聖女と勇者と*9
「まず、押し出したいメッセージ……ええと、伝えたいことを、明確にしよう」
ということで早速、澪は作戦会議を始めることにした。
「月と太陽の礼拝式の時には、『零れちゃって救えない人達に寄り添う』っていうのが目的だったし、そういう気持ちを伝えることができたと思うんだよね」
最初に決めるのは、メッセージ。テーマ。そういったものだ。そこが明確でなければ、何をやってもブレる。
「そういうことでしたら、『皆を救える世界に』と、私は願っています」
そして方針については、既にナビスの中で固まっているらしい。しっかりはっきり、答えてくれた。
「……私は、皆を救いたいのです。目に見える範囲だけでなく、目に見えない、お会いしたことのない人達に対しても。或いは、救われることを望まない人に対しても、せめて寄り添っていたいと思います。……難しいことだと、分かってはいますが」
「いいねー、欲張りですごくいい。めっちゃいい!」
皆を救いたい。『皆』という、至極曖昧な表現を用いながら、しかし、その心の奥底にあるのは確固たる意志である。ナビスの言う『皆』は、本当に『皆』なのだ。
ナビスの欲張りな意見に澪は心から同意しつつ、ナビスの考えをまとめていく。
「皆を救うのは、ナビスであって、でも、ナビス以外の人達でもあるよね」
「はい。私1人の力など、限られています。……そして、皆を救うためには、皆がそう願う必要がある。信仰心を裏切ってはならないのだとするならば、皆が、私ではなく皆に対して愛を持っている必要がある」
「うん。私もそう思う」
うんうん、と深く頷いて、澪とナビスは顔を見合わせる。
「……ということはやはり、愛、なのでしょうか」
「ね。愛、だよね」
……まあ、そういうことで。
「じゃあ、主題は『愛』だ!えへへ、愛は世界を救う、なんてしゃらくせーと思って生きてたけど、この世界では本当に、愛が世界を救っちゃうかもしれないんだもんねえ」
澪はそんなことを言いつつ、『愛は世界を救う』について考えてみる。
……あくまでも、独善的ではなく。形など決めず。それでいて、確実に誰かを救えるように。明確に。
ナビスならばきっと、それを実現できるだろう。
「じゃあ次!皆が愛を信じられるようにするにはどうすればいいか!」
「む、難しいですね……」
さて。目的が決まったら、次は手段について考える。のだが……。
「……うん。実際、正直、無理だと思う」
「愛に裏切られてきた方々ばかりですものね……」
そう。人は『愛だよ!』と言われても、『うるせえ』くらいにしか思わないものである。押しつけは良くない。言葉だけで独り歩きする『愛』ほど、薄っぺらくて厚かましいものも無いだろう。
「ですが……その、愛されて救われることは難しくとも、愛することで救われることは、あるのではないでしょうか」
が、ナビスの言葉に澪は目から鱗が落ちる気分になった。
「成程。つまり、聖女だ」
そう。つまり、ナビスが可愛くて愛される聖女であれば、それだけで救われる人も居るのだ。その気持ちは澪にも分かる。好きなものがあるということは、その人を救ってくれるのだ。
……澪にとってはきっと、トランペットがそうだった。応えてくれなくたって、愛する気持ちを持ち続けることはできる。そして、それによって救われることだって。
「愛する経験があれば、信者達は愛の存在を知ることができる。そして、皆に愛されるナビスが愛に救われる様子を見せれば、愛を信じられるようになるかも!」
「ええ!つまり……あら?つ、つまり……?」
「つまり!ナビスを愛される聖女にすることだ!」
さあ、結論が出た。
……そう。これが結論、なのである。結局のところ、ここに来てしまうのだ。
「……えーと、つまりのつまり、いつもどおり、だねえ……?」
「いつもどおり、ですねえ……?」
おやあ、おかしいなあ、という気持ちになりつつ、澪とナビスは揃って首を傾げ合う。ふにゅ、と首を反対方向に傾けると、ナビスも揃って、ふにゅ、とそちらに首を傾けた。更にまた反対に傾けば、ナビスもお揃いの傾き方をしてくる。
……そうやって一頻り笑った後、澪とナビスはきゅうきゅうくっつき合う。くっつく間、澪は『ほーら救われてる!ほーら救われてる!』と実感していた。大好きなナビスとくっつき合っていると、なんとなく幸せなのである。ぬくい。やわい。いい匂い。かわいい。……救いはここにあるのだ!つまり、愛!
