離れることで*2
「オリハルコンの!?」
「おりはる……?なにそれ?」
短剣を見た澪とナビスの反応は、大分違う。どうやらこの世界では『おりはるこん』なるものの存在は割とメジャーであるらしい。
「ミオ様!オリハルコンというのは、神代の金属とも言われております!非常に軽く、頑丈で、耐久性にも優れ……そして何より、神の力を宿しやすいのです!」
ナビスが興奮気味に語っているところを見ると、まあ、すごいものなのだろうなあ、と澪は思う。カルボや他の鍛冶師達が興奮するのは『ああ、鍛冶オタクだからだろうなあ』と納得できるのだが、ナビスまでこうとなると、いよいよ『おりはるこんはメジャー』説を採択せざるを得ない。
「そっかー、えーと、つまり……強化版聖銀、みたいな?」
「ええ。聖銀と似た性質を持っていることは間違いありません。しかしその一方で、魔除けや癒しといった力よりも、闇を切り裂き魔を滅する力が強いと言われております」
へー、と声を漏らしつつ、澪は短剣をじっと見つめてみる。
金でも銀でもない不思議な質感の金属だ。これがそんなにすごいものだとは。
「つまりこれは、聖女よりも勇者向きの短剣、ということです。……ということで、ミオ様!」
澪が短剣を見ていると、ナビスが笑って、短剣を澪に差し出してきた。
「ポルタナの勇者たるあなたが、この短剣を使うべきかと」
「え、ええええ!?私が!?」
澪は慄く。澪にはよく分からないが、とりあえずこの短剣はすごいものであるらしい。すごいものだというのなら、当然、少しは気が引ける。
「いや、何も私が使わなくてもいいんじゃない?他にもナイフ持ってた方がいい人、居ない?」
「そうは言ってもよお、ミオちゃん。俺達は魔物と戦う訳じゃーねえし。ならナビス様を守るミオちゃんが持ってた方がいいだろ?」
澪としては気が引けるところなのだが、周りの人々も『そうだそうだ』『これはミオちゃんが使うべきだ』と賛同してしまう。
「……じゃあ、預かっとく。ありがとね」
こうまで賛同されては仕方がない。澪は苦笑しつつ短剣を受け取った。短剣は思っていたより軽く、それでいて手に馴染むような感覚がある。これは使いやすそうだ。
「……ん?」
そんな折、澪はふと、短剣の柄の部分に何か文字が刻まれているのを見つけた。
柄は木製であるらしく、半ば擦り減っていて文字全てを読み取ることはできない。だが……。
「……し、あ?」
「へ?」
「いや、ここ。なんとか『シア』って読める」
澪の目には、薄れ、掠れてはいるものの……確かに、『シア』が終わりの2文字でありそうだ、というところが読み取れたのであった。
「……ナビスぅ。ナビスって、苗字がさあ、確か、『エクレシア』だった、よね?」
「え、ええ……これは、お母様、の……?」
考えるまでも無い。このポルタナにある剣で、『しあ』というのが終わりの2文字なのだったら、そこから連想するものはただ1つだ。
『エクレシア』。
ナビスの苗字である。
それから教会に戻りがてら、ナビスは澪に話してくれた。
それは、先代聖女アンケリーナ……ナビスの母のことである。
「お母様は、私を育てながらポルタナの聖女をやっておられました。鉱山に魔物が出ればそれを祓い、海で困りごとがあれば海に出て、民が傷つけばすぐに癒して……コニナ村などの近隣の村にも気を配って、このあたり一帯の平和を保っておられました」
澪は、なんとなく想像する。
ナビスによく似た女性が、小さなナビスを連れてポルタナ中、あるいはコニナ村などの近隣の村に向かう道を歩いている様子を。
きっと、さぞかし絵になる光景だったんだろうなあ、と澪は思う。そして、その光景がもう二度と見られないものであることを、悔しく思った。
