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出発信仰!  作者: もちもち物質
第二章:アイドルとは神である
133/209

手段と目的*5

 ナビスは、しばらくぽかんとしていた。

 ……きっとナビスは、『これから先、自分の意思とは無関係に自分の処遇が決まることも多々あるだろう』と覚悟を決めていたのだろう。だが、それが真っ向から否定されてしまった。

『ナビスの存在を公表しない』ということは、つまり、ナビスは今まで通り、王子とは無関係な、ただのポルタナの聖女として生活することもできる、ということなのだろうから。

 澪は、ナビスよかったねえ、と思いつつ、その一方で、ぽかんとしたままのナビスが気になる。

 ……気になりつつも、ひとまずは昼食の用意を進めてしまうことにした。




「うん!実に美味い!」

「お口に合いましたか?ふふ、よかった」

「ああ。実に美味い。素朴で、妙に飾ったところが無くて、しみじみと美味い……ああ、これがポルタナの味か」

 さて。昼食はというと、カリニオス王子の口に合ったらしい。……もしかすると、ポルタナテイストなシチューはアンケリーナとの思い出の味に似ているのかもしれない。

 澪は、『おおー、やっぱりこっちの茹で卵は全部ちゃんと黄身が見える』と思いつつバゲットサンドを食べ進めていく。お肉の塩味と卵のまろやかさ、それにレタスに似た野菜のしゃきしゃきした瑞々しさが美味しい、最高のご飯である。

 そうして食事を進めていく途中。

「ええと……先程のお話について、なのですが」

「ああ」

 ひとまず体が温まり、お腹がある程度まで満ちたところで、ナビスは話を切り出した。

「私の存在を公表しなかった場合、どのような影響が考えられるでしょうか」

「そうだな。まあ、君は完全に今まで通り……とは、いかないかもしれない。何せ、一度はロウター達に君の存在が知られてしまったわけだ。今後、どこから情報が洩れるか分からないのでな。だが、できる限りの警護をする。君が望むなら、今まで通りにこのポルタナで暮らせるよう、最大限、尽力しよう」

 話は深刻なものなのだが、会話の雰囲気はフランクで明るい。2人ともそうしようと頑張っているからなのだろうし、同時に、きっとご飯パワーでもある。食事というものは、人の心を和ませて雰囲気を明るくする効果があるのだ。

「どうだろう。これで答えになっただろうか」

 王子が心配そうに尋ねると、ナビスは、きゅ、と眉根を寄せて少し困った顔をする。

「ええと、あの、私への影響だけでなく……王子様への影響についても、知りたいです」

「私の?」

「はい。……私の存在を公表しないことで、きっと、利益や不利益があるのではないかと思いまして」

 ……澪はシチューを食べ進めながら、『ああ、やっぱりナビスはナビスなんだよなあ』と思う。

 ナビスは自分のことだけ考えては、生きていけないタイプの人だ。周りの人が自分の影響でどうなっていくのか、そこまで考えてから動きたい人で……まあ、澪と気が合うのは、そういうところが似ているからかもしれない。

「そう、か。うーむ、そうだな……君の存在を公表しなかった場合、まあ、私には跡取りが居ないことになる。傍系から養子を貰うことになるか……まあ、その前に、この齢ではあるが、妻を娶って子を成せ、と言われそうな気もするな。無論、できればそうしたくはないが」

 カリニオス王子はそう言うと、へにょ、となんとも情けない顔をする。しょぼん、というか、へにょん、というか……『仮にも王子様がこういう顔していいのかなあ!』と澪は衝撃を受けたが、どうも、カリニオス王子としてはこれは非常に重大な『しょぼん』案件らしい。

 ……やはり、カリニオス王子は聖女アンケリーナをまだ愛しているのだろう。だから、妻を娶る気は無い、と。……王子様としては色々と問題がある気もするのだが、まあ、傍系が次の王に、としゃしゃり出てきているくらいなのだからこれくらいは誤差なのかもしれない。


