流行*1
さて。
いざ礼拝式を行うとなった時、澪とナビスが最初に行ったのは会場の確保であった。
何せ、アウェーな場所である。2人には『自分達の場所』と言える場所はどこにも無く、つまり、誰かからどこか場所を借りなければならないのだ。
とはいえ、2人には協力してくれる人が既にできているので、相談相手には事欠かない。
「ってことでリグナさん。いいとこ無いかなあ」
早速、澪はリグナ医師に場所の相談をしてみる。リグナ医師は澪とナビスが手伝いに来て以来、徐々に健康になりつつある。ちゃんと休んで、ちゃんと食べるようになったかららしい。
……逆に、今までそれができていなかったというのだから驚きである。同時に、それをできるようになったことでナビスの信奉者になってしまったことについても、そういうことなら納得がいく。
「そうですねえ……礼拝式の場所ということなら、王城の礼拝室を利用することは、できます。王城付きの聖女様であれば、あそこを利用するのに問題はないかと」
リグナ医師は早速教えてくれるので、『成程、そういう場所があるのか』と澪は頭の中にメモする。
「ってことは、他の聖女さん達も使ってるってことだよね」
「ええ。……まあ、そういうわけで、最近はすっかり、聖女キャニス様と聖女シミア様の派閥争いの場となっておりますので、お勧めはできませんね」
「あー」
そうであった。王城付きの聖女が使っている場所だというのならば、派閥争いの渦中にある聖女2人もまた、使っているということである。
「聖女キャニス様は聖女シミア様の礼拝式を邪魔しますし、聖女シミア様は聖女キャニス様の礼拝式を邪魔しますので……ナビス様の礼拝式も、どちらかに邪魔されかねない、かもしれません」
「そ、そんなことまでされているのですか……」
まさか、礼拝式の妨害合戦までやられているとは思わなかった。澪もナビスも、『想像以上に酷い!』と天を仰いで嘆く。この王城の人達は、こう、もうちょっと何とかならなかったのだろうか。まあ、王子が不在で、国王は高齢で、その結果がこれなのかもしれないが……。
「となると、王城の礼拝室を使うのは厳しいかなあ。ナビスが宣言したのはあくまでも診療室の中立、だもんねえ」
「そうですね。礼拝式にまで不可侵を求めることはできないでしょうから……きっと積極的に侵害してくる方がいらっしゃるのでしょうね」
今、澪とナビスは診療室の平穏を保っている。だが、診療室での停戦要求は、2つの派閥どちらにとっても筋が通る話だからこそ守られているところがある。
無論、ナビスが信者を着々と増やしつつある今となっては、『ナビスが居るから』という理由で停戦している人達もいるのだろうが、それでも、他の聖女達が一切診療室に寄り付かなくなったところから考えるに、手放しで受け入れられているわけではないことは明らかだ。
「ま、そういう訳なら別をあたった方がいいだろうね。ねーねーリグナさん。他になんかいい場所無いかなあ」
「いっそのこと、礼拝室や教会でなくとも構いません。講堂の類があれば、それでも……」
場所探しは思っていた以上に難航しそうだ。王城の中の設備を使えないとなると、澪もナビスも、正当な権利を主張して使用させてもらえる場所はもう、無いのだから。
「ではこの診療室で礼拝式を開かれるのはいかがでしょうか!」
「いや、それやっちゃうと診療室が戦場になりかねないし」
「診療室が折角平和になったのですから、そこに火種を持ち込むのは……」
リグナ医師は『是非この部屋で!』とにこにこしてくれるのだが、流石に、それはまずい。診療室がやっと中立の存在になれたのだから、そこに新たな火を付けたくない。そしてそもそも、この部屋では、あまりにもキャパが、足りない。
「そうですか?なら……うーむ、王都には城の中以外にも、教会がいくつかあります。大抵は教会1つにつき聖女様が1人いらっしゃいますので、その方の許可を得られればそこを借りられるかと」
「成程なあ……」
城下、というと、つまりカステルミアの町中、ということだろう。そこにある教会の内1つを借りられれば、そこでライブができるのだが……コネが無い。
そう。コネが全く無い。これがレギナであれば、マルちゃんやパディの力を借りられるのだが、ここは王都カステルミア。知り合いの聖女は誰も居ないので、当然、教会を貸してくれる聖女の心当たりも無いのである!
澪は『ならマルちゃん辺りに誰か、紹介してもらえば何とかなるかなあ……』と考え始める。マルちゃんなら何とかなる気がする。何せマルちゃんだから。
……だが。
「あの、リグナ様。『大抵は』教会1つに付き聖女様お1人、ということなら……その、『大抵』の中に入らない教会も、あるのですか?例えば、どなたのものでもない教会、ですとか……」
そこで、ナビスがおずおずと挙手しながら、そう尋ねた。するとリグナ医師は、『あー』というような、何とも言えない顔をして……答えてくれたのである。
「はい。カステルミア中央に1つだけ、誰のものでもない共同教会がございます。……おすすめはしませんが」
……おすすめではないらしいが、一応、澪とナビスが使えそうな会場が1つ、見つかった。
おすすめではないらしいが。おすすめではない、らしいが!