「しかし、まだ私が小さい頃……鉱山に魔物が溢れて、その地下3階で……」
そう。もう聖女アンケリーナは居ない。ナビスを遺して死んでしまったのだ。
「アンケリーナさんには……その、勇者は、居なかったの?」
「はい。お母様は、聖女でありながら1人で活動していました。少なくとも私は、ポルタナの『勇者』をミオ様以外に知りません」
澪は、自分が来てすぐのナビスの様子を思い出す。
ナビスの細腕に似合わないような剣を振るっている姿。あれはきっと、聖女アンケリーナと同じものだった。彼女もまた、勇者無しで……聖女だけでポルタナを守るべく、祈りながらも戦う日々を送っていたのだろう。
「だからこれはきっと、お母様が使っておられたもの、なのではないかと……」
……ナビスの言葉を聞きながら、改めて、手の中の短剣を見つめる。
ナビスの母のものであろう、と思われる短剣は、そう思うとどことなく重く感じられる。それを嫌とは思わないが、『本当に私が持ってていいのかな』とは思う。
「……何にしても、ミオ様。これはミオ様がお持ちになってください」
だが、ナビスはそう言って笑いかけてくるのだ。さも当然、とばかりに。
「いいの?」
「はい。もしこれがお母様のものであったとしても、私よりミオ様が持っていた方が良さそうだということに変わりはありません。それに……もしお母様でも同じように言うでしょうから」
ナビスは短剣を鞘にしまうと、その鞘を澪のベルトに付け始めた。澪は大人しく、為されるがままになる。
短剣は、鞘にしまってみても十分に美しかった。……鞘はシンプルながらも品よく装飾されたものだ。どことなく装飾品か何かのようにさえ思えてしまう。
「……ふふ。なんだか誇らしいような気分です」
「へ?」
そんな折、ふと、ナビスがそんなことを言って笑った。
「私の勇者様はこんなにも格好いいんだぞ、って。そういう気分なんです」
……もじ、と恥じらいながらそう言うナビスを見て、澪は只々、『まぶしい』という気分になる。
「よくお似合いですよ、ミオ様。本当に、物語に出てくる勇者様か、王子様みたい……ふふ」
「ほ、褒めすぎだよお……くそー、ナビスは本当にかわいいなあー!」
仕方が無いので、澪はナビスにぎゅむ、と抱き着きつつ、教会への道を歩いていくのだった。
……この短剣にも、ナビスにも恥じない『勇者』で居なきゃなあ、と思いつつ。
さて。
翌日のポルタナは、捕鯨で大忙しだった。というのも、月鯨が接近してきているからである。
ポルタナの一角、月鯨がよく出る辺りは、元々、湾の形になっていた。聖銀の網でその湾の入り口を塞いである訳だが、そこを通り抜けた月鯨が湾の中に入ってしまえば、すなわち、そこは最早月鯨の為の生け簀のようなものである。魚を食い尽くされてしまいかねないのだ。
よって、網に近づいてきた月鯨が居たなら、すぐさま仕留めておくべきなのである。賢い月鯨は、聖銀の網を食い破って近海へと入ってきかねない。
……ということで、また皆で一日がかりで月鯨を仕留め、解体し、諸々を処理した。
とはいえ、前回よりはずっと簡単だった。皆が2度目の作業で慣れていたということもあるが、その他に……澪の短剣の効果も大きかったのだ。
「本当にこれ、切れ味いいねえ」
「これがオリハルコンの力なのですよ、ミオ様」
「成程ね。こりゃ、勇者の剣だ、なんて言われる訳だ」
……オリハルコンの短剣は、驚くほどに切れ味がよかった。
否、切れ味などという話ではない。何せ、ナビスが祈り、澪が祈りの光を纏ったまま短剣を振るえば、月鯨の骨までもが切断できてしまうのだから。
「神の力を最も効率よく伝えることができる素材が、このオリハルコンであると言われております」
「成程ね……ま、ナビスの祈りあってこそのオリハルコン、ってことだよね。えへへ……」
