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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
142/209

流行*2

 ……そうして迎えた礼拝式当日。

「よーし、完成!どう?動いても緩まない?大丈夫?一応、Uピンでガッチリ留めてあるけど……」

「はい。大丈夫そうです!」

 鏡の前で、澪とナビスは笑い合い……そして、ナビスは目を輝かせて、自分の髪にそっと触れる。

「それにしても、ミオ様は……本当に、色々なことがお得意なのですねえ……」

 ほう、と感嘆のため息を吐き、ナビスが頬を紅潮させているのは、どうやら、澪が髪を結ってみたから、らしい。

 ……今、ナビスの髪は後ろで1つにまとめてある。三つ編みにして、それをまとめてお団子にしてあるのだ。そしてそこに挿してあるのは、かんざしである。

 繊細な聖銀細工のかんざしは、ナビスが頭を動かす度、さりさり、と小さな音を立てて飾りを揺らす。それがナビスの銀髪に映えて、またひときわ美しい。

「そりゃあね。私が居たところだと、女子同士で髪の毛編んだり巻いたりまとめたり、いっぱいしてたから!こういうのもいっぱいやってたし、自信あるよ!」

 澪自身はショートヘアなので、ヘアアレンジするようなことはまあ、無い。だが、澪はそれなりに手先が器用な性質であったので、吹奏楽部内では『ヘアメイクさん』になることもあった。『ミオがやるとめっちゃ綺麗にポニテできるよねえ』とは専らの評判であったし、今、ナビスにしたようなアップスタイルもお手の物だ。

 そこで、新たなグッズとして考えたのが『かんざし』である。

 お団子ヘアに挿してみるだけでも可愛いし、慣れてくればこれ1本で髪をまとめることもできる。この世界では男女ともに髪が長い人がそれなりに居るので、まあ、需要はそれなりにありそうだと踏んだ。特に、王都のような場所では新しい形の髪飾りは、それだけでそれなりに注目を集めるだろうと思われる。

 また、装飾部分以外は非常に簡単な形をしているため、大量生産もそう難しくない。グッズとしては、まあ、悪くないだろう。特に、単純な形状だと、聖銀もそうだが……月鯨の歯の加工が可能になるのだ。

 そう。今回は、月鯨の歯もグッズ化した。テスタ老他数名の職人達に頼んでみたところ、それなりの数のかんざしを作ってくれた。柔らかい象牙色のかんざしは、中々悪くない出来栄えであった。

 そして、まあ、折角なので……。

「月鯨の歯はやはり、私よりミオ様にお似合いですね」

「そう?えへへ、ありがとー」

 ……澪はショートヘアだが。髪を結うことはできないが。だが、ヘアピンを飾るくらいなら、できるのだ。

 ということで、今、澪の髪には月鯨の歯を磨いて作った飾りのヘアピンが留められている。着けてくれたのはナビスだ。……ナビス曰く、『このように髪を飾りあうようなの、ちょっとだけ憧れだったのです』とのことであった。かわいい。かわいすぎる。

「さーて、これで今後、かんざし流行ると嬉しーなー」

「まあ、こればかりは私達の力だけでどうこうできるものではありませんので。祈りましょうか」

「そうだねえ。うーん、神様、よろしく。ナビスを流行の原点にしてください……」

「ポルタナの産業が大いに注目されますように……」

 さあ。準備はこれで整った。澪もナビスも、後は礼拝式に臨み……そこで、最高に魅力的な姿を、信者達に見せつけるだけなのである!




