離れることで*13
澪が横っ面をぶん殴ったことでロウターは倒れ、そして周りの従者達が一斉に色めき立つ。
だが、その間に澪は、ロウターの懐から澪の短剣を奪い返している。澪がオリハルコンのきらめきを存分に見せつけるようにして周囲を睨めば、いよいよ従者達も武器を抜く。そして彼らもまた、聖女のものらしき力を得ているようだったが……。
しかし、上には上が居るのだ。
「さあミオ!やっておしまいなさいな!私、聖女マルガリートはあなたのために祈ります!」
「ミオー!私も居るわよぉー!やっちゃえー!」
きゃっきゃっとはしゃぐ2人の聖女によって、更に2人分の力が澪に追加される。澪は『今この瞬間、私、世界最強だったりしない?』などと思いつつ……一気に地面を蹴って、とりあえず一番近くに居た従者を倒しにかかるのだった。
3人の聖女によって強化された澪の力は、凄まじいものだった。それこそ、澪自身がその力を使いこなしきれないほどに。
望めば望んだだけのことができるような感覚であったが、その『望む』ということ自体が難しい。現実離れしたこともできてしまうのだが、それを具体性を持って想像し、その通りに体を動かすのは中々に難しいのだ。
……とはいえ、『まっすぐ突っ込んでって相手が動く前にタックル!』といった単純な動きであればいくらでもできるので、澪は『まっすぐいってタックル!まっすぐいってタックル!』をひたすら繰り返してロウター陣営の人間達をどんどん海へ放り込んでいったのである。
そして一方、聖女3人も負けてはいなかった。
マルガリートは勇者の強化を得意とする聖女であるが、それでも、近づいてきた刺客を『お退きなさい!』と杖でぶん殴るくらいのことはしていたし、パディエーラは言わずもがな、神の力で炎の輪を生み出したり氷の刃を生み出したりと華やかな戦い方をしていた。
そしてナビスは。
「ミオ様は!ミオ様は渡しません!渡しませんから!」
凄まじい祈りの強さを見せつつ、ぽこぽこぽこぽこ、と、ロウターを殴っていた。
……そう。鬼気迫る表情で、必死に、ぽこぽこぽこぽこ、と。
ロウターはただ地面に倒れていただけで、何なら、すぐにでもオリハルコンの剣を抜いて澪へ襲い掛かろうとしていたようだったが……そこにナビスが馬乗りになってぽこぽこやりはじめたのでそれどころではなくなったのである。
「ミオ様!は!ミオ様はあげません!あげませんから!」
「……ナビスの祈りだけで、聖女5人分ぐらいあるんじゃないかしらぁ」
「私達、本当に必要だったんですの……?」
ナビスの祈りの強さには、パディエーラとマルガリートも呆れるほどであった。尤も、そんな2人の様子に、ナビスは全く気付かないほど必死だったわけだが。
そして更に、ロウターに迫る者が居る。
「さて……私の剣は返してもらおう」
ため息交じりにやってきたカリニオス王子が、よいしょ、とばかり、ロウターのベルトからオリハルコンの剣を取り上げた。
「なっ……何故生きている!?」
当然、ロウターは驚いた。自分が殺したはずの人間が生きていたのだから当然だろう。
更に、クライフ所長もやってきてロウターを拘束し始める。……澪が見渡せば、いつの間にやら、澪がタックルで倒した相手が次々にカリニオス王子側の人々によって拘束されていた。
そうして、決着はあっさりと着いた。ロウター陣営の大半は澪のタックルで、残りはパディエーラの術やカリニオス王子の側近達の行動によって倒れ、拘束されていたのである。
「ミオ様!ミオ様!」
「ナビスー!来てくれてありがとー!」
そうしてようやく、澪とナビスは合流できた。澪の腕の中に飛び込んできたナビスをぎゅっと抱きしめて、澪は再会の喜びを存分に味わった。
「ナビス、そっちは上手くいったみたいだね?」
「はい。王子様も所長さんも、なんとか治すことができました。そして……ミオ様が送って下さった信号も、レギナでなんとか受け取ることができて……」
「えっレギナで!?じゃあ相当急いでこっち来てくれた!?」
「はい。ミオ様が待ってらっしゃると思ったら、急がないわけにはいきませんでしたから。それで、ミオ様は?ミオ様は大丈夫でしたか?酷いことはされていませんか?」
きゅうきゅうくっつき合った後も手を繋いだまま、互いに互いの報告をしていく。……そうして、互いに互いの無事と成功を知って、また『ああよかった!』ときゅうきゅうやりあうのである。
澪もナビスも、互いにくっつき合うことで不思議な安心感を覚えていた。いつの間にやら、すっかり相手にくっついているのが落ち着くようになってしまったのだから不思議なものである。
「答えろ、カリニオス!貴様、何故生きている!?あの女は聖女ナビスではないのか!?そして、何故ここが分かった!?」
そして一方、ロウターはカリニオス王子と話しているようだった。
ロウターからしてみれば訳の分からない状況だろう。何故か、殺したはずの王子達が生きており、何故か、『聖女ナビス』と呼ばれる人物が別にもう1人居り、何故か、知られているはずのないこの場所で追いつかれたのだから。
「そうだな……何故、と言われれば……まあ、神の御意志、だろうな」
そんなロウターに、カリニオス王子はそうとだけ返した。するとロウターは、いよいよその目を大きく見開いて愕然とする。
「き、貴様が、神の意志を語るのか?一体、何が……」
ロウターは困惑しているようだったが、同時に、カリニオス王子もまた、困惑しているようだった。
……『神の意志』に。
さて。
