流行*3
澪に流行のことは分からない。だが、とりあえずなんとなく、『こうやったら流行になるんだろうなあー』というような部分は分かっている。
この、SNSどころか電話すら無い世界においても、流行の発信源は『見た』と『聞いた』であろう。そしてより強いのは、『見た』の方であると思われる。
……王都では、比較的すぐに流行が移り変わる。つまり、流行に介入しやすい、と言えるだろう。
特に、この国の頂点……皆が憧れ、真似るべき対象が居るのだから。その最たるところ、王や王子が愛用している道具などがあれば、それが注目を集めることは間違いないのである!
ということで。
「あの……クライフ様。こちらを、カリニオス殿下にお届けくださいませ」
その日の内に、『素晴らしい礼拝式だった!』と伝えに来てくれたマメなクライフ所長に、ナビスから贈り物を預けることになった。
「この度、ポルタナに帰った時に手に入れてきたものです」
もじもじ、としながらナビスが差し出したものは2つ。
1つ目は、月鯨の歯で作られたベルトのバックルだ。シンプルながら美しい細工の代物である。テスタ老渾身の作なのだ。
そして2つ目は、聖銀の短剣である。こちらは鍛冶師カルボの渾身の作であり、切れ味もその細工の美しさも、そうそう右に出るものは無いだろう。
……要は、王子が身に付けるとしても恥ずかしくないような、そんなものを用意してきた、ということである。
「できるだけ、王子様にこれ、身に付けていて欲しいんだ。詳細は同封のお手紙に書いてあるんだけど……『流行』を作ってもらいたくて」
「りゅ、流行……?」
「はい。王子様が『ポルタナ製品』を身に付けていらっしゃれば、それが流行になるかと。そして、ポルタナ製品の良さを知ってもらうきっかけになるのではないかと……」
ということで、澪とナビスはクライフ所長相手にあれこれと説明した。ポルタナ村興しの一環として、流行の発信源を作りたいのだ、ということ。王子や有名な聖女達がこぞってポルタナ製品を身に付ければ、それで流行が生まれるだろう、ということも。
「分かりました。アンケリーナ様とナビス様のポルタナを興すためということならば、王子も喜んで協力してくださるでしょう。これらは確かにお届けします。お2人のお言葉も」
「わあい、ありがとうクライフ所長!」
やはり、持つべきものはコネである。この国最強のコネを1つ持っていると、世界を動かすようなこともできてしまう!
「……で、これは便宜を図ってもらうお礼ってことで」
「おや!」
ということで、そんなコネを大切にしたい澪は、クライフ所長にも聖銀の短剣を一振り、プレゼントすることにした。
クライフ所長はどうも、王子の侍従という扱いで城の中に居るようなのだが、その実は護衛であり、王子の手足となって動くための立場、ということらしいので……。
……澪は、将を落とすために馬を狙う、などという勿体ないことはしない。将も馬も、懐かせておきたいタイプである。
さて。ナビスの礼拝式から、二週間ほど。
……王都の中、そして外にも、ポルタナブームが巻き起こりつつあった。
最初は勿論、ナビスの礼拝式だ。礼拝式中、ナビスの美しさに見惚れた人々は、ナビスが身に付けていた聖銀細工のかんざしを買い求めてくれて、更に、それを身に付けてくれるようになった。
そうしてちらほら、と王都で聖銀のかんざしが見られるようになってすぐ、次の発信源が現れる。そう。レギナの大聖堂の、マルちゃんとパディである。
どうも、『聖女パディエーラと聖女マルガリートがお揃いの細工の髪飾りをつけている!』と話題になったらしいのだ。
……これについては、パディエーラが『折角だから合わせましょうよぉ、マルちゃーん』とマルガリートを口説き落とし、マルガリートの髪をパディエーラが整えるついでにお揃いのかんざしやヘアピンを使ってみた、ということらしい。パディエーラがころころ笑いながら、後で教えてくれた。
さて、こうして有名聖女までもがポルタナの細工物を身に付けている、となると、耳の速い者達は早速、ポルタナ製品を買い求め始めた。これによってポルタナには益々外貨が落ちるようになり、ポルタナ交易所は『嬉しい悲鳴ってやつですね!』という信号をメルカッタギルド伝いで送ってきてくれた。
