爆速全国ツアー*8
その日の夜、レギナに到着してすぐ、予約してあった宿に転がり込んでそのまま就寝する。
澪はナビスの身の回りの世話をババババッと済ませると、ナビスをさっさとベッドに寝かせてしまった。ナビスもナビスで、寝かしつけられてすぐ寝てしまったので、やはり礼拝式の疲れは出ていたのだろう。
……今回は、ただ歌って踊るだけではない。礼拝式中に、王都全域を癒やすという大規模な術も使っている。疲れが無い訳は無いのだ。
つまり、この全国ツアー。澪は、ナビスの体調管理に細心の注意を払っていかなければならないのである。
とはいえ……緊張もあるが、やりがいも感じられる。恐らく、この全国ツアーを通して、ナビスは一気に信仰心を集められるだろう。
集めた信仰心は基本的にその会場で使ってから次の場所へ移動する、という風にはなっているが……実際、王都では、治癒の術を使ってからアンコール終了までにまた信仰心が集まり、結局、ライブを始める前よりも多くの信仰心が集まった状態でフィニッシュとなっている。
となると、次のレギナでも、同じような状況が期待できる。余った信仰心はそれこそポルタナに使ってもいいだろうし、王都やその近辺で使ってもいい。必要があれば、全国ツアーで巡るあちこちでどんどん使っていってもいいだろう。やはり、全国ツアーで集まる信仰心は段違いだ。
ついでに、この全国ツアーを達成した暁には、澪もナビスも、また一段成長しているだろう。
まあ、強化合宿みたいなものだと澪は思う。実際、澪は数々のライブのMCを務める中で、段々喋るのが上手くなってきたなあ、と感じている。間の取り方だったり、観客の反応の見方だったり。ライブでの経験は、澪の中で、着実に積み重なっているのだ。そしてきっと、ナビスも同じである。
「……よし、がんばろ」
澪は一人、そう零すと、早速ナビスの隣にもそもそ潜り込んで眠る。
澪が隣に潜り込むと、ナビスは『むにゃ……』と何か寝言を言いつつ、ふにゃ、と表情を蕩けさせた。なんとなく、ベッドの中が他人の体温1人分温まったのが分かったのかもしれない。
ナビスのふにゃふにゃした寝顔を見て『うわーやっぱかわいいなあ』としみじみ思いつつ、澪はちょっぴりにやにやして、それからすぐ寝付いてしまった。
やっぱり、澪も疲れていたらしい。
翌朝。
「新しい朝ですよ、ミオ様!」
「うおっまぶしっ」
シャッ、とカーテンが開く音と、弾むようなナビスの声。そして差し込んできた太陽の光に起こされて、澪は目覚める。
「おはようございます、ミオ様!」
「おはよ、ナビス。体調はどう?」
「ええ、何も問題はありません。疲れもしっかり取れたようです。ちょっぴりお寝坊してしまっていますが……」
おねぼう!と聞いて、澪は慌てて時計を見る。……が、十分、許容範囲内のお寝坊であった。これならむしろ、しっかりお寝坊してよかったと言える。
「よし。じゃ、ちょっと急いでごはん食べて、早速会場、いこっか」
「はい!」
澪とナビスは元気に身支度を始めて、そしてすぐ、朝ごはんを求めて部屋の外へと飛び出していくのだった。
朝ごはんは宿の食堂で摂る。大聖堂で摂っても良かったのだろうが、なんとなく、遠慮の要らないところで食べたかったのである。
どのみち、この後は大聖堂で会場準備とマルちゃんとの打ち合わせだ。大聖堂への挨拶はその時でいいだろう。
「ベーコンエッグっておいしいねえ」
「ええ。とってもまろやかで……レギナのニワトリの卵は黄身が黄色いですねえ」
「黄身っていうぐらいだからねえ。まあ、白ニワトリの卵がむしろ特殊なんだと思うよ」
朝食のベーコンエッグを見て、2人ともなんとなくポルタナのことを思い出してしまいつつ、おいしいねえ、おいしいねえ、とごはんを食べる。ホームシックに浸るのは、まだあと29日ほど早いのだ!
