聖女と勇者と*4
「あの人も決して、良い人って訳じゃなかったんだけどさあ……」
「そうですね。ミオ様を馬鹿にしたこと、私は未だに許しておりません……」
「でも、死なれちゃうとさあー……」
「はい……複雑ですね……」
澪とナビスは、揃ってため息を吐く。
先程、澪とナビスは揃って聖女キャニスの元へ赴き、『治療』を試みたところであった。
だが間に合わなかった。当然、そうだろう。聖女キャニスは昨晩の内に命を絶っていたと見えて、床に流れた血は既に固まり、彼女の体は冷え切っていたのだから。カリニオス王子やクライフ所長を治した時とは、まるきり事情が異なる。
そういうわけで、聖女キャニスの死は、王城内を揺らしている。あれでも一応、2大派閥の片側を支える聖女であったのだ。彼女の死によって、いよいよロウターの弟アクセムを次の王に、という声は弱まっていっている。
……そしてその代わりに強まっているのは、聖女シミアの陣営だ。聖女キャニスが死んだその日の内から、聖女キャニス側であった聖女達を片っ端から『あなた達を導いていた聖女キャニスはもう死んでしまいましたよ?なら義理立てする必要もないのでは?』と勧誘して回っているらしい。
せめて1日くらいは喪に服してやってもいいんじゃないだろうか、と澪は思うのだが、そのあたり、聖女シミアには考えが無いらしい。つくづく、王城の聖女諸君はこう、澪の美学から逸れたことばかりしてくれるものらしい。
「……まあ、理由は気になるよね」
そんな状況なので、王城内は大騒ぎなのだが……大騒ぎしている内に、調べておきたいことがある。
「あんな亡くなり方したんじゃ、さ」
「……ええ」
澪とナビスが浮かない顔である理由の1つ。それは、聖女キャニスが自らの胸を何度もナイフで刺し貫いていたから、なのである。
そう。つまり、聖女トゥリシアと同じ死に方をしているのだ。
「まずさあ、これ、他殺の線は考えなくていいのかな」
「ううーん……彼女が亡くなった時、彼女には勇者も居ませんでしたから……誰かが聖女キャニスの寝所に忍び込んで犯行に及んでいたとしてもおかしくはありませんね」
「成程。他殺は否定できないのかー」
まず澪とナビスが考えたのは、『これは本当に自殺なのか?』というところである。
聖女トゥリシアの時も思ったことではあるが、どうも、死に方がこう、あまりにも潔すぎる。躊躇い傷も無しに、自らの胸を何度も刺し貫くことなどできるだろうか。せめて、できたとしても一撃までではないだろうか。となるとやはり、他殺の可能性も考えたいところではあるのだが……。
「動機は、何だろう。他殺だとしたら聖女シミア側が何かした、って考えるのが妥当なような気もするけれど。でも、あの聖女さん、もっと陰湿なやり方しかしなさそうだしなあ……」
次に考えるのは、動機だ。
これは、他殺か自殺かで考え方が大分異なるが……それぞれ、なんとなく見えるものはある。特に、他殺だとしたら利害が絡むと考えられるのだから、まあ、聖女シミア側の誰かが有力な容疑者になる。無論、何の証拠も無いが。
「それで、自殺だとしたら、やっぱり失敗ばっかりで嫌になっちゃったっていうことかな」
「追い詰められていた可能性が高いですよね」
そして自殺だとするならばやはり……動機は、重なる失敗と、派閥の暗い未来とを悲観して、ということになるのだろうか。
「……私、昨日の内に聖女キャニスを訪ねていれば」
「いや、しょうがないよ」
ナビスがふと思い詰めた顔をしたので、澪はすぐさまその言葉を遮る。
「こういうのは、しょうがないんだよ。……自分達に非があったとか、助けられたかもしれないとか、そういうの、思ってたらキリが無いから……だから、そういうのは思わないようにしよ」
他人に何かあった時、自分に何かできたのではないか、と後悔することが多い。それは澪もそうだ。澪もナビスも、そういう性分なのだろう。
だが、そんなものを考えても何にもならない。次に生かせるものはほとんど無い。だから、過剰に自分を責めるようなことをしてはならない。理由を、自分に求めてはいけない。ただ、『しょうがなかった』と思う方がいい。……澪は、そう思う。
「とりあえず、聞き込みしてみようか」
考えなくていいことを考えてしまいそうな時には、体を動かすのが良い。ということで、まずは聞き込みだ。聖女キャニスが自殺か他殺かも含めて、情報を集めて判断した方が良さそうである。
それに……。
「聖女キャニスのこともそうだけど、その前にも1人、亡くなってるんだったよね?」
「ええ。そちらの方の状況も、気になりますよね」
調べなければならないのは、聖女キャニスの死だけではない。
聖女キャニスの前に1人亡くなっているという、王城の聖女のことも調べる必要があるのだ。
ということで、澪とナビスは2人連れ立って、聖女キャニスの葬儀の準備に忙しい聖女キャニス陣営を訪れていた。
「いいじゃないですかぁー。死んだ人に尽くしたって、何にもなりませんよぉ?ただ、こっちのお手伝いをお願いしたいっていうだけでぇー……」
……のだが、そこでは聖女シミアが勧誘を行っていた。
「あー、悪いけどこっちが先約」
なので、澪は聖女シミアと、聖女シミアに声を掛けられて困っていた様子の聖女見習いの間に割って入って、聖女見習いに笑いかける。