聖銀は軽く丈夫で、美しい。だがそこに更に魔除けの力もある、となれば、魔物の活性化が恐れられるこのご時世、聖銀の需要は留まるところを知らない。特に、戦えない者達が『これで魔除けができれば……』と、半ばお守り代わりに聖銀製品を買っていくことも多いようだ。
そうして、徐々に、しかし確実にポルタナ製品の人気が出始めると、それに乗り遅れてはならないとばかり、王城の中でもちらほらとポルタナ製品を見るようになっていく。
そして遂に、大きな爆弾が投下された。……そう。カリニオス王子が、公的な式典の場に、ポルタナの聖銀の短剣と、ポルタナの月鯨の歯のバックルとを身に付けて現れたのだ。
更に王子は、『素敵な短剣ですね』と世間話を持ち掛けられた時、『ああ、これはポルタナという海辺の村の製品だ。聖銀の産地として知られていたが、近頃また、鉱山が復活したらしい。腕利きの鍛冶師も多く居るようで、中々の業物を贈られてな。悪くない品なのでこうして身に付けている』などと自慢したらしい。
更に、ベルトのバックルについても、『ポルタナの海には魔物が出ることがあるようだが、それらは資源でもある。月鯨の歯がこのように、美しく軽く丈夫な細工物になるのだ。魔物が増えている昨今においては、ポルタナの例を参考にしながら国中で魔物を資源とする試みを進めていくべきだろう』と言い出したらしい。
……王子が如何にポルタナを愛してくれているかがよく分かる一幕であるが、裏事情を知らない王城の重鎮達は、『ポルタナという村はそんなにすごいのか!?』と慄き、『これは注意して見ていかなければ……』とポルタナへの興味を持ってくれたらしい。
更に王子は、『レギナや王都の聖女達の間で、聖銀の杖を用いて声をより大きく遠くまで届ける技術が使われているらしい。また、魔除けの結界や寒さをしのぐ結界を張ることもできるそうだ。城でも何本か、聖銀の杖を仕入れて実験的に使ってみるべきだろう』とまで言い出したらしいのだ。
……確かに、杖マイクは、王城でも有効活用できる代物である。澪もナビスも、マルちゃんもパディもすっかり普通に使うようになってしまったものだから、盲点だったが……聖銀の杖もまた、しっかりアピールしていい代物であった!
そうして、『王子に気に入られる為にもポルタナに興味を持っているふりをしなければ……』と考えた者達や、本当に『ポルタナっていいね!』と思ってくれた者達によって、王城の中でもポルタナ製品が多く見られるようになっていく。
ナビスの礼拝式から1か月も経てば、聖銀の杖が数本王城に届いて、それが王子の演説で使われるなど、ますますポルタナ製品の存在感が見せつけられていった。
……マルちゃんやパディ、そしてカリニオス王子の全面的な協力によって、アンケリーナの時代からずっと下火であったポルタナ製品は、再び、その人気に火が付いたのである。
……と、なってくると、皆が、思うのだ。
『この流行はどこから来たのか』と。
そして、流行の出所を証言する者が居る。ナビスの礼拝式に来た者達が皆、その事実を知っている。
『聖女ナビスが今回の流行の発端である』と。そう知らせるのに、苦労は無かった。
……ということで、最初の王都礼拝式から一か月後。次のナビスの礼拝式には、凄まじい数の人々が押し寄せていた。彼らの目的は、必ずしも1つではない。
聖女ナビスの礼拝式が一風変わった、エンターテイメント性に優れた楽しいものであると知って、ライブを楽しむファンのようにやってきた者達。
王都を揺るがす流行の品を物販で手に入れようとやってきた者達。
そして、最先端の流行が、また聖女ナビスから生まれるのではないか、と考えて偵察に来た者達。
……様々な目的で集まった彼らは、皆、目を輝かせて楽し気にナビスの登場を待っている。それを舞台袖ならぬ壇上の袖からそっと観察して、澪とナビスはびっくりしていた。
「予想以上だねえ」
「あわわわわ……こ、これほど人が集まるとは……」
