爆速全国ツアー*4
ということで。
「よかったねえ、しろごん。立派なお部屋がもらえて」
「これでしろごんに乗りやすくなりましたね!」
……城の一角、塔の上にあった倉庫が片付けられ、そこがしろごんのお部屋となった。
部屋にはしろごんが住みやすいように、藁のベッドやふかふかクッションが置かれた。ご飯は厨房で出た残飯やお肉の類を分けてもらえることになった。その日も早速、しろごんは器用にパンを齧って満足ごはんである。
……ドラゴンはどうやら、雑食らしい。そして、ブラウニーの森で育ったしろごんは、パンや木の実を美味しく食べるドラゴンへと成長しているらしく、肉の類はそれほど好まなかった。まあ、嫌いでもないらしいので、時々食べさせてやった方がいいのだろう。たんぱく質は大事なのだ。
そうしてしろごんのご飯に付き合って、澪とナビスも持ってきた食事をしろごんの部屋で一緒に食べることにした。しろごんも、しばらく慣れない王城暮らしだ。一応、全国ツアーのことは話して聞かせてあるのだが、いくら賢いドラゴンとはいえずっと見知らぬ部屋の中に居ては気が滅入るだろう。
「ところでどうして、しろごんはお城へ来たのでしょうか?」
「なんだろ。ナビスが恋しかったのかなあ」
しろごんだが、どうして急に王都までやってきたのかはまだ分かっていない。澪とナビスにとっては非常にありがたいタイミングだったわけだが……。
「……あれ、ポッケに何か入ってる」
そんな折、澪のポケットが妙に、もそ、とする。これは一体なんだろ、と思って澪がポケットを覗き込んでみると……。
「……ぶらうにー!」
そこには、ブラウニーが居たのであった!しかも、王都名物のお菓子をさくさく齧りながら!ちょっぴり『あっ見つかっちゃった!』みたいな顔をしながら!
「成程。ブラウニーの王都観光にしろごんが駆り出されてたのかあ……」
なるほどねえ、と澪が感心していると、ブラウニー達はにこにこしながら、王都おやつを満喫しているところを見せてくれた。ついでに、澪とナビスにもおやつを分けてくれた。バターの香りが豊かなクッキーにはジャムが挟んであって、これが中々美味しい。
お礼にサンドイッチを分けてあげたら、ブラウニー達は大変に喜んだ。可愛い仕草に、澪もナビスもにこにこである。
更に、ブラウニー達は他のおやつを出してきたり、どこぞの植え込みから拾ってきたのであろう木の実を見せ合いっこしていたり、ペナントをしろごんの首に結んだり……王都を満喫しまくっている様子が見て取れる。どうやらブラウニー達は、いつのまにやら王都中を観光して回っていたようだ。
「おおー……うん、似合うよしろごん」
首にペナントが巻かれているしろごんは、なんとなく可愛い。ペナントがスカーフみたいである。しろごんも気に入っているようなので、しばらくこのままにしておいてもいいかもしれない。
「ブラウニーとは、王都観光する生き物だったのですねえ……」
「うん……なんか、意外だったけど、でも案外しっくりくるねえ……」
王都土産を見せ合いっこしながらはしゃいでいる様子のブラウニー達を眺めて、ほう、と感嘆のため息を吐く。ブラウニー達が賢い魔物であることは知っていたが、まさか、しろごんに運んでもらって観光旅行に出かけるほどとは!
