爆速全国ツアー*6
……ということで、全国各地へ、お触れが出た。
それは即ち、『聖女ナビスによる全国ツアー』についての周知徹底である。
ナビスがその町を回る日程がそれぞれの町に通達され、更に、第1回全国ツアーでは回り切れない小さな町や村に対しては、最寄りの会場まで、礼拝式当日に送迎乗合馬車を出す旨などが通達された。また、『第2回』が予定されていることも通達されたため、人々は『聖女ナビスってのはすごい人だなあ』と思い知ることとなった。
そんなお触れが出る傍ら、王都カステルミアや他の主要な都市では、カリニオス王の即位を祝う祭が開催された。やはり、特にカステルミアでの祭は規模が大きく華やかだ。特に、カリニオス王その人が王女ナビスを伴って祭を見物に訪れれば、人々は大いに盛り上がる。
新たなる王と、その美しい娘との組み合わせは人々の目に大いに焼き付き、そして同時に……。
「ナビス。何か食べたいものある?買ってくるよ」
「あ、あの、ミオ様!私、あちらのお菓子が気になっておりまして……」
「あはは、だと思った!おいしそうだよねえ、あれ」
……澪が、ナビスと話したり、ナビスが澪の腕に、きゅ、としがみついてきたり。そんな光景を見た町の皆は、何故か、『いい……』と静かに頷くのである。
どうやら、ナビス人気にくっつく形で、澪の人気も上昇しているらしい。『女の勇者は珍しいねえ』という物珍しさもあるのだろうが、何よりもやはり、ナビスが澪に対してにこにこしているから、その効果であろうと澪は考えている。
「じゃ、ちょっと買ってくるから!クライフ所長!ちょっとの間、ナビスをお願いします!」
澪はすぐに駆けていって、屋台でお菓子をいくつか買っていく。屋台のおばちゃんは、『あらまあ!王女様に目を留めて頂けるなんて、光栄だわ!』とにこにこ嬉しそうであったので、澪までなんとなく嬉しくなってしまう。
結局、たっぷりオマケしてもらって、チュロスめいたお菓子の袋を抱えるようにして澪はナビスの元まで戻る。
「はい、ナビス!揚げたてだってさ。気を付けて食べてね」
先に澪が1つ食べてから、1つナビスに渡す。一応、毒見という体である。尤も、もし毒に中ったとしてもナビスの力があれば何事もなく回復してしまうので、澪が毒見をする意味はほとんど無いのだが。
「ありがとうございます、ミオ様。……わあ、カリカリしていて、もちもちしていて、とっても美味しい!」
「ね。これ、やっぱ揚げたてだと美味しさ倍増だねえ。あ、クライフ所長もいかがですか?」
「あっ、でしたら、お父様、お爺様も、よろしかったら……」
……そうして、なんと、チュロスめいたお菓子は、カリニオス王と先王の口にまで入った。パパとお爺ちゃんは、可愛い孫娘と一緒にお菓子を食べて『美味しいですねえ』『中々美味いな』『ふむ、ナビスはこうした菓子が好きか』とにこにこ笑い合うのが幸せらしい。
「あ、ナビス。ちょっとそっち向いてて」
「え?」
そんな一家団欒の中、ちょっとお邪魔します、と澪はナビスの頬に近づくと、そこに付いていた砂糖の結晶をそっと、ハンカチで拭き取った。どうやら、チュロスもどきを食べている途中でくっついてしまったらしい。
「はい、取れた」
「え!?あ、あの……何か、付いていましたか!?」
「うん。お砂糖ついてたよ。かーわいい」
澪が『うりうり』とばかりナビスの頬をつつくと、ナビスは『やめてくださいよう』と可愛く抗議の声を上げて笑う。
……そんな澪とナビスを見た民衆からは、『とてもいい……』という呟きが上がった。……まあ、いいならいっかあ、と澪は考えるのをやめた。
そうして澪とナビス、そして王と先王とその近衛達……というやんごとなき一団は、屋台を堪能したり、売っていた花飾りを澪とナビスとお揃いで身に付けてみたり、音楽に合わせて踊ってみたり、色々と楽しくお祭りを満喫した。
こうして市井に下りてくる王というものは、民衆にとって新鮮だったらしい。カリニオス王はあちこちで声を掛けられ、それに堂々とした笑顔を向けていた。
そしてナビスもまた、民衆から声を掛けられ、声援を浴び、それらに笑顔を向け、手を振って応える。恥ずかしそうにしてはいたが、上品でありながら気取らない仕草の1つ1つが民衆の心を掴んでいったことは間違いない。
……そう。何せ、この国において、20年ぶりほどのお祭りなのだ。王女様の発見に、新たな王の即位に、とめでたいことがあって、民衆はそれはそれは大いに盛り上がっている。そしてその盛り上がりの中で、皆が『ナビス姫を讃えよ!』とやっているのだ。これは、お祭りの空気故に、というところもあるだろう。
勿論、ナビスが元々築き上げていた信頼があってこそではある。ナビスが王城で多くの人を助け、派閥争いに疲れた彼らを導く一条の光となったことは間違いなく、それ故に、人々がナビスにかける期待は大きい。
澪は、人々が喜び、笑い合う様子を見ながら『この期待を裏切らないようにしなきゃなあ』と少々緊張する。
……明日から始まる全国ツアー。観客を心から楽しませるべく、頑張っていかねばならない。
全国ツアーおよびそれぞれの礼拝式の成果が、そのままナビスの評価へと繋がりかねず、そしてその結果、王家の安定を損なうことだって有り得るのだ。
アイドル業というものは、元々安定したものではない。王家という後ろ盾を得て、確固たる安定を得られるのか、はたまた後ろ盾ごと揺らぐ不安定さを国に齎してしまうのか。それらは、澪とナビスにかかっているのである!
