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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
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爆速全国ツアー*7

 澪が演奏する曲は、この国の国歌である。

 高らかにトランペットのソロで奏でられる国歌は、勇ましく、華やかで、そしてどこか孤独な美しさを感じさせてくれる。

 やはり、王都での礼拝式。それも、『王女様による』礼拝式だ。国歌はマスト。澪はそう考えた。

 ……さて、澪が国歌を一通り演奏し終えると、そこでそっとナビスが前に進み出る。

 出てきたナビスと、一瞬のアイコンタクト。笑って、頷いて、呼吸を揃えて……ナビスが歌いだす。

 トランペットを伴奏にしてもまるで負けることのないナビスの歌声が、聖銀のマイク杖に乗って、王都へ広がっていく。

 ……その時、観客は皆、息を呑んでいた。

 やはり、ナビスは歌が上手い。誰もを黙らせ、誰にも文句を言わせない。そして、皆を感動させていく。そんな力のある歌が、朗々と響き渡っていく。

 多分、ナビスの歌はトランペットに似ているのだ。澪は最近、そう思う。

 華やかで、一本で十分サマになって、柔らかくも鋭くもなる音色が観客を魅了していく。……ナビスの歌声は、澪の大好きなトランペットに似ている。

 ナビスがトランペットだったら、きっと、金のトランペットだろうと思う。銀のトランペットよりも柔らかくて華やかな音が出るトランペットだ。あと、お値段がお高い高嶺の花だ。

 ……そして澪は、自他共に認める2ndトランぺッター。鋭く澄んだ音色を奏でる銀のトランペットは切り込んでいくのにも、1stトランペットを支えるのにもピッタリなのだ。

 きっと、澪とナビスは、なるべくしてコンビになった。元々デュエットに丁度いい組み合わせだった。……そして、これからもっともっと、息ピッタリになっていく。

 澪はそんなことを思いながら、ナビスの歌声を支えるトランペットを奏で続けた。




 さて。

 そうして1曲目の国歌が終われば、いよいよ観客は盛り上がる。

 恐らく、初めてナビスの歌を聞いた者も多かっただろう。そんな人達には特に、衝撃と感動が強かったはずである。

 ……そして、ちら、と澪が王城のバルコニーを見てみたところ、そこでカリニオス王と先王、つまりナビスパパとナビスじじが、涙ぐんでいた。娘および孫娘が歌う国歌に感動してしまったらしい。

 そして観客達の中でも、同じような現象が起きていた。『長らくめでたいことが無かった』というのは、国民にとっても辛いことだったのだなあ、と澪はようやく実感できる。

 ……ならば、澪の使命はただ1つ。

「皆ー!今日は、聖女ナビスの礼拝式に来てくれてありがとーう!」

 マイク杖を握って、澪は観客席へ笑いかけ、手を振る。

「折角のおめでたい日だし!今日は思いっきり、盛り上がっていこうねー!」

 澪が宣言すれば、観客席からは、わっと歓声が上がった。

 ……そう。澪には、これができる。

 しみじみと感動している人達を、明るい興奮が煌めく会場へ引きずり戻すことができる。

 感涙にむせぶのは後でいい。そういう曲も用意してある。だが今はとにかく、盛り上がって、盛り上がって……楽しんでもらわなければ!




 今までで最大規模の礼拝式は、それでも今まで通りに進行していく。

 澪は実のところ、少々緊張していたのだ。何せ、王様だの先王様だのが居るし、ナビスはお姫様だし、そして何より、観客が滅茶苦茶に多いのだから。

 だが、それでも澪はいつもの調子でMCを務めていった。ナビスの歌の紹介を挟み、ナビスに話を振り、観客を楽しませ、そして場を盛り上げて。

 ……未だ、王都にはこうしたポルタナ式礼拝式……つまり、ライブのような礼拝式が浸透しきっていないらしい。だがそれでもお隣のレギナで大分ポルタナ式が流行ってきているおかげで、ある程度、この手の礼拝式に慣れている信者がそれなりに居た。ひとえに、マルちゃんとパディのおかげである。

 そして、観客は全員、礼拝式に慣れていたり不慣れだったりはあれども、王都を覆うお祭りムードにあてられて、ハイテンションなのである。

 つまり……観客の中の3分の1程度が声を出し、ペンライトを振るだけで、周りもどんどん同調して動き出すのだ。何せハイテンションなので。

「じゃあ皆ー!いくよー!……ナビス様はー!」

 澪が叫べば、『かわいーい!』とレスポンスが返ってくる。戸惑う観客も居たが、概ね『こういうものらしい』と受け入れてくれる。

「ナビス様はー!」

『つよーい!』というレスポンスには、『かわいーい!』が少々混じっていたが、これもご愛敬である。

「そして!ナビス様はー!」

 そして最後に、『さいこーう!』の他、『すごーい!』や『えらーい!』や『ミオ様がだいすきー!』も混ざったが、まあ、これもご愛敬。

 ……人々の歓声と信仰を浴びたナビスは、ぽやぽや、と金色に光りながら『確かにミオ様が大好きです……』ともじもじしている。これは正に、愛敬の塊である!


