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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
156/209

爆速全国ツアー*3

 それからが、大変だった。

「あああああああああ!攻撃しないで!攻撃しないでえええええええ!その子知り合い!知り合いぃ!」

「おやめください!この子は悪さをしませんから!おやめくだ、あああ、あああああああもおおおお!」

 事情などまるで知らない王城の兵士達は、必死の形相で弓に矢を番え、しろごんに向けて矢を射掛けていく。しろごんは驚き、ぴゃあ、というような声を上げながらぱたぱたぱた、と上空へ逃げていくのだが、どうも澪とナビスに近づきたいらしく、またふわふわと戻ってきてしまう。そしてそこへまた、矢が……。

「いやいやいやいや、あのドラゴンは味方だから!うちの子だから!……って聞こえないよね!?あーもう!しろごーん!こっち!一気に近づいてきて!」

「しろごん!こちらへいらっしゃい!今の内です!さあ、塔の上へ降りてしまって!」

「そうそうそう!こっち!そのまま!一気に!一気に来い!一気にぃい!」

 最早、兵士達に説明している暇も無いので、ナビスが金色の光の壁を設けてしろごんを矢から守り、そして澪が誘導してしろごんを塔に着陸させる。

 空を飛んでいれば城のどこからでも狙いようがあるが、塔の上に着陸してしまったとなると、狙える位置は限られる。そして、その限られた兵士達になら、澪とナビスが『攻撃中止ー!』と訴えかけてなんとか間に合うのである。


 ……それから駆けつけてきた兵士達に事情を説明したり、更に『聖女ナビスと勇者ミオがドラゴンに襲われただと!?』と駆けつけてきてしまった王と王子をそっと帰したりして、なんとか事態は収まった。

 と、いうことで。

「大きくなったねえ」

「ええ。随分と大きくなりましたね。ドラゴンの子は成長が早いのかしら」

 澪とナビスは改めて、しろごんを撫でてやる。

 しろごんはブラウニーの森に居た時同様、懐っこく澪とナビスにすりついてきて、何とも可愛らしい。可愛らしいのだが、もう子ドラゴンのサイズではないので、ちょっと、圧がすごい。

 どうやらドラゴンは成長が早いらしい。以前は子ドラゴンだったしろごんも、今やすっかり大人ドラゴンの体である。具体的には、澪とナビスが乗っかっても平気でのしのし歩く程度には、大きい。

「あっこらこら。これはだからダメだってば。めっ!」

 だが、中身はまだまだ子ドラゴンらしく、今日もまた、澪の短剣をそっと抜き取ってはぶんぶんやって遊び始めてしまうのである。これはどう見ても、子ドラゴン!

「こちらにしておいてくださいね。……あら、やっぱりパンは違うのかしら」

「振り回し心地が違うかもねえ」

 気を利かせたナビスが、短剣の代わりにバゲットを一本咥えさせてみたのだが、それはどうも違うらしい。しろごんは何度かバゲットを振り回していたのだが、『なんかちがう』というような顔で、バゲットをサクサクバリバリもちもち、食べてしまった。……美味しかったらしく、そこはご機嫌だったが。


「あ、あの、ミオ様、ナビス様……このドラゴンは?」

 さて。少ししろごんと遊んでやって、しろごんが満足したところで、おずおず、と兵士の1人が聞いてきた。

 それもそうだろう。兵士達からしてみれば、相手はドラゴンだ。そしてそのドラゴン相手に聖女と勇者がなでなでしたり、乗っかったり、はたまた短剣をとられたりバゲット咥えさせたり色々やっているのだから不思議にも思うだろう。

「ええと、この子はですね、以前、レギナ郊外で大規模な野外礼拝式を行った時に懐いたドラゴンなのです。しばらく、ポルタナメルカッタ間の街道近くにある森の中に住んでいたのですが……どうしてか、こちらに来てしまったようで……」

 ナビスが説明すると、兵士達は『ドラゴンがこんなに懐くことなんてあるのか』というような顔をした。確かにこんなに懐っこくて可愛いドラゴンは中々居ないだろう。

「この子ね、ナビスの歌が好きなんだよ。聖歌を聞いても大丈夫な魔物だから、悪い魔物じゃないよ。ちょっと前まで子供ドラゴンだったのに、随分大きくなっちゃってさあ」

 澪が追加で説明してやると、ナビスは『ああ、そういえば、まだ歌を歌っていませんでした』と、思い出したように聖歌を歌い始める。途端にしろごんはご機嫌になって、歌に合わせてしっぽや首をゆったりゆらゆら振り始める。これを見ていた兵士達は、『成程、平和なドラゴン……』と納得してくれた。

 聖歌に合わせて揺れるドラゴンというのは、やはり中々珍しいのだろう。

「して、『しろごん』というのは……?」

「うん。白いドラゴンだから、しろごん」

「しろごん……しろごん……」

 なんとなく、『白いドラゴン』と言ってしまうと硬いかんじがするが、『しろごん!』と言ってしまうと急に柔らかくなる気がする。そして名づけの魔力というものは、多分、ある。やわやわな名前にしておくと暴力やら何やらが勝手に遠のいていく、ということは往々にしてあるものだと澪は思う。

