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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
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聖女と勇者と*6

 その日は、聖女キャニスの葬儀があった。

 色々と人騒がせな聖女であったが、王城に仕えた聖女であったのだ。そう派手ではないが、きちんと葬儀が執り行われた。

 ……そして、その葬儀の中で見たのは、案外、聖女キャニスの死を惜しむ人が居たということである。キャニスの世話になっていた見習い聖女も居たのだろうし、他の聖女達もキャニスの派閥に居た者は特に、思うところがたくさんあったようだ。

 まあ、悪いことじゃないよね、と澪は思う。悲しんでくれる人が居る葬儀の方が、いい。きっと。……人の死は悲しいことだが、悲しくない人の死の方が悲しい、というのは、なんとなく分かる。

 さて、そんな聖女キャニスの葬儀を執り行っているのは、聖女キャニスの派閥の聖女……ではなく、ナビスであった。

 そう。何かとしがらみの多いこの王城において、ナビスであるならば誰からも文句を言われることなく葬儀を執り行うことができる。そういう理由でナビスが葬儀を取り仕切っているのだが、まあ、当然のように何かと大変そうである。

 澪はそんなナビスを見てあれこれ手伝ったり、文句を付けに来たらしい聖女シミア派の人々を追い出し、泣き崩れる聖女キャニス派の聖女を慰め、またナビスを手伝い、ナビスにぎゅうぎゅうくっついて、それからまた聖女シミア派を黙らせに行き……と働いた。

 まあ、つまり、非常に大変だったわけである。澪もだが、特に、ナビスが。

 慣れない土地、慣れない場所での、慣れない葬儀だ。ポルタナで数件、葬儀を執り行ったことはあったようだが、ポルタナと王都とではやり方が異なるものが多いらしい。

 それらを勉強しながらなんとか葬儀を行うナビスは非常に大変そうで……ナビスは澪を見つける度に、『ミオ様ぁ』とやってきては、きゅう、とくっついていった。……そうすると元気が出るらしい。澪もそうなので、2人は遠慮なく、きゅうきゅうくっつき合っていた。


 そうして葬儀が執り行われている最中。

「聖女ナビス。勇者ミオ。少し、話をしたい。よいか」

 そんな言葉と共に現れたのは、カリニオス王子であった。




「大変だったな。全く、このようなことになるとは……」

 礼拝堂の裏手にあたる部屋で、澪とナビスはクライフ所長が持ってきてくれたお茶を飲んで休憩している。王子が忙しいナビスを気遣って用意させてくれたものらしい。フルーツと蜂蜜の甘みと香りが美味しいジャルディンのお茶は、疲れた体に染み渡る。

 そうして澪とナビスがお茶で人心地ついたところで、王子はそっと、遠慮がちに尋ねてくる。

「……聖女キャニスの死について、少し、聞きたいのだが」

「はい。何なりと」

「私達に分かることなら、何でも聞いてください」

 大方そうだろうな、と思っていた通りのことを聞かれたので、澪もナビスも余裕を持って答えられる。王子はほっとした様子で一つ頷くと、少し躊躇い……それから、問うてきた。

「彼女の死は、聖女シミアによるもの……つまり、謀殺ではないか、という意見が、王城内で上がっている。どう思う」


「私達は、聖女キャニスは自死であったと考えております」

 ナビスが答えると、王子はほっとしたような顔で頷いた。

「成程。その根拠は何か、あるか?」

「はい……半年ほど前に、レギナで聖女トゥリシアが自死されました。その時と、状況が非常に似ています。また、ひと月ほど前にこの王都カステルミアでも、聖女が1人、亡くなっているとか。彼女も状況が概ね同じです。ですから……そういうこと、なのかと」

「ほう。そうか。トゥリシアも、同じように死んだのだな……」

 王子は聖女トゥリシアの死について、あまり詳しく知らなかったらしい。『ざっとこんなかんじだったみたいですよ』という話を澪からすると、ふんふん、と頷きながら真剣に聞いてくれた。……彼も彼で、呪いを掛けられて病床に臥せったり命を狙われたりしていた時期のことだったので、その分を取り返そうと必死らしい。

