぞれ勝手にパディエーラに話しかけ続けており、そして未だぽやぽやぼんやりしているパディが、『あらぁ』とぼんやり返事をする、というような状況の中、澪とナビスは『ひとまず大聖堂の人達に連絡を!』とエブル君と共に奔走した。

 明日からまた全国ツアーだっていうのに、コレである。大変である。まさか、全国ツアーの途中にこういう仕事が挟まるとは思っていなかった!

 だが澪もナビスも、元気いっぱいである。明日以降が辛くなろうが、それでも、今、パディの為に奔走したい気持ちでいっぱいだった。

 ……そうして、レギナ中に『聖女パディエーラは目覚め、快方に向かっている!』と情報が流れることとなり、そして、レギナ中の人々がそれを喜んでくれたのであった。

 パディが目覚めたことは当然嬉しいが、人々が喜んでくれたこともまた、嬉しい。




 ……さて。

 そうして澪とナビスは、途中で我に返ったマルガリートによって『ところであなた達、明日の朝、もうセグレードへ出発じゃありませんの!?こんなところで働いていないでさっさとお休みなさいな!』と宿へ送り届けられることになった。

 その頃には、レギナの街並みは『聖女パディエーラの快復を祝って!』とお祭り騒ぎになっていたので、澪もナビスも、そしてマルちゃんだって、るんるんである。

「ああ、そうだ。明日の朝、渡せるか分かりませんものね。今、渡しておきますわ」

 そんな中、歩きながら、マルガリートが何かを懐から取り出して、澪の手の上に載せた。

「へ?あ、かわいー。鈴だあ」

 澪の手に載せられたものは、鈴だった。金色の可愛らしい鈴で、なんと、鈴の表面には細かな彫り物が施されている。ちょっと見ただけで『高そう……』という感想を抱く程度には綺麗な鈴である。

「これは邪な心に反応して鳴り響く鈴ですの。魔除けにも使われますけれど、これはより精度を高めた代物。人間相手でも容赦なく鳴り響きますから、しろごんの首につけておくには丁度いいんじゃないかしら?」

 どうやら、マルちゃんはこれをしろごんの為に用意してくれたらしい。

 確かに、今後しろごんが狙われる可能性についてマルちゃんに話していたが、まさか、こんな対策を用意してくれるとは!

「ありがとうマルちゃん!」

「お気になさらないで。大したことではありませんもの」

 マルガリートは、つん、と澄ましてそんなことを言うが、彼女が澪とナビス、そしてしろごんを心配してくれているのは分かるので、澪もナビスもにこにこである。

 ……そして。

「……パディを目覚めさせてくれたことについて、改めて感謝申し上げますわ」

 マルガリートは、宿の前でそう言って、深々と一礼した。

「あ、あの、マルちゃん様。私達は『聖女』として、そして『王女』としても正しい道を選んだだけですから……それに、私達にとって、パディ様は友人です。助けるのは当然のことですよ」

 ナビスが慌ててそう言うと、マルガリートは頭を上げて……そして、くす、と美しく笑ってみせた。

「ええ。でも、私の友人でもありますもの。友人が世話になった以上、謝辞の1つくらいは述べさせてくださいな」

 誇り高く、ちょっと偉そうで、そしてとっても優しいマルガリートを見て、澪もナビスも嬉しくなる。……私達、友達同士でよかったなあ、と。




「……ところで、パディに『あなたを目覚めさせたのは婚約者の甘い言葉じゃなくて友達のぺちぺちと罵倒だったんだけど、どう?』って聞いておいてほしい」

「ああー……パディのことですから、抱腹絶倒しますわねえ。ええ、任せて頂戴な。パディを人間っぽくするのには私の罵倒が効くようですもの。存分に罵倒してぺちぺちやってやりますわ!」

 そんな会話をしつつ、澪達はマルちゃんと別れた。

 大聖堂へ勇ましく帰っていくマルちゃんとエブル君の後ろ姿を見送って、澪とナビスは……。

「よし!寝よう!急ごう!」

「はい!ええと、まずはお風呂……あ、夕食をどうしましょうか。ええと、食堂に……?」

「いや!とりあえずナビスはお風呂入ってて!私は宿の食堂でなんか包んでもらってくるから、部屋で急いで食べよ!で、さっさと寝ないと明日に差し支える!」

 ……澪とナビスは、思い出した。

 これは爆速全国ツアー。滅茶苦茶に忙しい旅路の途中。まだまだ、のんびりしていられないのである。

 次にレギナに寄った時、きっとパディは全快していることだろう。そう期待しつつ、明日の朝にはセグレード、なのだ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] パディが目覚めてほんとによかったです。 そしてマルちゃんがめちゃくちゃかわいい。大好きです。
[一言] ぺちぺちしながら罵倒するけど、パディエーラ様が目覚めたら滂沱の涙を流すマルちゃんまじ聖女。
[一言] マルちゃんのペチペチと罵倒で目覚めた聖女がいるのでシンデレラの解釈もなんか変わってきた
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