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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
140/209

第三派閥*4

 観客席からどよめきが上がる。そして勇者何某は唖然としたまま、ただ、自分の首筋に突き付けられた澪の剣を、目だけを動かして見ていた。

「で。もう文句はない?今後は舐めた口利かない?」

 ちょっぴりかわいそうな状態の勇者何某にそう問えば、勇者何某はただ、澪を見る。睨んでいるような、恐れているような、そんな目で。

「どうなの。ほら。答えるくらいはしてよ。はいかいいえか、どっちかでいいから」

「……いいえ、と答えたら?」

 答えをせっついたら、掠れた声で、そう返ってきた。なので澪は、容赦しない。

「この短剣はあなたの頸動脈をバッサリいくことになるね。まあ、その後にナビスが治してくれるとは思うけど……」

 ね、ともう一度短剣を押し当ててやると、勇者何某の瞳が揺れ、その肌を冷や汗が流れていく。

「……ってのはまあ、冗談だけどさ」

 まあ流石にかわいそうだなあ、と思った澪は、数ミリ分、短剣を肌から浮かせてやった。『命を取る気は無いよ』ということで。

「でも、これから王城で会う人会う人、全員に『あいつマジで馬鹿だよね』って吹聴して回るくらいはするよ」

 ……ただし、命じゃないもの、例えば名誉や尊厳なんかは、取るぞ、と。そういうことで。


 ……ということで、勇者何某は無事に降参した。俯いたまま、地面をじっと見つめている様子なので少々心配だが、まあ、これでひとまず、表立って澪やナビスに何かしてくることは無いだろう。

 ちゃき、と鞘鳴りの音を響かせて、澪は短剣を収める。そうして改めて、観客席を見回した。

 観客達は、大いにどよめき、澪へ好奇と畏怖の目を向けていた。……多少、居心地が悪いが、まあ、嘲られるよりはマシなのだということは、分かる。澪としては嘲られていてもいいのだが、ナビスが嘲られていては、今後に差し支えるのだから。

 そう。澪とナビスはこの王城で、今後ナビスが『王女』としてやっていくための下地をも作っていく必要があるのだ。だから澪は、自分だけならともかく……否、自分も含めて、一点たりとも、ナビスの名誉を損なうことのないように振る舞わなければならない。

 ナビスが皆に敬われ……それ以上に慕われ、愛され、親しまれるように。そういう風に、振る舞わなければならないのだ。

「ねー、ナビスー」

 そこで澪は、ちょいちょい、と手招きした。するとぱたぱた、とナビスが駆け寄ってくる。その仕草1つ1つが何とも可愛らしいので、澪は心底にっこりしながら、ナビスの耳元で、こしょこしょ、と話す。

「……折角だからここで挨拶していこっか」

 澪がそう言うと、ナビスはきょとん、として……それから、ぱっ、と表情を明るくする。

「あら、名案ですね」

 そして2人で、にこ、と笑い合うと……早速、ナビスは聖銀の杖をマイク代わりにして喋り出した。




「皆様、こんにちは。このような形でのご挨拶となり、申し訳ございません。……私はポルタナより参りました、聖女ナビスと申します。そしてこちらは、私の勇者、ミオ様です」

 まず観客は、ナビスの術に驚いた。……恐らく、王都ではまだ、マイク杖は有名ではないのだろう。これ、便利なのになあ、と澪は思う。もっとマイク杖が有名になったら、あちこちで活用されそうなものなのだが。……ついでに、聖銀の杖の需要が上がればポルタナが特需に沸きそうだ、とも目論んでみる。

「治療の術を得意としておりますので、しばらく、王城の診療室でお世話になることになりました。リグナ医師の多忙時などは私も皆様の治療をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」

 ぺこ、とナビスが観衆へお辞儀すると、観衆は『一体何なんだろう』とばかり、ぽかんとしている。マイク杖も初めて見るし、こんな聖女も初めて見る、ということなのかもしれない。

