離れることで*3
さて。澪はナビスと共に教会に戻って、そこで『革命かもしれない』の話を始めることにした。
「一応聞きたいんだけどさ、ナビス。この世界の通信手段って、どんなかんじ?」
「え?連絡、ですか?でしたら、手紙を送るのが一般的……ですね」
一応、この世界にも郵便の文化はある。とはいえ、住所がきっちり割り当てられているわけではなく、あくまでも『この村の誰誰宛て』という程度に書いた宛先でとりあえずその村に届けられ、そこから村長やまとめ役、時には聖女などが『誰誰』の部分を見て『あああの人ね』と郵便物を分配する……といったものだ。
「ああ、手紙を鳩に頼んで運んでもらう方法もありますね。空を飛ぶので、人が運ぶよりずっと速いです。勿論、訓練した鳩が、訓練したことのある地域間で運ぶのに限定されますが」
「なるほどなー、伝書鳩はある、と。えーと、他は?もっと速いの、無い?あんまり細かい情報が送れない奴も含めて」
澪が尚も聞くと、ナビスは『うーん』と悩みながら、答えてくれた。
「ええと……そう、ですね。レギナの大聖堂では、礼拝式が中止になった際には湿った藁を炉に放り込んで、大聖堂の煙突から黒い煙を上げて町の人達に知らせているそうです。他には……王都の方では、城の見張り塔の兵士が、城の中央に向かって手旗信号を使う、と聞いたことがあります。後は、夜、ランプの揺らし方で情報伝達を行うギルドがあるとか」
成程。概ね、この世界の通信事情が分かった。澪はほくほくしながら頷いて、『ならやっぱり革命的!』と笑う。
「理論上はさ、手旗信号をやる人を延々と並べていけば、すごい速さで情報を伝えることができるんだよね。でも、そのためには人をずっと置いておく必要があるし、効率的じゃあないわけよ」
澪が考える、この世界で行われている最速の連絡手段は、『手旗信号の伝言ゲーム』だ。
目の良い人なら、500m先の手旗信号くらい見えるだろう。そんな人達を500mおきに並べておいて、手旗信号の伝言ゲームを行う。……そうすれば、手旗信号1区画あたり1分で伝達ができたとすると、分速500m近い速度で情報伝達を行うことができるわけだ。
だが、非効率では、ある。通信役の人間を距離に応じて沢山配置しておく必要があるので、遠く離れた場所になればなるほど、効率が落ちていく。そのための設備も必要だ。何せ、人間をずっと待機させておくことになるのだから。
「そう、ですね……来るか分からない情報を待ってずっと見張り塔に居るようなもの、ですものね」
「そ。或いは、定期的に連絡することにして時間を決めておく、っていう風にするにしても、まあ、沢山の人を使う必要があるのに変わりはないし」
澪の言った手旗信号方式だと、距離に応じて必要な人員の数が増えていく。非効率である。……だが。
「でも、例えば……ポルタナからメルカッタまでの通信を、1対1で行えたら、すごくいいじゃん?」
この伝心石を使えば、通信手段が一気に単純になる。人員も多くなくていい。
「ポルタナ街道、作っといてよかったよね。アレを使えば、メルカッタまでの連絡手段、すぐにできると思うよ」
澪は、モールス信号、というものの存在を知っているのだ。
「ま、モールス信号の存在は知ってても、モールス信号なんて使ったことないけどね!」
……ということで、澪は開き直ったモールス信号表を作成した。元のモールス信号は知らないので、完全に澪のオリジナルである。ただ、トンとツーの代わりに、『聖銀で叩いた時』『鉄で叩いた時』の2パターンを使って、音に対応させただけのものだ。
「ええと……ミオ様。これは一体……?」
「じゃあナビス。早速使ってみよ。こっちの伝心石持ってて。それで、この表見ながら、私が言ったことが何か当ててみて!」
澪は早速、表と薄青の伝心石とをナビスに持たせて、さっと台所の奥へ入る。
ナビスから澪の姿が完全に見えなくなったところで……早速、澪は伝心石を打ち始めた。
鉄の釘と聖銀の釘とでトンツーを表現して、数度伝心石を叩いていると……。
「……ミオ様ー!」
ナビスが澪の所へ飛んできて、ぱふっ、と抱き着いてきた。
「へへへ。伝わった?」
「はい、伝わりました!私もです、ミオ様!大好きですミオ様!」
嬉しそうににこにこしているナビスを見て、澪は信号がちゃんと伝わったことを確認した。
……澪が打った信号。それは、『なびすだいすき』である!
