神のみぞ知る*1
そうして、冬の間は澪とナビスの礼拝式ラッシュとなった。
春からしばらくの間は活動が少なくなるよ、という告知も済ませたからか、『なら今のうちに』とばかり、観客が大いに増えた。
そうしていく中でポルタナ訪問客は増え、ナビスの礼拝目当てであった訪問客がポルタナの魅力に気づき、礼拝式が無い日にもポルタナを訪れる人が居るような、そんな状態が生まれていく。
丁度、また月鯨が獲れたこともあり、ポルタナでは鯨肉祭が開催されるなど、礼拝式以外の催しも行われた。また、カルボ達鍛冶師が『折角だ、作ったもんの大売り出しでもするか』と提案して、月に一度、ポルタナ鉱山の恩恵が存分に生かされた市が開催されるようになり、これも人気を博した。
訪問客は美味い魚や鯨肉にポルタナの塩を振ってこんがり香ばしく焼き上げたものや、じんわりと旨味が溶け出した滋味深いスープを楽しみ、鍛冶師達が作った業物の剣やナイフ、時には磨き上げられた宝石やそれを使った装身具などを見て回り、そうして夕方からはナビスの礼拝式に参加してペンライトを振るのだ。
或いは、礼拝式の無い夜には素朴な宿に泊まって波音に耳を澄ませてみたり、星空を見上げてみたり、静かに過ごす。そうして翌朝はポルタナ交易所で買い物したり、はたまた交易所の中に展示されている珍しい品……龍の鱗であったり、ドラゴンの頭蓋骨であったり、そういったものを眺めてみたり。
……そうして、ポルタナはポルタナという村自体に集客力を持つようになっていった。澪が想定していた以上の成果を上げることができたのである。
さて。
そんなある日、礼拝式の後。
「いやはや、君達の礼拝式は本当に風変りだな」
片付けをしていた澪とナビスの所にカリニオス王子がやってきて、嬉しそうに『差し入れだよ』と紙箱を差し出してきた。開けてみると、中にはなんとも美味しそうなバターケーキとクッキーが入っている。どうやら、王都の菓子店の菓子であるらしかった。
そう。つまり、カリニオス王子は王都から戻ってきたばかりなのだ。
「あっ、カリニオス様。お戻りになっていたのですね」
「ああ。父上にも話を通してきた。『ロウターから私の命を救ってくれた娘さん2人が王城勤めを希望している』と説明してね」
どうやら、澪とナビスの立ち位置はそのあたりに収まることになったらしい。……ナビスが王子の娘だということは伏せておくにせよ、王子と何の繋がりも無いというのも無理があるだろう。なら、嘘を吐かない範囲で、それらしい理由を拾ってきて使う方が良い。
「まあ、そういうわけで春からの王城生活については安心してくれ。滞りなく、支度をしておく」
「えへへ、ありがとね」
「調整が大変でしたでしょうに……どうもありがとうございます」
澪とナビスが揃って礼を言えば、カリニオス王子はなんとも嬉しそうな顔をする。……やはり、パパは娘の喜ぶ顔が好きなのだろう。特に、愛するアンケリーナによく似た娘ともなれば、尚更。
「さて……こちらの話はこのあたりにしておこうかな。君達の礼拝式だが……とても楽しめたよ。あんな礼拝式は初めてだ」
続いて、王子は楽し気に礼拝式の話を始めた。澪とナビスとしては、このように観客から直に感想を聞くことが少ないので、少々どきどきしつつ、そわそわ、わくわく、ともしている。
「祭のようでいいな。堅苦しい所が無いから、誰にでも参加しやすいだろう。子供が参加しているのも見たが、彼らも飽きてしまうことなく参加していた」
「あら、そうなのですか?嬉しい……」
ステージ上からは、今一つ会場の様子を見切れない。特に、身長の低い子供は居ても目立たないので、子供も参加しているとは知らなかった。
「子供が参加してくれるんだったら、昼の礼拝式、やってみた方がいいかもね」
「ええ。是非。そのときは子供達にお菓子を配りましょう!」
喜びと共にまた新たなアイデアが出てきたところで、澪とナビスはまたカリニオス王子の方を見る。……2人とも無意識にではあるが、『もっと褒めて!』という催促になっている感は否めない。
「観客側が声を上げるというのも珍しいな。だが、アレによって一体感が生まれ、礼拝式をより一層楽しめるようにしてくれているのだろう。それから、礼拝式で聖女が歌ったり舞ったりするだけでなく、勇者がラッパを演奏するというのは非常に斬新だった」
王子としても、澪とナビスを褒めるのが楽しいのか、うきうきと話してくれる。ここにはWIN-WINの関係が生まれていたのである!