朝食後、澪とナビスはすぐ大聖堂へ向かう。するとそこでは既に、勇者エブルと勇者ランセア、そして聖女マルガリートが出迎えに出てきてくれていた。
「おおー!エブル君!ランセアさん!そしてマルちゃん!ちょっと久しぶり!」
澪が挨拶すると、3人はそれぞれに笑って見せてくれて……その中で、マルガリートがすす、と進み出てきて、美しい一礼をしてみせた。
「ごきげんよう、ナビス王女殿下。この国の希望の星と謳われる貴女にお目にかかれましたこと、光栄に存じますわ」
「えっ」
そして、完璧に整えられた挨拶を受けて、ナビスは固まってしまう!
「えっ、あっ、あのっ、マルちゃん様……マルちゃん様……」
おろ、おろ、と困るナビスの前で、マルガリートはたっぷり3秒ほど頭を上げずにいたが、4秒目には打って変わって、ころころと笑いだしていた。
「ああ、冗談よ、ナビス!そんな顔、しないで頂戴な!」
「あああ……よかった、よかったです、マルちゃん様。もう以前のように接してはいただけないのかと……」
笑うマルガリートを見て、ナビスは心底ほっとした顔をする。そのとろけた表情がなんとも可愛らしくて、澪もマルちゃんもなんとなくにこにこである。……どうも、澪はマルちゃんと一緒に居ると、ちょっぴりいじめっ子気質になってしまうような気がしてならない。
「私、肩書きこそ変わってしまいましたが、以前のナビスのままです。これからもよろしくお願いします、マルちゃん様」
「ええ。私こそ、何も変わっていない、貴女達の『マルちゃん』でしてよ。まあ、何もかも今まで通り、とは世間が許さないかもしれませんけれど……人目のないところでは、存分に今まで通り、楽しませて頂戴ね」
マルガリートは優雅にウインクしてみせると、『ではこちらに』と早速案内してくれた。
……ナビスが王女様になっても、それでも、マルちゃんはマルちゃんだ。そしてナビスはナビスなのである。
改めてそれを確認して、皆で一塊になって大聖堂の大礼拝堂へと向かう。
「あ」
が、そこで澪は1つ、思い出して足を止めた。
「どうなさいましたの?」
「何か必要なものがあれば、私か勇者ランセアが用意するが」
マルちゃんとエブル君が揃って首を傾げるのを見て『姉弟だなあー』と思いつつ、澪は早速、マルちゃんにお願いしてみることにした。
「マルちゃん。あのさ、大聖堂の厩、一部屋貸してくれないかな」
「厩?何に使いますの?」
「いやー……レギナのお宿の厩におきっぱなのは、ちょっとよくない気がして……」
ということで。
「なんですのこれ」
「ん?しろごん」
「しろごんってなんですのこれ」
「白いドラゴンだからしろごんだよう」
無事、しろごんはレギナの厩に収まることになった。
しろごんは他の馬達から『なんだこいつ』『どう見ても馬じゃないぞこいつ』というような目で見られ、存分に訝しがられつつも大人しくにこにことお座りしている。大人しくてよく躾けられた、賢いよいドラゴンである。
……が、やっぱり、ドラゴンというものは、マルちゃんには少々刺激が強かったらしい。
「それくらいは見て分かりますわッ!どうして!貴女達!ドラゴンなんかに乗ってるんですのーッ!?」
そういえばホネホネ鉱夫を見た時も、マルちゃんの反応は中々のものであった。澪はあの時のことを思い出しつつ説明していく。
「ほら、月と太陽の礼拝式の時、こいつ、居たじゃん?で、そこで懐いちゃったからメルカッタ近郊の森のブラウニー達のところに預けておいたんだけど、なんか最近、ブラウニー達が王都観光するのに合わせて王都に来ちゃって。折角だからじゃあ、乗り物になってもらおうか、ってことで」
「何から何まで分からなくってよ」
マルちゃんは最早『考えても無駄な気がして参りましたわ』と遠い目をしてしまっている。勇者エブルも、『何が何だか』というような顔である。唯一、勇者ランセアだけは『パディが見たら喜んだだろうな……』と複雑そうな顔をしていた。