「な、成程……。逆に、私の存在を公表した場合はどのようになりますか」

「そうだな。その場合は大きく分けて2通りの未来があるだろう」

 王子はナビスの質問に答えるために多少元気を取り戻しつつ、また答えてくれる。がんばれ、がんばれ、と澪は心の中で応援した。

「1つは、公表しつつも君にはこのままポルタナで過ごしてもらう、という道がある。……まあ、君の環境は色々と変わってしまうだろうが」

「それは……そうでしょうね」

 それは容易に想像がつく。『王子の娘』と分かっている者が小さな漁村で聖女をやっていたら……間違いなく、厄介ごとが舞い込んでくるだろう。人質にしようと思う者は当然居るだろうし、単純に害そうとする者、利用しようとする者も現れるだろう。

 だが、それも選択肢の一つではある。王子がこうした選択肢も取り上げてしまうことなく提示してくれるのは、澪としてはなんとなく好印象だった。


「そしてもう1つは、一緒に王城へ来る、ということだ」

「ええ」

 そして、恐らく最も最初に考えるべきであろう選択肢が、ようやくここで出てくる。

 ナビスも真っ先に考えたであろうし、王子も真っ先に考えただろう。それだけ、この選択肢が安定していることは明白なのだ。

「共に王城へ来てくれるなら、まあ……その、不自由させずに済むものと、不自由させてしまうものが出てくるだろうな。暮らしは安定するだろうし、自ら手を動かして働くこともしなくてよくなる。だが、まあ、自由に行動できるわけではなくなる」

 カリニオス王子自身も、王城で過ごす不自由さには思うところがあるのだろう。彼がかつてポルタナに来て、聖女アンケリーナと恋に落ちたこと自体が、相当自由にやらせてもらった結果なのだろうということは容易に推察できる。

「……まあ、次の王の子として王城で過ごすならば、間違いなくしばらくは王女教育が続くだろうなあ……尤も、聖女としての資格を得ている君であるならば、半分程度はやらなくても済みそうだが」

「えっ、そういうものなの!?」

 王女様としての教育と聖女としての教育に被る部分がある、と言われると、『そうかも』という気分と『いやいやいやマジで!?』という気分と、半々くらいになる。

「まあ、聖女としての訓練の中には、史学や神学、そして政治学も含まれると聞くからな。礼儀作法なども一通り、学んでいるだろう?」

「はい。一通りは」

 ナビスは恥じらうようにそう言ってもじもじしているが、ナビスのことだ。きっと優秀な成績を修めていたに違いない。

 ……そしてよくよく考えてみれば、聖女はその村の村長のような役割を果たすことも多いのだから、統治について学んでいなければならないのは当然だったかもしれない。だからこそ、ナビスはポルタナを守ってこられたのだろうから。


「それに、まあ、君が次期国王になることを望まなければ、教育の量は更に減るだろうな」

「えっ?」

「んっ?」

 更に、王子の話がよく分からない内容を含んできたため、澪もナビスも頭の上に疑問符を浮かべることになる。

「王城に共に来てくれた時には、また2つの選択肢があることになる。王女として……つまり、次期国王として励むか。或いは、王女でありながら聖女として活動するか」

 ……澪とナビスは、顔を見合わせた。

「お、王女として……でも、聖女?あの、それは一体……?」

「何、前例が無いわけではないようだぞ。かつて、王女でありながら聖女となって、人々を導いた者も居たと聞く。最近では……まあ、彼女は傍系だが。トゥリシアがそうだったらしいな」


 そう。

 聖女と王女は、紙一重。人々を導く立場であるという点は、一緒。

 マルちゃんが言っていた『聖女でも貴族でも人々を導くことはできる』という内容が、ようやく、澪とナビスにも実感できたのだった。




「……まあ、そういう訳だ。正直なところ、私にも、今後どうなるのかは読み切れない部分が多々あってね」

 さて。そうして食事も終わる頃、王子はそう言って、話を締めくくりにかかった。

「細かなところは、父上……現王に聞いてみなければ決められなかったり、分からなかったり、することだろう。勿論、それは君が君の存在を公表すると決めた時だけだが」

「成程……」

 どうやらこの王子様は、ナビスの存在を隠すと決めた場合には父親にすら存在を隠し通す覚悟で居るらしい。実に娘思いである。

「そういうわけで、とりあえず、存在を公表するかどうかを考えてみてほしい。勿論、どちらを選ぶにせよ、私にできることがあれば何でも手伝う。できる限り、君の意思に沿えるようにしたい」

