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出発信仰!  作者: もちもち物質
第二章:アイドルとは神である
126/209

離れることで*12

 *



 時は少々遡る。澪はセグレードで連れ去られてから、馬車に乗せられてそのままセグレードを出るとそこからジャルディン方面に向かっていくことになった。

 流石に王家の傍系が所有している馬車だけあって、それなりに速かった。それでも乗り心地はドラゴンタイヤの馬車より悪いのだが……如何にもお金を掛けてあるのであろうふかふかの座席のおかげで相当マシであった。

 ……ただ、澪の心境としては、然程よろしくない。

 当然である。澪としては、残してきたナビスのことが大変に心配だった。セグレードギルドの所長さんは矢が刺さった上に斬りつけられていたし、王子もまた、剣で刺されていた。

 ナビスならきっとなんとかしてくれる、と澪は強く信じているものの……それでも心配は心配なのである。

 尤も、心配しても仕方がないであろうことは、澪にも分かっていたし、心配すべきなのはナビスではなく自分自身の方であろうということも分かっていたが。

「さて、聖女ナビスよ。気分はどうだ?」

 ……何と言っても、今、澪の向かいに座っているのは、ロウターというらしい男だ。

 王子を刺した張本人であり……セグレードの町の井戸に毒を投げ込んだのも、こいつの指示によるものだろう。


「最悪だけど」

 澪は、ふい、と顔を背けてやった。

「……なんで、あの人を殺したかったわけ?」

 殺人を厭わない者と話してやる気は無い。そういう態度を示してやれば、ロウターは少々不愉快そうな顔をした。

「理由など分かっているだろうに」

「殺す以外のやり方があったはずなのに、それでも殺した理由は何?まさか『手っ取り早かったから』くらいで片付けるつもり?だとしたら心底軽蔑する」

 ぎろ、とロウターを睨みつければ、ロウターも澪の言わんとしていることは分かったのだろう。少々目を細めて、それでも一応、返事はくれた。

「……結局のところ、奴が生きていては不確かだからだ。それ以外に何がある?」

 ロウターは馬車の窓の外を眺めて、はあ、とため息を吐く。

「あやつは、呪いによって病に倒れた。再起不能と思われた。そう、報告を受けていた。……だがそれでも、先程見た姿は病人のそれとは思えなかった。あのように復活を果たすしぶとさがあるのなら、どうして生かしておける?生かしておいてはあまりにも危険だ」

 どうやら、襲撃の遠因はナビスの治療にあったようだ。無論、相手の勝手な逆恨みだが……急に王子の病気が治ってしまって、それが誰かからか漏れて、警戒された。そういうことらしい。

「いや、それはどうでもいいんだけどさ。どうしてそこまで王位にこだわるわけ?そんな大事?」

「当然だ」

「あ、そう……うーん、理解できないなー」

 澪は、あらゆることについて理解がある程度ある方だと自負している。あらゆる考え方、あらゆる嗜好……それらが自分のそれとは異なっていても、『まあそういうのもあるよね』と受け止めるのはある程度得意であって、同時に、それが澪の生き方でもあった。

 ということで、ロウターの『何としても王位に就きたい』という趣味についても、『まあ理解できないけどそういうこともあるらしい』と一応納得した。

 澪には理解できない理由で回っている世界など、幾らでもあるのだ。それら一つ一つを『理解できない』と見ないふりするのも愚かしい。澪はひとまず、ロウターについて『こういう人』と認識することにした。


「……私が憎いか?」

 そんな折、ふと、ロウターがそう、聞いてきた。

「いや、憎いっつーか……キモいと思ってるけど」

 なので正直に答えた。……澪からしてみると、まあ、何の罪もないセグレードの人達をも巻き込んで毒を撒くだとか、病み上がりの王子を襲撃するだとか、そうしたところは『憎い』のかもしれない。