 だが、観衆がただぽかんとしていられるのは、ここまでだった。


「……同時に、私は今ここに、現状の聖女様方のどちらの派閥にも属さないことを宣言いたします」

 ナビスが堂々と、そう宣言したためである。




 ざわざわ、と観客席でどよめきが上がる。同時に、先程まで澪と戦っていた勇者何某や、その聖女のキャニスも、驚いたような顔をしていた。そして……観客席に居る、恐らく聖女であろうという見た目の女性も。おそらくあれは、聖女キャニスと敵対している聖女シミアなのだろう。

 聖女シミアはもしかすると、聖女キャニスの勇者何某と決闘紛いのことをした澪とその聖女ナビスに対して、勧誘でもかける気でいたのかもしれない。……澪としては、『AとBが戦ってて、AとCが喧嘩したとしても、CがBの味方かどうかなんて分からないじゃん……』と思うのだが。

「私は新参者ですので、未だ、この王城内の事情は分かりかねる部分がございます。しかしそれでも、派閥が分かれて争っているがために不利益を被る方々がいらっしゃることは、分かっています。診療室の運営も、派閥争いによって難しくなっていると伺っております」

 全くの部外者、この王城一番の新参者からこんな苦言を呈されて、観客席からはなんとも気まずげな、あるいは敵意に満ちた視線を送られることになる。

 だが、これでいい。ナビスも澪も、退かないところでは退かない。……この王城では特に、そうする必要があるだろうと、2人とももう理解できていた。

「治療はすべての人に対して開かれているべきです。どちらの派閥であろうが関係なく、傷病人は皆、治療を受けられるべきなのです。……そのために、診療室があるのではないかと考えております」

 ナビスの言葉は優しく柔らかく、正に聖女のそれである。……どっかの派閥争いの聖女達とは違うのである!

「ですから私は、どちらの派閥にも属しません。ただ、診療室にいらした全ての方を治療します。勿論、互いに払うべき敬意を持ち合うことは、必要だと考えておりますが」

 ちら、とナビスは聖女キャニスと勇者何某の方を見た。……多分、澪を馬鹿にしたことについて、ナビスはまだ腹を立てているのである。なんと可愛い聖女様であろうか!

「ですので、皆様。皆様が怪我や病気をなさった時には、躊躇わずに診療室へお越しください。そして、診療室内での争いはおやめください。診療室はどちらの派閥からも切り離された場所として保たれなければなりませんから」

 ナビスの言葉は至極尤もである。至極尤も、なのだが……どちらの派閥からも煙たがられは、するだろう。それは当然。

 だが、その一方できっと、ナビスの言葉に救われる人も居るのだ。派閥争いに巻き込まれてきゅうきゅう言っている平の兵士達などはきっと、ナビスに助けられることになるだろう。

「では、失礼します」

 最後にナビスはまた一礼して、それから、澪に『上手くやれたでしょうか』というような、はにかむような笑顔を見せてくれた。

 ……なので澪は、ナビスを、ぎゅう、と抱きしめておいた。かわいい。うちの聖女様が、とてもかわいい!


 さて。そうして、ナビスと澪が退場しようとした、その時だった。

「見事な腕前だったな」

 ぱちぱちぱち、と2人分の拍手が聞こえて、それから、優しい声が聞こえてくる。

「勇者ミオ。流石、私の命を救っただけのことはある」

 ……そこに居たのは、カリニオス王子とクライフ所長であった。




「え、あ、見てた……いや違うか。えーと、ご覧になっておいでだったのです、ね?」

 澪は『ナビスのパパだけど王子様!ナビスのパパだけど王子様!』としっかり律しつつそう問うてみる。するとカリニオス王子も『娘の友達だがそれは内緒……』というような、むにゅ、とした顔をしてから、改めてにっこり笑って頷いた。