「まあ、えーと、一応この子、聖女にして王女のナビスの乗り物なわけでさ。変に細工されちゃうと困るから、一応、できるだけちゃんとした厩に置いておきたいんだよね」
「それはそうでしょうね。ええ、その点だけは理解できますわよ」
なんとかドラゴンショックから立ち直ったらしいマルガリートは渋い顔で頷くと、ふと、何か考え始める。
「……まあ、そういう事でしたら、私、1つよいものに心当たりがございますの」
「え?何?」
「貴女達が発つまでに用意しておきますわ。それよりも貴女達はさっさと礼拝式の準備をなさったらいかがかしら?」
……まあ、何かマルちゃんは思いついたことがあるらしいが、今はそれを気にしている時ではない。ひとまずそれはマルちゃんに任せることとして、澪とナビスは礼拝式の準備に取り掛かることにした。
のだが。
「あれっ?準備、結構終わってるねえ」
「ええ……物販の設営もできていますし……レギナの神官の方々が済ませてくださったのでしょうか……?」
澪とナビスが会場に到着すると、そこには既に、物販の準備や聖餐配布所の準備が出来上がっていた。
「……えーと、マルちゃん、手配してくれた?」
「いえ、貴女達のところの係の者がやっていきましたわよ」
「え?係?」
何のことだ、と、澪は一瞬、青ざめる。
つまり、『部外者、または敵対組織の誰かが、悪意を仕込んだ準備をしていったのでは』というように。
……が。
「あら?この子達は貴女方の手の者でしたわよね……?」
マルちゃんが、ちょいちょい、と指差した先では。
「……あっ!?」
「あ、あらっ!?あなた達、こんなところに居たのですか!?」
なんと。そこには……。
「ブラウニーが!いっぱい!」
何故か、ブラウニー達がわらわらと働いてはせっせと準備をしていたのである!
ちっちゃな体で大きな箱をわっせわっせと運んでいたり、大礼拝堂の埃をぱたぱた叩いて落としていたり、きゅい、きゅい、と燭台を磨いていたり……。
ブラウニー達が、あちこちで、働いている。……これは一体、どうしたことだろうか。
「ん……?そもそもこの子達、ブラウニーの森の子達じゃなくない?見たことない顔だ」
「あら?あ、本当ですね……」
「……貴女達、ブラウニーの顔の区別がつきますの……?」
マルちゃんにはよく分からないらしいのだが、澪とナビスには何となく、ブラウニー達の区別がつく。そして今、わっせわっせと働いているブラウニー達の顔は、なんとなく、初めて見る顔に見えるのだが……。
「ん……?お、おや?姉上。あの、こちらのブラウニーは、その……見覚えが……」
そんな中、勇者エブルが躊躇いがちに声を上げた。
「エッエブル!?あなたもブラウニーの区別が付きますの!?」
「はい。このブラウニーは、我らがスカラ家の屋敷に住み着いているブラウニーではないかと……」
なんと。どうやらここで働いているブラウニー達の一部は、マルガリートとエブルの生家のブラウニーであるらしい。
「……言われてみれば確かにそうですわね。このエプロンの端に使われてるレース、よく見たら私の古いハンカチの奴ですわ」
「そうですね。このレースは姉上が屋敷のブラウニー達に与えたハンカチのものだったかと」
ブラウニーは『どうもお久しぶりです』というような顔で、マルガリートとエブルに向けて、ぺこん、とお辞儀してみせた。それを見たマルガリートとエブルも『ああ、どうも……』というようにお辞儀して返すのがなんとも面白い。
「ふむ……言われてみれば、そちらで走り回っているブラウニーは、パディが時々つついて遊んでいた子だ。ということは、レギナ大聖堂に住み着いているブラウニーも混じっているようだな」
更に、勇者ランセアもそう証言してくれたので、大体、澪とナビスにも状況の察しが付く。
「えーと、ねえ、ナビス。確かさ、王都観光に来たブラウニーが、なんか伝心石カチカチしてたじゃん?あれって、もしかして……」
「他の土地のブラウニー達への応援要請、だったのでしょうか……?」
……そう。
どうやらブラウニー達は、現地スタッフの要請を、各地に出してくれていたらしいのである!
