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出発信仰!  作者: もちもち物質
第二章:アイドルとは神である
125/209

離れることで*11

 ということで。

 ナビスは、マルガリートとパディエーラを伴って馬車に戻った。

「王子様!どうやらミオ様はメルカッタの南東方面へ連れ去られたようです!」

「何っ!?それは本当か!?」

 ナビスが喜色満面に報告すれば、カリニオス王子もクライフ所長も、ぱっ、と表情を明るくする。……と、同時に。

「えっ……王子様……!?王子様、とは一体、どういうことですの……!?」

「あらぁ、もしかして私達、不敬罪で捕まったりするかしらぁ……?」

 ……マルガリートとパディエーラが、唖然としていた。


「ええと、紹介します。カリニオス王子。こちらは聖女マルガリートと聖女パディエーラ。私の友人で、私が一番に信頼する聖女様方です。そして、マルちゃん様、パディ様。こちらはカリニオス王子……ええと、この国の王子様にあらせられます」

 一応、ナビスは2人を王子に紹介した。すると王子は『ほう、聖女ナビスのご友人か。よろしく』と笑顔で握手を求め、マルガリートとパディエーラは只々困惑しながらそれに応じた。

「相手方に聖女様が居る可能性が高い以上、こちらも聖女が1人では不足かと思いまして……お2人に協力を要請しました。私の独断で2人を連れてきましたこと、どうかお許しください」

 ナビスがそう言えば、マルガリートとパディエーラは概ねの状況を察してくれたらしく、頷いてくれた。そしてカリニオス王子もまた、優しく笑って頷いてくれたのだった。

「そういうことなら心強い。私もクライフも、最早手掛かりは何も持っていないからな。あなた達だけが頼りだ。どうか、よろしく頼む」

 カリニオス王子は聖女2人の参加を喜んでくれているようだ。王子の生存を知る者は少ない方がよいのだろうが、それ以上に、ミオの行方を捜す仲間が増えるのは心強いのだろう。ナビスは王子の判断をありがたく思う。


「それで、聖女ナビス様。勇者ミオ様がメルカッタの南東に居る、というのは……?」

「信号が届いたのです」

 それから、ナビスは早速、信号の紙を広げて見せた。尤も、この場に居る他の誰も、信号の意味は分からないわけだが。

「ミオ様は、少々特殊な加工を施した伝心石を持っていらっしゃいます。そして伝心石を、ポルタナからメルカッタまで、ミオ様の伝心石の光を伝える伝心石を配置してありまして……」

「で、伝心石?どういうことですの?」

「ええと……ごめんなさいねぇ、ナビス。私達、あんまり詳しくなくて……」

 ナビスは、はたと気づいてどう説明したものか悩む。言われてみれば確かに、伝心石のことなど、ポルタナの外の人はほとんど知らないだろう。そうありふれた鉱石ではないようだし、そもそも、それを用いて信号を送受信する方法も、ミオが考案した至極新しいものだ。2人が知っているはずがない。

 ……と、思ったのだが。

「ふむ……伝心石というのは、叩かれると光を発する石だ。そしてもう1つの特徴として、同じ色や形をした伝心石が近くにあると、その伝心石も叩かれたのと同じように光るのだ。つまり……ポルタナとメルカッタでは、沢山の伝心石を介して、互いに互いの伝心石が光るような仕掛けを施してある、ということだな?」

 どうやら、ナビスの話だけで、カリニオス王子は諸々を理解してしまったらしい。これにはナビスも、マルガリートもパディエーラも驚く。

「……ああ、その、実は、伝心石については知っていたのだ」

「まあ……王子様は博識でらっしゃるんですのね」

 少々気まずげにカリニオス王子が付け加えたのを聞いて、マルガリートは感心したように頷き、そしてパディエーラはナビスの隣でごく小さく、『石の類がお好きなのかしらぁ……?』と呟いた。……もしかすると、カリニオス王子は珍しい鉱石の蒐集家であるのかもしれない。

「ええと……それで、概ねは王子様が仰ったとおりです。ポルタナとメルカッタの間では、伝心石による通信が可能で……そして、その伝心石の力が伝わる範囲内であれば、ミオ様は独自にお持ちの伝心石を使って、ポルタナとメルカッタのギルドに向けた通信を行うことができるのです」