「まあ、こういう風に使います」
「成程……そして、同じ色の伝心石を等間隔に……先程の手旗信号の人のように並べて町から町へ繋いでおけば、後は伝心石を叩くだけで、相手の伝心石まで光が伝わる、ということですね?」
ということで、とりあえずナビスにモールス信号もどきの何たるかが伝わった。澪とナビスは仲良くくっついて『ところで今日寒いね』『冬ですものねえ』とやりつつ、テーブルの上に置いた伝心石を眺めて、少しばかり唸る。
「ただ……これ、傍受がめっちゃ簡単なんだよなー」
「ぼうじゅ?」
「そう。同じ色の伝心石を持ってる人が近くに居たら、その人に通信内容が全部筒抜けじゃん?」
そう。通信には秘匿性も欲しいところなのだが、残念ながらこの伝心石通信はビックリするほど秘匿性が低い。同じ色の伝心石を持って通信エリアに居れば、通信内容を全て傍受できてしまうのだ。
「ついでに、割り込みも簡単なんだよね。同じ色の伝心石を持ってる人が適当にガンガン叩きまくってたら、間違いなくすっごい邪魔になる……」
「あああ……」
更に、事故も考えられる。信号のことを何も知らない人だったとしても、伝心石を叩けないわけではない。適当にごんごん叩きまくってくれたとして、ただそれだけで十分に通信回線をジャックできてしまうのだ。それで通信内容が上手く伝わらなかった時、非常に困る。
「まあ……珍しい色の伝心石を使う、とか、そういう方法で多少は事故防止できると思うんだけどね」
「成程……」
傍受はともかく、回線ジャックについてはある程度何とかなる。伝心石は同じ色同士でしか共鳴しない。なら、珍しい色のものを使えば、多少はそれらのリスクを減らせるだろう。
「色を特別に変える技術とか、無いかなー。あったら実用性、一気に上がるんだけど」
「カルボ様に相談してみましょうか」
まあ、何はともあれ相談である。澪には異世界由来のアイデアがあるが、それを実現するのは澪以外の人でもいい。むしろ、澪よりずっと、そういったことが得意な人が大勢いるのだから。
ということで、『傍受や回線ジャックに強い伝心石』について、カルボ達に提案してきた。モールス信号もどきについても。
すると、カルボ達は石細工が得意なわけではないが、何か思いついたものはあったらしい。早速相談に入ってくれたので、澪とナビスはその間に次回礼拝式の準備などを進めて……そして、翌日。
「なんかよお、鉱夫連中に頼んで色々掘ってもらったら、伝える範囲が狭い伝心石が見つかったんだよ」
そんな報告を受けることになったのだった。
「伝える範囲が狭い……?」
「あー、伝える力も受け取る力も弱い、ってかんじか?……まあ見てもらった方が早いな」
力が弱まっても困るぞ、と澪が心配していると、カルボは加工した伝心石をばらばらと机の上に置き、その内の一つを、こちん、とやってみせた。……すると。
「あ、同じ色なのに光る奴と光らない奴がある!」
机の上の同じ色の伝心石が、光ったり光らなかったりするのだ。これは不思議である。
「同じような形のものだけ光る……のでしょうか?」
「そういうこった」
よくよく見ていると、叩かれた伝心石は三角形をしている。そして、同じように三角形に加工された伝心石だけが光っているように見えた。
「どうも、一部の伝心石ってのは、自分に近い伝心石からしか受け取らねえし、自分に近い伝心石にしか伝えねえみたいだ。色だけじゃなくて、形とか、大きさとか、そういうのまで気にする石があるってこったな」
「なるほど……指向性が強め、ってことかー」
「しこうせい……?」
首を傾げるナビスに、『指向性』を説明する。即ち、発信・受信できる相手がより少なく絞られるのだ、と。
「そっかー……ちなみに、こういう伝心石って、偶々発掘できたかんじ?」
指向性の高い伝心石がまとまった量手に入るのならば、いよいよモールスもどきができることになる。是非、こうした指向性の高い伝心石を沢山入手したいのだが……。
「あー……いや、なんかなあ……鉱山地下4階の、一部の壁とかから採れる奴だけ、こうみたいなんだよな」
……澪とナビスは、首を傾げるのだった。
実際に見てみよう、ということで、澪とナビスは鉱山地下4階へと向かった。2度目の訪問になる場所だが、相変わらず静かである。ただし、もう龍はいないのでその点だけは違うが。
「このあたりなのかな?」
やがて、スケルトン達がカタカタと揺れながら、地底湖の脇の壁の一角を示してくれた。どうやら、このあたりの壁から採れる伝心石が例の『指向性伝心石』であるらしい。
「うーん……確かに、このあたりの岸壁は少し……何かの力の名残のようなものがありますが……」
ナビスは壁面に触れて、そんなことを言った。
「それ、龍の力の?」
「いえ……龍の、とは、違うと思う……のですが」
うーん、と首を傾げるナビスに合わせて、澪も首を傾げてみる。『力の名残』というようなものは、生憎澪にはよく分からない。ナビスに分からなかったら澪もお手上げである。
だが、ナビスが真剣に壁を見つめているので、澪も壁を見つめてみる。身長の都合で、澪の方がナビスより若干高い位置を見ることになるが……。
「……ん?」
そうして壁を見つめていた澪は、ふと、気になるものを見つけてしまった。
「どうなさいましたか?」
「いや、これ……ほら、ここ」
澪が気になったのは、壁の一部。そこに刻み込まれた、一筋の線である。
「めっちゃすっぱり岩を切ったみたいな……そんなかんじ、無い?」
線とはいえ、ただ描いたようなものではない。それは岩肌に刻まれているにしては不自然なほどにざっくりと深いのだ。まるで……。
「……これで切りつけたら、こうなるかな」
まるで、澪が今、ベルトに下げている……オリハルコンの短剣で切りつけたような。そんな傷が、岩肌にあったのである。
「これは……ミオ様が?」
「いや……多分、この短剣の、元の持ち主が、じゃないかな」
……誰かが、ここで戦ったことがあるのだろう。
その『誰か』のことを想いつつ、澪とナビスはしばらく、壁の切り傷を見つめているのだった。