お祭りをたっぷりと満喫し、澪とナビスはその晩は早めに就寝することにした。
就寝前にはメイドさん達が集まってきて『さあ!入浴を!』と浴場へ案内してくれた。白大理石の湯舟には桃色の薔薇の花が浮かべられ、とてつもなくお姫様なかんじであった。王城が本気を出すと、こういうお風呂事情になるようだ。
……何故澪がそれを知っているかというと、澪も一緒に入浴したからである。まあ、女同士なのでいいよね!と割り切ったが、ちょっぴり恥ずかしいような気分でもあった。複雑である。だが、ナビスは澪以上に恥ずかしがってもじもじしていたので、色々とどうでもよくなった。
ついでにメイドさん達も一緒に入らない?と誘ってみたのだが、それは『仕事なので……』と遠慮されてしまった。が、澪とナビスの後にメイドさん達が入浴していたようであるので、澪はちょっぴり安心した。大きなお風呂があるのだから、使用人であってもあったかいお風呂にのんびり浸かるべきなのである。
そうしてほこほこ温まった澪とナビスが就寝する場所は、しろごんの部屋のすぐ傍。塔の上階である。
「わあーお」
「まあ……いつの間に」
その部屋は、いつのまにやらすっかり綺麗に整えられていた。
石造りの部屋だが、ふかふかの絨毯や緞帳によって、ひんやりとしたところの無い快適な寝室になっている。家具はシンプルながら品の良いもので、そして、ベッドはやっぱり天蓋付きである!
「天蓋付き……わあ」
「こういうベッド、本当にあるんだねえ!」
澪は『これぞお姫様のベッド!』と内心で拍手喝采である。まさか本物のお姫様がお姫様ベッドに寝るところを見ることになろうとは。人生何があるか分からないものである。
「おー、こっちが護衛のお部屋だ」
「ミオ様のベッドには天蓋は無いのですね」
「そりゃ、あっても邪魔になるしなあ」
そして、ナビスの部屋から扉一枚で行けるところに、澪の部屋がある。ナビスの部屋のように豪華な造りではないが、寝心地の良さそうなベッドと使い心地の良さそうなテーブルセット、そして大きめのクローゼットがあったので、特に不自由は無さそうである。
「じゃ、寝よっか!明日も早いし……」
「そ、そうですね。ああ、なんだか今日は一日、緊張し通しでした……」
「だよねえ。私もなんだか緊張しちゃったよー」
澪とナビスは顔を見合わせて笑ってから、おやすみ、と挨拶をして、澪は自分の部屋へと向かい……。
「あ、あの、ミオ様」
そこで、ナビスが澪の服の裾をつまんで引き留めてきた。
「ん?どした?一緒に寝る?」
そして澪がにんまりしつつそう聞いてみれば、ナビスは表情をぱっ、と明るくして、『はい!』と元気に答えてきたのであった。
「なんかナビスが隣に入ってると落ち着くようになってしまった」
「私も、ミオ様がお隣に居てくださるととっても落ち着くんです……」
……そうして、天蓋付きの大きなベッドには、澪とナビスがきゅうきゅうくっついて入ることになった。
どうしてだか、澪もナビスも、一緒に居ると落ち着くようになってしまったものだから、今日のような不慣れなことの連続だった一日の終わりには、こうして2人一緒にきゅうきゅうやりつつ寝るのが丁度いいのである。
「……私、ミオ様が居なくなってしまった後、ちゃんと眠れるでしょうか」
「……私もちょっと心配になってきたな」
隣に静かな人の気配があって、絶対に自分を害してくることが無くて、くっついてみても居心地がよくて……そんな状態に慣れてしまうと、今後の自立が危うい。
澪とナビスはお互いに『一緒に寝るのは偶ににしなければ……』とそれぞれ思いつつ、いつのまにやら眠ってしまっていたのだった。
そうして、翌朝。
「あったーらしーいーあーさがっきった!FOOOOO!」
澪は声もテンションも高らかに歌うと、シャッ!とベッドの天蓋をめくりあげる。