 ナビスはそう説明して、改めて、信号が書かれた紙を示す。

「送られてきた信号は、これです。ミオ様はメルカッタの南東にいらっしゃる、とのことでした。そして……少なくとも、この信号が送られた時、ミオ様は伝心石の力の及ぶ範囲内にいらっしゃった、ということになります」

 そう。

 この信号が偽物である可能性は限りなく低い。何せ、ポルタナ側にもメルカッタ側にも、この信号を送った者が居ないのなら、それはいよいよ、ミオが信号を送ったことに他ならない。送信ができる伝心石を持つ者はポルタナ交易所とメルカッタギルド、そしてミオだけなのだから。

 また、ミオが別の場所に居る可能性も、考えにくい。少なくとも、この信号が届く範囲内に居たことがあるのは確かなのだから。

 ……つくづく、街道沿いに伝心石を並べておいてよかった。あれが無かったら、ミオの信号を受信できていなかったかもしれない。ナビスはまた、神に感謝したい気持ちになったのだった。




 そうして、聖女3人と王子と所長を乗せた馬車は、王城の新たな応援の人の運転でまたごとごと走り出す。

『馬も走り通しでは死んでしまいますわよ』というマルガリートの進言によってスカラ家の馬と馬を交代させることになり、そうしてまた元気に通常の馬車ではありえない速度で走っている。

「それにしても……奇跡的、ですわねえ。ミオが信号を送れたこともそうですし、それがレギナへ届いたこともそうですし……」

「ええ、本当に……。ああ、マルちゃん様とパディ様がいらっしゃって、本当に、本当に良かった……」

「それは私達も同じことよ、ナビス。私達があなたやミオを助けられる立場に居て、本当によかったわぁ」

 そう。馬車は、元気であった。それは、馬以上に……中の人間達が。

 ナビスの焦燥は、大分収まっていた。ミオからの信号を受け取ったこと以上に、見知った、信頼のおける友人2人が同乗したことによって元気を取り戻したのである。

 ……そして、そんな聖女3人を見つめるカリニオス王子もまた、穏やかな顔をしていた。


「それにしても、許せないわねえ、その、ロウターとかいう奴。どうしてやろうかしらぁ……」

 馬車がごとごとと走る中、ふと、パディエーラがそんなことを言い出した。

「……パディ。一応、ロウター様は王家の血を引くお方ですのよ?不敬ですわ」

「あら。きっと皆、黙っていてくれるでしょ?ねえ、カリニオス殿下?」

「ははは、そうだな。ここでは無礼講、としようではないか」

 パディエーラの言葉は、聞く者が聞けばそれだけで処罰の対象となるようなものだったのだろうが、カリニオス王子はパディエーラを罰する気は無いらしい。『ほら。ね?』とばかり、パディエーラがにっこりしている一方、ナビスもマルガリートも『よかったね』とほっとするしかない。

「でも、あなた達だって腹が立つでしょう?」

「はい!」

 ……そして、ナビスとしては実際、腹が立っているのでこれ以上、ロウターを庇うようなことは言えない。

 そう。ナビスは腹が立っている。腹が立っているのである!

「ロウター様はミオ様を娶る、などと仰っていました。勿論、そんなことは到底許せません!ミオ様は!お嫁に!やりませんよ!絶対に!絶対にー!」

「あらぁ、ナビスったら、本当にミオが好きねえ」

 早速、ナビスが思いの丈を叫ぶと、パディエーラはころころと笑い、カリニオス王子も何故かにこにこと嬉しそうにしている。尚、この間、クライフ所長は寝ている。彼も働き通しだったので疲れているはずなのだが、それでも同行を諦める気は無いらしい。

 ……そして、マルガリートは。

「ええと……その、ロウター様は、ミオに一目惚れでもしましたの?」

「へ?」

「傍系とはいえ、王家の血を引く者が、ミオを娶る理由って何ですの?それこそ、一目惚れくらいしか思いつきませんのよね……」

 言われて、ナビスも気づく。

 そういえば確かに、不自然である。


 今まで焦燥と不安に駆られて、まるでそのあたりを考えていなかったが。よくよく考えてみると確かにあれは、不自然だった。

 ロウターがミオを娶りたい理由が、まるで分らない。……勿論、ナビスからしてみれば『ミオ様は凛々しくてお美しくて、強くて明るくて優しくて、そして深い慈愛の心をお持ちですから好きになるのは当然のことです!』とも思うのだが、それがあのロウターに一瞬で分かったとは思い難い。