「勇者ミオ。君のラッパは少々特殊なものらしいな?あんなに様々な音が出るラッパは珍しい」
「あはは……うん。まあ、そうかも」
トランペットはこの世界からしてみると珍しいだろう。澪は笑って誤魔化しつつ、『私が異世界人だって王子は知らないもんなあ』と少々残念に思う。まあ、明かさなくていいなら明かさない方が安全なので、澪は今後も明かすつもりは特に無いが。
「そして音色が良い。まるで、星が一筋夜空を流れていくような、そんな音だった」
「嬉しいなあ。私もそういう音が出せるように、って思ってやってるから……えへへ」
澪は散々褒められて、にまにましている。やっぱり褒められると嬉しいのである!
「それから聖女ナビス。……君の歌は、やはり素晴らしいな。アンケリーナを思い出す。彼女も歌が上手かった。君ほどじゃなかったかもしれないが」
「ふふ……ありがとうございます。まだまだ、お母様には及ばないようにも思えますが」
ナビスも褒められてにこにこしている。やっぱり褒められると嬉しいのである!……そして最近のナビスは、こうして褒められたときに謙遜するのではなく、もじもじしながらも喜べるようになってきたように思う。澪にとってはそれもまた嬉しい。
「それにしても……その、君は、礼拝式の度、このように光るのか?」
「へっ?」
だが、ナビスももじもじ喜んでばかりいられない。王子に指摘されて、ナビスは自分自身を見て……ほやほやと金色の光を纏ってしまっていることに気付いてしまった。
「あ、あらっ!?また光ってしまっていますか!?」
「うん。光ってる光ってる」
「ミオ様ぁ!言ってください!気づいていたなら言ってくださいよう!」
「ごめん。かわいくて、つい」
ナビスは照れながら怒って見せるのだが、それがまた可愛くて澪はにっこりしてしまう。ナビスは『もう!』と言いつつ、光を収めてしまったが。
「ま、ほらほら。光っちゃうくらい信仰心はたっぷり集まった、ってことでしょ?礼拝式が大成功だったってことだし、そう悪いことでもなくない?」
「まあ……そうかもしれませんが」
ナビスが光り輝いたということは、それだけ信仰心が集まったということである。今回の礼拝式は中々の規模になったこともあり、観客達から集まる信仰心も相当な量になったようだ。ナビスは『そうは言っても恥ずかしいんですよう』と不満げであったが、信仰心が集まるのは良いことである。
「礼拝式中、勇者ミオも光り輝いていたが……」
「えっ!?私もぉ!?嘘でしょ!?」
かと思えば、なんと、澪自身も光っていたらしい!なんてこった!と澪が愕然としていると、ナビスは『ミオ様が集めてくださった信仰心が私に流れ込んで来るのが分かりましたよ』とにっこりするのだった。
……澪としては、やり返された気分である!
「ふむ、そうだな……これも興味深くあるか」
さて。そんな折、澪とナビスのやり取りを見ていたらしい王子が、ふと、そんなことを言い出した。
「人々の祈りが、神への祈りというよりは、人への……聖女ナビスへの祈りであることについて、中々興味深く思う」
少し冷えるので、3人はそろって礼拝堂の中に入る。ここは暖炉に火を入れておいたため暖かいのだ。
ついでに、礼拝式の聖餐として用意していた飲み物を温めなおしてそれぞれに飲めば、体の中から温まる。カップを持っている手もじわじわ温まって丁度いい具合だ。
「ねえ、王子様。人々の祈りが神への祈りじゃなくてナビスへの祈り、ってどういうこと?」
そうして澪は、先程の話の続きを聞くことにする。すると、王子はホットワインを飲みつつ、なんとも気まずげな顔をした。
「その……私が長らく神を嫌っていたことは、知っているだろう?」
「うん」
「ええ。……お母様が亡くなられてから、ということでしたよね」
カリニオス王子は、聖女アンケリーナを救ってくれなかった神のことが嫌いなのだ。その気持ちは、澪にも分からないでもない。だからと言って聖女の治療を拒んでいた点については『困った人だよなあ』と思うが。
「その頃、考えていた。何故、神は祈られなければ救って下さらないのか、と。或いは、まあ……熱心に祈っていた聖女ですら救って下さらない理由を、知りたいと思ってな」
王子はそう言いつつ、ふら、と視線を彷徨わせる。
かつて聖女アンケリーナが居たこの礼拝堂でこんな話をするのがなんとなく気まずいのかもしれないし、そもそもこんな話を澪達、少女2人に聞かせていること自体が気まずいのかもしれない。
「理由を探さねば、納得できなかった。アンケリーナの死も、この世のあらゆる理不尽も、何か、理由があるのではないか、と……そうでなければ、気が狂いそうだ、と、ずっと……」
なんとも暗い声でそう呟くように話した王子は、やがて、深々とため息を吐く。