「じゃ、次の曲だけど……皆、想像してみて!勇者と聖女が立ち向かう相手といえば?冒険譚の華は?……そう!やっぱりドラゴン討伐だよね!?ってことでいってみよう、『竜の首』!」

 澪はマイク杖を置くと、ドラゴン皮の太鼓をぽこぽこやり始める。そしてナビスが歌い始めれば、観客の手拍子も合わさって、いよいよ賑やかになっていく。

 ……今回のプログラムは、レギナの聖女達の礼拝式を参考に組み立てた。歌もあれば、踊りもあって、楽器演奏もあって、そしてパフォーマンスもある、というような、華やかな構成にしてある。

 とはいえ、やはりナビスの得意技は歌であるので、それは大切にしたい。音楽であれば、澪も得意なので、やっぱり音楽メインになることは間違いない。だが……やはり、今回の全国ツアーは、『聖女の力の顕現』も1つのテーマにしてあるのだ。


 メルカッタの戦士達に人気の『竜の首』を歌い終えたナビスに続いて、澪がトランペットを演奏する。それに合わせてナビスが踊れば、ふわり、と衣の裾が広がって、まるで妖精が踊っているかのようである。観客はこれに大いに見惚れてくれた。

 観客の信仰は、ナビスの光り具合を見れば分かる。ナビスは何時になく光っており、ナビスが踊る度に金色の光がほわりほわりと零れて宙に漂っていく。自前照明、自前イルミネーションとは恐れ入る。

 とにかく、ナビスはとてもよく信仰を集めた。集めてくれたので……いよいよ、本日のメイン企画でもある『聖女の力の顕現』ができるのだ。




「私が今回、全国ツアーを開催しようと考えた理由について、少しお話させてください」

 いよいよプログラムも次が最後、となったところで、ナビスはそう、観客に挨拶した。

「私は元々、ポルタナの聖女でした。……いえ、今も、ポルタナの聖女でもあります。ポルタナを、愛しています。でも、今も隣に居てくださる勇者ミオ様に手を引かれ、ポルタナを出て、広い世界を見て……そうしているうちに、もうポルタナだけを愛していられないほどに、他に愛すべきものをたくさん見つけてしまいました」

 ナビスは、そっと澪を見て、にこ、と笑う。ついでに控えめに澪の手をつついたナビスの手に応えて澪がナビスの手を握れば、観客席からは『いいぞ!』『お幸せに!』と歓声が上がった。それでいいのかー?と澪は若干、観客達が心配になったが、まあいいやと忘れることにした。

「私は今、この国全部を、愛しています。ポルタナを救いたい思いで聖女になりましたが、ポルタナ以外にも、より多くのものを、救いたいと思うようになってしまいました」

 ナビスの言葉は観客達にどう受け止められているだろうか。

 パディエーラのように、反感を買ってしまっているかもしれない。或いは、まるで響いていないのかもしれない。だが……それでも、きっと伝わると、澪もナビスも信じている。

「ですから……全国ツアーは、丁度いい機会かと思いました。各地を巡れば、各地の問題に触れることができ、そして、より多くの問題を解決することができますから」

 ナビスの意図に気付いた観客がざわめく。『マジかよ』『すごいなあ』『えっ?どういうこと?』と観客達がざわめく中、ナビスは堂々と宣言していくのだ。

「私はこの全国ツアーで訪れるそれぞれの町、それぞれの村で、1つずつは、お手伝いをしていきたいと思います!信仰心を使い、神の力をお借りして!……それが聖女の使命でありますし、王女としての務めでもあると、考えております」

 ……そう。

 各地で、神の力をバンバン使っていく。

 魔物退治でも、倒壊した建物の再建でも、なんでもやる。そのライブで得られた信仰心を全て使い切る勢いで、やっていくのだ。

 それがナビスの望みでもあり、澪の望みでもあり……そして、プロデュースの一環でも、あるのだ!




「では……祈ります。王都の皆様の、ご健康を!」

 ナビスが祈り始める。観客達は、『なんだなんだ』とばかり、じっとナビスを注視する。

 ナビスの姿は、只々神々しかった。これこそが聖女の姿だ、と人々は存分に思い知ったことだろう。……長らく聖女キャニスと聖女シミアが幅を利かせていたこの王都においては、こうした清廉な聖女の姿はいっそ新鮮なほどだったことと思われる。

 ……そして。

 ぱあっ、と、金色の柔い光が王都へ降り注ぐ。

 歓声とどよめきの上がる観客席へ。王城へ。今もお祭りで盛り上がる城下町にまで。王都の全てを包み込むように。

 その結果は、すぐに出た。

『腕が治った!』と、観客席から声が上がった。続いて、『腰痛が消えた!』だの、『ささくれ剥いちゃったとこ治ってる!』だの、『かゆかったのが収まった!』だの、様々な歓声が沸き上がっていく。

