聖女と勇者と*2
聖女キャニスが彼女の勇者と共に出ていった。リーヴァを荒らして去っていったドラゴンをいち早く見つけ、討伐するために。
「ったく、あーのお嬢さんはホントに好き勝手してくれるねえ……」
仕方が無いので、現在、澪とナビスが聖女キャニスを追いかけている。概ねどちらへ向かったかを見ていた御者が居たので馬車の運転を彼らに任せ、ドラゴンの居そうな方を目指して進んでいるところだ。澪とナビスは馬車の中に並んで座って、時々幌の外を見てはドラゴンが居ないか、気配が無いかを確認している。
「ええ、全く……。役割分担、ということでしたら、予めそう仰っていただければよいのですが」
「あー、多分そういうつもりじゃないと思うよ。精々、『誰かが手出ししない内に1人でドラゴンを討ち取って、手柄はすべて自分のもの』くらいにしか思ってないっしょ、アレは」
澪は少々辛辣になっている自分の言葉を自覚しつつ、そう言ってため息を吐いた。
……聖女キャニスが、ただのツンデレならいいのだ。或いは、不遜で我儘であっても、マルちゃん並みの能力と覚悟があるなら、それでもいい。
だが恐らく、そうではない。
少なくとも……聖女キャニスの勇者は、弱い。ドラゴンと戦って勝てるかどうか、危うい。それを澪は、知っている。
「1人?勇者様とご一緒なのでは」
「いや、あれは1人だよ」
そう。聖女キャニスは、『1人』なのだ。
「……勇者と聖女と2人で居る、っていう感覚も、あの人には無さそうだよ。そうじゃなきゃ、私に負けた程度で勇者をクビにしないと思う」
澪が負かした、勇者フェーレス。彼があっさりと切り捨てられたところを見るに、聖女キャニスは彼と信頼関係にあったという訳では無さそうである。
そう。彼女は、自分の最も近くに居る者ですら、信じていない。そんな風だから、恐らく、信じられてもいない。だから彼女は『1人』だし、弱い。
「ああ……成程。彼女にとって『勇者』というものは、替えの効く道具でしかないのですね」
ナビスは俯いてそう言うと、きゅ、と澪の袖を掴んだ。
「……私には、考えられないことです」
ナビスの仕草と物言いがあまりに可愛らしいので、澪は思わずナビスをむぎゅうと抱きしめていた。
これはナビスが悪い。ナビスが可愛すぎるのが悪いのだ。澪のことを信じてくれていて、『ただの道具だとは思えない』と言ってくれている。こんなに可愛いことがあるだろうか!
澪は、『ありがとうナビス!私、ナビスと一緒に居るからねえー!』と叫ぶしかない。するとナビスは嬉しそうに恥ずかしそうに笑って頷いて、きゅ、と澪に抱き着き返してくるのだ。……澪の信仰と『かわいい!』を一身に受けて、金色に光り輝きながら……。
さて。
澪がナビスを信仰してしまう間にも馬車は進み、やがて、太陽が完全に沈んでしまう。
「夜になるともう周りが見えないねえ」
「ええ。ですが、好都合です。ドラゴンが火を吹いたら目立ちますから」
太陽は沈んだが、ドラゴン探しには丁度いい。ドラゴンは戦う時、ほぼ間違いなく火を吹くだろう。火を吹くドラゴンだったからこそ、港町リーヴァは燃えたのだろうし。
「ということは、光がある方を目指していけばいいかんじ、ってことか。えーと……」
澪は馬車の外を覗いて、きょろ、と視線を動かし……。
……そこで、ぎゃおお、と、ドラゴンの雄叫びを聞いた。
「……あっちの方?」
「……ですね。ここから近い、かと」
澪とナビスは顔を見合わせると即座に馬車を降り、雄叫びの方へと走るのだった。
ドラゴンは、海辺の切り立った崖の上に居た。そして、崖の端まで追い詰められているのは、聖女キャニスである。
「あーあーあーあー!言わんこっちゃない!」
「すぐに助けましょう!」
澪は短剣を抜き、ナビスは杖を構える。そうして澪には力が宿り……澪の想像のままに、澪は動けるようになる。
澪が突進していく最中、追い詰められた聖女キャニスが何か、火の球か何かをドラゴンに投げつけた。パディエーラがやる術の類型であろう。
だが、当然、そんな術1つ程度でドラゴンはどうこうできない。特に、火を吹くドラゴンに火をぶつけてもあまり効果が無いのは当然のことである。聖女キャニスは『どうして!?』と喚いていたが、それすらもドラゴンには楽し気に聞こえるのかもしれない。ドラゴンはまた一歩、聖女キャニスに近づいて……。
「よっこらしょ」
……そこで、澪が間に合った。
ドラゴンの背に飛び乗った澪は、即座にドラゴンの首に短剣を突き立てる。
オリハルコンの短剣は、ドラゴンの鱗と鱗の間を縫って、ぶすりと肉へもぐりこんだ。
ドラゴンは肉を断たれる経験など、碌にしてこなかったのだろう。唐突な痛みと衝撃に、ぎゃおお、と吠え、首をぶんと振って暴れ出す。
「よーし、こっちこっち!」