「すごいなー、まさか、現地スタッフやってくれるとは思ってなかったよ……」
「すごいですねえ、この子達ったら……」
そうして、予定していたよりも随分と楽に終わってしまった準備を終えて、澪とナビスは膝の上にブラウニーを抱えて撫でてやっている。
……元々、今回の全国ツアーに先立って、王城の人達の手を、ある程度借りることは諦めていた。
例えば、聖餐のための食材の輸送であるとか、宿や会場の手配であるとか。そういったことまで全て澪とナビスがやっていたら、流石に体力が持たない。今回はお祭り期間をできる限り短くするため、ということもあり、それらについては王城の人々にお願いしていた。
だが、各地に到着してからの会場設営であったり、聖餐の配布や物販の売り子さんについては、できるだけ王城とは無関係の人を現地で雇ったり、澪とナビスが働いたりすることでなんとかしようとしていた。
理由は簡単。ナビスが『王女としての権威をかさに着ている』などと思われないようにである。
ナビスにとって、王女という肩書きは武器にも枷にもなるものだ。憧れられもするだろうが、やっかまれもするだろう。だから、人に迷惑をかけることや、人に迷惑をかけていると部外者に思われそうなことについては、最小限にしたかったのである。
……だがやはり、無理があるよなあ、とは、澪も思っていた。
この全国ツアー、真ん中らへんで一度王都に戻って王都での2回目の礼拝式を行う予定にしたのは、そこで一度、計画の立て直しができるように、という保険のためでもあった。多分そこで、王城の人達の手配をお願いすることになるだろう、と。ついでに、その頃には『どこを誰にどうお願いすればよいか』がハッキリしていて、人にお願いするにしてもかける迷惑は最小限で済むだろう、とも。
ついでに、いずれは『聖女ナビスの礼拝式を運営するスタッフ』を雇わなければならないだろう、と覚悟もしていた。そこでスタッフを雇うとなると、スパイが紛れ込まないか心配したり、情報のリークに気を遣ったりする必要も出てくるだろうなあ、とも考えていた。
しかし。
このように、ブラウニー達がお手伝いしてくれるなら……本当に、人の手は借りなくてもやっていけるかもしれない。
人間相手なら気にしなければならないことも、ブラウニー達相手であれば、然程気にしなくてもいい。
ブラウニーから情報がリークされるとしても、多分、リークされる先はスケルトンだの他のブラウニーだの、そのあたりだ。何故なら、人間ではなくブラウニーだから。
ついでに、『どうして私は雇ってもらえないのにあの子はナビス様のスタッフにしてもらえるの!?』というような喧嘩も起きない。何故なら、人間ではなくブラウニーだから。
そして、ブラウニーが働くことで、人間からブラウニーへの覚えをよくすることもできるだろう。そう。ブラウニーは可愛くて賢い、素敵な生き物なのだ。魔物であっても、人間と共に在れる。それを人々に知らせることができたなら、いずれ、ポルタナ鉱山のホネホネ鉱夫達も広く受け入れられるようになるかもしれない!
「……ブラウニースタッフ、最適解だった気がする」
「とてもえらい子達ですねえ……ああ、いい子、いい子」
澪とナビスはほっこりした気分で、ブラウニーを順番に撫でていく。ブラウニー達は澪とナビスに撫でられて、ついでにお礼の葡萄パンと歌詞カード、そしてポルタナの塩の結晶を一粒ずつ貰って大変にご機嫌である。
もうちょっとお給料を出したいのでその辺りはまた考える必要があるが……人間相手の厄介ごとを考えるより、ずっとずっと前向きで楽しい考え事になる。
「なんだか元気が出てきました」
「ね。この無茶な速度の全国ツアーにも、先に光が見えてきたよね」
どうやら、ブラウニー達がもたらしてくれたものは相当に大きい。
澪とナビスは大いに感謝しつつ、ブラウニー達のおかげで空いた時間を、ありがたく休憩に当てさせてもらうのであった。