「本来、ブラウニーという魔物は古い家や城に住むと言われていますから、王都は彼らの肌に合うのかもしれませんね」
「あ、そっか。人助けが好きな子達だもんねえ。もし王城に住みたい子が居たら、ナビスと一緒に居るとここに住めるかもよー?」
はしゃぐ様子のブラウニー達に言ってみると、ブラウニー達の何体かは、『考えてみようかしら』というような顔をして悩むような仕草を見せてくれた。まあ、森は森で良いところだし、王城は王城で楽しいところだ。どちらでも好きな住処を選んでくれたらいいと思う。
「何せ、王女様の発表まで、あと3日だもんねえ……」
「ええ。それ以降は私も王城の中にお部屋を頂けるようですから、ブラウニーの皆さんはそちらに住まわれてもよいかと」
澪とナビスはそんな話を零す。
……そう。
3日後、この国は大きく揺れる。
何せ、王子が正式に王位を継ぐという発表と、ナビスが王子の娘である、という発表が同時に行われるのだから。
ナビスが王家の血を引く者であることを公表すると決意したあの日から、すぐさま国王も王子も動いた。
それは、一刻も早くナビスを守るための準備を進めなければならなかったからだ。
そう。ナビスは王女になるわけだが……そうなると、どうしても、危険が付きまとうのである。
「ブラウニーの皆さんも、しろごんも、よく聞いてください。この王城は、あまり安全な場所とは言えません。聖女シミア派は未だ、王都での権力を巡って争うつもりのようです」
「そんなところにナビスの発表があるとなると、ナビスを狙う人も増えると思うんだよね。王子様は警備を増やしてくれるって言ってたけど、それでも心配なもんは心配だし……」
一応伝えておかなきゃね、と、澪とナビスはブラウニーとしろごんに向けて話す。彼らはふんふんと頷きながら真剣な顔で聞いてくれた。それがまた何とも可愛らしいのだが。
「私のお部屋は、しろごんのお部屋のすぐ近くになる予定です。そこを現在、整備中なんだとか。3日後にはお掃除と家具の搬入が終わるそうです。ですので、ブラウニーの皆さんは、もし住まうつもりでしたら、このしろごんのお部屋か、私のお部屋にどうぞ」
「それで、まあ、えーと……もし住むつもりがあったら、ナビスやしろごんの護衛を、ちょこっとだけお願いできたら、嬉しいんだけど」
澪がそう話した途端、ブラウニー達は目を輝かせて澪の顔を見上げてきた。小さな目が沢山、きらきらと輝いてこちらに向けられるものだから、澪としては少々くすぐったいような気分である。それと同時に、これだけナビスが愛されているってことだよね、と実感して嬉しくもなる。
「勿論、不審者が侵入してきた時、戦うのは私の役目。私はナビスの勇者だし、当面は王女様の護衛になる予定……らしいから。でも、目は多い方がいいと思うんだ」
澪の話を聞いて、ブラウニー達はまた真剣に頷いてくれる。同時にナビスもまた、神妙な顔で頷いていた。澪が『警護する側』になる覚悟を未だ固めきれていないのと同じように、『警護される側』になる覚悟は、まだナビスにも無いだろう。だからこそ、こういう話をして実感を強めていかなければならないのだ。
「ナビスの部屋の近くで怪しい動きをしていた人とか、しろごんに何かしようとした人とか。そういう人を見つけたら、後でこっそり教えてほしいんだけれど、どうかな」
……カリニオス王子は、『聖女シミア派は敵対勢力の馬車に細工をして事故を誘発させたことがある』と言っていた。
ナビスの乗り物は、これから当面の間……全国ツアーの間は、しろごん、ということになる。ならば、聖女シミア派の者達がナビスを害するためにしろごんに手を出す可能性もある。
無論、しろごんはしろごんで、ドラゴンだ。白くてつるんとしていて触り心地良好な可愛いドラゴンだが、それでも一応、ドラゴンなのだ。当然、ある程度は戦えるだろうし、自衛もできる。馬車とは違って、嫌なことがあれば澪とナビスに教えてくれるだろう。
……だが、それ故に、しろごんを懐柔してから何か良からぬことをしようとする者が居た時、しろごんは少々弱い。馬車は人に懐かないが、しろごんは懐いちゃうのである。
だからこそ、ブラウニー達の目があると嬉しい。監視の目とナビスへの愛を持った小さな生き物がうろうろしていてくれるだけで、未然に気付いて防げる事故もあるだろう。
「もしよかったら、監視を……うわーお」
そうして、澪の話を聞いていたブラウニー達は、ぴょこぴょこと飛び跳ねてくれた。
やる気と決意に満ち溢れた顔を見れば分かる。……どうやら、ナビスの警護を手伝ってくれるらしい!
