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出発信仰!  作者: もちもち物質
第二章:アイドルとは神である
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手段と目的*4

 翌朝。

「はー、さっむ」

 澪は白い息を吐きながら、白鶏達の小屋に入る。

「うわ、ぬっくい!最高!」

 ……白鶏達の小屋は、ほやほやぬくぬくと暖かかった。というのも、小さな暖炉があり、そこに薪がくべてあるからである。

 白鶏達は非常に賢い。賢すぎて何が何だか分からないのだが、冬はこうして、自力で暖炉に火を入れてぬくぬく過ごすらしい。わっせわっせ、とばかりに数羽がかりで薪を暖炉に運ぶ姿はなんともいじらしく可愛らしいのだ。

 だが、空気を入れ替えてやらねば白鶏達の健康に悪い。澪は小屋の戸を大きく開け放って掃除を始めた。白鶏達からは『寒い!』とばかり、猛抗議を受けたのだが、澪は『はいはい、寒いけど頑張ってさっさと終わらせようね』とあしらって、白鶏達にも掃除を手伝わせた。


 掃除が終わって、白鶏達をお風呂に入れて綺麗にしてやったら、鶏小屋の薪を補充しておいて……そうして、教会の食堂へ向かう。

「お疲れ様でした。ごはん、できていますよ」

「わーいありがとう!食べる食べる!」

 そこではナビスが朝食を用意してくれている。澪は喜んでナビスと共に、朝食を摂り始めるのだ。

 朝食は、パンとシチュー。それにサラダ、というものだ。パンは焼き立てのようだし、シチューは干して戻したドラゴン肉の旨味を吸い込んだ根菜がほっくりと美味しい。そしてサラダは……。

「……あっ、サラダの茹で卵、間違いなく端っぱだなー?」

「ええ。お昼ご飯の材料の余りを使ってしまいました。ふふふ……」

 サラダには、茹で卵を輪切りにしたはじっこが入っていた。ちら、と調理台の方を見ると、そこにはパンに茹で卵の輪切りやドラゴンのベーコン、それに庭の新鮮な野菜を挟んだもののバスケットと、シチューの大鍋とが見えた。

「気合入ってるねー、ナビス」

「え、ええ……ううん、頑張りすぎるのも変かと思って、こんな具合にしてみたのですが……大丈夫でしょうか」

「大丈夫大丈夫!これ美味しいもん!へへへ、王子様、絶対に喜ぶよ」

 そう。今日は王子との話し合いがある。そのためにナビスは昼食を用意したのだ。『自然なかんじに、でも美味しいものを』と頑張って作ったらしいナビスが何とも可愛らしい。そしてご飯は間違いなく美味しい。

「じゃ、王子様が来るまでに暖房入れて、礼拝堂、あっためとかなきゃね。ナビス、お願いしてもいい?私、玄関の整備しとく」

「分かりました。では、私は暖炉の方が終わり次第、そちらをお手伝いに行きますね」

「了解!じゃ、ちゃちゃっと終わらせちゃおう!よーし、ご馳走様でした!」

 2人はてきぱきと朝食を摂り、てきぱきと片付けると、それぞれの持ち場へと向かっていく。

 ナビスは聖堂内の暖炉に火を入れたり、鯨油のランプに火を入れたりして、聖堂内を暖かくするべく頑張ってくれる。……この教会は石造りなので、少々寒いのだ。

 一方の澪は、玄関前の掃除を始めた。……とはいえ、その実は掃除というよりは、雪かきである。

 そう。ポルタナにはもう、雪が積もっている。うっすらとではあるが、積もった雪は確実に滑りやすくなったり歩きにくくなったり、まあ碌なことが無い。特に、教会前の道はほとんど全てが坂道だ。しっかり雪かきしておいてやらねば、一応病み上がりであるあの王子様のことだ、うっかり滑り落ちていきかねない!

