第三派閥*2
「王系の孫にあらせられるロウター様を次の王に、と動いていたキャニス様の派閥と、トゥリシア様を推していたシミア様の派閥ですね。そして聖女キャニスの派閥はロウター様の弟、アクシア様を次の候補としており、聖女シミアの派閥はロウター様の従弟にあたるラーダリウス様を次の候補としています」
まあ、つまり、2つの派閥があり、しかしそれぞれの派閥が推していた次期国王候補達が悉く失脚したために次の候補を立てている、という状況なのだろう。
ロウターの弟、というと、確か『能力不足』の奴であったはずだ。そしてロウターの従弟というと……有能であるが遠方の領地を治めている者だっただろうか。アクシアの方は神輿として担がれるのに乗り気だろうが、ラーダリウスの方はきっと本意ではないのだろうなあ、と思われる。
「つい最近まではロウター様を推す聖女キャミス側が有利だったのですが、この度ロウター様が処分されましたので、両者の立場はほぼ互角となり、余計に派閥争いが盛んになりまして」
「何故聖女が派閥争いに参加するのですか?」
「聖女様のご実家のご都合であったり、はたまた『あの聖女が気に食わないから反対の陣営につこう』と判断されたり、様々です」
「成程なー大変だあ」
ため息交じりのクライフ所長に合わせて、澪もナビスもため息を吐く。人を救う聖女がこの有様となると、この王都、相当大変なことになっているのではないだろうか。
「……まあ、とにかく、聖女様方は未だに争っておいでであり、更に付け加えるならば、どちらの派閥も互いに牽制し合っているのです。そして聖女達方は見習いの方も含め、囲い込みのためにお互いの陣営に与するものにしか神の力をお使いになりませんので……」
「その結果、診療室で治療にあたる聖女が居なくなった……ということですか!?」
信じられない、という顔でナビスが慄くと、クライフ所長は苦り切った顔で頷く。澪は内心で『神よ!』という気分である。つまりまあ、ナビスに縋るしかないのだが。
「なんてこと……聖女の本分も忘れて、そのような……」
「ええ。実に嘆かわしいことです。しかしそれもじきに終わるでしょう。我々にはもう、カリニオス王子がいらっしゃいますから」
クライフ所長は疲れ切った笑みを浮かべて、じんわり嬉しそうに話す。
……確かに、2つの聖女の派閥の争いは、『どちらの神輿を王にするか』という争いであったはず。となると、2つの神輿より巨大かつ正統な神輿であるカリニオス王子が帰還した今、派閥とやらも自然に消滅していくものと思われる。
だがその分、カリニオス王子の負担はとんでもないことになりそうだ。『お前さえいなければうちの神輿を次の王にできたのに』と考える者がそれだけ多そうなのだから。
「……まあ、全ては王子がこの城を長らく空けておられたせいなのですが」
「とは言っても、それも呪いや病のせいだったのでしょう?うーん、お労しいですね……」
カリニオス王子がずっと城に居ればこのようなことにはならなかったのかもしれない。しかし、カリニオス王子が命を狙われまくっていることは呪いや病、そして毒などの件からすでに分かっているので……何とも言い難いところではある。もし王子が死んでしまっていたら、この事態はさらに悪化していただろう。
「ま、いいじゃん。とりあえず今、王子様は無事にここに居るわけだし。だからその内、派閥争いも消えるっしょ?なら……」
ひとまず澪は前向きに考える。
そう。王子は居るのだ。だから派閥争いはその内鎮まるはず。そう。その内。そして……その内、ということは……。
「ええと……それまでのつなぎとして、診療室で、頑張る、ってこと、かな……?」
「……そう、なりますね……」
……つまり、派閥争いが収まって、聖女達がまともに働き始めるまでの間。
澪とナビスはとてつもなく忙しいのであろう、と思われるのであった!