 ……吹奏楽部内でも、ホルンパートの子が自分のホルンを『かたつむり』と呼んでいたが、『ホルン』ではなく『かたつむり』になった途端に空気が和やかになるし音もまろやかになるし、不思議だなあと思ったものである。

「ま、そういうわけで。しろごんは私達が責任もって飼うから……ええと、どうか攻撃しないであげてほしいんだ。私達、これからはこいつに乗って移動することになりそうだし……」

 ね、としろごんに向かって首を傾げてみせると、しろごんは『きゅう?』と鳴きつつ、澪の真似をして首を傾けた。

 兵士達はやはり同じように、『乗る……?』と首を傾げていた。




「えーと、じゃ、いきまーす。……ほいっ!」

 そうして澪とナビスは、しろごんに乗ってみた。しろごんの上に乗って、首を軽く叩いて合図してやると、しろごんは『え?いいの?』というようなそぶりを見せつつも、そのままそっと、離陸してくれた。

 ……ふわ、と宙に浮く。おしりのあたりがもぞもぞするような感覚が走り、つい、澪は下を見た。

 遠く遠くに、地上がある。そして澪は、今、自分を支えるものが何もなく、ただ、澪もナビスも宙にあるのだということを、実感してしまう。

「うわああああああ飛んでる飛んでる飛んでるよこれ!」

「み、ミオ様ぁ!飛ぶのですから飛ぶのは当たり前のことですよ!あわわわわわわわわ……」

 ……そして澪とナビスは、大いに慌てた。

 だって、飛んでいる!飛んでいるのである!

 王城の塔はかなり高い位置にあるが、そこから飛び立ち、更に高いところまで!まるで空の中へ落ちていくかのような錯覚に、澪は一瞬、気が遠くなる。ナビスは既に気が遠くなっているのか、『お母様ぁ……』とうわごとのように呟いていた。これはいかん。

「いや、でも慣れなきゃ!慣れなきゃお祭りが半年になる!ナビス!気合い入れてー!」

「あっ、そ、そうでした!お祭り半年は!半年は駄目です!あううう……」

 澪がナビスの頬をぺちぺち叩くと、ナビスはすぐにハッとして、意識を取り戻してくれた。……ポルタナ暮らしが長かったナビスや、割と庶民的な澪にとって『お祭り半年』はヤバいのである。そのヤバさを回避するためなら、空を飛ぶくらいは我慢しなければならないのである!

「しろごん、ごめん、もうちょっと低いところ飛んで……」

「あっ、でも、王都近くを飛んでしまうと人々を怖がらせてしまいますから……王都から離れたところを……」

 澪とナビスはしろごんライドに慣れるべく、根性でしろごんにしがみついてもう少し飛行訓練を続けることにした。

 しろごんは『大丈夫……?』とでも言いたげな心配そうな顔をしていたのだが、澪とナビスが『お祭り半年はヤバい』『お祭り半年は回避しなければ』と目の据わった顔で呟いていたところから何かを察したらしい。高度を下げて、かつ低速で、ふんわりと飛んでくれるようになった。


 ……そうしてしばらく飛んでいると、澪もナビスも、流石にちょっと慣れてきた。

「しろごんって本当に飛ぶのが上手いよね。初めて人を乗せたんだろうに、落とすこともなくちゃんと飛んでくれてさ。しかも、行き先とか方向とか教えたら、その通りにちゃんと飛んでくれるし」

「そうですねえ。ああ、しろごん。どうもありがとう。とても助かります」

 慣れてきた澪とナビスはしろごんを褒める余裕も出てきた。褒めるとしろごんは喜ぶので、澪もナビスもなんだか嬉しい。かわいいしろごんは澪とナビスの癒しでもあるのだ。

「じゃ、そろそろ着陸しよっか。えーと……じゃあ、王城の、中庭の……兵舎近くに、厩あったよね?」

「ドラゴンは厩でいいのでしょうか……?」

「……他に置いとく場所、無くない?あ、塔の上の方がいいかな」

「そうですねえ……では、ひとまず、塔の上にしましょう。後で王子様に相談させていただいて、改めてしろごんのお部屋を決めましょうね」

 ある程度空の旅に慣れたところで、とりあえず着陸することにした。場所を伝えれば、しろごんはしっかり目的地に着陸してくれる。最初に離陸した場所へ綺麗に着陸したしろごんは、満足気にきゅうと鳴いた。




 ……それから、澪とナビスは王子にしろごんの部屋の相談に行くことにした。しろごんが野晒しなのは可愛そうだ。かといって、厩に置いておくと、他の馬が困惑すること間違いなしである。……馬に並んでしろごんが大人しくお座りしている様子はちょっぴり見てみたい気もするが。

