爆速全国ツアー*9
そうして夕方。レギナでの礼拝式が始まった。
概ね、王都での礼拝式と同じだ。ただし、曲目は定番の舟歌やメルカッタの戦士の歌以外、変えてある。……というのも、王都からレギナまでなら、ギリギリでハシゴすることが可能なのである。
ここから先はしろごん無くしては達成不可能なスケジュールとなっているが、もしかすると、王都とレギナまでなら両方参加する人が居るかもしれない。……ということで、一応、多少はその辺りも気にしてプログラムを組んだのである。
そう。王都では最初に演奏した国歌は、レギナの大聖堂でおなじみだという聖歌に変更した。
これは、昨日の礼拝式での国歌演奏が、『聖女ナビスは王女でもある』というアピールではなく、あくまでも『王城のお膝元での礼拝式なので』という配慮であったことを意味する。
澪もナビスも、必要以上にナビスの王家の血を前面に出していくつもりは無い。あくまでも、王家の一員という立場を手に入れたのは、聖女業をやりやすくするためであった、というスタンスは曲げないつもりだ。
……ということで。
「じゃあ盛り上がっていこうねー!」
澪の声に、レギナの民衆が沸く。
会場がどこであれ、礼拝式は成功あるのみ。澪もナビスも、気合を入れてレギナでの礼拝式に臨むのだった。
……尚、最前列では、ペンライトをしっかり振り回すマルちゃんの姿もあったし、最後列にはなんとなく見覚えのある黒髪の美女が紛れ込んでいたように見えた。
澪は内心で、『モルりん、こういうとこ来るんだ……』と滅茶苦茶にびっくりした。びっくりしすぎて何も顔に出なかったらしいので、結果オーライである。
ナビスの歌に澪のトランペットに、そして時々踊りや何かも混ざりつつ、礼拝式は順調に進んでいく。
やはり、王都よりは盛り上がりに欠ける、かもしれない。それはそうである。レギナの人の中でも熱心なナビス信者は、昨日の初日公演に来ていない訳が無いのだ。そして王都のお祭り騒ぎっぷりは、間違いなく礼拝式にもブーストをかけてくれていた。だが、レギナでは、それがあまり無い。
……だが、それでも十分すぎるほどの信仰心が集まる。後でナビスが語るところの『ちょっと固めの信仰心でした……』という具合の信仰心が、ばっちり集まったのだ。
そう。レギナの客層に多かったのは、知識人である。
神学の学者はレギナに多い。大聖堂を構えているだけあって、レギナは信仰と神学の最先端を行く都市でもあるのだ。つまり、そこの神学者達がこぞって『ここ最近で最も力のある聖女であり王女でもあるナビスの礼拝式』を見に来ているのである!
更には、マルちゃんをはじめとしたレギナの聖女や聖女見習い達が自分の礼拝式の参考になるように、と見学に来ている他、レギナ在住の有識者……言ってしまえば『ドルオタ』とでも言えるのであろう、礼拝式という礼拝式に参加し尽くしている人々が聖女ナビスを見定めんとしてやってきている。
そういうわけで、レギナでの礼拝式は、盛り上がりに若干欠けるものの……妙に熱量はある、という、不思議な礼拝式になった。
無論、最後の方になれば、彼らも『学ぶ』ということをすっかり放り出して、『楽しむ』の方にシフトしてくれたので、最後の方は最早、いつも通り……ただし、観客がよく訓練されている、というような礼拝式になった。
さて。
そんな『ちょっと固めの信仰心』が集まる、特殊なレギナ礼拝式。
礼拝式の終盤に行うのは……今回のメインイベントでもあり、そもそもこの全国ツアーのきっかけでもあった、『聖女パディエーラの治療』である。
「私はこの全国ツアーにおいて、その町で頂いた信仰心はその町にお返ししていきたいと考えております」
ナビスの前口上に、観客席から『いいぞー!』と歓声が飛んでくる。既に王都での奇跡を見ている人も混じっていると考えれば、妥当な反応である。
……澪もナビスも後々に知ったことだが、王都の礼拝式でのナビスの王都全体治療は、神学史にも残るであろうというほどの偉業であったらしい。
それだけの術を扱う技量がナビスにあるほか、それを実現できるだけの信仰心が集まったことの証明であり、まあ、つまり、『偉業』と。そういうことなのだ。
そんな『偉業』がレギナでも見られるのか、と、観客達はわくわくしているようだった。
……だが、そんな彼らのわくわくの一方、澪とナビスは、緊張の糸を張りつめさせていた。
これは、下手したら炎上する奴だ。澪は、そう思っている。
「そこで……このレギナでは、今尚眠り続けている聖女パディエーラの治療を行います」
そして案の定、ナビスがそう宣言した途端、観客達が、どよめいた。
そう、これは炎上待ったなしなのだ。
安全策を取るのならば、絶対にパディエーラのことは話に出さない方が良かっただろう。何故ならば……パディエーラは、言ってみれば『炎上した結果、自死に向かった聖女』なのだから。
