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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
137/209

第三派閥*1

「ようこそ、王都カステルミアへ」

「歓迎します、聖女様」

 ぴっちりと組み上げられた門で門番達に見送られて、澪とナビスを乗せた馬車は王都カステルミアへと入っていく。

「うわあ……」

「すごい、ですね……」

 そこで2人は静かな歓声を上げるしかない。何せ、目の前に広がる景色が壮大すぎて。

 ……門を入ってすぐのところには、ずらりと商店が並んでいる。宿もいくつかあるようだ。やはり王都ともなれば泊まる人も多いのだろう。

 商店の奥には、噴水の広場が小さく見える。レギナやメルカッタにも広場や公園の類はあるが、王都のものはやはりより大きく華やかである。

 行き交う人々も多く、彼らは皆、忙しなかったり、笑顔で談笑していたり。賑わう大通りの様子は、レギナにもよく似た光景だ。

 だが、レギナともメルカッタとも何より異なるのは……商店街や広場のさらに奥。高台になっているそこに聳える、立派な王城の姿であろう。

 白い石造りの城の屋根は深い青。尖塔で翻る旗には王家の紋章。他のどこでも見られない、この王都カステルミアでしか見られない光景だ。この世界で一番大きな建造物かもしれないそれを遠くに眺めて、澪もナビスも、ほわあ、と感嘆のため息を吐くしかない。

「ここが王都、かあ」

 ……今日から、澪とナビスはここで働くことになる。この、ポルタナが10も20も収まってしまいそうな、大きな大きな町の、大きな大きな城の中で。

「大きすぎて全然実感湧かないねー」

「え、ええ……ただの山にすら見えます」

 そう。今日から働くのだが……なんだか、今一つ実感が湧かない2人であった。




 それでも馬車はのんびり進む。馬車が通っても余裕のある大通りを進んでいき、そのまま更に真っ直ぐ行く。

 すると、城壁があり、そこで門番達の審査を受けることになる。王城へ近づく者には二重三重にチェックを入れるということらしい。

 澪とナビスはクライフ所長が用意してくれた紹介状を見せて門を通り抜け、カステルミアの中心部へと入っていく。

 そこを更に行けば、更に門があってそこでも同様のやり取りをして……そうしてようやく、澪とナビスは王城までやってきた。


「ああ、お待ちしておりましたよ、聖女ナビス、勇者ミオ。ようこそ、王城へ」

 王城に入ってすぐ、出迎えてくれたのはクライフ所長だった。……彼はセグレードギルドの所長、ということで王子と共に潜伏していたわけなのだが、今は王子の復帰と共にクライフ所長も王城に戻って王城で働いているらしい。

 クライフ所長は一応、カリニオス王子の側近、という扱いらしく、そうそう出歩くわけにはいかない王子に代わって諸々の業務をこなしているのだとか。

「こんにちは。これからどうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

 ナビスと澪と、揃ってお辞儀をするとクライフ所長はにこにこと、嬉しそうにお辞儀してくれた。ぺこ、ぺこ、とお互いにやりあったら、早速、クライフ所長に案内されて王城の中を進んでいく。

「広すぎて道に迷ってしまいそうですね……」

「すごくわかる。地図が欲しい……」

 王城の中は、広い。外観からして分かっていたことであるが、広い。

 王城の中……つまり建物の中に、広場があり、公的機関の受付カウンターがあり、人々が行き交っていて、そして廊下の両側には様々な部屋が並んでいる。まるで、町を1つ丸ごと収めているかのような状態だ。これは、城の中の構造を覚えるまでに大分かかりそうである。

「ははは、そのうち慣れるでしょうとも。もし道に迷ってしまったら、ひとまず人の声がする方へ進んでいけば基本的には玄関前のホールに出ます。ホールには大抵、人が居ますから、道を聞けば教えてもらえますよ」

「ああ、そういうことならよかったぁ……」

 クライフ所長の言葉に、澪は心底ほっとする。とりあえず、『困ったときはこうする』という方針が決まっているだけでも案外安心できるものなのである。

「お2人が勤務することになる診療室は奥の方ですから、ひとまずは広場までの道を覚えられればよいかと。ただ……」

 ……だが、クライフ所長の言葉にはどうも、陰りがある。澪もナビスも、『何か来るのか!?』というように身構えて、そして……。

「当面、診療室を出られない程に忙しいかもしれませんが……」

「ええ……?」

 クライフ所長の言葉に、澪もナビスも、顔を見合わせるのだった。

 ……やはり、嫌な予感がする!




