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出発信仰!  作者: もちもち物質
第二章:アイドルとは神である
119/209

離れることで*5

「えーと、『こちら。めるかった。おうとう。どうぞ。』……だよね?」

「では打ち返してみましょう。では……『こちら。ぽるたな。なびす。です。おげんき。ですか。』……どうでしょう」

 その日、澪とナビスは伝心石とにらめっこしていた。というのも、いよいよ、メルカッタギルドとの伝心石信号通信が始まったからである。


 伝心石通信は、ひとまず実験的にメルカッタギルドとポルタナ交易所とで始まっている。信号表を互いに持って、それで互いにかちかちと伝心石を叩き、あるいは伝心石の光から信号を読み取って、他愛もない信号のやり取りをしていた。

 専用の道具はカルボ達が作ってくれた。それは、まるで小さなランタンのような、そんな風貌の道具である。ランタンでいうところの風防部分は水晶でできていて、その中に指向性伝心石が固定されている。下は土台、上は屋根にあたる金属部品で蓋をして、指向性伝心石は外に出ていない状態だ。

 そして、屋根にあたる部品には、小さなボタンのようなものが数種類あり、それぞれ、鉄や銅、金や銀に聖銀に、と、数種類の金属のピンが付いている。ボタンを押すと、それぞれの金属のピンで伝心石を叩ける、という仕組みだ。

 これと同じ道具はこの世に3つ存在している。ポルタナ交易所と、メルカッタギルド。そして澪が1つ予備を持っている、という状態だ。

 指向性伝心石はポルタナ街道に設置されている他、ポルタナ内にもいくつか設置してある。澪とナビスはポルタナとポルタナ街道、また、メルカッタのギルドの傍であれば、どこでも連絡ができるということになる。

 また、ポルタナ内でも伝心石通信が進んでいる。別の色の指向性伝心石が早速生まれて、鉱山の中では地下と地上とのやりとりのために伝心石通信を始めているようだったし、漁に出る者達も、それぞれに伝心石を持つようになった。

 簡単なものでもいい。お互いに決めた符号を叩くようにすれば、離れていてもある程度の連絡ができる。これは皆が思っていたよりずっと便利なことだったのだ。


 ……ということで、情報革命が静かに起こった後。

「いずれは、これを世界中に広めてさあ……こう、『聖女ナビスの次回礼拝式はこの時間!』っていう連絡ができるようにしたいねえ……」

 澪は、そんなことを零した。

「え、え……?規模が、規模が大きいですよ、ミオ様」

「うん、でも伝心石だと可能なんだよねえ、それが……」

 伝心石、という非常に便利なものがあれば、案外、これが可能なのである。

 ファンの1人1人に、一切叩けないように周りをガラスなどでコーティングしてしまった伝心石を配っておいて、また、各街道、各町に伝心石ネットワークを張り巡らせておく。そうして、『毎日正午になったら、次回の礼拝式の日にちと時刻を送信するので各自確認してね』と通達しておけばよい。

 礼拝式のお知らせなどの、一方通行のお知らせでよければ、回線ジャックの心配もあまり考えず、色々とやりようがあるだろう。傍受についても、そもそも傍受されて全く問題ないようなものを全国放送するつもりで流すなら、やはり全く問題ない。

 ある種、ラジオのようなものかもしれない。各地への情報伝達が速くなっていけば、よりよい集客と信仰集めができるようになるし、災害情報なども流すことができるようになる。……やはりこれは、革命なのだ。


「あー、まあ、ポルタナ街道の整備だけでも結構しんどかったから、本格的にやろうと思ったらいよいよ大掛かりな作業になっちゃうけどさ……」

「そうですねえ……伝心石の産出量も、まだ安定していませんし」

「まあ、いずれ、ね。最初はナビスの信者相手の物販グッズから始めてこ!」

「ふふ、時々光る石、というのはぺんらいとのようで可愛らしいかもしれませんね」

 さて。澪とナビスは次の物販グッズの話などをしつつ、ポルタナ交易所へ向かう。

 ポルタナ交易所は、主にメルカッタやコニナ村との物品のやり取りの為に整備した施設だ。ポルタナの入り口すぐにあり、今やポルタナの顔のようにもなってきた場所でもある。

 ポルタナにはギルドのような場所が無い。よって今まではナビスが教会で村のことを取り仕切っていたわけだが、ナビスがあちこち精力的に出かけるようになってから、その機能はポルタナ交易所内に移してある。