 だが、『憎悪』というよりは、『嫌悪』が近いような気もしていた。自分とは無関係に生きてきて、これからも無関係で居る人。そういう人相手に一々『憎悪』していられるほど、澪の心にゆとりはない。ただ遠ざけて、『キモいなあ……』と思っておくくらいが丁度いいのである。

「……きもい?きもい、とは何だ……?」

 注釈を入れてやる気にはならないので、澪は特に何も答えないでおく。説明したらしたで面倒なことになりそうなので……。


「ま、何にしても相容れない、っていうのはお互い分かってるでしょ?ってことで、結婚だのなんだのは諦めといた方がいいと思うけど」

「……気の強いことだな」

「そりゃどーも」

 さて。

 続いて澪はひとまず、そう申告しておく。ついでに、時間を稼ぎたい。

 そう。最低限、もう少しばかり、セグレードから離れておきたい。……ナビスが王子と所長を治す時間は、稼ぎたかった。ここで騒ぎを起こしてしまえば、諸々が全て崩壊しかねないのだ。

 ということで、澪はもうしばらくは『聖女ナビス』の振りをしておいた方がいいのだろうし、ついでに引き出せる情報は全て引き出しておいた方がいい。そういうことになる。

「で、なんで結婚だなんだって言い出したわけ?モテなさすぎてもう誰でも良くなったとか?」

 澪からしてみれば、現状一番の謎はこれである。

 相手の『娶る』という発言が、どういう理由での発言かが全く分からない。分からないが、よく分からない頭のおかしい身の程知らずなことを言っていた以上、まあ、そういうつもりではいるのだろうなあ、と思う。動機は分からないが。『モテなさすぎて頭おかしくなった説』が現状最も有力だが。

「何を言うかと思えば!」

 ……かと思いきや、何やら、ロウターが随分と驚いたような顔をしていた。

「それこそ分かり切ったことであろう?王の直系、レクシアの血を最も濃く継いでいる女を娶ることは、間違いなく私の王位を強固なものとするだろうからな」

 そしてそんなことを言うものだから、澪は首を傾げるしかない。

「……レクシアの血、って、何?」

 聞いたことないぞ、という気持ちで聞いてみると、ロウターは『やれやれ』と言わんばかりの顔で、こう、言ってきたのである。

「お前はあのカリニオス・レクシアの娘だ。違うか?」




 澪は、ぽかんとしていた。本当に、ぽかーん、と、していた。

 世界ぽかーんグランプリがあったら間違いなく優勝候補になれるくらいに、ぽかーん、と、していた。

「……違うのか?」

「え、うん、え、それ誰……?違うと思うけど……?」

 澪の顔を見て、ロウターも流石に少々焦り始めたらしい。『何か間違ったか』というような顔をしているが、澪としては『間違ってますよ』と思うしかない。

「い、いや、とぼけるな!先程までカリニオスと共に居たであろう!」

「あっもしかして王子様のこと?そっかー、あの人カリニオスさんっていうんだ」

 澪はここで初めてカリニオス王子の名前を知って、そっかーそっかー、と頷く。それを見てロウターはますます心配そうな顔になってきたが。

「いやまさか……いや、そんなはずはない!そうだ、何故お前がオリハルコンの短剣を持っているのだ?あれはカリニオスのものだろう!」

「えっそうなの!?」

 だが、ロウターは諦めが悪いらしく、澪から取り上げていた短剣を従者から受け取って、それを澪にも見せてきた。

「ああ。間違いなくこれはカリニオスのものだ。……見ろ。ここに奴の名が刻んである」

 オリハルコンの短剣の、刃の根元のあたり。そこには『シア』とだけ読める文字が刻んであるが……確かによくよく見てみると、『シア』の前は、『レク』であるように、読める。