 澪とナビスはクライフ所長に連れられて、王城の奥の方までやってきた。

 奥の方まで来ると、城の施設も概ね、内部向けのものとなっていく。つまり、城の使用人達の為の食堂であるとか、洗濯室であるとか、はたまた、澪とナビスが勤務することになる診療室であるとか。他にも、薬草園がある裏庭や、兵士達の宿舎や訓練所も近いらしい。

「リグナ殿!例の聖女様と勇者様がお見えです!」

 さて。そんな城の一室の戸を開けて、クライフ所長がそう呼びかける。……すると、中から白い服を着たおじさんが1人、ふらふらよろよろと出てきた。

「あ、ああ……神よ、感謝いたします……」

 そして、リグナ殿、というらしいおじさんは、ふらふらよろよろ、祈りの姿勢を取って澪とナビスを拝み始めたのである。……どう見ても、健康そうには、見えない。

「だ、大丈夫ですか!?あ、あの、この方は!?病人の方ですか!?」

 早速よろめいたリグナを支えて、ナビスはクライフ所長を振り返り……そして。

「この方はリグナ殿。城の医師にあらせられます……」

 クライフ所長がなんとも言えない顔でそう言うのを聞いて……澪は心の中で、『医者の不養生ー!』と叫んだ。

 ……先が、大変に思いやられる!




 ひとまず、ふらふらだったリグナ医師には寝てもらった。『ああ、聖女様がいらっしゃったならしばらくお任せしてもよろしいでしょうか……怪我人が来たら治療を……』と言い残して、リグナ医師は気絶するように眠ってしまったのである。……澪は一瞬、死んだのではないかと心配したが、息はある。よかった。

「あの、クライフ様。この状況は一体……」

 ナビスが困惑まみれの顔でクライフ所長を振り返ると、クライフ所長はなんとも暗い面持ちで言った。

「現在、診療室は大変に多忙なのです。その……王城付きの聖女様が1人、急に亡くなられたので」

「あー……」

「ああ……」

 どうやら、マルガリートとパディエーラから聞いた話が、ここにまで影響を及ぼしているらしい。

「ええと、つまり……お亡くなりになった聖女様が、ここの診療をやっていた、っていうこと……?」

「いえ、聖女様がこのような診療室にいらっしゃることはあまりありませんので」

 澪が確認してみると、クライフ所長は何とも頭の痛そうな顔をする。これに澪は、おや、と思った。どうやら、聖女の死の皺寄せダイレクトアタックがここへきている訳でもなさそうだ。


 ……と、そうしている間に。

「おい、医者!治療を!」

 どたどたと足音が聞こえ、続いて、兵士らしい人物がやってきた。

 ……その兵士の腕には切り傷があり、血が今も止まらないようだった。布で押さえてはあるが、その布には次第にジワリと赤い染みが広がっていく。

「……ん?お、おい、医者はどうした」

「さっき倒れちゃいました」

「な、なんだと!?」

 兵士はリグナ医師の姿が見えないことに戸惑っていたが、澪が状況を簡潔に伝えると、すぐ青ざめる。

「じゃあ、治療はどうするんだよ!」

「それでしたら、私が」

 だが、すぐさまナビスが進み出て、聖銀の杖を片手に微笑みかける。

「ポルタナの聖女ナビスです。この度、この診療室のお手伝いに参りました」

 ナビスの笑みは、兵士を安堵させるに足るものであった。澪などは、その微笑みを見るだけで『うーん、神!』などと思うほどである。

 ……だが。

「聖女だと?……くそ、どいつもこいつも!」

 ナビスの名乗りを聞いた兵士は、途端に気分を害したようになってしまう。更にそのまま、踵を返して立ち去ろうとしてしまう。

「え、ちょ、待った待った待った。おにーさん、治療は?」

 慌てて澪が兵士を捕まえると、兵士はまさか捕まえられるとは思っていなかったのか、ぎょっとした顔をしつつ、すぐさまその表情を嫌悪のそれに変えてナビスを嘲るように睨む。

「あんたがどっち側なのかは知らねえが、出しゃばってくるんじゃねえよ。碌に物事も分かってねえお嬢ちゃんが!」

 そして、そう吐き捨てるように言って、澪の手を振り払い、出ていこうとして……。

「はいはい、よく分かんないけどとりあえず傷は治さないとね」

 澪はすかさず兵士に膝カックンを仕掛け、体勢を崩した兵士を椅子に座らせた。

「ご不満は治療後にお伺いしますので」

 そしてナビスも、さっさと治療を始めてしまった。

 ……そうして兵士は、切った啖呵の威勢のよさはどこへやら、ぽかんとしている間にしっかり治療されてしまうことになったのだった。




「では、お大事に」

「怪我、気を付けてねー」

 澪とナビスが見送る中、兵士は黙って出ていってしまった。文句は言わなかったが、礼を言う気にはなれなかったらしい。難儀な人である。

「……兵士達もか」

 そして、1人、クライフ所長がため息を吐く。

「えーと、クライフ所長。さっきの人の事情、知ってたりする?」

 知ってるんだろうなあ、と思いつつ澪が尋ねれば、クライフ所長は深々とため息を吐いて、言った。

「……王城付きの聖女様方は、主に2つの派閥に分かれて争っておられます」

「はばつ」

「ええ。全く、嘆かわしいことではありますが……」

 澪もナビスも、唐突な説明に目を円くするしかない。派閥。派閥とは。

 ……澪とナビスは顔を見合わせて、ひとまず、確認する。

 この王城暮らし、早速、問題だらけのようである。


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