 ……ということで、雪かき用のスコップを手に教会前の道の雪を脇に退けていく。ポルタナの雪は少々重めである。雪かきがその分、重労働だ。……澪は『まあその分雪だるまを作るのに丁度いいよねえ』と思っているが。


 そうして教会の正面の雪かきを手早く終えた澪は、早速、道の方にも手を出し始める。また少しすると雪が積もってしまうのかもしれないが、まあ、やらないよりはやった方がいい。その内ナビスも合流するだろうし……と思って、雪かきしながら坂道を下りていくと。

「あれっシベちん!」

 なんとそこでは、下から雪かきしつつ上がってきたのであろうシベッドが、雪かきスコップを手にそこに居た。

「うわー、雪かきしてきてくれたの!?ここまで!?ありがと!めっちゃ助かる!」

「……ん」

 シベッドは澪を見ると、少々気まずげに顔を背けて、残っていた雪を退かし始めた。どうやら、照れているらしい。澪は『シベちん、こういうとこ可愛いよなー』とにやにやしつつ、シベッドと一緒に残り少ない雪かきをさっさと終えてしまった。

「これ。持ってけ」

 そして、雪かきが終わると、シベッドは背中に背負っていた荷物を澪に突き出すように渡してくる。

「え、何々?……おおー、お魚!切り身!」

「獲れたから。やる」

 荷物は、大きな葉っぱに包まれたお魚の切り身であった。大きな魚が獲れたので、それを切り身にしてあちこちお裾分け中、ということなのかもしれない。

 尚、包み紙にされている葉っぱはポルタナではメジャーなものなのだが……澪はこれに包まれた魚や野菜が教会の玄関前に置いてあるのを見る度に、『ごんぎつねみたいだよシベちん……!』と思っている。シベ狐。いや、あの不愛想な表情から考えると、シベッドスナギツネ……。


「……昨日、なんか、あの怪しい奴と喋ってたな」

 澪がチベットスナギツネに思いを馳せていたところ、シベッドはふと、そう言ってきた。

「へ?あー……うん。いや、だからあの人、怪しい人じゃないんだってば」

 どうやらシベッドは昨日の海辺でのナビスとカリニオス王子の様子を見ていたらしい。不信感マシマシなシベッドの顔を見つつ、『あれは不審者じゃないよシベちん、何ならナビスのお父さんだぞシベちん』と心の中で思いつつ……澪は、ふと、気づいてしまった。

「あ」

「……んだよ」

 そう。澪は、気づいてしまったのである。

『もしナビスがお姫様になったらシベちんは、身分違いの恋に身を窶すことになるのでは!?』と!

「え、えーと……」

「だから、何だっての」

 少々苛立ったような、しかしその実は恐らく心配しているのであろうシベッドを、澪はじっと見つめる。シベッドは澪の視線を真っ向から受けてたじろぎ、ふい、と目を逸らしていたが……澪としては、なんというか、それどころではない。

「えーとね、シベちん。あの、不審者ってシベちんが言ってる人なんだけど……」

「……おう」

 澪の様子から、何か並々ならぬ事情があることを察したらしいシベッドは、少々慄きながら澪へと視線を戻し……。

「あの人にできるだけ親切にしといた方がいいよ!なんか、いい奴だって、思っておいてもらった方が、絶対にいいよシベちん!」

「は、はああ!?」

 そして、澪の言葉を聞いて、シベッドは『意味が分からねえ』という顔をするのだった。

 ……澪は、『意味が分からなくてもね、そうしておいた方がいいよシベちん……』と言ってみたのだが、シベッドにどの程度伝わったかは分からない。ああ、シベちんはなんとも、不憫な奴である……。


「……じゃあ、帰る」

「えっ帰るの!?」

 そうしてシベッドは一頻り『意味が分からねえ』の顔をした後、ふい、と踵を返してしまった。

「いやいやいや、折角ここまで来たんだからさあ、教会寄っていきなよ。で、お茶飲んでいきなよ。ね?ね?」

 ここまで雪かきして来てもらったのだし、魚のお裾分けも貰っていることだし、この寒さだし。そして何より、なんとなくシベちんが不憫なので……澪はそう、提案してみる。

「結構、村の皆、教会でお茶飲んでいくんだよー。油分けに来てくれるおばちゃん達とか、鉱石の採掘具合報告に来てくれる鉱夫のおにーさん達とか、あと、最近製塩関係で人手増えたじゃん?あの人達も教会に寄ったらお茶飲んでくよ。おかげで私もお茶淹れるの、上達したし!」