 ……そう。今、ナビスは、王都に居る全員の治療を行った。

 重症の者を完治させるのは流石に厳しいが、全員の『なんとなく不調』というような症状を緩和させたり、治癒したりするくらいなら、なんとかギリギリ信仰心が足りたようだ。

 王城のバルコニーでは早速先王が『腰が!』と驚きの声を上げながら、スッ、スッ、と立ったり座ったりを繰り返して満面の笑みを浮かべていた。よかったねおじいちゃん!と澪もにっこりした。

「……微力ながら、皆様の幸福を、お祈りしております」

 ナビスは肩で息をつきながら、そう言ってぺこりとお辞儀した。聖女の力を目の当たりにした人々は、いよいよ歓声を上げてナビスを褒め称えた。

 知識がある人ほど、これがどれほどの偉業か分かる。

 これほどの範囲でこれほどの数の人を治癒するのに必要な信仰心は膨大だ。だが、ナビスはそれをやってのけている。つまり今……ナビスは間違いなく、世界一信仰されている聖女、と言えるだろう!

 会場が『ナビス!ナビス!』とコールで一杯になるまで、そう時間はかからなかった。




「じゃ、いよいよ最後の曲!はいはーい、皆、歌詞カードは持ってるかなー?」

 さあ。観客が大興奮の内に、いよいよ最後の曲が始まる。澪が観客へ呼びかけると、観客達は『持ってるよ!』というように歌詞カードを掲げてひらひらさせてくれた。よく訓練された観客達である。

「やっぱりナビスの礼拝式の締めはコレ!ポルタナの舟歌!もしよかったら、2回目以降の繰り返しは皆も一緒に歌ってねー!」

 ……今までずっとやってきたことが、実を結ぶ。澪はずっと、『ナビスの礼拝式ではポルタナの舟歌が定番』とやってきた。おかげで、観客達もすっかりそれに慣れてくれている。

 そうしてナビスが歌い始めれば、澪の案内通り、2回目以降の繰り返しから徐々に観客達の声が合わさり、3度、4度と繰り返していけばやがて、王都全体を揺るがすほどの歌声が響くことになる。

 ポルタナの舟歌は、いい曲だ。

 波に揺られるような、静かな旋律。どこか物悲しさのある曲調。『ライブの終わり』をしみじみと惜しみ、味わうのに丁度いい。

 ……そうして最後の1フレーズは、ナビスだけが歌う。

 静かに、静かに、最後の旋律が王都の空へと溶けていく。

 歌が終わって、その余韻すら消え去って、そして……そこで、割れんばかりの拍手が王都を満たした。


 王女としても、聖女としても、ナビスを讃える声が溢れた。アンコールを望む声が合わさり、大きくうねり轟き、まるで波のようだった。

 それに応えて、澪がトランペット演奏を一曲分。ナビスが歌を一曲分。そして最後にもう一回、皆でポルタナの舟歌を演奏して、今度こそ、本当に終わり。

 終わりを惜しむ声は多かったが、それ以上に拍手が大きかった。

 皆がこの礼拝式を楽しみ、祝い、そしてきっと、ナビスと共に祈ってくれた。

 つまり……全国ツアー初日は大成功だったのである!




 さて。

「よし!次はレギナだ!行くよナビス!しろごん!」

「はい!参りましょう!」

 ……ということで、礼拝式終了後。2人はしろごんに乗って、忙しなく王都カステルミアを発ったのであった。

「えーと、レギナの大聖堂借りるから、準備はあんまり必要なし。マルちゃんが結構やってくれてるはず……」

「ああ、マルちゃん様に感謝しなければ……」

「現地スタッフってありがたいよねえ」

 しろごんに乗りながらレギナ到着後のスケジュールを確認していく。暇が無い。暇が無い!だが仕方がない!これは爆速全国ツアー!毎日移動しながら1日1回ライブを開く、とんでもないツアーなのである!


 ……だが、澪もナビスも、燃えている。

「レギナでは……パディを起こさなきゃだもんね」

「ええ。絶対に、やってみせます」

 きっとレギナもお祭り騒ぎの真っ最中だ。そこへ飛び込んでいって、ライブを開いて、きっと成功させる。

 沢山の信仰心を集めて……パディエーラを、救うのだ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] ナビスパパとナビスじじは、うちの娘(孫)はさいこーうと強く思っていれば国が救われるのですね! 公私混同すばらしい(*´ ω`*) 全国ツアー、いい感じに始まってわくわくします。 続きが楽…
[一言] 爆速全国ツアーを全通するために、ドラゴンを手懐けるファンがいるかもしれませんね。なんかこう、タンバリンマスターみたいなスゴいんだけど変な人が… ナビス様はー!かわいーい!
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