流行の中心であれば、王都の人々の関心を引けるのではないだろうか、と考えた。少なくとも、田舎者として馬鹿にされることはないだろう、と。……だが、どうも、そんな予想を遥かに上回る結果が出てしまったようだ。
観客の数は、下手するとレギナの大聖堂の合同礼拝式と変わらない程に多いように見える。つまり、この国随一の聖女都市最大の礼拝式と同程度の規模、ということである。
この事故物件教会がある程度大きな箱でよかった。庭まで含めれば、かなりの人数を収容できるのだ。……つくづく、王城の礼拝室ではなくこちらを選んでおいてよかった。心底そう思わされる。
「期待が重い!でも楽しい!乗り越える壁は高くないとつまらない!こう来なくっちゃね!」
「し、しかしミオ様!これだけの人の数となると……うう、緊張してきました」
澪は乗り越える壁に立ち向かう時に楽しさを覚えるタイプだが、ナビスは高い壁を前にして尻込みしてしまうタイプだ。そんなことはとっくに知っている澪は、ナビスの手を握って、にっこり笑う。
「大丈夫!しっかり私が導いてあげるよナビス!がんばろ!で、楽しも!」
きっと、ナビスの力があれば、ナビスだけでもどこへでも行けるだろう。ただ、ナビスに思い切りがあるならば、だが。
……だから、澪がナビスを連れていくのだ。ナビスが行きたい場所へ、澪が、ナビスの手を引いていくのだ。
「……はい!楽しみましょう!」
ナビスも笑顔になって、澪と笑い合う。お互いにお互いの手のぬくもりを確認したら……2人は、ステージの中央へと進み出るのだ。
……そうして、第二回王都礼拝式も大盛況のうちに終了した。
いよいよナビス信者は増えに増え、今や、『聖女ナビスの信者になること』こそが流行になりつつある。
流行とは一過性のものも多いが、それでも、一度でも大きく流行することには意味がある。ナビスの礼拝式を知ってくれれば、一度きりと思っていた人だって、継続して信者になってくれる可能性があるのだから。
まあ、流行り廃りの『廃り』の方はひとまず考えないこととして、何はともあれ飛ぶ鳥を落とす勢いの聖女ナビスはすっかり王都中の話題となり、いよいよ第三回礼拝式が望まれる……という、ある日。
「あー、ナビス様、ミオ様。少しよろしいでしょうか?」
流行ってもなんでも変わりなく。今日も診療室で働いていた澪とナビスの元に、クライフ所長がやってきた。
「あれ、クライフ所長。何かあった?……あれっ!?」
そして、そちらを見た澪は、愕然とする。
「悪いな。私も邪魔しているよ」
慌てて立ち上がってぴしりと姿勢を正す澪とナビス、そしてリグナ医師の前に現れたのは、カリニオス王子その人であった。
……澪とナビスの様子を見に来るのは、王子ではなく専らクライフ所長であった。何せ、王子は忙しい。その忙しい御身でわざわざ診療室に来るとなると、周囲の者達は『何かあったのか』と勘繰るのだ。
王子とナビスの関係を下手に勘繰られるのもまずいので、王子はいよいよもってして診療室など訪れられない訳なのだが……それでも来た、ということは、何か余程のことがあったのだろう。
……そう。何よりも、王子の表情が、有事を物語っていた。ナビスに会える嬉しさよりも、緊張と焦燥が勝るその表情を見てしまえば、いよいよ『何かあった』ことは確実である。
「国王陛下より、聖女ナビスと勇者ミオにも招集が掛かった」
そして、カリニオス王子はそう、切り出した。
「王都より西、貿易港リーヴァにドラゴンが出たとのことだ。至急、戦える者を集めて救援に向かわなくてはならない。これは、国王陛下直々の命令である。……行ってくれるか?」
「はい!勿論です!やった!焼き肉!」
「ドラゴンの腸が手に入れば、どらごんたいや増産に繋がりますね、ミオ様!すぐに向かいましょう!」
……一も二も無く、澪とナビスは了承した。
2人の喜びように王子はぽかんとしていたが、やがて、からからと笑い出す。クライフ所長も『まあ、このお2人ですからね……』というような顔をし、ただ、リグナ医師だけが『ドラゴン!?焼肉!?たいや……!?』と混乱していた。