観客達は、『どうして聖女パディエーラを?』『確かに聖女ナビスと仲がよろしかったと聞いているが……』といった困惑の声を上げている。また、中には『あんな奴の為に俺達の信仰心を使うのか!?』『レギナじゃなくてジャルディンの信仰心を使えよ!』といった声も混ざっている。
……澪とナビスは、ステージの上でそれらのざわめきを聞きながら、パディエーラのことを想う。
彼女が聖女を引退する旨を発表した時も、こんなかんじだったんだろうか、と。
「静粛に!」
澪の声が、会場に響き渡る。
聖銀のマイク杖によって大きくなった声は、わん、と会場内に反響して、観客達を静まらせた。
「……えーと、まあ、納得いかないよー、っていう人も大勢いることは、分かってるんだ。でも、私とナビスとで相談して……ついでに、国王陛下とも相談して、それで、決めたんだ。どういう理由で決めたかは、ちゃんと説明するよ」
澪の言葉に、観客達が『国王も!?』と慄く。
まあ、色々な解釈のしようがあるだろう。『聖女ナビスはすごいなあ』と思う人もいるだろうし、『国王までもが聖女パディエーラ派なのか』と思う人もいるだろうし、『これは聖女を用いた政治介入なのでは?』と思う人もいるだろう。
だが、それぞれに思うことがあるであろう観客席を静まらせるために……そして、今後の世界の為に。ナビスが静かに前に進み出て、切り出す。
「皆様、お聞きください。私達はまず、皆様にある1つの推測をお伝えしなければなりません」
物々しい気配に、観客席は静まり返り、じっとナビスを見つめる。
不安や挑戦、好奇。様々な視線を一身に受けて、ナビスはステージの上、静かに話すのだ。
「ここ最近立て続けに起きている、聖女様方の自死。その原因は、聖女様自らの、或いは、『皆の』信仰にあるのではないかと、私達は推測しております」
それから、ナビスは大まかに、『信仰を裏切る』ことによる聖女の自死について説明していった。
聖女は自らの信仰を捨ててはいけないこと。しかし、自死した聖女達の中には、絶望し、信仰を捨てていたであろう者も居たであろうこと。
そして……聖女パディエーラについては、『彼女を信仰していた者達が裏切られたと感じた』ことによって、今の状態にあるのではないかということ。
観客達は、ざわめいた。『聖女と信仰』の話は、少々残酷なまでにシビアである。そんなシビアな世界に身を置いている聖女のことも、その上で死んでいった聖女達のことも、知ってしまえば皆、パディエーラを責めてばかりもいられない。
「と、まあ……ちょっと難しい話になっちゃったんだけど、とりあえずね?結論としては……」
さて。一通り説明が済んだところで、澪は、皆が納得しそうな理由をしっかり提示することにする。
パディエーラ本人がどう思うかは、分からない。……否。案外、『いいわよぉ。私のことは好きにダシにしちゃってー』ところころ笑ってくれるんじゃないかな、と、澪は思っている。
だから。
「聖女パディエーラは、唐突な自死に追い込まれながらも一命をとりとめている唯一の例。だから、起こして、彼女自身の話を聞くことには、大きな価値がある。だから、レギナの皆の力を借りて、起こすべきだ」
……澪は、こんな理由を付けたのである。
「聖女と信仰、そして神の力の関係がもっと正確に分かれば、もっと多くの人を救ったり、もっと多くの聖女が救われたりするはずだからさ。レギナって特に、大聖堂がある分、そういう研究が他より進んでるわけだし……聖女文化も、他の町よりずっと深いからさ。そういう観点からして、この町で、聖女パディエーラを起こすべきだと思ったんだ」
いっそ冷酷なまでに合理的。
そんな理由付けは、観客達を静まり返らせる。
神学者達は『ああ、確かに』と頷いていたし、理性の強い者達は『まあ妥当な理由付けだよな』と納得していた。パディエーラを自死へ追いやったであろう者達も、『そういうことなら……』と渋々頷いていた。そして、パディエーラを心から愛していた信者達は、『どんな理由であろうとも、パディエーラ様が目覚めるなら』と祈っている。
……そんな観客達を見回して、澪は……もう1つ、理由をくっつけることにする。
「後は……パディが起きることで、聖女っていうものをもう一回、皆が考えてくれるんじゃないかな、って、思った」
余計に場を引っ掻き回すことを覚悟の上で、澪は喋る。
「聖女って、何だろうね。人々の願いを叶える存在?人々の希望の象徴?神に仕える神官?……どれも、微妙に違うんじゃないかなあ。っていうかさ、人によって違うんじゃないかな。『聖女』っていうものがどういうものか。どうあってほしいか。……皆の中には、はっきりした答えって、ある?」
澪は、喋る。喋る。喋る。
喋ることで、皆の思考を促すようにしつつ、思考を妨げている。