「ああ。見事な戦いであった。勇者フェーレスと戦って勝つとはな」

 どうやら、澪が負かした勇者何某はフェーレスさんという人であったらしい。まあ、どうでもいいのだが。

「身に余る光栄です!」

「ははは。そう畏まらずともよい。まあ、何だ。その優れた力を用いて、聖女ナビスを善く守るように」

「はい!」

 澪は満面の笑みでカリニオス王子の言葉を受け止めた。『やっぱり私、お父さんから娘さんを任されてる!』と嬉しくなりつつ。


「そして、聖女ナビス」

「は、はい!」

 続いて、王子の言葉はナビスにも向かう。ナビスは緊張気味に、ぴん、と背筋を伸ばして言葉を受け止めるのだが、その様子がまた可愛らしいので澪はにこにこである。

「診療室の方針について、博愛と公平、公正の心を見せてくれたことに感謝する」

「も、勿体ないお言葉です……」

 ナビスは褒められて嬉しそうであった。それもまた可愛らしいので澪も、そして王子もにこにこである。

「聖女ナビスの言う通りだ。派閥同士の争いが生むものは、非合理と非効率。そして不公平である。……皆もよく聞くがよい!私、王子カリニオスの名において、診療室の中立を宣言する!これは今後、診療室とその周辺では一切の争いを禁じ、治療を必要とする者全てに治療を受ける権利を確保するものである!」

 更に、王子はそう高らかに宣言すると、観客席を見回して、少々苦い顔をした。

「……まあ、私は皆も思う通り、つい最近戻ってきたばかりの王子だ。私が王位を継ぐべきではないと考える者がいることも承知している。不在の間に失われた信頼を取り戻すべく、職務に励む所存だ。私を支持するのは、私の働きを見てからでいい。……だが」

 じっ、と、王子は観客席を見回した。そこに居る1人1人の顔をしかと見て、堂々と、言ったのである。

「いずれ、全ての国民に支持される王となることを、私は目指す。それは覚えておけ」




 ……さて。

 それからというものの、診療室には一定の秩序が保たれるようになった。

 というのも、『やっぱりあの王子には勝てないよ……』と、2つの派閥の間に諦めムードが漂っているからである。

 ……カリニオス王子は、澪と勇者フェーレスの決闘に上手いこと乗っかって、あの場で誰よりも強く印象に残ることに成功したのだ。逆に言えば、澪とナビスへの注目を王子へと挿げ替えてくれたとも言える。まあ、つまり、ナビスパパは娘が不用意に注目されないよう、庇ってくれたのだ。

 ということで、診療室周辺では、澪やナビスに表立って文句を言う者は誰も居ない。時折、『あの王子が帰ってこなけりゃよかったのに……』とぼやく者の声が聞こえないことも無かったが、澪やナビスの悪評は聞こえてこなかった。

 また、王子の悪評についても、悪評以上に『やっぱあの王子しか次の王はありえないね』といった声の方が大きい。澪が見せた圧倒的な勝利が、それに乗っかった王子に『圧倒的な力の持ち主』という印象を与えたのだろう。

 同時に、聖女キャニス側の敗北に聖女シミア側が乗っかってくることも防いだ。王子はただ喋っただけなのだが、その喋りの効果は間違いなく大きい。王子は、声を出すべき最高の時に、最高の言葉を発したと言える。……まあ、つまり、あの王子様はやっぱり中々のやり手なのである。


 こうして、2つの派閥がしおしおしている間に、澪とナビスの評価も上がっていった。

 まず、澪について。

  最初こそ、『勇者ミオは勇者フェーレスの光の剣を難なく躱し、それどころか勇者フェーレスの剣を短剣一本で断ち切るほどの腕前の持ち主だ!』と、畏れられるようになった。兵士達は皆、澪を見て『ぴゃっ』とばかり竦み上がるので、澪としては『なんか警戒心の強いブラウニーみたい……』などと思いつつ、やりづらさも感じていた。

