爆速全国ツアー*2
……ということで、澪とナビスは城の一室、塔の最上階にある部屋でお茶を飲みつつ、頭を抱えている。
大きな窓から差し込む日差しは麗らかで、お茶は大変に美味しく、お茶菓子もたっぷり、美味しいものが揃っているのだが……それでも抱えた頭の重いこと、重いこと。
「えーと、町ってどのくらいあるんだろ」
「ううん……メルカッタやレギナ、カステルミアのような大きな町ですと10に満たない程度です。それから、セグレードやジャルディンくらいの大きさの町が20弱。そしてポルタナやコニナ村のような小さな村まで回るとなると……」
「あああああ既に1か月で回りきるのが難しくなってきた」
澪とナビスは全国ツアーの計画を立て始め、そして、挫折しているところであった。諸々の計画を決めてはいるのだが……。
「……まあ、とりあえず、『ナビス様お帰りなさい祭』の開催期間を最低でも1か月未満に収めるために、第一回全国ツアーは1か月未満で終わらせたいよね」
「ええ。小さな村を回るのは、『第二回』にした方がよいと思います」
まず、簡単な方針として、『第二回全国ツアー開催を決めた状態で第一回を回りきる』ということは、決めた。
そうすれば『ナビスの全国ツアーが終わるまではお祭り期間!』という王と王子を黙らせて、お祭り期間を1か月以内に収めることができ、かつ、一か月以内で回り切れない町にも『ちゃんと行くからね!』と伝えることができる。
だが……。
「でも!小さい村とかは抜きにしたって、町が30くらいはあるわけでしょ!?どうすんのこれ!?どうすんのこれ!?1日1個回っていっても1か月かかるじゃん!」
うわー!と澪は悲鳴を上げた。問題に向き合う前から難問であることが分かっているのだ。悲鳴を上げたくもなる。
「まず、移動手段は考えないとダメだよね、これ」
ということで、澪は早速、移動手段を考え始めた。
広範囲に分布する各地の町を巡りまくるのだ。とにかくまずは、移動時間から削っていかなければならないだろう。
「ドラゴンタイヤの馬車があれば、なんとかなりませんか?」
ナビスは首を傾げている。確かに、ドラゴンタイヤの馬車であれば、理論上は1か月以内に一定以上の規模の町を巡ることは可能である。
だが、それがどういうことなのか、ナビスはまだ、分かっていない。
「いや、確かにギリギリいけるよ?でも、睡眠時間、無くなるよ……?それじゃ、万全の状態で礼拝式、できなくない……?」
「……あっ」
そう。例えば、ポルタナからレギナまでは今、7時間もあれば到着できる。ドラゴンタイヤの馬車が無ければ2日に分けての旅だったのだから、これはとても大きな変化だった。
だが、それでも足りないのだ。
1日に8時間眠るとする。すると、残りの時間は16時間。そして礼拝式自体が2時間から3時間程度かかるため、残りは13時間。準備には6時間程度かかり、後片付けも1時間では収まらない。となると……残りは6時間を切ってしまう。
そう。残った6時間が移動時間の外、食事や休憩、そして礼拝式の場所を借りる手続きだの、礼拝式の聖餐の調達だの、王都との連絡だのを捻出しなければならないのだ。それでも足りなかったら、睡眠時間を削っていくことになるわけで……。
「というかね、本来なら、連日連日の礼拝式なんてできないんだよ。体力ってそんなに無尽蔵に出てくるもんじゃないし」
「あ、あああ……そうですね。1か月の間、ほぼ毎日礼拝式を執り行うなど、よくよく考えてみると相当な無茶でした……」
毎日毎日歌って踊るとなれば、睡眠時間8時間はマストだ。そして、ナビスをゆっくりお風呂に浸けたり、ゆっくりご飯を食べさせたりする時間も欲しい。移動中にご飯、ということも有り得るだろうが、体力のことも考えればやはり1日3食、落ち着いて食べたいところである。
「でも、お祭り半年はヤバいじゃん?」
「はい。大変に『やばい』、かと」
澪とナビスは頷き合う。
この無茶な旅程は、大変に無茶である。カリニオス王子も国王も、『無茶だ!』と嘆いていた。だが、『それくらいやらねば、ぽっと出てきた王女は浪費家だと噂されかねません!』とナビスが強硬に主張したので、『なら、できる限りの短期間で済ませてみてもいい。でも、無理そうなら延長してくれ……』と言わせたのである。
そんな無茶な旅程なのだから、移動になど時間を割いていられないのだ。それこそ、秒で移動したい。瞬間移動でもいい。どこ〇もドアが欲しい。そんな気分である!
