爆速全国ツアー*1
「勿論!勿論だ!」
王子は勢いよく立ち上がった。その勢いで、王子が座っていた椅子が後ろに倒れる。
「ああ……そうか、聖女ナビス……いや、ただ、ナビス、と呼んでも構わないだろうか?私は、父としてはあまりにも、あまりにも不適格だろうが、しかし、なんとか君に見合うだけの者であれるよう……いや、ちょっと待て。その前に父を」
「え、あの」
ナビスと澪が戸惑う中、王子はささっと椅子を直して、そして。
「父を連れてくる!ちょっと待っていてくれ。すぐにあああああああ」
……部屋を出ていこうとした途端に机に躓いて、倒した。
そこから更に、王子の奇行は続く。
起き上がろうとした時に何かをまた引っかけたらしく、ガラガラガラ、ととんでもない音がまた響く。更に、床に転がったゴブレットで滑って起き上がることに失敗した王子は、またしてもとんでもない音を立てつつ転がる羽目になった。
これには外に居た兵士達も『何事!?』とばかりに飛び込んでくるが、そこに居るのは唖然としているミオとナビス、そして呆れた顔のクライフ所長と、わたわたしているカリニオス王子である。
「……ここで見たことは王子の名誉のためにも他言無用である」
……そうして、兵士達に、クライフ所長はそう言ったのであった。
他言無用だというのだから、澪もナビスも他言無用ということで忘れることにした。今の光景は忘れた。何も無かった。何も無かったので、カリニオス王子の名誉と尊厳は保たれている。
国王を呼びに行くのはクライフ所長が担当することになった。『王子。今のあなたが出歩いては事が大きくなりますので』と言ったクライフ所長の何とも言えない顔は他言無用じゃなかったので、澪は生涯忘れないことだろう。あの何とも言えない顔。何とも言えない顔!
「いや……すまない。非常に見苦しいところを……」
「いやー、私達何も見てませんよー」
「え、ええ、何も、何も見ていませんよー」
カリニオス王子はすっかり落ち込んでいるが、澪もナビスも『何も見てませんよー』で通す。
「えへへ、王子様、そんなに嬉しかったのかー、って思ったら、なんだか嬉しいなあ。ナビスのこと、ちゃんと幸せにしてくれそうだから、私としても安心……」
「そ、それは勿論!」
そして、澪がそう話題を振れば、王子は急に水を得た魚……否、水を得た鯨の如き勢いで表情を明るくし、ぽやぽや、と穏やかに浮かれ始める。
「私にできる限りのことはしていきたい。君が聖女として働くのであれば、それを全力で支援しよう。ポルタナだけでなく、国全体の平和は私の願いでもある」
王子の浮かれ方は、なんとなくナビスに似ている。ナビスも嬉しくて嬉しくてぽやぽやしている時、こんなかんじだ。
「……アンケリーナの願いでもあった。それを、彼女との娘である君と共に叶えられるのならば、こんなに嬉しいことは無い」
「お母様の……ふふ、そうですね。きっと、お母様でも同じような選択をなさっていたのではないかと思うのです」
ナビスもまた、王子の嬉しさが伝染したかのようにぽやぽやと嬉しそうに笑う。
「ああ、君が笑うと本当にアンケリーナにそっくりだ」
「そうですか?なんだか嬉しい……」
ぽやぽや、ぽやぽや、と春の陽だまりのような2人を眺めて、澪は只々にこにこするしかない。
……パパですら、こうなのだ。
ならば、お爺ちゃんが来たらどうなるか。澪はその時の爆発ぶりを想像して、わくわくそわそわしているのである!