澪の思考はぐちゃぐちゃで、心はもっとぐちゃぐちゃで、それに観客達を巻き込んで、一緒に連れて、攫って行く。
「そもそもなんでさー、信仰したらそれが神の力になるんだろ?皆が信仰してるのは、神?それとも聖女?いや絶対聖女の方信仰してる人いっぱいいるでしょ。でもそれだって聖女は何故か信仰心を得て、それで神の力を使えちゃうんだよね?ねえ皆知ってた?うちのナビスって、『かわいーい!』って言われると、それだけで信仰心集まって神の力使えちゃうんだけど……」
あっちへ行って、こっちへ行って、話は終点に辿り着かない。
信者達も、見えない終点に誤魔化されてくれるだろうか。見えないものを見えないと割り切って……存在しない道を諦めて、澪と一緒に、飛び降りてくれるだろうか。
「でもそういうの考えたってさあ、もう、分かんないからさあ!だからさあ……」
ずっと喋り通してきた澪は、ここで一回、黙る。
静寂。
……ほんの3秒程度。
でも、この空白はこの場の全員を、澪のいる方へと連れていくのに十分な空白だった。
「答えが、欲しいよね」
誤魔化して、無理やり捏ね回して。
でも多分、澪は観客を皆、同じ意見にすることに成功した。
「答えって言ってもさ、ほら、皆共通の、ってのは多分、無理だろうなーって、もうなんとなく分かっちゃってるからさ。だからせめて、自分の中でだけでも……はっきりした答えが、欲しいじゃん」
澪の言葉は、どれくらい伝わっているだろうか。
最悪、伝わっていなくてもいい。ただ、何か考えてくれれば、それで。
「聖女に何を望んでいるのか。それは正しいことか。聖女はどうあるべきか。それは正しい在り方か。人間として。聖女として。或いは……ま、それはいいや」
澪は笑って、ステージ上のナビスを示す。
ナビスは今、淡く金色に光り輝いている。それは……皆の祈りを集めている証拠だ。
「皆さ、それぞれ思うところがあるわけじゃん?……あ、思うところが無い人は何か思って!何か思って、それで、祈って!」
分からないものがある、ということが分かるのは、いいことだ。今、観客達はきっと、澪もナビスも、そしてきっとパディエーラも『分からない』があったのだということが分かって、そして、それを知りたいと思ってくれている。
何だかんだ、人間は説明と理由が大好きな生き物なのだ。そして、自分の中にそれが生まれるのが、きっと、もっと大好きなのだ。
「それでさ、自分の中で、答えが出ると、いいよね。それから……ほら、死んじゃったら、パディの答えは、聞けないまんまだからさ。……パディが起きたら、パディの答えも聞かせてもらおう。それ聞いてまた、それぞれの答え、考えよ。私もそうするし、ナビスだって、そうするからさ」
さて、澪の出番はここまでだ。
澪は、引っ掻き回して、捏ね回して、強引に皆を連れていく係。
そしてその後は……。
「理由は問いません。答えはきっとそれぞれの胸の中にあることでしょう。ですが……皆様。どうか、どうか……共に、聖女パディエーラの目覚めを祈ってください」
ナビスの役目だ。
ナビスは、集められた人々を、導いていく係なのだ。
ナビスに促されて、人々が祈る。
どんなことを思って祈っているのかは、分からない。中には『パディエーラぜってーゆるさねえ』とか思っている人も居るのかもしれない。
だが。
「私達は、どんな信仰を持っていても、どんな理由を持っていても……同じ結論を祈ることができる。私はそう、信じています」
ナビスの言葉は確かに、皆を1つの結論へと導いていったのである。
……そして。
不意に強まった光が、すっ、と消えていく。
レギナの大聖堂の一角へと向かっていった光は、きっと確かにパディエーラへ届いたのだろう。
……彼女がどうなったのかは、礼拝式が終わってから確認することになる。流石に、今ここで確認するわけにはいかない。
だが、きっと上手くいっている。澪はそう、信じている。
なので。
「よし!皆、協力ありがとう!じゃあナビス!ついでにもう一発、いってみようか!」
「はい、ミオ様!」
ここから先は、元通り。
「皆様より頂いた信仰が、まだ私の中に残っております。ですのでこれらを用いて……レギナ周辺の実りを、より一層高めて参りますね!どうか、レギナの皆様が、豊かな日々を送れますよう!」
『えっ』とどよめく観客達を置き去りにする勢いで、ナビスは次の術を使った。
貯め込んであった信仰心を全て使い果たす勢いで使われた術は、レギナ全体、そしてレギナ周辺まで広がって、溶けて、染み渡っていき……そして。
ぽん。
……礼拝堂の外、大聖堂の庭には、花が咲き乱れ、そして、果物や野菜が大いに実っていたのである。
まるで、ジャルディンの光景のように。
「あ、実りすぎたねこれ……」
「頑張りましたので!」
礼拝堂の外を見てポカンとする観客達に対し、ナビスは満足げに胸を張っていた。