「よし。じゃあ細かく決めていこう」
きゅうきゅうやりつつ、細かいアイデアを出していく。澪はこういう計画を立てるのが大好きだ。わくわくする。
「今回はさ、こう、無配をやってみようと思うんだけど」
「むはい?」
「無料配布のこと。えーと、安いものだったら来場者全員にあげちゃってもなんとかなるじゃん?例えば、レギナの礼拝式で売ってる『聖女直筆免罪符』みたいなかんじのやつ」
ライブに行っても、グッズを買える人ばかりではない。どうしてもお財布事情が厳しくて、グッズを何も買えない人だって居るだろう。
けれど、そんな人達も、宙を舞う金銀のテープをキャッチして持って帰ったり、チケットの半券を定期入れに入れて眺めたりすることはできるのだ。……それくらいささやかなものでいい。ささやかでも、全員が何か、お土産として持って帰れるものがあるといいと思うのだ。
「ではやはり、免罪符でしょうか?」
「そうだね。やっぱり紙製品はそれなりにやりやすいと思う。コニナ村で作ってる紙があったはずだから、ちょっと聞いて増産可能か相談してみよう」
この世界で無配できるものとなったら、まあ、元の世界と同様に、低コストで大量生産しやすいもの、ということになる。ならば紙製品は妥当だろう。この世界ではそれなりに植物由来の紙があるので丁度いい。手書きでなくとも、版画でぺたぺたやれば印刷めいたこともできる。
だが、それで『免罪符』を作るだけでは勿体ない。信心深さが皆無の人も捨てずに持っていたくなるような、そんなものがいい。
となったら。
「でね。えーと……私、免罪符でありながら『歌詞カード』の役割を持った紙、ってのはどうかなー、って思うんだ」
「かしかーど……?」
全ての礼拝式では、ラストにポルタナの舟歌を歌う。それは皆で歌うことが多いわけで、ならば、ご新規さんの為にも、その歌の歌詞が分かるようなカードを用意しておいてあげるのは悪くない試みであろうと思われる。
「綺麗な絵と、ポルタナの舟歌の歌詞が書いてある小さい紙。それくらいだったら、無料で配布しても大丈夫そうじゃない?それで、記念になるようにさ、場所と、日付を裏面に印刷しておくの」
「日付と、場所……?」
「そうそう。『ああ、この日、自分はここにいたんだな』っていうのを思い出せるのって、意外と大事だと思うんだよね」
良い思い出は、何度思い出しても良いものだ。だから、それを思い出しやすいように、日付と場所の証明を記念にとっておけるようにしたい。
……澪はこっそりと、『複数日開催とかだと、全ての日付のカードを回収すべく日参してくれるファンとか出てくるだろうしなあ』とも考えている。コレクション要素を追加することでコレクター魂を揺さぶる効果も得られるのだ。
「それから、ライブ中に神の力の実演、やろう」
「……へっ!?ええと、それはつまり、パディ様がやってらっしゃったように……ということですか?」
パディエーラの礼拝式は、演出として炎の輪を出したりなんだり、非常に華やかである。あれは彼女が神の力を使って出していたものなので、確かにあれはあれで神の力の実演、なのだが……。
「いや、本当にいつもやってるかんじに。畑を作るとか。神霊樹を育てるとか。木を生やすとか人の病気を治すとか怪我治すとか……」
澪が考えているのは、『目的』の方だ。
本来、聖女の礼拝式は信仰心および神の力を得るために行われる。つまり、礼拝式の後には大体、神の力を使った何かが行われているわけなのだ。魔物退治然り、畑の整備然り……。
「な、成程……!確かに、礼拝式に来てくださった方から信仰心を頂いているというのに、彼らに信仰心の使い道を明確に見せることはあまりありませんものね」
だがナビスの言う通り、多くの信者は、実際に聖女がどのようなことをしているのかを知らない。