 ……ということで、伝心石通信の通信所も、ポルタナ交易所の中に設置してあるのである。澪とナビスは、今日の定期連絡の内容を聞きに、交易所へ向かうことにしたのだ。


「あっ、ナビス様、ミオさん。お疲れ様です!」

 交易所内の通信室に入ると、そこでは通信手が紙に文字を書きつけているところだった。

「お疲れ様です。今日の通信はいかがでしたか?」

「それが……先程、メルカッタからナビス様宛てに緊急の連絡が入りました。今、お伝えしにいこうとしていたところでした。こちらです」

 丁度、通信手が書いていたものは、ナビス宛の連絡を文字に起こしたものだったらしい。早速受け取ったナビスと、それを横から覗き込む澪はその内容を読んで……。

「……おっ。これはどういうことかなー?」

「あら……また治療の依頼、ということでしょうか……?」

 2人揃って首を傾げた。

 というのも……メルカッタのギルドからの連絡は、『セグレードギルドより、ナビス様の応援求むとのこと。』というものだったからである。




 応援を求められたら行かないわけにはいかないのが聖女である。

 ということで、澪とナビスはまず、メルカッタへと向かった。ただ『応援求む』と言われても、詳細が分からないことには何とも動きづらい。

 何せ……セグレードには、例の厄介な患者が居る。ナビスが治療したと知ったら、暴れるかもしれない。間違いなく厄介ごとにはなる。ということで、2人は非常に慎重であった。避けられる厄介ごとは避けたいのだ。


 さて。そうしてメルカッタのギルドへたどり着いた2人は、からん、とドアベルを鳴らしてギルドへ入る。

「ごめんくださーい」

「おお!ミオちゃん!いらっしゃい!ナビス様も!よく来てくれたな。奥で所長が話したいってよ!」

「うわ、よっぽど緊急事態なのかな……」

 早く早く、と急かされつつギルドの奥へ案内されて、所長室へ向かった澪とナビスは、そこで落ち着きなくそわそわそわそわ歩き回る所長の姿を見つけた。

「おお!お二人とも、よくぞいらっしゃいました」

「何かあったのですか?セグレードで……」

 所長はすぐにでも話し始めたい様子だったが、自分でも平静を欠いていることは分かっているのだろう。そわそわしながらもひとまず澪とナビスに椅子を勧めて、それから茶を持ってくるように受付嬢に頼んで、それからようやく、そわそわと所長も座って……そうして、一通の手紙をそっと差し出してきた。

「ええと、セグレードから来た手紙がこちらです。まずは、お目通しを」

 シンプルながら上等な便箋を広げてみると、急いで書いたのであろう、多少崩れた文字が並んでいた。

 それを読み解いていけば……すぐ、澪もナビスも、青ざめることになる。

「ど、毒ぅ!?井戸に毒、って……!」

「な、なんてこと……!井戸をやられたとなれば、町中の人達が……!」

 そう。そこには、セグレードの町で起きた無差別殺人未遂の様子が綴られていたのである。




 澪とナビスは、その場でポルタナへ連絡を打った。

『セグレードが緊急事態。ナビスとミオは至急セグレードへ向かう。』

 ひとまずそれだけ伝心石通信で報告したら、早速、馬車を飛ばしてジャルディンの方へ向かう。馬車の中には、メルカッタのギルドで融通してもらった薬の類がありったけ積んである。セグレードは王都に近い町ではあるので、そちらからも薬を融通してもらえているとは思うが……それでも、足りないよりは余る方がいい

 今から向かえば、夜にはジャルディンに到着する。そして本来なら、ジャルディンで一泊していくことになるのだが……。

「……今は一刻を争います。セグレードからの手紙がメルカッタへ届くまでにも、早馬を飛ばして1日程度は掛かっているはず。私達はそれからすぐ連絡を受けて出発しましたが……それでも、毒がセグレードの井戸に投げ込まれてから、既に1日半程度経っています。ですから一泊している余裕は無いかと」