その内クライフ所長は『王子の元に戻らねば』と慌てて戻っていき、そして、澪とナビス、リグナ医師だけが取り残された。リグナ医師は相変わらずすやすや夢の中なので、澪とナビスはとりあえず、できそうなことを探して働くことにする。
まずは、溜まっていた洗濯物を片付けることにした。シーツや包帯、そしてリグナ医師のものであろう白衣めいた衣類などがタライの中に諦め山脈を築き上げていたため、それらを洗って、熱湯で消毒して、干していく。
ポルタナでもやっていることではあるが、量が量なので大変である。澪は『洗濯機ほしいー!』と思いながら手洗いで頑張った。
続いて、薬品の整理を行う。忙しない医者の仕事の中で放置されたのであろう出しっぱなしの薬瓶などを1つずつラベルを見て棚に戻していく作業だ。これは、ある程度知識があるナビスが行うことになった。澪では今一つ、この世界の薬のことが分からないので無闇に触るのは躊躇われたのだ。
そしてその間、澪は専ら力仕事をする。……具体的には、『届いたのだけれど開封する余裕が無くて開封できていません!』という具合の木箱を片っ端から開けて、ナビスの指示どおり、そこに入っていた薬草の干し物をひたすらすり鉢でごりごりごりごりやる仕事である。
『これは粉末にしなければ使い勝手が悪いので……。その上、棚を見る限りどうも、在庫が残り少ないようでして……』と申し訳なさそうに言ってきたナビスの為にも、澪は頑張ってごりごりやらねばならぬのだ。
「おい、医者!治療!」
……そして、澪とナビスがくるくる働く間にも、怪我をした兵士がやってくる。しかも、割と横柄なかんじに。
「リグナ医師なら今、お休み中です」
「ああ!?んだよ、使えねえなあのジジイ!」
横柄な以上に、乱暴である。今も兵士は、苛立ち紛れか積み上げてある空の木箱を蹴りつけている。『あれ崩れたら下手したらあの兵士さん死ぬぞおいおいおい』と澪は気が気でない。
「お医者様はいらっしゃいませんが、私は聖女です。治療はできます。そちらにお掛けになってください」
「はあ!?聖女だ!?そんな奴の治療なんざ……」
「はいはいはい、黙って治療されようねー。じゃなきゃそろそろその口、縫合しちゃうぞ」
兵士が先程のように騒ぎ始めたので、澪はまたしても膝カックンで兵士の姿勢を崩し、そのまま椅子に座らせた。その瞬間、ナビスはさっと治療を始める。完璧なコンビネーションである。
「終わりました」
「はい、終わり。じゃあおにーさん、おつかれー」
そうして治療がさっさと終わり、兵士がぽかんとしている間に澪はその兵士を立たせて出口まで連れていく。
が、診療室の外に放り出す前に、兵士が正気に戻ってしまった。
「て、てめえ、何様のつもりで……」
「勇者様。そしてこちらは聖女様!はい、戻るんならさっさと戻って!文句あるなら聞くだけ聞くけど、暴れたいなら他所でやって!あともう怪我しないでね!」
澪は内心『まあ、聖女様っていうか、王女様……』と思いつつ、『この場にカリニオス王子が居たら君、クビになってるぞ……』とも思いつつ、そっと兵士を扉の外へ押しやる。
兵士はやり場のない感情を持て余している様子であったが、澪はさっさと扉を閉めてしまった。……こういう時にはお互い、消耗を避けるに限る。
「はあ……なんかここ、荒れてるよねえ」
「ええ……皆様、ご気分が荒んでいらっしゃるご様子ですね」
澪とナビスは揃ってため息を吐く。兵士が傾かせていった木箱をもう一度積み直して、そして澪はナビスの傍に戻ってきた。
「恐らく、派閥争いとやらに疲れた方々が、あのようになっておいでなのでしょう。うーん、どうにかならないものでしょうか……」
「あと、或いはさー、派閥争いの終わりって、すなわち『自分達が今まで力を入れてきたことが実らず終わる』ってことじゃん?それで不安になってる人、いるのかもねー……それはどうしようもなさそうだけどさあ……」
争うだけ争って、それで得られるものが何もなかったとなると、争っている者達もやりきれないものがあるのだろう。だからこそ、争いにしがみつき続ける。カリニオス王子が帰還した後だというのに。
確かコンコルド効果っていうんだっけ、などと澪は思い出しながら、この不毛な戦いが早めに終わるよう、カリニオス王子に心の中でお祈りしておくのであった。
そんな折。
「ごきげんよう。……あら?リグナは居ないの?」
兵士をさっき放り出したばかりの扉から、今度は少女がやってきた。……澪やナビスと同じくらいの歳頃だろうか。もう少し年上にも見えるが、まあとにかく、恐らく彼女が聖女なのであろうことは、なんとなく格好で分かった。
聖女らしき人は、きょろきょろ、と診療室を見回して……そして、ナビスを見て、言った。
「そこの下女。リグナはどこ?」
澪は即座に、聖女っぽい人の評価を改めた。
こいつは聖女などではない!