 カリニオス王子はそう言って、少し心配そうにナビスを見ている。

 自分が巻き込んでしまった、という意識が強いのだろう。ナビスが何も知らずにポルタナで生きていく道を奪ってしまった、と。

 或いは、今まで放っておいてしまった、という思いもあるのかもしれない。今まで存在すら知らずに放っておいた分、その埋め合わせを、と。

 ……だが、どちらにせよ、急なのだ。

「あの……どうして、そこまでしてくださるのですか?」

 そう。急なのである。ナビスが受け止めるには、少々、急すぎる。

「それは……まあ、一応、君の父親であるらしいので……というのも、烏滸がましいか」

「あ、あの、その、烏滸がましい、などとは思わないのですが……身に余る、とは、思います」

 ナビスはもじもじ、としながら、王子の申し訳なさそうな顔に、申し訳なさそうな顔を向ける。

「どうも……こうしたことに、不慣れで」

「……まあ、そうだろうな」

 王子は苦笑して、それから、ふと澪の方を見た。

「勇者ミオ。一つ、聞きたい」

「え、あ、はい」

 澪は、まさか自分が話に加わるとは思っていなかったので少々面食らいつつ、王子の質問に身構える。……すると。

「君は、聖女ナビスはどうすればよいと思う?」

 そんなことを、王子は聞いてきたのであった。


「えっそれ私に聞く!?」

 澪は慄きつつ、思わず叫んでいた。それはそうである。王女で聖女なナビスの人生の決定について、参考意見を述べさせられるとは!

 ……自惚れのような気も、全くそうではないだろうという気もするのだが……多分、ナビスは澪の意見があったら、大いに参考にしてしまうだろう。何なら、澪が『こうしなよ』と言ったら、『そうします』となってしまうような気さえする。特に、今の迷子のような状態のナビスだと。

 だから、今、ここで澪が意見を言うことは、危険なのだ。この国の運命を……そして、ナビスという1人の女の子の人生を、変えてしまう可能性が高いのだから。

「ああ。君は、私よりも彼女のことを知っているだろうから。参考までに、聞いておきたいんだ」

 ……だが、カリニオス王子は必死な目で澪を見ている。ナビスもまた、縋るように澪を見ていた。

 確かに、この2人で話していても手づまりな感はある。だから、澪の意見が欲しいのだろう。それは、分かっている。

 だから……澪は、言うのだ。

「うーん、単に信仰集めのことだけ言うと、存在を公表してもらって、王城で保護してもらいつつ聖女やるのが手っ取り早いと思うよ。というか、王女様やりながら聖女様やるのもアリなんじゃない?なんなら、女王様やりながら聖女様やるのだって。……あ、なら、ポルタナの聖女も兼任できない?流石にポルタナに遷都しちゃだめ?」

 できるだけの欲張りセットを提案してしまう。これが、澪のやり方である。


「せ、遷都!?遷都は流石に……だ、駄目ですよね!?駄目ですよね!?」

「あ、ああ……流石に難しいだろうが、いや、でも……」

「駄目ですよ!駄目ですよ!私の我儘で国を動かしては!」

 王子は真剣に『ポルタナに遷都』を考え始めたらしいのだが、ナビスが慌ててそれを打ち消した。そんなナビスも可愛い。

「いや、でもさー、ナビス。もし遷都が駄目でも、ナビスがポルタナに住むのはいいんじゃないの?或いは、えーと、女王様引退後にポルタナに帰ってくるとかも、一応、できなくはない」

 そこで澪は、いろんな選択肢を更に増やしてしまう。こと、欲張りセットを考えることについては他の追随を許さぬ澪なのである。

 そして……もう1つ、澪には特技があるのだ。

「……で、どの道を選ぶにせよ、私はナビスの傍に居られるんだよね?」


 澪が笑いかければ、ナビスはきょとん、として、それから、雪解けのように笑った。

 ……澪の特技。それは、厚かましいまでに人の懐に入って、ついでに、その人を抱きしめてしまうことなのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわーっ! こういう話しているとなお、「もしかして帰るときが近いんじゃ」ってなっちゃうよー!
[一言] ロウターをモルテさんの元に送るのはダメなんですかね? 変な事喋る前に片付けた方が良い気もしますが。
[良い点] ボルタナ遷都は、凄いなぁ(笑) そこらの線で穏当なのば、『ボルタナ離宮』でしょね。 王都が現行のままで、質素な『ボルタナ離宮』で新王が執務したら・・・ ・・・『贅沢したい権益にまみれた』…
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