 会場には多くの人が詰めかけていた。こうなることを見込んで、予めポルタナで暇していた人をスタッフとして雇用しておいたのだが、それは正解だったと言える。

 待機列の整備であったり、物販の売り子さんであったり。あちこちでポルタナの人々が働いて、そこにお行儀よく信者達が並ぶ。

 ……ありがたいことに、王都での礼拝式であるにもかかわらず、ポルタナやメルカッタ、レギナからも信者達が集まってくれた。そのおかげで、王都の人達は古参のファン達を見て『こういう風に並ぶのか……』『ああいう風にぶっぱんとやらに臨むのか……』と学習してくれた。

 尤も、王都の人々の中には、レギナの礼拝式を経験している人がそれなりに居たので、『物販』自体にはそれなりに馴染みがあるようであったが。つくづく、レギナにもポルタナ礼拝式文化を輸出しておいてよかった!と思う澪であった。

 尚、心配だった王都の人の入り具合であったが……こちらは、想定を上回る人の入りとなった。どうも、例の事故物件で話題の聖女が礼拝式をやるらしい、ということで、話題にも上っていたらしい。

 つまり、今来ている王都の人々は、噂の事故物件と噂の聖女を見に来ただけで、ナビスを応援しに来たわけではない、という人が多いのだろう。

 だが関係ない。礼拝式に来た以上、帰る時にはファンにしてやるのだ。ナビスなら、それができる。澪はそう、信じている。




 さて。そうして礼拝式が始まった。

 礼拝式の始まりを告げるのは、澪のトランペットの高らかな音色で奏でられる、ポルタナの舟歌である。

 礼拝堂の空気を震わせ、礼拝堂の外、庭にまでしっかり響く鋭い音色。銀のトランペットならではの、硬さを感じさせつつも華やかな音。それが、王都の夜を切り裂いていく。

 ナビスの礼拝式の実態を知らないご新規様達は、皆、ざわめいた。礼拝式にラッパとは、と。

 だが、澪の演奏はそんな声すら封じこめるようにして響く。さあ好きなだけ聞け、とばかり、堂々と音を響かせて、澪はその最後の一音までしっかりと、余韻を残して吹き上げた。

 ……そして、澪はナビスから聖銀の杖を受け取ると、早速、王都の夜へ切り込んでいくのだ。

「皆ー!今日は聖女ナビスの礼拝式に来てくれてありがとー!今日も思い出に残る礼拝式になるように!皆で盛り上がっていこうねー!」

 ご新規様達が目を剥く中、2回目3回目のリピーター達がわっと沸く。特に、最初期のポルタナ礼拝式から知る者達は、『遂に王都進出だ!』とその喜びをペンライトを振る腕に込めて、全身全霊で盛り上がりを見せてくれた。

「えーと、王都の皆さんは初めまして、かな?びっくりしちゃった?えーとね、私達の礼拝式はこういうかんじだから、ま、気楽に楽しんでいってね!」

 ぽかん、としている王都の人々に笑いかけると、澪は早速、ナビスを壇上の中央へと連れてくる。

「さて!今日は記念すべき日っていうことで、ナビスにも喋ってもらおうかな!……何せ、ポルタナの小さな礼拝式から始まった私達だけど、今日は遂に、王都で礼拝式を開くことができました!ここまで応援してきてくれた皆、本当にありがとう!」

 また、わっ、と沸いた会場に笑顔を向けつつ、澪は杖をナビスへパスする。するとナビスはにこにこと嬉しそうに笑って一礼すると、心の底からの喜びを表しながら皆に語り掛けるのだ。

「そして、これからも変わらぬご支援を、どうかよろしくお願いします!皆様の信仰あってこその、今日のこの礼拝式です!皆様からお預かりした信仰の分、懸命に励んで参りますので、どうか……これからも共に歩んで参りましょう!」

 ナビスのこの挨拶に、ファンは大いに盛り上がる。自分達が応援してきたアイドルが今、王都に進出を果たしたのだ。……その実、ナビスが王城で下働きをしている、というだけではあるのだが、まあ、雰囲気とノリと勢いは大切である。

「ってことで、早速次の曲、いってみよう!次にお送りします曲は……すっかり私達の十八番になっちゃったね。メルカッタの戦士諸君の歌!『竜の首』だよー!」

 勢いのままに澪はドラゴン皮の太鼓を取り出して叩き始める。ナビスにマイクが備わった分、太鼓の音量も遠慮なしだ。お互いに潰し合うかのように大きく大きく、音を立てていく。