ということで、どこで〇ドアは無理でも、もうちょっと何か、移動手段を見出したい。或いは、寝ている間に食べられる方法が見つかるのでもいい。いや、やっぱりそれは良くない。寝ている間に食べても美味しさを感じられないかもしれない。健全な生活には、ご飯の美味しさも睡眠の気持ちよさも不可欠なのだから。
「しかし、移動手段となると……ええと、馬以外の生き物に馬車を牽かせる、ということでしょうか?」
「1つにはそれも考えたんだよね。ほら、ドラゴンとか、どーお?」
早速、ナビスがアイデアを出してくれた。確かにそれはアリである。馬車における馬とは、自動車におけるエンジンのようなものだ。エンジンの回転数が上がればいい、というのはシンプルな答えに思える。
だが。
「ううん……ドラゴンは体躯こそ大きくとも、走るのが速いものはそう多くありませんので……」
まあそうだよなあ、と澪は天井を仰いでため息を吐く。そういえば、ポルタナ鉱山で戦ったレッサードラゴン達も、なんとなく『のし、のし』というような歩き方だった。あれは別に、速くない。のしのし進む馬車は、ちょっと可愛いかもしれないが。
「よくよく考えてみると、私、あんまり速い魔物に出会ったこと、無いな……。えーと、鉱山地下4階の龍が速かったけど、あれは……あれは馬車を牽くのに向いてない形状してたし」
「そうですよねえ……。大体、あの龍はもう、食べちゃいました」
「美味しかったけどねえ……じゅる」
龍の焼肉、美味しかった。かば焼きも、美味しかった。大体全部、美味しかった。美味しかったのだが食べちゃうと無くなっちゃうので、龍に馬車を牽かせるわけにはいかない。
「ええと……ミオ様の世界では、どのようなものに馬車を牽かせていたのですか?」
「私の世界ではねえ……馬車が自力で走行してたんだよねえ……」
澪は、『自動車』について簡単に説明してみたのだが、ナビスは只々ぽかんとしていたし、澪も正直なところ、車の内部構造などほとんど知らない。この世界で自動車を開発するなど、できそうにない。設計図も描けないので、ブラウニー達を頼る訳にもいかない。大体、今から開発しても間に合わない!