一々、のこぎりを持ち出さずとも月鯨が解体できる。肉を切り分けるのは案外重労働だが、それもオリハルコンがあればあまりに容易い。そして何より、月鯨を仕留めるのも、オリハルコンの短剣であれば、非常に早いのだ。
月鯨相手に何度も何度も銛を打ち込まずとも、ナビスが渾身の祈りを捧げ、澪が渾身の力を込めれば、神の力の顕現である光の刃が月鯨の頭蓋を貫いて、短剣の刀身以上の切り込み方ができてしまうのだ。
なんか狡い気がするなあ、と思いながら、それでも澪は、使い惜しむことなく短剣を使った。皆の役に立つのだから、使わない手は無い。
翌日は月鯨肉パーティとなった。ついでに、ナビスの礼拝式も執り行ったため、ポルタナの夜は賑やかに過ぎていった。だが、月鯨が獲れたのも急なことだったので、通知が上手くいかず、メルカッタやレギナからの信者はあまり居なかったのが少々惜しかったかもしれない。
更に翌日は鯨肉の処理の手伝いと、次のナビスグッズの開発だ。月鯨の髭を熱して延ばしたり曲げたりしていくと、冷めた後、鼈甲のような風合いになる。これを使って作ったブレスレットやお守りの類を試作してみて、次の物販での販売を目指すのだ。
そして更に翌日は、コニナ村への荷運びの護衛。コニナ村には今、食料が不足している。冬を凌ぐには心もとない蓄えしかない彼らの為に、鯨肉の塩漬けのお裾分けに行った。
……そうして、更に、翌日。
「やはり、鉱山地下4階では少量ながらオリハルコンが採れる、ということですか……」
「ああ。集めるのは骨だろうが、まあやってみるだけの価値はあるからな」
澪とナビスは鉱山にやってきて、そこで鉱夫達や鍛冶師達から話を聞いていた。
どうやら、オリハルコンが鉱物の形で見つかったらしい。どうも、聖銀や金に混じって産出するらしいので、集めるのは大変らしい。
……尤も、カルボ達は『どうやって分離する?』『温度をギリギリに調節すればいけるか?』『いや、別のモンとくっつけて析出させるってのは……』などとウキウキ話しているので、苦ではないのだろうが。
「それから、ほれ」
「へ?」
「あら?これは……?」
それから、更にもう1つ。ころん、と澪とナビスの手の上に転がされたそれは、美しくきらめく宝石のようであったが……。
「伝心石だ」
「でんしんせき……?なにそれ?」
どうやら、『伝心石』というらしいそれを手の上で転がして眺めてみるが、見たかんじはただの宝石である。綺麗だなあ、という程度でしかない。
だが。
「ちょっとそいつをこれで軽く叩いてみな。コツコツ、って具合に」
教えられた通りに、渡された聖銀の釘で、こつこつ、と伝心石を叩いてみると……。
「あっ、光った」
「光りました!」
なんと。澪とナビスの掌の上で、それぞれに伝心石が叩かれた回数分、光ったのであった。
それから、澪とナビスはしばらく、伝心石を聖銀の釘でつついて遊んでいた。
「わー、私の方で叩くと、私のだけじゃなくてナビスのも光るんだねえ」
「こちらもそうですね。私が叩いた分、ミオ様の方も光るようです。でも、採掘されて置いてあるあそこの伝心石は光りませんね」
「あ、でもそれは光ってる。ふっしぎー」
色々と試して分かったことには、どうやら、『伝心石』という石は、『叩かれると光る。近くにある同じ色の伝心石も同時に光る』という性質を持っているらしかった。
「ただ、あまり離れると光らないようですね。精々、ポルタナ街道の柱から柱まで、という程度でしょうか……?あら、でも、連鎖して光るようですね」
「叩き方によっても光り方がちょっと変わるね。あ、鉄の釘だと別の色に光る。へー……」
澪は、こん、こつ、と色々叩いてみつつ……呟いた。
「……これ、革命かもしれない」