 ……そしてナビスがノリの良い戦士達の歌を歌い出せば、会場はペンライトの煌めきと振られる腕の動きとで、まるで波打つ大海原のように変化していく。

 海は偉大だ。ご新規様を瞬く間に飲み込んでいく。

 お作法も何も分かっていないはずのご新規様達が、次々に腕を振り上げるようになる。サビの部分は共に歌うようになっていく。……そうしているうちに楽しくなってきてしまうのが、このライブという大海原の凄いところだ。

 万人を押し流し、揺り動かす。そんなライブはまだまだ始まったばかりであったが……既に、成功の片鱗を見せ始めていた。




 ナビスが歌い、澪が太鼓を叩いたりトランペットを演奏したり。……時には、ナビスと一緒に澪も歌うことがあった。どうしても2パート欲しい曲の演奏では澪がコーラスに回るしかない。

 途中に静かな曲を挟んだり、また盛り上がったりしながら、礼拝式は楽しく続く。ご新規様達も、中盤以降はある程度慣れて、古参顔負けのペンライト捌きを見せてくれる人も居た。

 そんな礼拝式において、澪とナビスはもう1つ、新しいチャレンジを導入している。……それは、ナビスの舞踏である。

 歌って踊れるアイドル、というのが理想ではある。だが、ナビスの武器は歌だ。歌を損なう要素はそうそう入れるわけにはいかない。

 ……ということで、ナビスが踊ったのは、澪がトランペットを演奏した時である。マルガリートの舞を思い出しながら練習した、という舞踏は、間違いなくナビスの新たな魅力の一面となっただろう。

 また、この舞踏はグッズの販促でもあるのだ。……蝋燭の灯りにきらきらと煌めく、聖銀細工のかんざし。ナビスの清らかな美貌を彩るアイテムを、他ならぬナビス自身が、より一層美しく見せてくれたのである。

 これならばお洒落さんの多い王都でもそれなりの需要を見せてくれるだろう。澪はそう期待しつつ、最後の曲に向けてまたマイクを握る。


「じゃ、最後の曲は……皆お馴染み!ポルタナの舟歌!」

 最後はやっぱり、これである。すっかりお馴染みとなったポルタナの舟歌だ。

 信者達は今やすっかり、ポルタナの舟歌を歌えるようになっている。そして皆で歌えば会場の一体感も盛り上がりも、最高潮となるのだ。

「ポルタナの海ってね、本当に綺麗だよ。透き通る青で、太陽の光にきらきらして……私が初めてナビスと会ったのも、ポルタナの海だったんだけれどね。すごく綺麗だったの、覚えてるよ。それで海と同じくらい綺麗なのがナビスで……あっ、あんま言うと惚気みたいになっちゃうか」

 最後のMCを半分台本通り、半分くらいはアドリブで進めていけば、会場からは『もっと惚気てー!』『いいぞー!』と声が上がる。少し遅れて、『ミオ様はりりしーい!』『ナビス様さいこーう!』とも声が上がるので、本当に訓練されたよい信者達である。

「まあとにかく、皆、一回ポルタナに行ってみてよ。本当に本当に、綺麗だからさ」

 最後に笑って締め括って杖をナビスへ渡せば、ナビスが少々照れながらも真ん中に進み出て、そして、舟歌を歌い始めるのだ。

 ……月鯨を狩った経験がある今の澪には、なんとなく、この舟歌が理解できるような気がした。小舟の上、波に揺られていくあの感覚は、確かにこの歌に似ている。

 澪は太鼓でリズムを刻みつつ、ゆったりと繰り返す波のようなメロディーと、それを奏でるナビスの声とに聞き入る。……やがて、観客達も一緒に歌い始め、王都の中心にはしばし、ポルタナの舟歌が揺れていたのである。




 ……その後のアンコールにもキッチリ応えて、王都での初の礼拝式は無事に終了した。

 澪とナビスは礼拝堂の中をうろうろしつつ、信者達の声に応えて手を振ってみせたり、握手に応じたり、『ミオ様ー!ナビス様にくっついてー!』という分かっているのか居ないのかよく分からない声に応えてきゅうきゅうやったりしていた。