「訂正してもらおっか」
当然、澪はこれに怒らないわけにはいかない。澪の聖女様が侮辱されたのだから当然、怒るべきなのであろう。
「こちらにおわすのはポルタナの聖女ナビス様。メルカッタ方面で随一の信仰を集めている聖女様にあらせられる。最低限の礼儀くらいは持っていてね」
これ以上何か言うなら黙っていないけれど、と、澪は高い身長を活かして上から聖女何某を見下ろしてやる。すると、聖女何某は澪には多少怯んだ様子を見せた。だが、それからすぐ、いかにもこちらを小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべて見せた。
「あら。随分と貧相なものだから、聖女だなんて気づかなかったわ。それに、何と言ったかしら?オルタナ?聞いたことも無いわね」
流石にこれは駄目だなあ!と澪が短剣に手を掛けようとすると、すかさず、ナビスがにっこりと立ち上がって澪と聖女何某との間に入った。
「ポルタナです。王都から南東にある村ですよ。この国随一の聖銀の産地として知られていますが、ご存じありませんか?」
「知らないわ。……あなた、王都まで来て舞い上がっているのかもしれないけれど。王都と田舎では聖女の力だって大きく差があるのよ?弁えなさいね」
澪はナビスの後ろから、そっと短剣を手に出ていこうとしたが、ナビスは『駄目ですミオ様!この人が死んでしまいます!駄目です!』とこしょこしょ声で必死に訴えてきた。まあ、ナビスが言うなら、と澪は一応、引き下がる。
「……で、ご用件は?」
が、どうにも溢れ出る険はどうにもならない。自分でも刺々しいなあ、と思う声で、澪は聖女何某に聞いてやった。
「だから。気の利かない下女達ね。リグナを出しなさい、と言っているの」
「リグナ医師はただいまお休み中です。言伝がおありでしたら、承りますが……」
「言伝?気の利かない下女ねえ。私の勇者の治療が必要だっていうのに、あなた達の気が利かないせいで傷に障ったらどうするの?」
「あー、怪我人かあ。なら最初っからそう言いなっての」
なんとも要領を得ない聖女何某の話を半分聞き流しつつ、澪は『どうする?』とナビスの方を見る。だがナビスは澪の予想通り、『治しましょう』と頷くのだ。まあ、ナビスはこういう子なのである。
「でしたら、私が治療を。癒しの術は得意としておりますので」
ナビスがそう進み出ると、聖女何某はナビスを値踏みするように見て、そして、鼻で笑った。
「癒しの術を?あなたみたいな、田舎から出てきた思い上がり風情が?」
……これは、そろそろブチ切れてもよさそうである。
ということで、澪とナビスは聖女何某を無視して、診療室の外に出た。すると、そこには勇者なのであろう男が腕を押さえて立っていた。
「怪我人発見。ナビス、やっちゃえ」
「はい、ミオ様」
澪は本日3回目となる膝カックンで勇者らしい男をその場に座らせ、その隙にナビスがさっさと治療してしまった。
「終わりました!」
「よし。じゃあさよなら。次はその横柄な態度治してきなね」
ということで、澪はさっさと診療室の扉を閉めようとする。
……が。
「待て、無礼な女共め!」
閉めようとした扉をこじ開けるようにして、治したばかりの勇者が無理矢理押し入ってきた。
「先程から聞いていれば、聖女キャニス様に対して随分と無礼な態度を取っているではないか!」
「だってそっちが無礼なんだししょうがないじゃん?いくらこっちが聖女様と勇者だからってさ、流石に、無礼な奴相手に礼を尽くしてやる義理なんて無いけど。妥当でしょ」
そして居丈高な勇者何某に対して澪がじろりと睨み上げてやれば、勇者何某は一瞬、『勇者……?』と不可解そうな顔をして……それから、澪の恰好を見て、嘲笑を浮かべた。
「なんだなんだ、田舎では女を勇者にせざるを得ない程に人間が居ないのか?」
まあ、居ないが。澪かシベッドかの二択になる程度には、人が居なかったのは事実だが。だが、それを馬鹿にされても困るのである。
「随分と貧相な女だと思ったが、まさか勇者気取りとはな。聖女になれなかったから勇者の真似事をしているのだろう?哀れなものだな!」
しかも、何やら的外れな嘲笑を浮かべられても困るのである。澪は『うわっ、これ、勇者の方もかー……まあ、そうだよねえ。あの聖女についてる勇者がまともだったら、勇者の胃に穴開いてるもんね……』と微妙に納得してしまいつつ、どうしたもんかなあ、と考え……。
「恥を知りなさい、無礼者」
……振り向いたところで、ナビスがその瞳に爛々と炎を燃やすようにしているのを見つけて、『うわーお』と思うのであった。
「無礼?あなた達のような田舎者に礼が必要なの?我儘な田舎者達だこと」
ナビスが怖くないのか、いっそ怖さが一周してオーバーフローしているのか、聖女何某……否、聖女キャニスというらしいそいつは、未だに頑張って嘲笑してくる。のだが……。
「よーし。ナビスもそろそろ限界だよね?私、そろそろ限界」
澪は聖女キャニスを無視して、ナビスにそう、問いかけてみる。
「……ええ。私もまだ、修行がまだ足りませんね」
そしてナビスもまた、ため息交じりに嫌悪の視線を聖女キャニスとその勇者へ向けていた。
「あはは。いいじゃんいいじゃん。人間、キレる時にキレるのも必要なことだって。私はキレるの苦手だからさあ、ちゃんとキレられる時にキレようって、むしろそう思ってるもん!」
澪はナビスの同意を得られたことを嬉しく思いながら……勇者何某に一歩、二歩、と近づいて……。
「表、出なよ。殴らなきゃ分からないっていうなら、殴って躾けてあげる」
勇者何某の胸倉を掴んでその頭を引き寄せると、囁くようにそう言ってやるのである。
「散々、馬鹿にしてくれたんだからさ。……目玉の1個ぐらいは、覚悟できてるんだよね?」