ロウター達は無事、護送されることになった。それはカリニオス王子の側近達がやってくれることになり、その補助としてマルガリートとパディエーラもついていくことになったので、これにて澪とナビスはお役御免である。
……とはいえ、これで終わり、とはいかないだろう。
「勇者ミオ」
声を掛けられて、澪は慌てて振り返る。振り返れば案の定、やんごとない御身分の方……カリニオス王子がそこに居た。
「今回は、君達を巻き込んでしまって本当に申し訳なかった」
そして頭を下げてくるものだから、澪は慌てるしかない。
「あ、いや、別に、その、困ってる人が居たら助けるのは当然のことだし、巻き込まれたっていうか、巻き込んできたのはロウターだったわけだし……その、王子様は悪くないっていうか」
色々と気まずい思いをしながら澪が言葉を連ねれば、カリニオス王子もまた気まずそうに、そうか、と目を逸らした。
「……本当に、君は勇者だな」
「え?あ、あはは……身に余る光栄、ってやつかも」
ね、とナビスの方を見れば、ナビスは『ミオ様は本当に素敵な方です!』とにこにこ嬉しそうにしているばかりであった。今日もうちの聖女様がかわいい。澪はほんの1日2日離れていただけでその事実を深く深く噛みしめることになり、天を仰いだ。うちの聖女様、かわいい。
さて、聖女様の可愛さは置いておくとして……澪は、少々迷っていた。というのも、カリニオス王子に、聞きたいことがあるからである。
……ナビスの出生について。
ロウターが言っていたことが本当なら……ナビスは、カリニオス王子の娘であり、現国王の直系の子孫、ということになる。恐らく、カリニオス王子の次に王位継承権がくる存在なのではないだろうか。
その事実について、澪は王子本人に聞きたい。だが……『私が聞くのも変かな』とも、思う。
言ってしまえば、澪は部外者だ。これは、ナビスとカリニオス王子、そしてもしかしたら国王や王族の人達の話であって、そこに澪が入るものでもないように思う。
だが気になる。気になるのだ。ナビスが正統なお姫様なのだとしたら、ナビスは……。
「あ、えーと、王子様……」
澪は、カリニオス王子に声を掛けつつ、ちら、とナビスを見てみる。ナビスは澪を見て、『どうしたのでしょうか』とばかりに首を傾げていた。
「……あ、えーと、やっぱいいや」
……ナビスを見て、澪はこの場での質問を断念した。
出生の話など……それも、澪から王子へ尋ねる話など、ナビスに今ここで聞かせたい内容ではない。
「そうか?何か聞きたいことがあるなら、何でも遠慮することなく聞いてくれ」
王子も少々気まずげにそう言ってくれるので、澪としては『やっぱりひっこめる前にそもそもこの話、出さなきゃよかったなあ』と後悔しつつ、適当に誤魔化すことにした。
「あー……いや、ほらさ、私、随分と……こう、無礼じゃない?いくら緊急事態だったとはいっても、王子様相手にタメ口なわけだし……」
「ああ、そんなことは気にしなくていい。私とて、身分を隠しているところなのだから。恭しく接されても困る」
「そう?なら遠慮なく……えーと、とりあえず、今のところはこのまんま、いかせてもらうね!」
適当な誤魔化しを挟んだことで、ナビスに不思議がられることはない、だろう。多分。ちら、と様子を見たナビスは、澪の言動に疑問を抱いている様子は特に無かった。
「あー……その、ところで」
「へ?」
その一方、カリニオス王子が、どこか気まずげに視線を彷徨わせながら歯切れの悪い言葉を発していた。……まるで、先程の澪のように。
王子の視線が、澪のベルトのあたりを動く。それを見て澪は、『ああ、この人、短剣を見てるんだ』と澪はすぐに察した。
ということはきっと、澪がカリニオス王子に確認したいことを、きっと、カリニオス王子も澪に確認したいのだろう。
だが、この場で、というわけにはいかない。ナビスが居るからだ。
澪は、ナビスと離れてこそ手に入れた情報を確認するために、また、ナビスと離れる必要がありそうなのだが……どう口実を作ればよいだろうか。
悩んでいた澪だったが、その悩みは、不要なものだったらしい。
「少しの間、ポルタナに置いておいてもらえないだろうか」
「……へっ!?」
カリニオス王子は、そう言ってくれたのである。
「すぐに王都に戻るのも危険だと思ってな。私が生きていて、かつ元気に動き回っている、などと知られれば、いよいよ玉座を巡る争いに巻き込まれていくだろう。そして私の体調は万全とは言い難いからな。最低限、『どさくさに紛れて殺そう』と目論む者達が落ち着いてから、城に戻りたい」
王子の言い分を聞いてみれば、至極真っ当であった。確かに、死にかけの病人が病み上がりの内に毒を盛られ、更に刺されているのだ。『よく考えたらこの人とんでもないな!』と澪は慄きつつ、王子の療養と雲隠れに賛成するしかない。
「成程……そういうことでしたら、ぜひお越しください。ポルタナは静かな良い所です。その分、不便も多いかと思いますが……」
「いや、置いておいてもらえるだけで十分だ。迷惑はかけないようにしよう。どうか、よろしく頼む」
ナビスも賛成してくれたので、ひとまずカリニオス王子の同行が続行することになった。……上手くタイミングを見つけて、ナビスのことについて聞いてみよう、と思う澪なのだった。
そんな折。
「……ナビス?」
澪は、視界の端でナビスの体が揺れたのを見て振り向く。
するとそこには、ふらり、と倒れゆくナビスの姿があったのである。