何故、その教会はおすすめではないのか。その理由を聞いて、教会に実際に行ってみて……『おすすめではない』理由を実感できた。
カステルミア中央、というと、つまり王都の真ん中である。立地は大変によろしい、ということだ。
建物の外観は王都の華やかな街並みに合わせた瀟洒な造り。控えめながら丁寧なレリーフが入っている漆喰壁や、背の高い鐘撞き塔。そして小さいながらも色硝子を嵌め込んだ窓。とても美しい建物だと言える。
そしてキャパも十分。ポルタナの教会以上、レギナの大聖堂以下、といった具合の広さだが、庭まで使えば相当なキャパと言えよう。完璧だ。完璧である。
……だというのに、この教会には、今、人が居なかった。
「事故物件、かあ……」
「事故物件、なのですねえ……」
澪とナビスは2人同時にそう呟いて、お互い顔を見合わせて、ふう、とため息を吐く。
そう。ここは事故物件、なのだ。
……王都に来る前、マルガリートとパディエーラから聞いていた、『王都の聖女が1人自殺してしまった』という事件。
あれの現場が、この教会であるらしい。
教会の中もがらんとしていて、物悲しい。例の聖女の自殺以来、人が寄り付かないらしく、うっすらと埃が溜まってきているほどである。このままではこの教会も、寂れていってしまうのかもしれない。
「うーん……聖女さんの自殺の云々、ちょっと気になるよねえ」
「そうですね……聖女トゥリシアの件との関連も、気になりますし」
聖女の自殺、と言われて真っ先に思い出すのは、レギナの聖女トゥリシアが自殺した時のあれこれである。
あの時も色々と不審であったが……結局、聖女モルテの仕業というわけでもなかったようであったし、あれの事情もよく分からないままであった。
「……まあ、それはいっか。例の聖女さんの供養とか、しっかりさせてもらえれば……」
「そ、そうですね。ここを使わせていただけるなら、亡くなった方への祈りを捧げることも、できますものね」
自殺してしまったという聖女にどういう事情があったのかは分からないし、今更彼女の問題を解決してやることもできない。だが、死者に対して、弔いの意を表することはできる。祈りを捧げることは、できるのだ。……そうやって生者は救われていくのである。多分。
「なら、ここでやらせてもらうことにしちゃう?ここ、お掃除してキレイにしてさ。亡くなった聖女さんへのお祈りも、兼ねてさ。どう?」
「ええ。いいと思います。……下手な争いの種になったり、誰かにご迷惑をお掛けしたりするよりは、その方が良いかと」
まあ、事故物件でもなんでも、使える物件があるなら使いたい。猫の手も借りたいくらいの2人にとっては、むしろ事故物件であってくれたことは朗報だったかもしれない。
「よし!じゃ、早速許可貰いに行こう!で、告知!告知しなきゃ!」
「ふふ、伝心石の出番ですね?」
「うん!あー、マルちゃんとパディにも連絡入れなきゃね。へへへ、あの2人も元気にしてるかなあ……あの2人にも、ナビスの格好いい挨拶、見せたかったなあ」
「わ、私もミオ様が凛々しく戦われるお姿をお見せしたかったですよ!」
澪とナビスはそんな話をしつつ、一旦王城へ戻ることにした。……王城はお役所も兼ねているので、町の施設の使用許可も王城で取るのだ。まあ、便利と言えば、便利。不便と言えば、不便である。
澪とナビスの教会使用許可は、あっという間に受理された。
事故物件で誰も使いたがらなかったところなので、順番待ちもスケジュール調整も何も必要なかったということもあり、そんな状態なので担当の人が暇だったということもあり……お役所仕事とは思えないほどの速度で申請が通って許可証を得ることができた。
さて。箱は確保できたのである。次にやるべきことは、告知と諸々の準備である。
流石に、初めての王都での礼拝式だ。ポルタナ礼拝式のようにホイホイと準備が進む訳でもない。聖餐用の食糧の確保やその調理、当日のスタッフの確保など、考えるべきことは山のようにある。
……ので、まずは伝心石で連絡を送った。
王都からレギナ、メルカッタへ。そして、メルカッタからポルタナへと、礼拝式の告知が瞬く間に伝わっていく。つくづく、伝心石通信を引いておいてよかった。
礼拝式の日時をお知らせすると同時に、ポルタナ宛てにグッズの発注も入れておけば、ポルタナのテスタ老やカルボ達、あとはシベッド辺りが先頭に立ってグッズ生産を進めておいてくれるはずである。
連絡も済んだら、次にやるべきことは決まっている。
「とりあえず、新しい手ぬぐい刷ろう。で、杖型ペンライトはブラウニー達が生産してくれてるのを引き取って、それから塩と塩守りもポルタナに戻って引き取ってくれば、とりあえずいつものかんじのは揃うよね」
「ええ。……しかし、それだけでは目新しさがありませんよね」
「ね。折角の王都進出ライブなわけだし。派手にやりたいよねえ」