 だからどう?と、澪はシベッドに言ってみたのだが……シベッドは眉間に皺を寄せてしまった。

「……それ、どうなんだ」

「え?」

 なんのこっちゃ、と澪が問い返すと、シベッドは相変わらずの眉間の皺具合のまま、言った。

「勘違いする野郎もいるだろ。メルカッタから来た鉱夫連中とかは、特に」


 ……澪は暫し、頭の中でシベッドの言葉を反芻して、ふむ、ふむ……と考え、そして。

「えー、ないない。ナビスじゃあるまいしぃ……」

 内容の突拍子の無さにけらけら笑い、『シベちんもこういうこと言うんだなあ!』と、それがまた面白くてけらけら笑う。

「……そうかよ」

 澪が笑えば笑うほど、シベッドは何とも言えない顔で、じと、と澪を見てくるが、澪は『シベちんは優しい奴だなあ。でもなんか色々と見誤ってるなあ』と思うのだった。

「でさ。やっぱり寄ってかない?ナビスも会いたいと思うよ」

「なんでナビス様の話がでてくんだよ」

「えっシベちんナビスのこと大好きじゃん!ファンクラブ第一号じゃん!」

 ねーねー、と澪がシベッドを引っ張り始めると、シベッドはなんともおろおろし始め……更に。

「あっ!シベッド!もしや、雪かきしてくれたのですか!?ありがとうございます!」

 そこへ、合流しにやってきてくれたらしいナビスがやってきたのである!


「そうそう!ナビスー!我らがシベちんはこの坂道をずーっと雪かきして上ってきてくれたんだよ!これはお茶を出さないわけにはいかないよね!」

「ええ!どうぞ、シベッド!折角ここまで来てくれたのですから、どうぞ寄っていってください!」

「ジャルディン土産のフルーツティーあるから飲んでって!ね!ね!」

 澪1人ではまごまごするシベちんを引っ張っていくことはできないのだが、ナビスと力が合わさると、シベちんも抵抗できなくなると見える。……結局、シベッドは女子2人に押されるようにして、ため息交じりに教会へと足を向けるのであった。

 ……そこで澪はジャルディンのフルーツティーを淹れてやりつつ、シベッドとナビスが話をするのを眺めて『えーと、とりあえず頑張れシベちん。どうなるかは分からないけど、まあ、頑張れよシベちん』と心の中で応援するのであった。




 シベッドが帰っていって、少しするとようやくカリニオス王子がやってくる。待ちわびた相手であったので、澪もナビスも、『いらっしゃいませっ!』という威勢のよさである。かかってこんかい、とばかりの出迎えに、若干、王子は慄いていた。

 ……最近、ナビスが澪の勢いに引きずられてきている気がしてならない。若干、心配になる澪である。


 ひとまず、教会の中へと王子を招き入れれば、王子は中を見回して、ほう、と表情を綻ばせた。

「ああ……この教会は、昔のままだな」

「はい。お母様に教えられたとおりに、ずっと手入れしております」

 小さな礼拝堂は、見るだけでも丁寧に手入れされてきたのが分かる。そしてそこに込められた、ナビス達の思いも、また。

「そうか……君が、教会を守ってきてくれたのだな」

「はい」

 ナビスがじんわりと嬉しそうに笑うのを見て、澪も嬉しくなる。ナビスが今までここでやってきたことは、こうして人を笑顔にできることだったのだ。大いに、意味のあることだった。


「さ、とりあえずお昼にしよ!えーと、もう準備しちゃっていい?」

 さて。話は食事をしながらでもいいだろう。或いは、食後のお茶と一緒でもいい。澪が早速、昼食の提案をすると……。

「ああ。……だが、その前に1つ、先に言っておきたいことがあるんだ」

 カリニオス王子はそう前置きして、ナビスを見る。

「私は王位を継ぐことになるだろう。だが、君の存在を公表するか否かは、君が決めていい」

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― 新着の感想 ―
[一言] シベちんの気になる人は、ミオにゃんだよね
[一言] お風呂に入り、薪を運んで暖炉に入れる鶏とか凄すぎる。 この鶏達はものすごく絞め辛そう…
[一言] シベッドスナギツネ…! なんとも言えない表情をよくしてそうですもんね!
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