「そうだね。徹夜で飛ばせば、明日の明け方には到着できるだろうし」

「ええ。ですから馬には申し訳ありませんが……ジャルディンまで全速力で頑張ってもらいましょう。そしてジャルディンで事情を話して、馬を融通してもらって、馬を交代させて、セグレードへ」

 澪とナビスは、ジャルディンでの一泊を挟まない強行旅程を選択した。何故なら、自分達の助けを待っている人が、確実に1人、居るからだ。

 ……間違いなく、澪とナビスよりも、王都や近郊の聖女の方が先にセグレードへ到着するだろう。セグレードの人々の状況は分からないが、治療は概ね、事足りるはず。

 だが……澪とナビスは、1人、聖女の治療を拒むという人を知っている。

 そして恐らく、澪とナビスがセグレードのギルドから指名されて呼ばれているのは……あの厄介な患者を治すため、なのだろう。

「くそー、私達、お人よしだよねえ!?分かっちゃいるんだよ!でもやめられないよねえ、お人よしぃー!」

「ええ。誇りを持ってお人よしでいましょう、ミオ様!」

 いいように使われているなあ、とも、自分達お人よしすぎるよなあ、とも思う。だが、それでも助けを求めている人が居るのだから、やはり、助けたいと思う。

 結局のところ、澪もナビスも、勇者で聖女。そういう性質の人なのだ。




 そうして馬が頑張ってくれたおかげで、夕方にはジャルディンに到着した。そしてジャルディンでの交渉は、思いのほかスムーズであった。

 どうやら、これはパディエーラのおかげらしい。パディエーラがジャルディンの人々に、『聖女ナビスと勇者ミオが来たら、できるだけ協力して頂戴』と伝えておいてくれたらしい。ジャルディンの人々は、『パディエーラ様が仰るのだから協力せねば!』と、大変に良くしてくれた。

 おかげで馬を無事に交代させることができ、澪とナビスはそのまま、セグレードへ向けて再び馬を走らせることとなったのだ。

「ナビス、寝てていいよ。着いたら起こすから」

「いえ……しかし、ミオ様が」

「私はだいじょーぶ。でもナビスは休んどかなきゃ。向こう着いたら実働するの、ナビスなんだからさ」

 澪は冬の風が吹き荒ぶ御者台から幌の中を振り返って、申し訳なさそうなナビスに笑いかける。

 メルカッタからジャルディンまでの道は、澪とナビスとで交代しながら御者を務めてきたが、ここから先は澪1人で御者をやり通すつもりだ。

 何せ、徹夜の強行旅程だ。到着しても疲労でまともに動けないようでは意味がない。特に、ナビスは。

「ね。ナビスはちょっとでも休んで。そうじゃないと、助けられる人も助けらんない」

「……分かりました。では、お言葉に甘えて休ませていただきます」

 ナビスは申し訳なさそうな顔をしていたが、きちんと自分の役目を分かってはいるのだ。そのあたりをきちんと割り切ってくれるのは、澪にとってもやりやすい。

「いいっていいって。じゃ、おやすみ、私の聖女様!」

「ええ……ありがとう、私の勇者様!」

 お互いに、にこ、と笑い合って、澪は前を向き、ナビスは幌の奥へ引っ込む。背中の方でもそもそとナビスが動いたり毛布を広げたりする気配があり、それから少しすると、ナビスが横になったような気配があった。

「……よし」

 澪はそれに薄く笑って白い息を吐き出すと、しかと前を見る。

 夜道ではあるが、月明かりが影を作るほどに明るいおかげで、走行には問題が無い。それでも、前回のように野盗が出てきたりしては厄介だ。

 澪はしっかりと周囲を警戒しつつ、かじかむ手で手綱を握り直した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王都の聖女ズじゃどうにもならない???
2023/11/19 22:18 退会済み
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[一言] おやすみ私の聖女様!のところめちゃめちゃぐっときました〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!! 良すぎる…………………………………
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