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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
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聖女と勇者と*8

 

 それから、怒涛の治療が始まった。恐らく、この国の歴史に残る治療だっただろう。

 何せ、レギナのナンバーワン聖女になろうというマルガリートが祈り、その祈りによって強化されたナビスが治療の術を行うことで、治療はかつてないほどの効果を上げていたのだ。

 処置が早かったのも、よかった。たまたま、聖女モルテのことがあってレギナ近郊まで来ていたからこそ、パディエーラの治療にこうして立ち会うことができた。聖女モルテがレギナ近郊に住み着いてくれていたおかげである。

 澪は内心で『サンキューモルりん!ついでにもう1個お願い!まだパディは連れてかないで!』と必死に祈っていた。

 勇者エブルも……そして誰よりも必死に、勇者ランセアが、祈っていた。

 そう。勇者ランセアにとってパディエーラは、自身の聖女でもあり、最愛の人でもある。そんな彼の表情を見ていたら、澪まで苦しくなってくる。

 だから、どうか。……そんな気持ちで、澪はただ、時が過ぎるのを待っていた。




 ……そうして。

「……できる限りのことは、しました」

 ようやく治療を終えたナビスがそう言って、そのまま床に崩れ落ちそうになったので、澪は慌てて支える。どうやら、激しい集中と急な神の力の行使によって意識が遠のきかけていたらしい。

「目覚めるかどうかは、パディ次第、ですわね……」

 そしてこちらも同じく、勇者エブルに支えられるマルガリートは、暗い面持ちでパディエーラを見つめていた。

 ……パディエーラの治療は、終わった。パディエーラの傷は何事も無かったかのように消え失せ、そして、息も脈も戻っている。

 だが、目を覚まさない。

 パディエーラは穏やかに、すやすやと眠り続けているのだった。


「……パディ」

 ベッドの上のパディエーラの傍らへ、勇者ランセアがよろめくように近づいていって、そしてパディエーラに縋りついた。

「どうして、こんなことを……!」

「……パディは、自分で自分にナイフを突き刺したんだね?」

 澪がランセアに問うと、ランセアは抜け殻のように虚ろな表情で頷いた。

「状況を、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか。王都でも、聖女の自死がありました。関連があるかもしれません」

 そしてナビスが更に問えば、ランセアはそれから、ぽつぽつ、と話し始めたのである。




「……昨日の礼拝式で、パディの引退が発表された。引退後はどうするのか、と問われて、ジャルディンに帰る、という話もしていた。……それを悪く言う信者も居た。パディは、傷ついている様子だった」

 出だしから、澪の予想通りだ。

 パディエーラの引退発表ともなれば、それはそれは、信者達が嘆いたことだろう。そして嘆きは、時に怒りにも変わる。

「レギナのために働いているんだと思っていたから信仰していたのに、だと。言いたい放題だったよ。……パディのことをちゃんと知っていれば、彼女がジャルディンを愛していたことくらい、分かっていただろうに」

「……パディを本当に信じていたわけでもない連中ばかりが、パディの引退の文句を言っているのだもの。本当に……許せませんわ」

 マルガリートも震える拳を握りしめて、俯き、そう零す。正義感の強い彼女のことだ。今回のパディエーラのことは、余計に納得がいかないだろう。

「それで……パディ様は、その批判に、心を痛めて、自ら……?」

「……いや」

 ナビスの問いに、ランセアはゆっくりと首を横に振った。

「様子がおかしかったんだ。大聖堂に戻ってきてから、どうにも、心ここに在らず、といった様子で……あの時、気づけばよかった……!」

 ……どうやらこの件、やはり、王都の聖女達の自死と同種のものであるように思われる。




 それから澪とナビスは、マルガリートとエブルとランセア相手に、王都での出来事や聖女モルテから聞いてきたことなどを伝えた。

 つまり、『聖女の自死は、信仰に背くことをした時に起きているのではないか』と。

 澪の仮説に、マルガリートもエブルもランセアも、真剣な表情で頷いてくれた。なんだかんだ、ここの3人は頭が柔らかい。他の聖女や勇者であったならばもっと拒絶を示されたり、否定されたりするのかもしれないが、ここの3人に話す分には、『それは興味深くってよ』といった反応を貰える。