そして。
「おお……おお……!そうか、そなたが、そなたが、孫……!神よ!心から感謝を!」
……案の定、お爺ちゃん改め国王陛下は、可愛い孫娘が帰ってきたことに大喜びであった。
どのくらい大喜びだったかというと、ナビスが輝く程度である。……つまり、国王陛下は『神に感謝!』とやりながら、とりあえず誰彼構わず感謝しているらしく、全方位へばらまかれた感謝パワーが信仰へと変換され、それによってナビスが光り輝いているらしい。とんでもない発電装置である。
「カリニオスより、孫娘の存在は聞かされていた。表に出すべきではない子かもしれぬ故、余に会わせるわけにはいかない、とも。だが、ああ……よくぞ、よくぞ、決意してくれたな……!」
国王はその齢のせいか、万感の思いが溢れ出るせいか、その場で泣き崩れてしまう。ナビスが『あわわわわわ』と慌てながら国王の背をさすり、ハンカチを差し出してやれば、それにまた感涙が溢れてくるらしい国王は、今度は発電装置からウォーターサーバーになってしまった。忙しい国王陛下である。
……こんな調子なので、澪はもちろん、ナビスも緊張するどころではなかったらしい。発電機でウォーターサーバーとはいえこの国の王なのだから、粗相のないように振る舞わねば、とも思っていたのだが……やっぱり、おいおい泣き崩れるお爺ちゃんには威厳など欠片たりともないのであった!
それから30分ほどして、ようやく、国王もカリニオス王子も落ち着いてきた。
「ナビスよ。もっとその顔をよく見せておくれ。ふふふ……可愛いのう、可愛いのう」
「そうでしょう。父上。そうでしょう」
……落ち着いてきたのだが、親馬鹿と爺馬鹿である。ナビスはちょっぴり呆れつつも、嬉しそうに笑っていた。
「これで余もようやく引退できるか」
「はい。今までご苦労をお掛けいたしました。これからはこのカリニオス、人の親として、そして新たなる王としてこの国を率いて参ります」
「よし、よし。はー、やれやれ……」
国王は流石に疲れたのか、椅子によっこいしょ、と座って、ふう、と息を吐く。まあ、あれほどの感情のジェットコースターをやっていたら疲れるよね、と澪は納得した。
「しかし、父上。私の戴冠式の前に、私の娘の存在を発表することと、そして、彼女のぜんこくつあーを優先していただきたいのです」
「ぜんこくつあー……?」
だが、お爺ちゃんの疲れるターンはまだ終わっていない。
カリニオス王子とナビスは顔を見合わせて頷くと、早速、『全国ツアー』について説明し始める。
……そう。ここからは、信仰と治世が絡み合った、厄介な相談事が始まるのである!
身も蓋もない言い方をしてしまうならば、アイドルは知名度が命である。
『皆が良いと言っているから』という理由でものを好きになる人だっている。『皆が良いと言っているから』という理由で嫌いになるタイプの人も居るわけだが、そういう人だって、そもそもアイドルの存在を知らなければ、『実際に見てみたら好きだった』とはならないのだから、やっぱり知名度は高いに越したことは無い。
……そして、ナビスが新たなる王女様として国民に知られると、それだけでとんでもない宣伝効果である。
勿論、この国には王にも王子にも政治にもまるで興味関心がない人々がたくさんいる。だがそんな人達でも、『カリニオス王子の戴冠式』だの、『ずっと行方が分かっていなかった王女の帰還』だのに対しては、とりあえず『よく分かんないけどおめでたい!』と騒ぎたいものなのだ。
そう。国王やカリニオス王子と相談してみて分かったことには、まず……ナビスの存在を公表する際、お祭りを開く、ということらしい。
王家に吉事があった時には、王都で華やかなお祭りが開かれる。例えば、王に子供が生まれただとか。王子が結婚しただとか。はたまた、戴冠式などもそれに含まれる。
……そして、一際大きなめでたい時には、もう、王都の枠を超えてお祝いしてもよいだろう、ということらしい。
というか、レギナあたりは『王都がお祭りなんだからこっちもお祭りにしよう!』とやってしまうので、結局、国全体がお祭りになりがちなんだとか。
『そういうもんなの?』とナビスに聞いてみたのだが、ナビスは『私が生まれてからは、王家に吉事がありませんでしたので、私は一切知らないのですが……』と教えてくれた。そりゃそうである。この王家、長らくめでたさとは無縁だったのである!