「うわあー、よかったぁ。私1人じゃ守り切れる自信、あんま無かったんだぁ……」
澪は安心して、へにょ、というような顔をしてしまう。
……魔物が出てきて襲い掛かってくるのであれば、倒せる。だが、澪もナビスも気づかない物事の裏側でそっと巻き起こる陰謀に対処しきれる自信は、あまり無かった。
気づけないことには、どうしようもない。そして澪もナビスも、王城での陰謀渦巻くやりとりの経験はほとんど無い。経験が無いことには、きっと、気づけない。
だからここでブラウニー達が手伝ってくれるというのは、非常にありがたかった。澪もナビスも、『よろしくね!』と声を掛けては指を差し出し、ブラウニーの小さな手と握手する。
よかったねえ、と顔を見合わせる2人に対して、ブラウニー達はにこにこと非常に嬉しそうにしていた。
……それと同時に、ブラウニー達の内の何匹かが、何やら取り出し始める。
「……んっ?」
「あら?それは、伝心石……?」
何故か。
何故か、ブラウニー達は伝心石を持っていた。細工されたそれは、澪とナビスが見たことのない色をしている。まあ、そういう伝心石を手に入れていたらしい。今やブラウニー達は、ポルタナの人々の一部とやり取りがあるようなので、その伝手で、だろうか。
「あら、叩き始めましたね」
「ブラウニーが伝心石を叩くの、めっちゃかわいいんだけどぉ……」
そしてブラウニー達は、ぺちぺちぺちぺちぺち!と、一生懸命、全身を使って、伝心石を叩き始めた。
……そしてそのまま、何かのやり取りを始める。生憎、ブラウニーの通信は、こちらで使っている信号とは異なる法則の信号のようなので、澪とナビスには意味が分からなかったが。
だが、どこかに何かを連絡したことだけは確かなのだろうなあ、ということを、澪とナビスはなんとなく察する。ついでに澪は、『ブラウニー達がなんかやる気に溢れているなあ』とも思った。
まあ、よく分からないがブラウニー達が楽しそうなのでよしとする。澪とナビスはそういうことで、ひとまず結論付けた。
翌日と翌々日、澪とナビスは全国ツアーの計画を詰めた。
どこで物資を調達し、どのように運んでおいてもらって、そしてどのようにして礼拝式を執り行うか。それを決めるのは、中々に手間なのだ。
……一度も行ったことのない町での礼拝式も行う。見たことのない会場でいきなりライブ、というのは中々に緊張させられる。そこで澪とナビスは、城の中の使用人達に片っ端から声を掛けて、出身地の情報を教えてもらうことにしたのだ。
王城ということもあり、やはり王都カステルミアやレギナからやってきた者が多かったが、中には地方都市出身の使用人も居る。そんな彼らは、『何を企画してるんです?楽しみだなあ』などと朗らかに笑いながら、出身の町ではどのような礼拝式が行われていたか、どのような礼拝堂を使っていたかなどを教えてくれるのだ。
集めた情報を元に、聖餐の内容や選曲なども粗方決めていく。無論、聖餐の用意は王城の助けを必要とするので、こちらの希望通りにはいかないだろう。そして選曲については、全国ツアー中の観客の反応を見て修正していく必要があるだろうし、最終的な調整はその都度必要であろうと思われる。
だが、ひとまず町を回る順番は決めてしまうことにした。
「まず、明日が王子の即位とナビスが娘だってことの発表の日じゃん?で、その日の内からもうお祭りになるんだよね?」
「ええ。何の、とは言わずに祭りの準備だけ進めさせている、と王子……あ、ええと、お父様、が、仰っておられました。……まだ慣れませんね」
未だにカリニオス王子を『お父様』と呼ぶのに慣れないナビスを見ていると、澪はなんとなくそれだけで笑顔になってしまう。『ゆっくり慣れていったらいいよぉ』と澪はにこにこ顔だ。
「お祭りはとりあえず、発表当日とその翌日までは居なきゃいけない。で、3日目は全国ツアー開始ってことで……」