「これが聖女モルテが知る限りの、聖女の自死の記録ですのね?……ふむ」

 特に、同じ聖女ということでマルガリートはこの事象に興味があるらしい。聖女モルテから聞き取った『聖女の自死リスト』をざっと見ていくと、ふと、首を傾げた。

「最近の自死の頻度は異常なように見えますわ。過去の記録を見る限り、1年以内に4件も聖女の自死が続いた例はありませんもの」

「だよねえ」

 澪も一応、思ってはいたのだ。『このペースで聖女さんが自殺しちゃうと、この世界に聖女さん、残らなくない?残ったとしても、聖女の自死、もうちょっと研究が進んでない?』と。

 しかしどうやら、聖女の自死は元々はこのペースではなかったらしい。それが何故か、最近になって、急に増えている、と。

「……最近、何かがあった、とか?この1年くらいで」

「ええと……王子が復活されましたね」

「ああー……まあ、王城のゴタゴタは、多分、過去最大だろうねえ……」

 澪はこの世界にとって部外者であるのだが、それでも十分にこの国の動乱ぶりは分かる。次期国王候補であったトゥリシアが死んだり、ずっと不在だった王子が戻ってきたり、殺されかけたり……大変だ。とても大変だ。恐らく、王冠を巡るこの一連のごたごたが、この世界における直近の最大ごたごたではないだろうか。

「他には特に思い当たりませんね。私にとっては、ミオ様がいらっしゃったということが一番の大きな事ですが」

「えへへ。ありがとーナビス!」

 ナビスが『ミオ様が一番!』とやってくれると、なんとも嬉しい。澪はナビスにきゅうきゅうくっついて……それから、はた、と気づく。ランセアの目の前でこの態度は、あまりに不謹慎では、と。

 ……だが、澪とナビスが同時に気付いてランセアの方を見ると、ランセアは『ああ、いい、構わず続けてくれ。君達を見ていると何故か落ち着く……』と言ってきた。成程、落ち着くらしい。……ならば、ということで、澪とナビスは先程のように、それでいて先程より控えめに、きゅ、きゅ、とくっつき合うことにした。

「まあ……他には、この1年で聖女間の競争が激化した、とは言えますわね」

 くっつき合う澪とナビスに、ぴと、と寄り添いながら、マルガリートもそう言った。

「今年は丁度、聖女が多く誕生した年なんですのよ。そして、ポルタナ礼拝式から始まった礼拝式文化は、今や王城でも使われるようになっていますものね。こんなに急激に流行が変化することは珍しくってよ」

「ああー、成程……ああああー……」

 ……今や、レギナでもポルタナ式礼拝式に近いようなことをやっているし、そのトレンドは王城にも届いている。

 つまり、澪の発案した形態の礼拝式……『異世界の』礼拝式が、今、この世界に広まってしまっているのだ。それが、今回の出来事のきっかけだった可能性も、ある。




 よくよく考えると、澪は随分と恐ろしいことをしてしまったものだ。信仰とは何か、聖女とは何か、勇者とは何か、よく知らないままに物事を動かしてしまったのだから。

 ……そう考えて、澪が少しばかり青ざめていると。

「ミオ様、ミオ様。ミオ様が変えてくださったおかげで、ポルタナの暮らし向きは大分良くなりました。月と太陽の礼拝式では多くの人が救われ、メルカッタでも人々が助かっています。スケルトンやブラウニーが今も平和に暮らしているのはミオ様のおかげですし……そして、私も生きています」

 ナビスがそう言って、澪に抱き着く力を少々、強めた。

「なので、礼拝式の形態が変わっていったことは、間違いなく良いことなのです。もし仮に、『信仰』の質が変容して、それに伴って、諸々の問題のきっかけが出来上がっていたとしても、それでも……救われたものがたくさんあったこともまた、事実なのです。どちらが大事だとも、言えません」

 ナビスは暗に、『澪は悪くない』と言っている。それが澪には何とも申し訳なく……同時に、何とも嬉しい。

 そうして澪は、『そうだよなあ』と思い直した。澪が間接的に今の状況を作り出してしまっていたとして、そうしていなかったら助からなかったものがたくさんあった。澪の大好きなものがいくつも、消えていっただろう。……その最たるところはナビスその人だ。