そんな中で行われる『王女の公表』なのだから、まあつまり、20年近くぶりになるお祭りなわけだ。当然、規模は大きくなる。間違いない。
つまるところ……今回のこれは、大手企業とのコラボ企画みたいなものである。とんでもなく強い。その上、テレビCMに起用されるようなものなのだから、余計に強い。
宣伝効果抜群。お祭りによって人々の救済も進む。そんな中で行う全国ツアーともなれば……いよいよ、どれくらいの信仰心が集まることになるのやら、澪には全く予想がつかない。
まあ、そういうわけで、今回の全国ツアー、まず間違いなく一定以上の成功は収められることがほぼ確定しているのだ。知名度は強い。知名度は強いのである。
だが当然、澪はそんな並大抵の成功で済ませる気が無い。今までに出したアイデアの実現についても王や王子と相談しつつ、どんどん計画を詰めていく。
王家がバックアップに付いてくれるのだから、今までできなかったようなこともバンバンできるようになる。だが、あまり贅沢をしてはいけない。ナビスのイメージは、あくまでも清らかさ。清貧であった方が、民衆の共感を得られる。
それに、今まで近くに居たアイドルが、急に遠くへ行ってしまったような気がしたら、きっとそれを理由に離れてしまうファンも居ることだろう。
だからこそ、『全国ツアー』としてあれこれやっていくための支援は王家から受けるが、それ以外の部分については、できる限り今まで通りにやっていきたい。ご新規様は大切だが、既存のファンは殊更大切にしていくべきなのだ。
……ということで。
「そ、そうか……では、むしろ我々はぜんこくつあーには、あまり関われないのだな?」
「まあ、そうしてもらえた方が、ナビスのイメージを崩さずにナビスの良さを印象付けることができるかなー、って」
「そういうことなら致し方あるまい。ふむ、孫娘のぜんこくつあーとやら、全力で支援したかったが……」
……国王と王子は、ナビスの応援をしたくて仕方なかったらしいので、ちょっとしょんぼりしている。だが、あんまり手を出されてしまうと、ナビスが聖女である意味がなくなってしまうのだ。ナビスは『王女』でありながらも『聖女』であるところに魅力がある。王家要素を出しすぎては『聖女』らしさを損なうのだ。
そして、そのあたりは国王と王子も元々、分かってはいた、らしい。
ナビスが直接政治に関わるのではなく、当面は『聖女』として人々と関わることで民衆との絆を深めていくべきだろう、と。……そうすることで、カリニオス王子にはできないやり方で治世を進めることができ、また、ナビス自身の地盤を固めることにも繋がるだろう、と。
そのあたり、物分かりのいいパパとお爺ちゃんであったので、説明はトントン進んだ。
進んだ、のだが……。
「……ならばせめて、祭は盛大に開きたいものだ」
「そうですね。この20年あまり、この国にはめでたいことがありませんでしたから。国民を労う意味も込めて、盛大に、国中で祭を開きたいものです。是非、全国規模で」
……この人達は、良くも悪くも、王様で王子様であり、そしてお爺ちゃんでパパなのだ。
つまるところ……退くべきところは弁えていて、合理的な判断もできるが……それ以外の部分については、これでもかというほどに愛と喜びを詰め込んでしまうのである。
「よし。ならばこうしよう。祭の期間は、聖女ナビスのぜんこくつあーの期間中全て、ということにする!」
「ああ、父上!それは良い考えです!」
……いよいよ、規模がでかくなってきた。
「え、あ、あの、私が国中を巡って、その土地の問題に関わらせていただいて、礼拝式を執り行って……とやっていくには、その、3日や5日では到底足りない時間がかかります!」
「ん?それはそうであろうな。およそ、3月ほどか?」
「いやいや。かわいい孫娘にそんな無茶な旅程を組ませるわけにはいかん。半年だ。半年はかかると見よ」
……ナビスは、絶句している。澪は、予想してはいたが、やっぱり絶句している。
「まあ、20年余り、祭が無かったのだ。半年くらい祭にしておいても問題無かろう!」
にこにこ満面の笑みのお爺ちゃんとパパとを見て、澪は、思った。
『これ、移動手段をもう一段階パワーアップさせないと、この国、破産しない……?』と。割と、切実に。
……そして、旅程を、詰めねば!せめて1か月くらいに!