「王都での礼拝式、ですね……。うう、緊張してきました」
全国ツアーの出発地点は、王都だ。王都から始まって、そして、国中に諸々のお知らせが広がっていくのと同時に、ナビスが各地を巡っていくことになる。
「ま、王都での礼拝式は1回やってるし大丈夫っしょ。で、次はセグレードかぁ。町は見たことあるけど、礼拝式はやったことないもんねえ」
「その次はジャルディンですね。……パディ様の回復を祈るために、絶好の場所です。絶対に成功させましょう」
地図を指で追いながら、続く町の名前と特徴、どんな礼拝式にするかなどを1つずつ確認していく。
ルートは大体、王都から8の字を描いていく、といった具合だ。セグレード、ジャルディン、と続いて、それから国の北部……澪もナビスも行ったことのない町を巡っていく。そのままぐるりと北部を回ってきたら、王都北西の港町リーヴァへ戻ってきて、そして、日程の中間で、もう一回王都でのライブである。
その頃には恐らく、ナビスの存在がもっと知れ渡っている。1回目の礼拝式に参加し損ねたからもう一回!と願う人も居ることが予想される為、ここでもう一回王都礼拝式を開催しておくのは悪くないだろう。王都での支持を固めていけば、それは、今後のナビスの生きやすさにもつながっていくのだから。
……そして、王都からレギナ、メルカッタ……と進み、メルカッタからポルタナではない方に向けて進んでいく。そのまま国の南部をまたぐるりと回って、そして……。
「最後は、ポルタナですね」
「うん。……やっぱり締めはここじゃなきゃ」
澪もナビスも、ポルタナだけではなくこの国全体を救いたい。だがやっぱり、ポルタナは特別なのだ。
「……シベちんが卒倒しなきゃいいけど」
「ああ……そういえば、そうですね……。直接会って伝えるより先に、お触れで知ってしまいそう……」
まあ、シベちんについては、どうしようもない。澪は『強く生きろよシベちーん!』と心の中で叫びつつ、頭の中のシベちんをそっと片隅に追いやった。
「ま、ポルタナの人達にも応援してもらえるような全国ツアーにしたいよね」
地図の上の『ポルタナ』をなぞりながら、澪は笑う。
ナビスが大きく羽ばたいた姿を、ポルタナの人達にも見せたい。彼らはきっと喜んでくれるはずだから。
「はい。……ポルタナを捨てた、ポルタナを裏切った、と言われても仕方がないとは、思っています。けれど……」
「言わないよ、誰も。そんなこと」
不安そうなナビスに、澪はそう、話しかける。
……パディエーラのこともあったので、余計にナビスは不安なのだろう。でも、澪は信じている。
「特に、ポルタナの皆はそうだと思うよ。でしょ?」
「……はい」
ポルタナの皆は絶対に、ナビスを応援してくれる。裏切っただとか、捨てただとか、そんな風に捻くれたことを言う人は、居ない。
「私も、信じます。ポルタナの皆が、私の信仰を、分かってくれることを」
「うん」
ナビスがしたいことは、とてつもなく大きい。国全体の幸せを願うだなんて、ポルタナに居た頃には想像もつかないような大きな大きな所業である。
だが、ポルタナの皆だって、きっと、分かってくれるはずなのだ。だって、他のどの町の人達よりもずっとずっと近くでナビスを応援してきてくれた彼らなのだから。
「ああ……緊張しますね。でも、楽しみにもなってきました!」
「それはよかった!やっぱさー、緊張を吹っ飛ばすのに一番いいのは、楽しんじゃうことだよねえ」
2人で笑い合いながら、旅程を確認していく。ああでもない、こうでもない、と予定を詰めていく。時々、ブラウニーやしろごんが興味深そうに話を聞いていくので、それを構ってやったりなんだりしつつ……。
……そうしていよいよ、王子の戴冠とナビスについての発表が行われるその日となったのである。