 だが、王子への謁見を求めに行った澪とナビスは、扉越しに、何やら怒鳴り声のようなものを聞いてしまった。怒鳴り声、というか、金切り声、というか……まあ、聖女シミアの声だな、ということは、分かった。機嫌が悪そうだ、ということも。

 澪とナビスはそっと目配せして、扉の前から離れ、柱の影に隠れておく。……すると、少ししてから扉が勢いよく開き、ぷんすか怒った聖女シミアが出ていった。

「……どしたんだろ」

「何かあったのでしょうが……王子様から伺った方が良さそうですね」

 澪とナビスは何やら心配になりつつ、開きっぱなしのドアからそっと、執務室の中を覗く。

 執務室の中、部屋の手前にある応接セットのソファの上では、カリニオス王子が疲れた顔で深々とため息を吐いていた。……だが、ひょこ、と覗く澪とナビスに気づいた途端、疲れた顔はどこへやら、ぱやっ、と表情を明るくして、『こっちこっち』というように手招きしてくれた。

 招かれるまま、澪とナビスはひょいひょいと執務室にお邪魔して、応接セットのソファに座る。

「よく来てくれた。さあ、茶を用意しよう。ええと、これは下げてもらうとして、新しいものを……何がいい?茶菓子の好みは?」

「あっ、いやいや、お構いなく!あの、ここに出てるやつこのまんま頂いていいですか!?」

 早速、王子が気を遣い始めたので、澪は慌てて、用意してあった茶菓子をつまませてもらう。恐らく、聖女シミア用に用意されていたものなのだろうが、聖女シミアはお茶菓子をつまむ余裕などなかったらしく、ケーキスタンドには各種焼き菓子が綺麗に盛り付けられたままになっている。

 なので澪はもう、無作法など気にしない。多分、澪が無作法を気にしていたら、このお茶菓子を入れ替える手間と食品ロスが発生する。

 ナビスも『美味しいですねえ』と言いながらクッキーをさくさくやりはじめるので、王子も『君達がいいならいいんだが』とほっこり笑ってお茶を飲み始める。

 お茶は新しいものが用意されて、温かく香りのよいそれをのんびり頂いて……さて。

「聖女シミアが出ていくところを見てしまいました。何か、あったのですか?」

 ナビスがそう切り出せば、カリニオス王子は深々とため息を吐いて、教えてくれた。

「ああ……以前の話を断ったのでな。ほら、『聖女シミアと聖女シミア派の者を貴族院に入れることを条件に支援する』というアレだ」

 澪は内心で『ああーやっぱり』と思う。聖女シミアと王子が何か話していたとなれば、コレだろう。

「あれを蹴ったらあのように不機嫌に出ていってしまってな。はあ。まさか、そのまま受け入れられるなどとは思っていなかっただろうに」

「王子。聖女シミアはそのまま受け入れられるとは思っておらずとも、譲歩しての『聖女シミアの貴族院入り』は狙っていたのではないかと思われますが」

 ため息を吐く王子に、クライフ所長がそう言葉を挟む。

 ……成程。どうやら、聖女シミアは端から断られることを想定した上で、『全ては叶えられないが半分くらいは叶えるので支援をよろしく』と王子が折れるところを狙っていたようだ。

「まあ、そういうわけだ。彼女のことは放っておいていい。ただ、君に迷惑がかかるかもしれないが……」

 王子は何やら申し訳なさそうにそう言う。確かに、聖女シミアがこういう状況の中、ナビスが王子の娘であることが公表され、更に全国ツアーが始まるとなると、逆恨みされそうではある。


「彼女のやり方は陰湿だ。証拠が無いので処罰できていないが、彼女の手の者が聖女キャニス派の聖女の乗る馬車の車輪に細工をしていた可能性が浮上している。今後、乗り物に乗る時にはくれぐれも注意するように。全く、先程は城にドラゴンが出たというし、何が起きるか分からないからな……」

 王子がそう、心配そうに言うのを聞いて、澪とナビスは顔を見合わせた。

 ……まあ、そういうことなら、安心できそうである。

「えーと、じゃあ、その乗り物を置いておくためのお部屋を1つ、貸していただけると、ありがたいんですけどもぉ……」

「そうですね。ええと、あの、細工されそうになっても自衛してくれる乗り物があれば、安心かと思われますので……」

 澪とナビスがそう、うきうきと相談を始めれば、王子は首を傾げつつも、そわ、と嬉しそうな顔をしてくれるのであった。

あけましておめでとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] しろごんにそのまま乗る際の安全性の問題は落ちた時にキャッチしてもらうかナビスの光の鎖で固定するかでなんとか出来そうですが、問題は乗り心地でしょうか。 滑空するときはまだしも離陸時の羽ばたきに…
[一言] 鞍や手綱なしでしろごんに乗るのは大変危険では?? しがみついてるナビミオは可愛いと思いますが。 しろごんに危害を加えないよう、王様や王子様に言ってもらわないとですね。聖女シミア派がちょっか…
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