「まあ、実に愚かしいことだ。そんなことは、分かっては、居るのだが……」
王子はそう零すと、カップの中のホットワインを一気に飲み干した。そこへ澪はすかさず『どうぞどうぞ』とお代わりを注ぐ。王子はそれに多少驚いた様子であったが、まあ、あったかい飲み物はいくらあってもよいものである。
「だがどうにも、考えてしまう。今もそうだ。神はなぜ、祈らなければ救って下さらないのか。或いは逆に……『何故、祈ると神の力を聖女にお貸しくださるのか』と」
「ああ……確かに、不思議ですね。私も不思議に思いますもの」
ナビスもカップの中身……ホットワインに蜂蜜を足したものをちびちびと飲みながら、そう言って興味深げにふんふんと頷く。王子は聖女であるナビスさえもがそんなことを言うとは思っていなかったらしく、大分驚いていたが。
「まあ、色々と法則を無視してるよねえ、神の力って。ついでに、出所も分からないし……そもそも本当に出所があるのかすら分かんないもんなあ」
澪はホットワインではなく魚のスープの余ったものを飲みながら、『神ってなんだろ』と考える。
神の力がある以上、神が居るのだろうとも思われるが……そもそも、本当に神が神の力を貸しているのかさえ、分からない。
ただ、信仰を捧げるとそれが力になる、という、そういうよく分からないシステムがあるだけで、その理屈は何も、分からないのだ。
澪がぼんやり考えていると、王子はふと、祭壇の方を見ながら笑う。
「……まあ、アンケリーナに言われたことを、今日、唐突に思い出してね」
鯨油のランプの火がゆらゆらと揺らめくそこに、かつて聖女アンケリーナが居たのだろう。澪は、そこに立つナビス似の女性の姿を想像してみる。
「彼女は私に言った。『神は在られる』と。……『ここに』と、彼女自身の胸を指して。続いて、『そしてあなたの内にも』と、私の胸を指した」
王子の指が、王子の胸を示し、そして、祭壇の向こうへと向く。
……王子の言うことが、澪にはなんとなく、分かる。
つまるところ、信仰とはそういうものなのだ。『誰か』が救ってくれるのではなくて、『誰か』に思いを馳せることで、自分で自分を救うための、そういうものなのだ。
だから、『神は在られる』。
『自分の中に』神がある。そういうことなのだろう。
……そして、そう思うことで善く在ろうとできるし、理不尽な死を乗り越えられる。そういうことなのかもしれない。
だが、そうだとしたら……『神の力』とは、一体何なのだろうか。
まあ、考えてみたところで詮の無い話である。神は見えないし、居るかどうかも分からない。案外、もしかすると本当にこの世界には神が実在するのかもしれないし、どこかでひょっこり出てくるのかもしれない。
『いやでも神様が急に出てきたらやだなあ』と思いつつ、澪は魚のスープのお代わりを自分で注ぐ。もう具が残っていないのだが、スープのみのスープというのも中々オツなものである。
「まあ、今日の礼拝式で『聖女ナビス』へと祈る人々を見て、思い出したんだ。我々は神への祈りを捧げているのではなく……聖女を通して、自らの内の神へと祈っているのかもしれないな、と。つまり、神への祈りとは自分への祈りであり、同時に、聖女ナビスへの祈りなのかもしれないと思ったんだ」
「成程!つまりナビスは、神!」
不遜は承知の上で澪がそう元気に言えば、王子はけらけらと楽し気に笑った。不謹慎な人である。
そしてナビスは『な、ならミオ様も神です!』と、ちょっとよく分からない方向に向かって不謹慎になっていた。とてもかわいい。
「……そうだなあ。まるで、君達自身が『神』であるかのようだ。人々の願いを集め、君達が、君達の力で、人々を導いているようにも思える」
王子は王子で、神よりナビスが好きと見えて、『つまりナビスは神』説にノリノリである。まあ、澪としては下手に敬虔な人よりもこれくらい不謹慎でラフな方が取っつきやすくてありがたい。
「と、まあ……神に見放された気になって絶望していた愚か者の戯言だ。だが、こんな愚か者にも、君達の礼拝式は楽しめたよ。ありがとう」
「それはよかった。私達ね、元々、メルカッタの戦士の人達とか、そういう、あんまり神様と縁がないかんじの人達向けに礼拝式を考えてきたんだ」
「ですから、その成果を改めて確認できてうれしい限りです」
……色々と考えることはあったが、それはそれとして、今日もまた1人、観客を楽しませることができた。澪とナビスの礼拝式の成果は上々、ということだ。
ナビスも大分、王子と打ち解けてきたようだし……いよいよ、春の王城行きが楽しみになってくる澪であった。
そうして雪解けが始まる季節。
「……いよいよだね」
「ええ。いよいよです」
遂に、澪とナビスが王城へと行く日が来たのである。