……そう。次のグッズ開発だ。
今回のグッズ開発は、中々難しい。王都でやる礼拝式なのだから、王都の人間も沢山見に来る。ならば、間違いなく目新しさが必要なのだ。この国で最も栄えている町でも見劣りしないようなグッズを売り出すことができれば、それは即ち、ポルタナの技術を国中に発信していく機会にもなり得る。
そう。澪もナビスも、あくまでもポルタナの勇者と聖女なのだ。王都に居ても……そして今後、王城にずっと居ることになるとしても。それでも、2人はポルタナを発展させたいと思っているし、ポルタナの素晴らしさを広めていきたいと思っている。
だからこそ、王都の人々にも伝わる魅力発信の為、目新しさを持ったグッズを考えたいのだ。
「ポルタナの魅力として、塩はもうあるわけじゃん?となると、後は鉱山と、海?」
「鉱山、ということでしたら、ごく小さな聖銀製品をぐっずにできないでしょうか。本当に小さな、小さな魔除け程度ならば採算は取れるのでは」
「うん。それはアリだよね。実際、ポルタナはかつては聖銀の産出で栄えてたんでしょ?なら、再びポルタナ鉱山が復活した!っていうことをアピールするためにも、聖銀製品はいいと思う」
まず、ナビスの発案で聖銀製品を考える。
……まあ、ストラップのようなものならば老若男女問わずに使えるだろう。だが、それでは効果も形態も、塩守りと被る。
「折角聖銀って実用性高い金属なんだし、実用品もアリだよね。手ぬぐいみたいにさ、とりあえず買ってもまあ悪くないよね、ぐらいの……」
「それでしたら、小刀はいかがでしょう?細い枝を削ったり、紐を切ったりする程度の刃渡りしか無い小刀でも、1つ持っていて役に立つことはあれども邪魔にはなりませんし、魔除けとしても使えます!」
「おー、流石、異世界……」
澪の世界では肥後守1本でも所持しているとアウトなレベルなのだが、この世界では小刀は単なる実用品である。ちょっと持っていると便利、ということなら確かに丁度いい。
……どのみち鍛冶師達に相談が必要ではあるが。だが、杖型ペンライトよりは鍛冶師達が喜びそうな気がする澪であった。
「私さー、金属製品、ってことで、ベルトのバックルとかも考えたんだよね。身に付けられるし、実用品だし。で、他の人が見て『ああ、あの人聖女ナビスの信者なんだな』って分かるじゃん?」
「へ?」
一方、ミオとしても、考え無しではなかったのだ。一応、聖銀製品として、ベルトのバックルを考えていた。
……聖銀でできたベルトのバックルがどの程度受け入れられるかは分からなかったが、軽くて丈夫な金属、ということなら、そういうのもアリのような気がしたのだ。そして何より、身に付けられて、それが外から見える。
「あ、あの、ミオ様。信者だと他者から分かると、何か良いことが……?」
「え?うん。ナビス信者が目に見えてそこらへん歩いてたらさ、『ああ、あの聖女様、人気なんだな』って分かるじゃん?要は、信者さん1人1人が看板になってくれるってわけ。他にも、信者が信者だと分かったら、信者同士で『あなたも同好の士ですね!』って話しかけられるからさ。そういう点でもいいかな、って」
信者同士での交流が深まれば、彼らの孤立を防ぐことにもなるし、何より、より団結してナビスを推してくれることにつながる。要は、勝手にファンクラブをやれ!ということである。だがそのお膳立てくらいはしておくのも悪くないだろう、という。
「まあ、バックルじゃなくてもさ、髪飾りとか……そういうの、どうかなー、って」
「髪飾り、ですか。うーん、ならばマルちゃん様に、王都の流行を伺ってみましょうか。流行に合ったものなら、ある程度需要が見込めそうですから」
「成程なー!そういうの、マルちゃんなら分かりそうだ」
困った時のマルちゃん、ということで、澪は早速、『マルちゃんに連絡、連絡』と伝心石を取り出す。
……が、そこでふと、動きを停めた。
「……あの、ミオ様?」
「うん……流行、まあ、把握はしておかなきゃなんだけどさー……」
ちょっと考えて、『やっぱりそうだよなあー』と思い、伝心石をそっとポケットに戻す。まだマルちゃんに連絡する時ではない。もう少し、考えをまとめたい。
「……ほら、流行は、追ったら負け、って、いうじゃん?」
「へ?」
ナビスには馴染みのない言葉だったかもしれない。だが、澪としては……ナビスのプロデューサーとしては、気にしたい言葉である。
王都。この世界で最も栄える場所。目新しさはきっと大切で、古臭ければきっと馬鹿にされ、そして、価値を低く見積もられる。
そんな場所に進出していくのであれば……きっと、迎合しては、いけない。
「やっぱ、流行を生み出してこそのアイドル、みたいなの、あるじゃん……?」
澪は、思ってしまったのだ。
もういっそのこと、王都の中心にナビスを据えてしまえ、と。