「いや、読めないけど……うっすいじゃん、これ」

「相当使っていたのだろうな。擦り減ったと見える……それにしても聖女らしからぬ口の利き方をする女だな、お前は」

「あ、うん。まあ気にしないでよ」

 そもそもホントに聖女じゃないよ、と思いつつ、澪はもう少しばかり、短剣を観察する。

 ……確かに、この短剣の握りの部分は澪の手には少し長い。男の人の手には丁度いいんだろうな、と思う。

 ついでに、短剣の柄の部分には、何か紋章のようなものが入っている。これはもしかすると、王家の紋章なのかもしれない。そしてそもそも、オリハルコンの短剣など、どう考えても最高級品だ。王子が持つには、確かに相応しい代物なのだろうが……。

「えーとね。なんか申し訳ないんだけど……いや、別に申し訳なくないけど。あのね、この短剣、私はただ拾っただけなの。だから別に、娘とか、そういうんじゃないって」

 更に、この短剣はポルタナの鉱山の地下4階にあったものだ。いよいよカリニオス王子とは関係が無さそうだが……。

「拾った?見え透いた嘘を吐くものだな。あの短剣は……ある聖女へ贈られた、と聞いているぞ!」

 ……もしかすると、本当の本当に、関係がある、のかもしれない。

 澪は、いっそ考えるのを止めたいような気持ちで、しかし、『本当に本当なのかも……』と考え始めてしまうのだった。




 澪はそれからひたすら黙って、考え続けていた。考えるだけ無駄だとも思っていたが、ついつい回る思考は止められなかったのだ。

 ……もし、本当にナビスがカリニオス王子の娘だったら。

 矛盾は無い。そう。矛盾は、一切、無いのだ。

 まず、ポルタナの先代聖女アンケリーナには、夫が居なかったと聞く。聖女に夫ができると逆恨みされて刺されることがある、ということなのかもしれないが、『とても公開できるような身分の相手ではなかった』という理由で夫を公開しなかったとしても、理由にはなる。

 また、短剣が鉱山地下4階に落ちていたことについても説明がつく。

 あの短剣は、カリニオス王子から聖女アンケリーナへ贈られたものだった、としたら説明がつくのだ。聖女アンケリーナがあの短剣と共に鉱山地下4階へと赴き、そこで、あの龍と戦い、そして何らかの理由で短剣だけがあそこに落ちたまま取り残されていた、というのなら……諸々の説明がついてしまう。

 そして何より……もし、王子がナビスの父親なのだとしたら、あの王子の反応も態度も、なんとなく、説明がついてしまうのだ。

 王子がナビスと澪を逃がそうとしたのは、大切な娘を巻き込みたくないと望む、父親のそれではなかったか。

 王子がナビスに向ける視線は、ようやく再会できた娘を見つめる、父親のそれではなかったか。

 ……いっそ叫び出したいような気持ちになりつつ、それでも澪は黙って混乱していた。

 ナビスがほんとうにやんごとない血筋の人だったらどうしよう!でも確かにナビスがお姫様だったとしても納得がいく!ナビスは可愛いから!……というように、澪はひたすら、混乱していたのであった。

 それを横で見ていたロウターは、『まさか自分の出自を本当に知らなかったとは、憐れな……』というような顔をしていたのだが、そんなことは澪にはどうでもよいことなのだった。




 ……さて。それからも馬車は走り続け、昼過ぎにはジャルディンからひたすら南下していく方へと進路を変更した。そう。メルカッタ方面へと向かっているのだ。

「……これ、どこに向かってるの」

「まあ、メルカッタの南東方向だな」

「えっ」

 澪は驚いた。メルカッタの南東方向、といえばつまり、ポルタナの割と近所である。

 ポルタナからメルカッタは、北東に進んだ方にある。つまりこれから向かう先は、ポルタナの東から北東あたり……になる、のだろうか。

 一体どこに向かうのかなあ、と澪は心配になりつつ……ふと、気づいてしまった。

 そう。メルカッタの近くを通るのなら、アレが使える、と。


 それから澪は、馬車の窓の外を眺めながら、ポケットに突っ込んだ手の中で、伝心石をひたすらカチカチやっていた。

 メルカッタのギルドになんとか信号が届いてくれれば、ポルタナとメルカッタに澪の位置を知らせることができる。そうすれば、気を利かせた彼らは、恐らくナビスに連絡を取ろうとしてくれるだろう。或いは、澪とナビスが仲良くしていると知れ渡っている聖女2人……マルちゃんとパディに連絡してくれるかもしれない。

