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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
139/209

第三派閥*3

 勇者何某は、怯んだ。大いに、怯んでいた。

「な、何を……」

「ほら。流石にそっちの聖女の顔面とか殴ったらまずいかなー、って思ったけど……勇者なら、別にいいでしょ?そういう仕事だもんね?で、怪我人じゃなくなったなら遠慮も要らないだろうし。治療なら幸いにして、うちのナビスがすっごい得意だし。ね?何も心配要らないってぇー」

 にやり、を通り越して、最早にこにこと澪は続ける。

「で。私も、ナビスの祈りを背負ってる分には負ける気、しないしぃ?」

 更に笑ってやると、勇者何某は怯みながらも怒りと衝撃とに駆り立てられて、澪を睨みつけてくる。

 その意気やヨシ。澪としても、ただ怯えるへっぴり腰をボコボコにするより、しっかり反抗する元気がある奴をボコボコにする方がやりやすい。

「ってことでナビスー!やっちゃっていい?」

「はい!ミオ様、やっちゃってください!私はミオ様を信じております!」

「ありがと、ナビス!私もナビスのこと信じてる!ついでに愛してる!」

 ということで、澪はナビスの許可も得ることができた。これでちょっと喧嘩するのに障害は無い。

「わ、私も!私もです!え、ええと……あ、愛しております!ミオ様ー!」

 澪がナビスに満面の笑みを送ると、ナビスからもふわふわもじもじした笑みが返ってくる。澪はそれに心底満足しつつ……オリハルコンの短剣を抜いた。

「じゃ、やろうか」

 勇者何某も、取り残されていた聖女何某も、反対することなくただ状況に流されるようにして部屋を出た。




 ……さて。

 そうして、澪とナビス、それから聖女キャニスと勇者何某は、兵士の訓練所であろう場所に居る。

 ついでに、勇者何某が喧嘩するらしいと聞きつけた兵士やその他大勢の観客達が野次馬にやってきたので、訓練所内は大変に賑わっていた。

「こりゃーいよいよ負けらんないね」

 澪も流石に少々緊張しつつ、周囲を見回す。

 澪達に向けられる視線は、好奇の目だ。闖入者が負けるところを見たい者も、聖女キャニスの勇者が負けるところを見たい者も、聖女キャニス側の支援者達も、とりあえず面白そうだから、と来た者も居るのだろう。

 ……つまり、澪とナビスが勝つことを期待している者は、きっと居ない。相手が負けることを期待する者は居ても、それは、澪とナビスの勝利を望んでのことではない。あくまでも、敵対勢力が敗北することが望ましい、という程度の連中だ。

「ええ……でも、私はミオ様を信じております」

 だが、澪にはナビスが居る。完全にアウェーなこの空間でも、澪は独りぼっちじゃない。

「だよねー。分かってるよナビス。ナビスは私を信じてくれてるって。ついでに、私もナビスを信じてる。この世界で一番、ナビスのこと信じてる!」

「はい!……大好きです、ミオ様!」

「私も!私も!愛してるー!」

 とりあえず、澪とナビスは、むきゅう、とくっついて、しばらくきゅうきゅうやる。その間に訓練所の準備が終わったらしいので、澪は早速そちらへ向かう。

 訓練所内は、運動場のようでもあった。或いは、闘技場、というのはこういうかんじなのかもしれない。

 そんな場所の真ん中に、澪と勇者何某は向かい合って立っている。

「じゃ、よろしくね。なんか観客増えちゃったけど、いい喧嘩にしようね」

 澪は笑って手を差し出す。すると、勇者何某はそれを嘲るように笑って、澪の手を無視した。『ま、それならそれでいいけど』と澪は肩を竦めて見せつつ、さっさとステージ端まで移動する。

 勇者何某もステージ端へ移動する。そこで互いに息を詰めて、じっと、試合開始の合図を待つのだ。

 ……無限にも思える張り詰めた時間が、ゆっくり、ゆっくりと流れていき、そして……。

 試合開始。

 合図と共に、澪は地面を蹴って、愚直なまでにまっすぐ前へと進んでいった。


 実は、澪には相当大きなアドバンテージがある。

 まず、1つは対人戦の経験。

 カリニオス王子の一件で、澪は人と戦うやり方を覚えた。魔物相手だけではない戦いを知って、慣れもした。

 この経験は、間違いなくアドバンテージだろう。何せ相手は王都の勇者。いくら信仰を集める聖女の勇者だったとしても、実戦経験が無ければどうにもならないことはある。何せ、神の力というものは本当に、望んだら望んだだけのことをさせてくれちゃうものなのだ。

 走りたいと思えば、その願った限界まで速く走ることができる。跳びたいと思えば、願った高さまで。

 ……そう。強い聖女の勇者の戦いとは即ち、イメージする戦いなのだ。

 その場の最適解を瞬時に判断して、如何に具体的に、明確に、それを叶えるイメージを描き出せるか。……これが、勇者の戦いなのだ。

 そして何よりのアドバンテージは……信じる強さ。

 澪は、信じている。カリニオス王子から聖女アンケリーナへ、そしてナビスと澪へと託された、オリハルコンの短剣。これが何物をも切り裂き、勝利をもたらしてくれることを、信じているのだ。