薄絹越しに柔らかく解されていた陽光は若干の強さを取り戻し、ナビスの顔を照らす。するとナビスは『ううん……』ともぞもぞしながら、やがてもそもそ起き上がってくる。
「おはよ、ナビス!」
「はい。おはようございます、ミオ様!」
そうして2人でにこにこ笑いあったら、新しい一日の始まりだ。そして……全国ツアーの始まりでも、ある。
朝食をカリニオス王と先王と一緒に摂ったら、早速、礼拝式の準備が始まる。
礼拝式の会場はどこにするか、と王にも相談してみた結果、『なら王城の前の広場をそのまま使ってしまいなさい。あそこは広くて丁度いいぞ』ととんでもないアドバイスをいただいてしまったので、不遜にもそこが礼拝式の会場となった。
……つまり、まあ、カリニオス王の戴冠の挨拶などが行われたバルコニーのすぐ下、である。国の行事で使う場所である。そこが、全国ツアーのスタート地点なのだ。
「……会場に負けないように頑張らねばなりませんね」
「ね。なんか……なんか、あの王様やっぱさー、ナビスのこととなると急に物事の規模がでっかくなるよねえ……」
澪もナビスも、若干心配になりつつ会場設営を手伝っていく。聖銀のマイク杖をステージに設置したり、結界の確認をしたり、演出に使うものを見ていったり、プログラムをもう一度確認したり……。
続いて、物販の確認も行う。
ナビスの杖型ペンライトや、いつものポルタナの塩。塩守りに、手ぬぐい。こんないつものラインナップに加えて、瓶詰聖水に聖銀のかんざしに鯨の歯の細工物に、更には前回間に合わなかった聖銀の小刀や、ナビスの王室入り記念の新しいデザインの手ぬぐいも……と、賑やかな物販になっている。
それに加えて、今回は無配の歌詞カードがあるので、それの用意も必要だ。無配は無料だが、全員に行き渡るものである。だからこそ、一番に気を付けて準備したい。
「ふふ、可愛い意匠になりましたね」
「ね。ちょっとポルタナっぽさがあってさ、すごくいいと思う」
歌詞カードはハンコで作った。ぽすぽすと紙に押していって出来上がった歌詞カードは、ポルタナの舟歌の歌詞の他、ポルタナの海をイメージした波模様と、そこに浮かぶ船とを描き出している。
それらに使われているインクは、綺麗なグラデーションカラー。明るい青から紺まで、海を思わせるグラデーションがバッチリ決まっていて、澪も納得の出来栄えであった。
また、歌詞カードの裏面には日付と『聖女ナビス全国ツアー』のロゴ、そして手ぬぐいにもよく使われるナビスの紋章がある。こちらは場所や回数に応じて、合わせる絵柄やインクの色を変える予定だ。
「よーし。じゃ、最後の確認ってことで、ナビスの準備だね」
「ミオ様もですよ?」
「うんうん。じゃ、髪整えるよ」
「よろしくお願いします、ミオ様」
そして最後に確認するのは、澪とナビスの身だしなみだ。
特に、ナビスの身だしなみはとても大事である。皆に愛され、皆を愛する王女であり聖女である、この国の希望の象徴になりそうなナビスの姿。これから全国民が見ることになる姿だけに、きっちり整えてあげたかった。
「えへへ。シベちんに貰った櫛使おうねー」
「ありがとうございます。……ああ、シベッドは元気でしょうか……」
「うーん……倒れてなきゃいいけど、ビックリはしてるだろうなー……」
……お触れはポルタナにも届いているだろう。そこで『ナビスはお姫様だった』なんて知ったら、シベちん、死にそうである。大丈夫だろうか。
澪は『シベちん、どうか強く生きてね!』と心の中で思いつつ、鯨の歯の滑らかな櫛で、ナビスの長い髪を梳き始めるのだった。
そうして、その日の昼過ぎ。
王都カステルミアに、澪のトランペットの音が高らかに鳴り響き、聖女ナビス全国ツアーが始まった。
……同時に、澪とナビスの王都出発まで残り6時間を切った!
そう。忘れてはいけない。これはあくまでも、爆速で進む全国ツアーなのだ!