澪はドラゴンの首から短剣を引き抜くと、そのままドラゴンの首を蹴って宙を舞う。するとドラゴンは澪の居る方へと方向を変え、澪を狙って攻撃し始めた。
「さあ、聖女キャニス!こちらへ!」
その隙に、ナビスが聖女キャニスを救出する。聖女キャニスはすっかり怯えていたが、ナビスに手を引かれてなんとか崖からは離れた。
「さあ、ドラゴンよ!リーヴァの人々を襲ったこと、決して許しはしません!」
「そうだそうだーっ!焼肉にしてやるーっ!」
聖女キャニスという邪魔がひとまず避難したので、いよいよ澪とナビスはドラゴン相手に戦うことになる。最初の首への一撃は、まあ、ご挨拶のようなものだ。ここからが本番。ここからが……今まで出会った中で最も大きなドラゴンとの、本当の戦いである。
やることは変わらない。ナビスは祈り、澪は想像の通りにドラゴンと戦う。それだけだ。
だが、それだけのことが今までのようにはいかない。……何せ、ドラゴンは大きく、速く、強い。澪の想像を上回るような動き方をしてくるものだから、余裕を持って避けたと思われた攻撃が掠ったり、致命的な一撃を入れてやったと思ったら浅くしか入らなかったり、そんな状態となってしまう。
……更に。
「うわっ、飛んだ!」
ドラゴンは、屋外の広い広い空間で、飛ぶ。月と星の光にその鱗を煌めかせながら、高く飛んで……そして。
「来るよ!」
「ええ!」
……高所から一気に、澪達に向けて突進してきた。
空気を大きく掻いて飛び込んできたドラゴンを、澪とナビスは既のところで避ける。だが、大きく乱された気流に押され流されて、転倒は免れない。
うっかりすると、鼓膜を持っていかれそうなくらいの、そんな暴風だった。流石にドラゴンはドラゴン、ということだろうか。
「飛ばれちゃうと厳しいよねえ」
「あれは学習していますね……」
更に、突進を終えたドラゴンはまた、宙へと舞い上がる。『次は外さない』とばかり、ぎろりとこちらを睥睨してくるものだから、澪としてはやりづらくてかなわない。
「空中に居るにしてもせめて、動かないでいてくれればなー」
これでは戦えない。澪の想像では、空中に居るドラゴンの速さについていけない。『訓練不足だったなあ』と澪は内心で歯噛みする。
……だが、澪は1人ではないのだ。
「ならば、やってみましょう。……えい!」
ナビスの可愛らしい掛け声が起こると同時、ナビスの足元がぶわりと金色に輝いて、そして……。
じゃりじゃりじゃり、と音を立てて、金色の鎖が何本も、一斉に伸び上がっていったのである!
「うわー!ナビス、すごい!いつの間にそういうのできるようになったの!?」
「ふふふ、『いつの間にか』ですよ、ミオ様!」
ナビスが放った鎖は、見事にドラゴンを捉えた。ドラゴンは鎖から逃れようとしていたが、それよりもさらに鎖が速い。鎖はたちまちの内にドラゴンに絡みつき、そして、遂にはドラゴンの翼の自由を奪ってしまう。
……そうなれば、ドラゴンは墜落するしかない。そして、墜落してくれたなら……こちらのもの、なのだ。
「ありがとナビス!ちゃちゃっと仕留めてくる!」
「はい、よろしくお願いします、ミオ様!」
澪は颯爽と飛び出していく。強く、強くイメージを信じて。
澪の脚はほんの一蹴りで大きく大きく前へ動き、ナビスの鎖の上へと乗る。鎖はドラゴンを地面に繋ぎ止めてピンと張られており、足場にするには丁度良かった。
綱渡りの危うさなどどこにも見せず、澪は鎖の上を走る。走るというよりは半ば飛ぶようにして進み、そして、ドラゴンへと迫る。
鎖に繋がれたドラゴンが、ぎろり、と澪を睨む。澪はそれをぎろりと睨み返して、ドラゴンの首に向けて短剣を振りかざした。
短剣から延びるのは、光の刃。神の力がそのまま凝固したようなその刃で、澪は、いよいよドラゴンの首を斬り落としたのであった。
「焼き肉!」
「焼き肉!ですね、ミオ様!」
ということで、ドラゴンは無事、焼き肉への道を一歩踏み出したのである。後は澪が捌いて焼いて、皆で食べるだけである。2人はうきうきだ。
……だが、うきうきばかりもしていられない。後片付けは大切だ。
「さて。色々聞きたいことあるんだけどさ」
ナビスが避難させた聖女キャニスに、澪とナビスは近づいていく。聖女キャニスはドラゴンに殺されかけたのが余程怖かったのか、未だに座り込んだままだ。
「勇者の人はどこ?」
「に、逃げたわ。逃げたのよ、あの恩知らず!私を置いて……」
まず、勇者の人の安否の確認。とりあえず、ドラゴンに食べられちゃったわけではなさそうなので澪はほっとした。
「で。なんで、誰にも連絡せずに1人で行っちゃったの」
次に聞くのはこれだ。まあ、概ね答えは分かっている。手柄が欲しかったのだろうが……。
「し、シミアが……シミアの部下が、言ってたのよ!私はシミアに騙されたの!」
……何やら、雲行きが怪しくなってきた。