 そして短剣よりも、澪は自らの経験と力を信じている。

 ……そしてそして、澪は自分のことよりも、ナビスの力を、信じているのだ。

「ミオ様ー!頑張ってください!」

 ナビスの声援を聞いて、澪は自分の体に力が漲るのを感じる。そしてその力を発揮すべく、澪はどんどん、高望みしていくのだ。

 信じる者は救われる。この世界では、そうなのだから。


 澪は一瞬で距離を詰めた。

 人間としてはありえない挙動である。だが、澪は信じているので、これをやるのに躊躇が無い。

 そして早速一発、かましてやった。

「もーらい、っと」

 オリハルコンの短剣を使うまでもない。澪は握った拳で、勇者何某のそれなりに整った顔を、思い切りぶん殴ってやった。

 想像した通り。願った通りに、澪は動く。澪の左フックは綺麗に決まって、勇者何某がよろめいた。

 ……ここまでが、ほんの一呼吸の間に起こったのだ。観客席からは、何が起きたのかよく分からないだろう。……或いは、勇者何某でさえも、何が起きたのかよく分かっていなかったかもしれない。

 ただ1つ確かなことは、澪がぶん殴ってやった勇者何某は倒れることになり、そして澪はその横で悠々と立っており、観客達からはそれがよく見えたであろう、ということだけである。

「降参する?」

 澪が勇者何某を見下ろしながらにっこり笑って聞いてやれば、勇者何某は一瞬で横っ面をぶん殴られたという驚きと、その衝撃と痛みとに混乱しながらも、ぎろり、と澪を睨み上げてきた。そしてその手にはしかと、剣が握られている。ならば答えは聞くまでもない。

「そっか。ならもう一発お見舞いしてあげるね」

 澪が言うや否や、ぶん、と勇者何某の剣が振り抜かれた。

 澪はそれを見てから瞬時に判断して、後ろに飛ぶ。……神の力を使うことには慣れたが、その一方で澪は、神の力の弱点をも理解している。それは即ち、『イメージするまでの時間が隙になる』ということだ。

 残念ながら、澪の頭脳は天才のそれとは言い難い。イメージを即座に鮮やかに描き出すために、どうしたって数秒を要する。……つまるところ、澪の戦術としては、『戦いが始まる前にイメージしておいて、始まった瞬間に相手を叩きのめして終わらせる』というものなのだ。

 だから、相手の出方を見てから動くようなやり取りは苦手である。イメージを予め用意しておくわけにはいかず、かつ、イメージする時間も然程得られない。

 だが。それでも。……澪は、大きく跳躍して距離を取ったら、もう一度、先程と同じようなイメージで勇者何某をぶん殴りにいくのである。

 ……そう。距離を取るところは、自力でいい。そして、『最初に作り上げたイメージを使い回す』という戦法によって、イメージの隙を極限まで減らせばいい。

 ワンパターン戦法ではあるが、どうせ、一瞬で間合いを詰められてぶん殴られることに一度で慣れられる者などそうは居ない。ということで……。

「はい、二発目」

 澪の左フックは、またも綺麗に決まったのであった。


 流石に、2発ぶん殴ってやれば、相手の動作は万全の時のそれではなくなる。ふらつき、隙が生じた相手であるならば、相手の動きをある程度見てからイメージを固めて対処することも可能になってくる。

 勇者何某は勇者であるらしいので、当然、斬りかかってくる時はその速度が段違いだ。特に、この勇者何某は……。

「これで、どうだ!」

 勇者何某が剣を振るうと、ぶん、と、その軌跡が輝いて見えた。残像が残ったのか、と思ったが、それも違う。

 なんと、剣の軌跡は光の帯となって、澪を斬りつけんと飛んできたのである。

「うわっととと」

 澪は危うく、それを避けた。……元々、運動部でもなく然程喧嘩に自信のなかった澪は『どうせ距離は詰めようと思えば一瞬なんだし、だったら避ける時は思いっきり避けといた方がいいじゃん?』という考え方で動いていたので、なんとか避けられたが。……だが、剣の軌跡が飛んでくるとなると、大分恐ろしい。

「よ、避けた、だと……!」

 一方の勇者何某は、先程の技に余程自信があったのか、避けられたことに衝撃を受けている様子であった。まあ、確かに至近距離であれをやられたら、絶対に避けられないだろう。距離を大きく取っていた澪の戦略が偶々功を奏した、ということになる。

「く、くそっ……ならば、これでどうだ!」

「いやー、大体もう分かったしなあ……」

 同じ攻撃がもう一回、来る。……だが、一度避けた澪だ。同じものがもう一度来ても、避けられる。

 ましてや、この勇者何某は、澪のように全てをイメージと神の力任せにすることはしていないらしい。もし彼が澪のように神の力を使っていたなら、光の帯は間違いなく澪を捉えられる幅や長さ、そして速度で飛んでくるだろう。それができていないのだから、つまり、彼は『信じ足りない』のだ。

 澪は、『まあ、イメージしたとしてもそれを信じ切るのって難しいよね。分かる分かる』と思いつつ、ひらり、と技を躱してやる。

 ……そして。

「舐めるなよ、小娘が!」

 勇者何某が吠えつつ、澪に向かって突進してくる。その手の剣が、ぎらり、と輝いて……。

「じゃ、これで終わり!」

 澪はオリハルコンの短剣で、相手の剣の刀身を、すっぱりと斬ってやったのだった。


 きん、と澄んだ鋭い音が城内に響いて、そして、切れ飛んだ刀身がくるくる宙を舞い……落ちてきて、ざくり、と地面へ突き刺さる。

 会場は静まり返り、ただ、澪が『一本もーらい!』と高らかに宣言する声だけが響き……そして、観客達は皆、澪が勇者何某の首筋に短剣を突き付けているのを確かに見たのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こちとらドラゴン革の鎧やぞ!
[一言] ミオちゃんつよーい! しかし失礼な聖女達だな…………………
[一言] 王都の聖女と勇者は権力争いにかまけて、戦闘経験少ないんですかねぇ。もしミオナビがマルちゃんやパディエーラ様たちと戦ったら、もっと苦戦しそうですが。 きゅうきゅうくっついてるミオナビからしか…
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