「ええと……ナビスの話では、ロウターはミオのことを『聖女ナビス』だと勘違いしたまま連れ去った、ということよね?」

「え、ええ……」

「ということは、ロウター様には、ナビスを娶りたい事情があった、ということですの……?」

 はて、とナビスは首を傾げる。……ミオを娶りたい気持ちはナビスにも分かるが、ナビスを娶りたい気持ちは分からない。

「……ナビス。こう言っては何ですけれど、あなた、ド田舎の聖女、ですわよね……?それ以外に何か、ありまして……?」

「何もありませんが……」

 そう。ナビスにはまるで身に覚えがないのである。


「ええと……地位を盤石なものに、というようなことを……ええと」

 あの時、ロウターは何を言っていたか。ナビスは懸命に思い出そうとして……。


「さて、聖女諸君。その話はこのあたりにしておいた方が良さそうだ」

 カリニオス王子が、そう割って入ってきた。彼は少々申し訳なさそうにしながらも、幌の外を示す。

「そろそろ、メルカッタが近づいてくる。……その前に、ある程度作戦を立てておきたいのでね。よいかな?」

 ……幌の外を見ると、もう、メルカッタの町が見えてきていた。




 メルカッタに到着した一行は、三つに分かれた。

 まず、ナビスとマルガリートはギルドに立ち寄って事情を話し、通信用の伝心石を借りてきた。ついでに、ポルタナへ『ナビスです ミオ様が連れていかれました これから助けに行きます マルちゃんとパディも一緒です メルカッタの伝心石は持っていきます』と信号を打っておいた。

 伝心石があれば、ミオの居る範囲を絞り込むのに役立つ。伝心石の通信が届く距離は、そう長くない。もし、ミオからの返事が来たならば、それはそのすぐ近くにミオが居るということなのだ。

 ……そして一方、クライフ所長が連れてきた王城の応援の人達は、メルカッタの町で食料を買い込んだ。要は、ご飯である。……ナビスもすっかり忘れていたが、食事を大分、すっぽかしてしまっている。これはよろしくない。いざミオを助けに動くという時に栄養が足りずに動けないようでは困るのだ。

 さて、そして残ったパディエーラとカリニオス王子、そしてクライフ所長は、町の外れに停めた馬車の中、待機中である。カリニオス王子を町の中に入れるのは中々に危険なことなのだ。ということで、単体の聖女としては最大の戦力を持つパディエーラと近衛のクライフ所長が一緒にカリニオス王子の護衛を担った。

 町に入ったそれぞれはそれぞれの用件を終え、半刻もしない内に無事、馬車へと戻る。そうして馬車は再び走り始め、同時に皆は馬車の中で食事を摂り始めた。

 食事が粗方終わったところで、ナビスは早速、ギルドで借りてきた伝心石を打ち始める。

『みおさま』『みおさま』と、ただそれだけを定期的に打つ。返信があれば、その近くにミオが居る。返信が無くとも、しかと目で見て探し続ける。

 ミオの居場所については、メルカッタ南東、という情報しか無い。そして恐らく、ミオはその場所に到着してから信号を打ったのではなく、メルカッタに差し掛かった時点で移動地点を予測して打ったはず。つまり、ある程度の誤差はあるものと考えて動いた方がいい。だから伝心石の信号が、大切な手がかりとなるのだ。


 ……そうして、馬車は走り、ナビスはひたすら伝心石を見つめ続け……そして。

「あっ!」

 ちか、と伝心石が、光った。

 ナビスは光る伝心石を見つめて、その信号を読み解こうとする。光った端から紙にメモを取っていき、そして……。

「……ナビス。どうでしたの?ミオは、何と?」

 マルガリートの言葉を聞きつつ、ナビスは信号をもう一度確認して、そしてその事実を確認する。

「信号に意味はありませんでした。でたらめに信号を打ったようです」

「……つまり?」

 ナビスは自分の血の気が引いていくのを確かに感じながら、必死に幌の外を見回した。

「ミオ様は今、信号をまともに打てる状況に無い、ということです!」

 どうやら、すぐにでもミオを見つけなければならないようだ。猶予はもう、無いものと見ていいだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだこれはっ!ってロウターが伝心石を叩いてたら笑えますね
[一言] 今作初の緊迫感!!!
2023/11/25 22:39 退会済み
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