「ごめんねー、遅くなっちゃって。じゃ、いこっかー」
「は、はい。では、その、聖女シミア。申し訳ありませんが、これで失礼します」
「えええー!?ちょっとぉー!?先約って、何ですかぁ?私が先にお話してたんですけどぉ?」
聖女見習いの肩を抱いてその場をさっさと離れてしまえば、聖女シミアのねちっこい声が背中に投げかけられたが、それだけだ。澪が振り返って一睨みしてやれば、聖女シミアも分が悪いと見たのか、黙ってしまった。
……ということで、澪とナビスは助けた聖女見習いを連れて聖女キャニス陣営の部屋まで連れて行ってやった。
「さて、ここまでくれば大丈夫かな」
「ありがとうございました!何とお礼を申し上げればよいか……聖女シミアには、本当に困っていたんです。助かりました」
「あなたが助かったというのなら、よかったです」
ひとまず、聖女見習いは心底ほっとした顔で、澪とナビスにぺこんと頭を下げた。人助けができたということは、澪とナビスにとって喜ばしいことだ。思わずにこにこしてしまいつつ、聖女見習いに『いいよいいよ、気にしないでね』と言ってやって……それからふと、思い立って聞いてみた。
「あ、そうだ。ええと、じゃあ、助けたついでに、ってことでちょっと恩着せがましいんだけど、聞きたいことがあるんだよね」
ちょっとやり方がずるいかなあ、と思いつつ澪がそう言ってみたところ、聖女見習いは『何なりと!』と嬉しそうに言ってくれた。助けられた恩に報いたい、という気持ちがあるらしい。つくづくいい子である。澪はなんだか嬉しいやら申し訳ないやら、複雑な気持ちである。
だが複雑な気持ちであっても、この奇妙な自殺については調べなければならない。澪は意を決して、尋ねた。
「えーとじゃあ……聖女キャニスの死について。それから、最近自殺しちゃった王都の聖女さんについて。何か知ってること、無いかな」
それからも澪とナビスは、様々な人々に、聖女キャニスの自殺直前の様子や、最近自殺してしまった例の聖女について聞いて歩いた。
その結果……既に分かっていたような、そうでもないような、そんな情報が集まったのである。
「やっぱり追い詰められての自殺、ってかんじっぽいよね」
澪はメモを取ったノートを眺めて眉根を寄せる。
……まず、聖女キャニスについて。
彼女はやはり、追い詰められていたらしい。勇者と澪の決闘も、ドラゴン討伐も上手くいかず、そもそもの派閥争いもカリニオス王子の登場によって台無しになりそうな状況を見て、病的なまでに憎悪と呪詛を吐き散らしていたのだとか。
そんな状況だったので、聖女キャニスの周りの人々は、『自殺だったとしてもまるでおかしくないと思う』というようなことを述べていた。まあ、少なくとも自殺の動機はちゃんと分かる、ということである。
……続いて、最近自殺してしまったという聖女について。
彼女は彼女でやはり、追い詰められていたらしい。どうも、2つの派閥の間でスパイのようなことをしていたらしく、その重圧や人に嘘を吐く罪悪感、そして何より、『どちらの聖女も到底尊敬できない』ということについて思い悩んでいたらしい。
あまりにも悩んでいたので、こちらもやはり、自殺はおかしくないと思う、と皆が答えた。だが……。
「そして2人とも、自死にあたっては自らの胸を何度も刺して亡くなっている。……不自然ですね」
「ね。ほんと不自然だよ。ここに来てトゥリシアさんのアレが再発してるみたいだ」
聖女トゥリシアの自殺の時から不思議に思っていたことが、ここに来てまたやってきた。
今回のこれも、トゥリシアの時のあれと状況が似ている。死に方が非常によく似ているのだ。あまりにも不自然な死に方が、こうも似ていては……。
「トゥリシアさんのやつと関連が無いとは言えないよね、これ……」
「ええ……どうしても、関連を見出してしまいますね。トゥリシアさんについても、追い詰められていたのは確かでしょうし……」
状況も似ている。トゥリシアはトゥリシアで、実家からは勘当され、監獄の中で将来を絶たれたことを知った。……トゥリシアの行いは間違っていたわけで、その点において彼女を擁護することはできないわけだが……それでも、当時の彼女の心境を考えると、やるせないものがある。
「……皆、聖女だっていうところも一緒だよねえ」
そして何よりも澪がやるせないと思うのは、皆が『聖女』だということだ。
「そう、ですね……。もしかすると、知られていないだけで、聖女以外の人も同じように自死してしまっているのかもしれませんが」
「まあ、聖女は有名になりやすいから、っていうのあるかもしれないよね。でも……うーん、逆なら分かるんだよなあ」
そう。『逆』なら分かる。やるせないのはやるせないが、それでも、理解はできるし、納得も、できる。
だが……死んだのは皆、『聖女』なのである。
「逆?それは一体、どういう……?」
ナビスが首を傾げるので、澪は『まあ、ナビスは聖女だもんなあ』とちょっと申し訳なく思いつつ、答える。
「うん。聖女だったら、願いを叶えられるわけじゃん?そんな聖女が自殺に追い込まれるわけだから……なんだかなあ、って思って」
澪が言うと、ナビスは『ああ』と納得のいったような顔をする。……そして。
「あの、ミオ様。実は、聖女にはいくつか決まりごとがあるのです」
そう、話し始めたのであった。