  だが、それもその内収まった。というのも、澪はあくまでも社交的に、明るく人々と接したからである。最低限の礼節、お互いへの敬意は求めたが、それらをクリアしている人達に対しては、いつもの調子で振る舞った。となれば、澪のコミュ力によって人の輪が広がっていくのは当然の結末だっただろう。

 続いて、ナビスについて。

 こちらは『そうそう聖女様ってのはこういう人のことだよなあ』と人々に思い出させる役割を果たしていた。

 ナビスは優しく慈愛に満ちて、人々を癒し、気遣い、励まして……とにかく、人々に、好かれた。

 当然である。美少女が分け隔てなく優しくしてくれるのである。そして実力もしっかり伴っているとなれば、好かれないわけがないのだ。

 今や、『派閥!?そんなの関係無いね!』とばかり、診療室へやってきてはナビスを眺めてにこにこしている兵士達も居るほどである。澪としては、『君達ついこの間まで派閥同士でギスギスするあまりナビスのことも警戒しまくってたじゃーん……』と複雑なのだが、まあ、仕方ない。ナビスは可愛いので……。


 こうして診療室には秩序と平穏が齎され、澪とナビスは過労気味であったリグナ医師から崇め称えられるようになった。

 今回、間違いなく一番の恩恵を受けているのはリグナ医師であろう。今までギスギスした兵士達があちこちで小競り合いを起こし、怪我人が続出し、彼らを治療しようにも診療室でさえ彼らは小競り合いを起こす……という状況の中、孤独に働いていたのだから。

 それが一転、秩序と平穏とナビスの笑顔が診療室に齎されたので、リグナ医師がナビスを信仰し始めるのも已む無し、なのである。

 ……そう。信仰、である。

 ナビスは今、間違いなく、この王城で『まあ一番いい聖女様はナビス様だよね』と思われる聖女になっていた。それだけ他の聖女がアレだったとも言える。

 まあ、他はどうあれ、ナビスは最高の聖女なのだ。それが王城でも、浸透してきた。となれば……。


「ナビスー。そろそろ王城でも礼拝式、やろうよー」

「えっ!?やっていいものなのでしょうか!?」

 そう。次の礼拝式が、やってくるのである。




「あの、あの、ミオ様。ここでは私は完全な中立を保つべきだと思うのです。なので、礼拝式は……あの、大丈夫、なのでしょうか?」

 ナビスはおろおろ、としている。まあ、確かにこの王城で、ナビスはあまり目立つべきではないのかもしれない。

 王子の娘であることは明かしていないのだから不用意な地位を今ここで築き上げてしまうのはリスクもある。他の聖女との兼ね合いもある。……だが、それらを上回るメリットと、そして何より、大義名分があると澪は考えている。

「え?大丈夫っしょ。だってナビスは治療のために信仰心を集めなきゃいけないっていう立派な大義名分がある訳だし、実際、信仰心があった方がより良い治療ができるのは確かなんだし。その信仰心を得る機会はむしろ、得られなきゃおかしいでしょ?」

「あ、確かに……」

 そう。ナビスはここで、治療を行っている。滅茶苦茶に、治療を行っている。ポルタナに居た頃とは比べ物にならない頻度で、治療を行っているのだ。

 つまりその分、神の力は消費している。……そして、ナビスがそうせざるを得ない状況なのだから、ナビスは消費する神の力分くらいは、信仰心を集めてよいはずなのだ!

「それに、中立とはいえ、そろそろ足場は固めちゃった方がいいと思ってさ」

 それに加えて、澪はさらにその先を見据えている。

 ……いずれ、ナビスが王の娘として公表されるにしても、されないにしても。どちらにせよ、ナビスが軽んじられるべきではない。

 ナビスには、王城での地位をしっかりと固めてもらって……ついでに、王子様をも、応援してあげた方がいいだろう。


「言ってみれば、第三派閥の樹立。どお?」

 ということで、澪は乗り気なのである!

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