 ……と、そんな折。

「あれっ、ナビス。あそこに居るの、マルちゃんとパディじゃない?」

「まあ!来てくださったのですね!」

 会場の片隅に、なんと、マルガリートとパディエーラの姿を見つけたのであった。


 ……今やレギナの2トップである2人は、それなりに目立つ。周囲の人々も、『何故、レギナの聖女達がここに!?』と驚いている様子であったが、マルちゃんもパディも人々の視線などどこ吹く風で、『あらこれ美味しいわぁ』『悪くありませんわねえ』と、月鯨肉の串焼きを食べていた。

「マルちゃーん!パディー!来てくれてありがとーう!」

 早速2人に向けて突撃していくと、マルガリートもパディエーラも早速気づいて、ぱっ、と表情を明るくしてくれる。友達が自分のせいで笑顔になる瞬間を見るのは、何ともよいものである。

「ようやくお会いできましたわね。ごきげんよう。ナビスもミオも、お変わりはありませんこと?」

「ええ。元気にやっております。マルちゃん様もパディ様も、お変わりなく?」

「私は引退に向けてちょっとずつ動いてるけどね。まあ、概ね変わりなく、ってところかしらぁ。あ、でもその分、マルちゃんの仕事が増えてるわねえ……」

 そうして挨拶を交わしたところで、ふと、澪はマルガリートとパディエーラの髪を見た。……マルガリートの髪には聖銀のヘアピンが飾られていたし、パディエーラの髪には月鯨のかんざしが飾られていた。どうやら2人とも、既に物販に寄ってくれたようだ。

「あっ。早速グッズ、使ってくれてるんだ」

「ええ。折角だもの。これ、珍しい形ねえ。これ1本で髪がまとまるの、面白いわぁ」

「……私はピンにしましたわ。人前で髪を結うのは、ちょっとね」

「まあ、マルちゃんはあんまり器用じゃないものねえ……」

 どうやら、マルガリートはあんまりヘアアレンジの類が得意ではないようである。『なら今度弄らせてもらおっと』と澪は心の中に決めつつ、ふと、気づいてしまった。

 それは、『マルちゃんもパディも、広告塔として滅茶苦茶優秀なんじゃない……?』という事実。

 レギナの聖女2トップがナビスに追随する形で新しい髪飾りを試してくれたならば……それはいよいよ、『流行』になっていくのではないだろうか。

 なんだかんだ、民衆は『有名な人』に追随したがるものだ。女性のファッションの流行であるならば、ナビスとミオに加えてマルガリートとパディエーラの助力も得ることで、より一層コントロールしやすいだろう。

 現に、今、信者達は『やっぱりあの髪飾り、素敵ね……』とひそひそ囁き合っては、再び物販の列に並び始めているのだから。

「……これはいいなあ」

 この光景を見た澪は、これは使えるぞ、と思う。ちょっと悪いが、マルちゃんとパディには使われてもらうとして、このまま王都にかんざしブームを巻き起こしたい。

 だが当然、ただかんざしだけ流行られても勿体ない。折角なら、『ポルタナ産の』かんざし……否、かんざしに限らず、ポルタナ製品に流行ってもらいたいのだ。

 となると、流行をもう1方向から流し始めるべきだろう。

 今、女性の流行はマルちゃんとパディ、そしてナビスによって動き始めている。ならばその逆……男性側からも、流行を動かし始めたい。

 そして男性側のファッションの流行は……。

「……ミオ?あなたどうなさいましたの?なんだか楽しそうですけれど……」

「あ、うん。1つ、すごいの思いついちゃって……」

 澪は、王子様に流行の片棒を担がせることを決めた。多分、あのナビスパパのことだ。娘可愛さで引き受けてくれるだろう……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ライブの熱気にご新規様方が飲み込まれてあっという間に同化していくのは、何度見てもよいものですね。
[一言] 「そうだ ポルタナ、行こう」 こう思ってくれる王都民がいるに違いない! もっとドラゴンタイヤ製の馬車作らなきゃですね。
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