「えーと、後はね、新幹線、っていって……こう、線路が敷いてあって。その上をとんでもない速さで走る馬車みたいなのもあったよ」
「せんろ……?」
……そして開発期間も工事期間も無いので、新幹線を導入するわけにもいかないのである。そもそもこの世界にはまだ、線路の概念があまり無さそうなのだから、最初から相当に難しい。
「それからねー、後は……飛行機?」
他に速い移動手段というと、やはりこれだろうか。
「ひ……こう、き?」
「うん。空、飛ぶの。鉄の塊が」
澪が『飛行機ってのはね』と説明すると、ナビスはまたもぽかんとしてしまった。
「鉄の塊が!?何故!?何故ですか!?神の力ですか!?」
「いや、科学の力で……」
「かがく!?つ、つまり、ミオ様の世界では、かがくという神がおられるということですか!?」
「あー、うん、まあ、そういう面もある」
確かに言われてみれば、この世界では神の力が解決している諸問題を、澪の世界では科学が解決していると言えるかもしれない。そして、まあ、八百万の神的な考え方をすると、科学にも神様は居る。多分。澪が高校の実験で溶かした硫黄の粒とか、鳴らした音叉とか、覗いた顕微鏡とかにも、神が……。
「……神は置いておくにしても、まあ、私達の世界で一番速い移動手段は、空を飛ぶことだったんだよね」
「成程、空を……」
さて。神はさておき、『空路』については何か考えられるだろうか。
「熱気球って操縦できるのかなー。アレくらいなら自動車とかよりは簡単に作れる気がするけど……あ、グライダーとか?いや、駄目だな。多分、長距離の移動向きじゃないし、そもそも何か事故ったらヤバい。ヤバすぎる……」
澪はあまり詳しくない分野の知識を総動員して、なんとか新しい空の乗り物を考え付かないか、必死に思索を巡らせる。
できれば、ナビスをちゃんと休ませることができるような乗り物がいい。ついでに操縦が簡単だと嬉しい。多分、道中の操縦をするのは澪の役目になる。
それから、燃料の補給が簡単でなければならない。道中の町でも手に入りそうなもの……となると、精々、薪か木炭か。石炭は、町によっては無い。となると……。
「あ、あの、ミオ様」
澪が考えていると、ふと、ナビスが声を掛けてきた。
「馬車を牽かせるには問題がありますが……その、ドラゴンは、いかがですか?」
「……へ?」
「ドラゴンは、空を飛びます」
……そして、その可能性を提示されて、澪は目から鱗がバンバン落ちるような気分になったのである。
そう。この世界はファンタジーな世界。つまり、ファンタジーな乗り物があってもいいのだ!
「え?ドラゴンって、乗れるの?」
「ええと……懐かせることが、できれば。そして、比較的賢い個体であれば……といったところでしょうか。なので、ただのレッサードラゴンのようなドラゴンに乗るのは、難しいかもしれませんね」
成程。ドラゴンに乗る、というのもそれはそれで中々難しそうだ。
だが、飛行機の開発などよりは余程、実現の可能性が見える。ならばこれでいくしか無いだろう。
「えーと、じゃあドラゴン狩りに行く、ってかんじかな」
「ええ。そして短期間でしっかりドラゴンを懐かせて、躾けて、他人を乗せて飛べるようにしなくてはなりません」
「うわー、そうだよねえ。うーん、どこかに、既に賢くて、既に懐いてるドラゴン居たらいいんだけどなあ」
そんな都合のいいものもないよねえ、と澪とナビスは笑い合う。
まあ、とにかく方針は見えた。ならばすぐにでも動くべきだ。澪とナビスは早速、王子に報告に向かうべく席を立ち……。
「大変だ!ドラゴンが!」
そこへ、兵士達の声が響き、喧噪もまた、聞こえてきた。
……澪とナビスは顔を見合わせて、ぱやっ、と表情を明るくすると、即座に部屋を出るのだった。
……が。
そこにあったのは、あまりにも、想像していなかった光景だったのである。
「えっ……?」
「う、嘘……どうして……?」
澪とナビスは、それぞれに塔の屋上で空を見上げて絶句している。
何故なら、そこに居たのは……。
「……しろごん!」
「しろごん!しろごんではありませんか!」
そう!ブラウニーの森に居るはずの……ついでに、子ドラゴンであったはずの、白いドラゴンだったのだ!
それも……なんだか、随分と成長して、成竜の姿になって澪とナビスの上空に滞空し、そして、澪とナビスを見つけた喜びに、きゅい!と、懐っこく鳴き声を上げていたのである!
……澪は、『そういや辰年だし丁度いいね!』と、現実逃避めいたことを考えつつ、白いドラゴン……『しろごん』を見上げるのであった。