「そうか。では……この、一連の自死は皆、それぞれの聖女達が追い詰められたことによる自死、と?」

「はい……彼女達を殺しているのは、彼女達自身です。ですが……」

 そしてナビスは、意を決したように王子に囁いた。

「或いは、神、なのかもしれません」




 それから澪とナビスとで代わりばんこに、考えに至るまでの経緯を話した。

 聖女達の一連の死には共通点があること。自殺の直前には追い詰められていたこと。追い詰められていながら、神の力を行使していないこと。そして、聖女の制約。

 特に、聖女の制約については王子自身、かつてアンケリーナから聞いたものがいくらかあったのだろう。何やら納得のいったような顔をしていた。

「ふむ……神が、か」

 そうしてカリニオス王子はそう呟くと、しばらく、考え込んでしまった。

 ……まあ、突飛な話だよねえ、と澪は思う。

 聖女の制約があることは確かだが、それを破った時の話はナビスも知らない。死んだ聖女達が本当に制約を破っていたかも分からない。そして何より、制約を破った聖女達に天罰を下したのが本当に神なのかは、誰にも分からないのだ。

 だが。

「神というものに意思があるのかどうか、私は懐疑的なのだがな。まあ……『神』というものが、現象や法則のことなら、納得がいく」

 王子はそう言って、ふむ、と頷いたのだった。


「現象や法則……?」

「ああ、そうだ。……神に意思や感情が無いとするならば、そう表現することになるだろう。神は、規律を破った聖女が気に食わないから鉄槌を下すのではない。『そういう風にできている』のだ。そうは考えられないか?そう。例えば、こんなように」

 王子はそう言うと、ポケットからハンカチーフを取り出して、そっと宙で手を離した。ハンカチーフは、ひらり、と翻って落ちていき、テーブルの上にさふり、と広がる。

「ものが地へ引かれて落ちるのも、光が鏡ではね返るのも……そして、制約に反した聖女が自死するのも、全て神の仕業なのかもしれないのだ」

「な、成程……」

 ナビスは『考えたことも無かった』というような顔をしている。澪は、『物理法則が神様かあー』と、納得がいくようないかないような気持ちになっている。

 まあ、でも、そういう風にできている、ということなら、なんとなく納得がいくような気がした。神の力というよく分からないエネルギーがよく分からない働き方をするこの世界なのだ。重力だの光の反射だのとはまた異なる法則だったにせよ、『神』という法則があるのは、自然なことなのかもしれない。

「……まあ、問題なのは、その法則が解明されておらず、知られてもいないということだな」

 カリニオス王子はそう言うと、渋い顔をした。

 聖女アンケリーナのことがあってから『神』というものに対して敬意を持っていないらしいカリニオス王子は、どちらかというと澪の世界の住人と考え方が似ているのかもしれない。つまるところ、合理性を求めて探求する……ある種の、研究者のような。

 澪は、『オカルトに傾倒した統治者よりは、研究大好きな統治者の方がいいよねえ』と思っているので、なんとなく好感が持てる。




「まあ……聖女が死んだ理由が自死、もしくは『神の思し召し』なのだとすれば、まだ状況は複雑ではなかったな」

 それから、王子はそう言って椅子の背もたれをギイと鳴らして姿勢を崩した。少々お疲れのようである。

「状況、というと?」

 疲れているらしい王子を労わるように、ナビスが王子のカップにお茶を注ぐ。すると王子は礼を言ってそれを飲み、それからため息と共に、言葉を吐き出した。

「ああ……聖女シミアから申し出があった。次の王として、私を推すと」

「あら」

「だがその条件として、次の第一聖女として聖女シミアを、そして貴族院の議長として聖女シミアの傘下の者を指名しろ、とも言われた」

「うわ」

 第一聖女、というのが何かはよく分かっていない澪だが、まあ、なんとなく『この国で一番えらい聖女』ぐらいの地位だろうなあ、という想像は付く。ついでに貴族院の議長が云々、というのも、まあ、分かる。要は、国の政治に大きめの口出しをできる立場に聖女シミア陣営を2人も入れろ、ということなのだろう。

 ……成程。これは、聖女シミアが聖女キャニスを殺したと考えるのも已む無しである。

「これで聖女シミアが聖女キャニスを殺害していた、ということなら、聖女シミアを謹慎させ、処罰を……ともできたが、まあ、そうならない方が事態がややこしくなくていいな。人が人を殺すなど、あってはならないことだ」

 王子の言う通り、聖女シミアが悪者だ、という風にできた方が、王子としてはよかったのだろう。だが、道義的には……人間としての正しさを求めるならば、やはり、聖女シミアの犯行など、無い方がいい。その通りだ。そう言える王子だからこそ、澪は『この人のこういうところ、いいよなあ』と思う。

「では、どうなさるのですか?聖女シミアの陣営を、国政に携わる位置に……?」

「いや……彼女の要求は、突っぱねることになるだろうな」

 そして王子は、楽ではない道を選ぼうとしている。聖女シミアの要望を聞く道は、今こそ楽であっても未来に課題を残す道だ。澪も、聖女シミアを見て『あの人ちょっとどうかと思うわ』と思っているので、彼女を国政に混ぜ込むことには反対である。