 だから、澪は落ち込まない。『しょうがなかった!』と割り切って、『次』を考えなければならない。




『次』を考えるにあたって、澪はどうしても、やり方を変えることを考えなければならない。

 ……パディエーラがこうなったのだ。ナビスがこうならないとは、言えない。

 概ね、『信仰を裏切った時』が聖女の自死のトリガーのように思えるが、それにしても、明確な基準が分かっている訳でもない。

 これからも人々から信仰を集め、神の力を行使していくことは、ナビスにとって危険かもしれない。

 ……この世界は、今、転換期を迎えているのかもしれない。

 信じることも、神の力も全て手放すべきなのかもしれないのだ。都合の良い魔法のような法則から解き放たれて、澪の世界のように、祈りも信仰も効力を持たない世界へと変わっていくべきなのかもしれない。


 ……だが。

「きっと、信じるしかないのでしょうね」

 ナビスは、そう言った。

 寄り添ってくれるマルガリート。佇むエブルと、眠るパディエーラの手を握って離さないランセア。彼らを見回して、それからナビスは澪を見つめて微笑む。

「この世界を救うのは、やはり、信仰なのです。私は、そう信じています。信じることを、信じています。……皆が信じられると、信じています」




 この世界は不思議な世界だ。

 祈り、信じることで願いが叶う。それを反故にしたらペナルティがあるのかもしれないが、それでも……それでもやはり、祈ってなんとかなるのは、強い。強いのだ。

 そう。祈って何とかなるなら、やっぱりそうした方がいい。澪の世界ではどうしようもなかった問題はたくさんあるが……この世界では、それらが解決できてしまうのかもしれない。

 だから、全人類、祈るべきなのだ。願うべきなのだ。あるべき世界を。『こうだったらいいのにな』を。それらを……皆の為に。

 皆が心を一つにすることの難しさを、澪は知っている。決して一つになり得ないであろうことも、分かっている。

 現に、パディエーラは勝手に信仰されて勝手に裏切ったような扱いにされて、こうなっている……のかもしれない。

 だが、祈りを望むことすら諦めてしまっていてはいけないのだとも、思うのだ。

 ……そして、世界中全ての人の、というのは無理だが、それでも多くの人の心を1つにする方法を、澪は知っている。

「そうだね。……ほら、目標が細かく決まってるかんじの信仰じゃなくてさ。それこそ、政治的な思想とか一切抜きで、ただ……」

 祈りなんて関係なく、ただ娯楽に心を救われること。アイドルを、アイドルが、皆を愛していること。細かいことなんて抜きにして、皆が形のない愛を漠然と感じられること。……そうしてなんとなく、希望を持てること。それが、世界を救ってくれるのではないだろうか。


「……ただ純粋に、愛!って、かんじの!そういう気分になれたら、いいよね!」

 そう。有体に言ってしまえば、愛。

 万能でなどなくて、有限であって、それでも、漠然と漂っていてほしいもの。皆が感じていてほしいもの。……それを、皆が祈ってくれたなら!




「パディは起きるよ。絶対に」

 澪は立ち上がる。眠るパディエーラに笑いかけて、それからナビスを振り返る。

「だって、信じてるもん。ね、ナビス」

「……ええ」

 ナビスは澪に向けて、頷いてくれた。

「私、信じています。信じることを、信じています。ままならないことも多くて、悲しいことばかりで、それでも誰かが誰かを想っている。……そうであろうと信じていますし、そう皆が信じられると、信じています」

 ナビスは力強くそう言うと、晴れやかに笑った。

「そして何より、ミオ様を信じています!きっと、素敵な案を、見せてくださるのでしょう?」

 だから澪はそれに応えるべくまた笑うのだ。

「勿論!任せといて!」

 信じている。信じているから、きっと何とかなる。

 誰も裏切らない。皆の期待も、澪自身も、ナビスのことも。

「ってことで、パディを起こすためのライブ!開こう!」

 ただ前向きに!そして、全世界を愛して!

 澪は早速、次のライブの計画を考え始めるのだ。……澪が信じているもののために。澪を信じてくれる者のために。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 日本独特の考えかもしれませんが、神って救うだけじゃなく怒らせたら祟りますよね 某神話や日本神話でも神同士で嫉妬したり色々ありますし 聖女が信仰と反することをしてしまったというのは、信…
[一言] 裏切られたと感じた信者による負の想いが、聖女を死に至らしめるとも考えられますね。 不特定多数のマイナスの祈りを「神」が叶えてしまった、とか。
[良い点] そう、ワールドフェスをすればいいのだ!! にしても「神」が物理的にナニカありそうな雰囲気がでてきてとても気になりますね。 そう、神といえば……カニパー様だ!
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