 どちらにせよ、とりあえず今は、澪の行き先を誰かに伝えておくことが必要なのだ。さもなくば、ナビスは恐らく、手掛かりも無く澪を探す羽目になる。まさか、メルカッタの南東の方に向かっているとはナビスも思うまい。

 どうか届きますように、と祈りながら、澪はひたすらカチカチカチカチ、頑張って信号を打っていた。……つくづく、信号表を暗記していてよかったなあ!と、澪は心からそう思った。何事も、やっておくものである。




 ……さて。

 そうして、馬車は途中の野原で休憩を挟んだり、食事をしたりと色々あったものの、澪は馬車から一歩も出ることなく運ばれ運ばれて……そうして、海岸に出た。

「よし、船の準備は良いな?」

 そう。そこには人目に隠れるように、船があった。……ポルタナでは全く見ることのない、大きな帆船である。

 どうやら、海へ出るらしい。向かう場所があるのか、それとも、単なるアリバイ工作か何かの為なのか……分からなかったが、陸を離れてしまえばいよいよ、澪はナビスと合流しにくくなる。まずいぞ、と澪は内心で焦り始め……。


 ……と、その時。

「……ん?」

 澪は、自分のポケットがほんのり温かいような気がして、そっと、ポケットに入っていた伝心石を取り出してみた。すると……。

『みおさま』『みおさま』。

 そう、信号が送られてきていたのである。

 ……ナビスが、近いのだ!


「おい、それは何だ!」

 だが、澪が返信の信号を打とうとした矢先、光がロウターの従者に見つかってしまう。咄嗟に伝心石を隠そうとしたものの、それはすぐに取り上げられてしまった。

「ロウター様!聖女ナビスが、このようなものを!」

「何?」

 取り上げられた伝心石は、そのままロウターへと渡された。ロウターはしげしげと、通信用伝心石を見つめて、かちかち、とボタンのいくつかを押して、容器の内側で聖銀や金のピンが伝心石をカチカチ叩き伝心石が光る様子を見ては、首を傾げていた。

 ……そう。

 どうやら、ロウター達は、伝心石というものを、知らなかったらしい!


「あー……それ、自分にある信仰心を測るための道具」

 なので澪は、そう嘘を吐いておいた。とりあえず通信用の道具だとさえバレなければそれでいい。

「ほう……?」

 ロウターは不思議そうに、かちかちかちかち、と伝心石をやっている。その度に伝心石はでたらめに光り、それが恐らくは信号として、ナビスの方に送られているのだが……。

 ……澪は、『まあこれでいっか』と、思った。

 まあ、ナビスに向けて何かの信号が送れさえすれば、それでいいのだ。これを頼りに、ナビスが澪を見つけてくれればそれで……。




 ……と、そうしている内に。

 ふっ、と、澪の体を金色の光が包む。

「な、何だ!?」

 ロウターは戸惑っていたが、澪にはこの光の正体が分かる。これは、ナビスによるものだ。

「じゃ、そういうことで」

 ならばもう、躊躇う必要は無い。

 澪は、にっ、と笑うと……自分に注がれる神の力を感じながら、勢いよく拳を振りかぶり……ロウターの横っ面を、思い切りぶん殴ったのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりパンチ……パンチが全てを解決する
[一言] レクシアとは限らんやん! ファイレクシアかもしれんやん! カリニオス王子が聖女の治療を望んでなかったのは、治ったことによる政争を嫌ってだったんですかね。 あとは生きる気力を失ってたからとか…
[一言] 世界ぽかーんグランプリで優勝してるミオちゃん見たいな……………
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