「どう突っぱねるかは、まあ、私とクライフが考えることだな」

「おや」

 王子の後ろに控えていたクライフ所長は、『おや』と言いつつ苦笑している。この人も王子にずっと従ってセグレードのギルド長までやっていたくらいなのだ。厄介ごとの片棒を担ぐのは慣れっこなのだろう。

「大変だねえ、所長さんも……」

「まあ、大変ですが、やり甲斐はありますよ」

 ……ついでに、クライフ所長はウインクなどしつつ、澪にそう言ってくれた。

 案外、この所長さん、厄介ごとが嫌いではないのかもしれない。


「まあ、よし。ひとまず、聖女シミアについては置いておこう。君達も、このことは忘れてもいい。対処はこちらでやることだからな」

 それからカリニオス王子はそう言って、『これで一旦終わり』とばかり、手をぱふん、と打った。

「はい。では、一旦忘れさせていただきます」

「ね。じゃないと聖女シミアに堪忍袋の緒がプッツンしそうだし……」

「かんにんぶくろ……?」

「あ、うん。えーと、我慢が限界になりそう、っていうか……そういうかんじ」

 そして澪とナビスも、聖女シミアの政界ゴリ押しについては忘れることにする。……彼女の目的がこの国を動かすことなのだと分かってしまった以上、余計に腹が立ちそうな状況が続きそうだが。まあ、腹は立てなくていいなら、立てないに限るので……。

「だが、聖女達については君達の力を借りなければならないかもしれない。このままでは王都でまた聖女が自死しかねないからな」

 一方、聖女シミアとは関係なく、全ての聖女に対しては、澪とナビスが関わる余地がある。

 聖女の自死。

 それを防ぐ方法は、ひとまず1つ、見つかっているのだ。

 ……ここまでの聖女達は、追い詰められて自死している。まだ3件分しか例を見ていないが、その3件全てが玉座や政界への介入を巡って追い詰められた聖女達によるものなのだから。

「はい。聖女達の安全を守ることについては、私も微力ながら尽力させていただきます」

「要は、聖女さん達が追い詰められないようにしてあげればいいってことだもんね。まあ、対症療法っていうか、根本的な解決にならないっていうか、そういうかんじだけど……」

 なので澪とナビスはこれから、王都の聖女達の間を取り持ったり、はたまた追い詰められていそうな聖女があれば元気づけたり、話を聞いてやったりして自殺予防に努めていく所存である。そうすることで救われる命があるならば、是非、そうしたい。

「そうか。ありがとう。……やはり君達は、聖女で、勇者だな」

 カリニオス王子は嬉しそうに表情を緩めてそう言う。澪もナビスもこれに少々照れながらにこにこするしかない。……なんだかんだ、褒められるのは嬉しいのだ!

「こちらも微力ながら、協力できることがありそうだ。聖女の自死について、過去の聖女に似たような例が無かったかどうか、城の者達に聞いてみようと思う。もっと例が多く見つかれば、より多くの共通項が見つかり、聖女の自死についての謎が解けるかもしれない。神の姿をそこに垣間見ることも、できるかもしれないからな」

 そして王子は、『根本的な解決』を目指しているらしかった。

 過去の、聖女達の自死の記録。それを探せば王子の言う通り、聖女の自死の研究が進むだろう。


 ……だが。

「まあ、自死した聖女など、不名誉なものとして記録が葬られている可能性もあるが……」

 王子はそう言って渋い顔をする。

「そうですね……聖女の自死など、神への信仰を否定する材料となりかねません。それこそ、邪教が巣食う隙を与えてしまうことになりますもの。秘密裏に処理されている可能性が高いかと」

 ナビスも表情を曇らせて頷いた。

 聖女の自死の記録は欲しい。だが、それが残っているかは、分からない。聖女にとっては不名誉だろうし、聖女を死なせた王城にとっても不名誉なのだろうし、遺された人々への影響も大きいのだから、残しておく方がおかしいのかもしれない。

 澪は、『そうだよねえ』と納得して頷きつつ、考える。

 聖女の自死について、知っている人は……。


「あ」

 澪は、思いついてしまった。

「えーと……死んじゃった人の記録だったら、めっちゃいっぱい持ってる人に心当たりがあって……」

 澪がそう言うと、王子は不思議そうに首を傾げていたが、ナビスは『ああ、確かに……』と何とも言えない顔をした。

 ……澪とナビスの頭の中では、聖女モルテが妖艶な笑みを浮かべて小首を傾げている。


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[一言] 聖女シミアの申し出を受けなくても、カリニオス王子が王になるのはほぼ確実ですよね。 断ったらシミア派閥が邪魔してきてただただ面倒くさいくらい?
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