特に、レギナのように、礼拝式と聖女競争が一種のエンタメと化している都市では、余計にそのあたりがブレているのかもしれない。礼拝式の為に礼拝式を行っている聖女も、居ないとは言えないだろう。
「でしたら、会場にいらっしゃる方々の病や怪我を治す、というのが良さそうですね」
「ね。まあ、ナビスの体力が続けば、だけど……」
……澪はちょっと考えてみる。
一回の礼拝式で、何人くらい動員できるだろうか。そして、その内のどれくらいが怪我人および病人なのか。
『怪我や病気を聖女ナビスが治します!』と宣伝してしまえば、間違いなく治療目的に来場する人が増えるだろう。となると、ナビスが神の力を行使する回数は、一体どのくらいになるのだろうか。
「……都合よく魔物が出てくれたら、魔物退治でなんとかなるんだけどな」
「それを願ってはいけませんよ、ミオ様」
「だよねえ……えーと、会場近くに崩落した坑道とかあったらそこの整備やるとか……?」
まあ……方策はもう少し細かく考える必要がありそうである。だが、方針は変えないつもりだ。
ナビスはナビスの能力を、しっかり見せなければならない。『結果』が見えて初めて信仰してくれる人も居るだろうし、信仰が結果につながる様子を見て実感できれば、より一層、心から信仰を信じることができるのではないかと思うのだ。
「……まあ、最悪の場合、神の力を使って『世界よ平和になれー!』ってやったらいい気がする。集まってた信仰心によってはマジで平和になるかもしれないし……」
「それができてしまうのが神の力および信仰の力の素晴らしいところですものね」
まあ、気楽にいこう。澪はそう、開き直った。
「そして今回のライブ。絶対に外せないものがあるんだ」
さて。
そうして最後に、澪はとっておきの1つを提案してみる。
「皆にナビスのことを知ってもらって、信仰を集めて、愛して愛されて、そうやって世界を平和に導くために必要なことだと思うんだよね」
「そのように有効な手立てがあるのですか?」
「うん。ある。強いファンはより強くファンになってくれるし、ご新規様の動員の可能性も上がる。そして何より、『皆を大切にしている、本当の本当に、国中の皆を大事に思ってる』って、ちゃんと知らせることができる」
澪の言葉に、ナビスは目を輝かせる。
どんなに思っていても、伝わらなければ意味がない。だから、『伝え方』をナビスに伝授するのが澪の役目なわけで、今までの数々のアイデアも全て、『伝え方』の工夫であったわけなのだが……。
今回のこれは、大分、直接的で、それ故に、強いのだ。
「全国ツアーにしよう」
直接、会う。
聖女としては、それが一番強い。
「成程……!素晴らしい!素晴らしいです、ミオ様!」
さて。ナビス全国ツアーの案は、ナビスに大歓迎された。ナビスは目を輝かせて澪の手を取ると、ぴょこぴょこ飛び跳ねて喜んでくれる。
「各地を巡れば、皆に信仰を還元することができます!各地の困りごとを解決したり、事業のお手伝いをしたり、病人を癒したり……より多くの方を救うことができますね!」
そう。先ほどの、『礼拝式中に神の力を行使して信者達に還元する』というアイデアは、ここでこそ生きてくる。
ナビスが各地を回って、そこここの問題を解決していけば……それはナビスの信仰集めにもなるし、それ以上に、この国全体の豊かさへとつながっていくだろう。
ただ。
「……ただ、そのためにはね、1個、大事なことがあるわけだよナビス」
「あ、そうですよね。休暇を王城に頂く必要が……」
「あ、うん。それもそうなんだけどさ。えーと……」
澪は、とてつもなく大きな問題がここに立ちはだかっていることもまた、知っている。
今まで先延ばしにしていた回答。それを、出す必要がありそうなのだ。
「……下手するとこれ、慈善事業っていうか、公共事業とか……治世、とかに、ならない?っていう、心配があるんだけど……」
「……ナビス、王位、継ぐ?どうする?」




